
「ね、これすごく良くない?」という彼女の手を見るとそれはモップのごときものでした。
昔のカステラの箱みたいなブリキで出来た長方形の箱が棒の先についていて、箱は下方が開いていてもさもさとしたものがはみ出ていました。
もさもさとしたものは半透明の白色で不定形で太目の糸こんにゃくというか、半透明白色ミミズのようで、私の目には時折もそもそと動いているように見えるのでしたが、それは私の瞬きのせいなのかも知れないと思わず10回ほど連続瞬きをしてから目を見開いて見たのですが、やっぱりもそっ、もそっとかってにうごめいているのです。
「ほら、これってものすごくよく床の汚れが落ちるよね」とそこいらの床をもぞもぞと撫で回しますが、確かにそのシロミミズの通った後はピカピカになっているのです。洗剤は必要ありません。
なるほど私も欲しいかなあ。。。と心が動いたものの、その『モップごときのもの』は断面10cm四方、長さ50cmほどで我が家には少々邪魔な大きさで、いったい何処に仕舞えるのかと考えましたが心当たりなくあきらめました。
買うことを決めた友人は注文に行きました。
注文は階下で受け付けており、受付はさながら空港のカウンターのようです。しかしそこにたどりつくまでに講堂のようなところですし詰めに座って待たなければいけません。
待つ間の退屈しのぎに大きなスクリーンでは映画が流れているようでしたが残念ながら、何処に座っても人の後ろ頭が9割、スクリーン1割が見えるのみです。
とうとう順番が来て友人は受付に勇んで入ったのですが、間もなく彼女は私を見て首を横に何度も振りました。
品物の在庫が無いというのです。
結局あの便利そうなシロミミズもしくは手延べ糸こんにゃく状モップは手に入らなかったのですが、そのとき私は、あのもそもそっと動く部分の不気味さはおそらく生き物であるに違いなく、やがて床のゴミや汚れを落とすだけには留まらずにあたりを食い始めるのではないかと思い当たり、入手できずに良かったのではないだろうか?と今では安堵しているのです。
その翌日友人が私に電話をかけて来ました。
「なんだか、昨夜は良く眠れなくてね、眠いし疲れてるの。今にも眠りそうだ」というので
私は、深夜に怪しげなモップを買いにいっていたのだから無理も無いといいました。
「なあんだ、私は夜中にそちらの夢に出かけていたんだ」と納得して、うとうとすることもなくしばしおしゃべりをしたのです。
そしてやっぱり、あの『モップのごときもの』は汚れとゴミを掃除するものではなく、眠り喰いとか、燃費の悪いエイリアンとかそういうものだったのではないかと疑っているのです。