とても疲れていたので、本当に自分が正しい手順で動いているのか良くわからない。
とても疲れていたので、本当に正しい道を歩いているのか不確かでもあった。
ジェットラグと寝不足のおかげでいつも雲の上を歩いていた。
空港に向う道から遠くに雪を頂いた富士山が見えた。昇る朝日が三角に見えた。車の中から見えた巨大な観覧車、シンデレラの城のシルエット、東京タワーの先端などがグルグルと眼孔の奥引っかかってぶるさがっているような感じだ。
そんなものをぶる下げたまま空港の土産物屋の極彩色の小物や食堂のショウケースに並んだ素敵な偽者たちがどんどん繋がってぶる下がりはじめ、色んなものであふれそうになった眼孔の奥は重くぼんやり痛い。
とても疲れていたので、何度も時計を見るのに時間の見当がつかない。
気がつくともう出発ロビーに入る時間のように思えて、慌てて見送りに来てくれた家族に手を振りながら下りエスカレーターに乗ってずんずんと沈んでゆく。
ニコニコ顔で手を振る人たちはどんどん上昇しやがて視界から消える。
心やましいわけでは無いのに緊張しながらパスポートを提示し、「どうぞ」と言う言葉に押されながらロビーに向う。
香水や化粧品、時計やお菓子の並ぶ店で楽しげに物色する人たちがいる。
私もほしい香水があったっけ。なんという香水だったのだろう?めったに買わないものだからすぐ忘れてしまう。
とても疲れていたので、香水の名前を思い出すだけの力が出ない。
ほんの一瞬立ち止まったけれどすぐに又歩き続けた。
待合ロビーでは到着が遅れた飛行機のために待たされている私たちにペットボトルの冷えた水を配っていた。 それがなんという水だったか忘れてしまったけれど、さほど特徴の無い透明な味の水だった。
これから観光旅行に出かける人々の高揚感と仕事を終えて帰国する人々の倦怠感と搭乗前の緊張感が縦横に張り巡らされている。
溜息が徐々に大きくなり始めイライラのトゲが一気に成長し始めた頃やっと搭乗が始まりやがて席に着いた。
私は常に通路側席を取るから内側に座る乗客が納まるまでしばらくの間落ち着かない。
隣は青森県に住む初老の夫婦だった。
私が荷物上げを手伝いましょうかと聞いてもなんだかしゃっきり返事が返ってこないばかりか、表情もあまり動かない。まあ、そういうタイプなのだろう、それでもひとしきり手伝って席に着く。
私は決して飛行恐怖症ではないが、離陸する時にはいつも尾骶骨がムズムズしてくるし上昇し始める時には眉根に皺がよってしまう。 やがて水平飛行に入り安定したところでおもむろにノートを広げて思いついたことをメモし、スケッチしてから買ってきた本を取り出し読み始める。しかしいつもの事だが飛行機の中ではどうもうまく本が読めない。 どうやら脚を縮めた窮屈な体勢が私の読解能力を妨げているのではないかと思う。
間もなく飲み物が配られる。
目の前の液晶モニターで見切れぬほどの映画が用意されている事が判ったので、私は本とノートをしまい込み映画に没頭する事に決めた。
気がつくと、先ほどまでこちらから何を言ってもあいまいな返事しか帰ってこなかった隣人が私に話しかけているのに突然気がつく。私はヘッドフォンを外し映画を中断されてもしかしにこやかに対応してみる。
「どこに行かれるの?」と彼女は聞いている。
「ドイツです。」と私が答えると、彼女はうなずいて体を戻す。
質問は終わったようだったから映画に戻った。丁度スリルのある場面だ。
「○○○○?」意味はわからないが質問がこちらに向っているのが判った。
「ハイ?なんでしょう?」と又私はヘッドフォンを外す。-Pause-
「ドイツに住んでいるの?」
「ええ、そうです。」
「一人でいくの?」
「ええ」
彼女の声は飛行機の騒音に掻き消されるほどに小さくくぐもった声なので、ぐっと耳を寄せなければならない。 そこで彼女は又会話をいったん閉じた。 もうこれ以上聞くことは無いという風だった。
やれやれ映画はなんだったっけ?
画面の主人公は汗水たらして追手から伸びてくる手をかろうじて逃げ続ける。おっと危ない、ああ、あんなとこから落ちては死んでしまい、話が終わってしまうじゃないか。
視線が私の左頬にジリジリ穴を開けるので、見ると彼女の口が開いたりしまったりしているのだ。
「なんですか?」ヘッドフォンを外す。ーPause-
「ポルトガルに行くんです。」
「ああ、そうですか。いいですね、ポルトガルは私も好きですよ。私が行ったのはもう何年も前ですけれどね。」
「そう。」
「ポルトガルはどちらに行かれますか?北ですか南ですか?私は北方面から中央にかけてまわりましたけど素敵でしたよ。であった人たちの感じも良かったし。」
「。。。えぇ。。。」要領を得ない返事が返って来たので、私はまた渦中の主人公を応援に戻った。
そのうちにスチュワーデスが飲み物を聞いてくるので、隣に伝える。
ランチの状況を報告する(鳥のカレーとジャパニーズパスタの選択肢は我々の手前で終わってしまい、ジャパニーズパスタと言う酷く不味い温いツイストマカロニサラダしか残っていなかった。何故〝ジャパニーズ”なのか不明だ。)
あまりに不味いので大方を残し、また映画に戻る。
「これどうやるの?」
「ドイツはどこに住んでいるの?」
「ドイツは長いの?」
「ドイツの物価は安い?」
「ドイツで仕事しているの?」
「お茶って言ったのにお水が来ちゃったわ」
「ヨーロッパはお水をウォーターって発音するのね、チュニジアではワラーというのよ。」
「アムステルダムで3時間乗換えを待つの」
「これ不味いわね。」
「ドイツは寒いの?」
「向こうの外人さんお箸を使うのが上手ね」
私は細切れに見ている映画を諦めてヘッドフォンを外し、モニターを消し彼女の話に耳を傾けようと体勢を整えた。
「飛行機の中って眠れないわね。」
すると間もなく彼女は眠ってしまった。
可笑しい位にあんまりあっけなく眠ってしまったので、肩透かしを食らった私はいつもは好きでないので食べないカップヌードルを貰って食べる。
“ジャパニーズヌードル”を食べなかったせいか空腹に“カップヌードル”はとても美味しく感じた。
とても疲れていたので、本当に正しい道を歩いているのか不確かでもあった。
ジェットラグと寝不足のおかげでいつも雲の上を歩いていた。
空港に向う道から遠くに雪を頂いた富士山が見えた。昇る朝日が三角に見えた。車の中から見えた巨大な観覧車、シンデレラの城のシルエット、東京タワーの先端などがグルグルと眼孔の奥引っかかってぶるさがっているような感じだ。
そんなものをぶる下げたまま空港の土産物屋の極彩色の小物や食堂のショウケースに並んだ素敵な偽者たちがどんどん繋がってぶる下がりはじめ、色んなものであふれそうになった眼孔の奥は重くぼんやり痛い。
とても疲れていたので、何度も時計を見るのに時間の見当がつかない。
気がつくともう出発ロビーに入る時間のように思えて、慌てて見送りに来てくれた家族に手を振りながら下りエスカレーターに乗ってずんずんと沈んでゆく。
ニコニコ顔で手を振る人たちはどんどん上昇しやがて視界から消える。
心やましいわけでは無いのに緊張しながらパスポートを提示し、「どうぞ」と言う言葉に押されながらロビーに向う。
香水や化粧品、時計やお菓子の並ぶ店で楽しげに物色する人たちがいる。
私もほしい香水があったっけ。なんという香水だったのだろう?めったに買わないものだからすぐ忘れてしまう。
とても疲れていたので、香水の名前を思い出すだけの力が出ない。
ほんの一瞬立ち止まったけれどすぐに又歩き続けた。
待合ロビーでは到着が遅れた飛行機のために待たされている私たちにペットボトルの冷えた水を配っていた。 それがなんという水だったか忘れてしまったけれど、さほど特徴の無い透明な味の水だった。
これから観光旅行に出かける人々の高揚感と仕事を終えて帰国する人々の倦怠感と搭乗前の緊張感が縦横に張り巡らされている。
溜息が徐々に大きくなり始めイライラのトゲが一気に成長し始めた頃やっと搭乗が始まりやがて席に着いた。
私は常に通路側席を取るから内側に座る乗客が納まるまでしばらくの間落ち着かない。
隣は青森県に住む初老の夫婦だった。
私が荷物上げを手伝いましょうかと聞いてもなんだかしゃっきり返事が返ってこないばかりか、表情もあまり動かない。まあ、そういうタイプなのだろう、それでもひとしきり手伝って席に着く。
私は決して飛行恐怖症ではないが、離陸する時にはいつも尾骶骨がムズムズしてくるし上昇し始める時には眉根に皺がよってしまう。 やがて水平飛行に入り安定したところでおもむろにノートを広げて思いついたことをメモし、スケッチしてから買ってきた本を取り出し読み始める。しかしいつもの事だが飛行機の中ではどうもうまく本が読めない。 どうやら脚を縮めた窮屈な体勢が私の読解能力を妨げているのではないかと思う。
間もなく飲み物が配られる。
目の前の液晶モニターで見切れぬほどの映画が用意されている事が判ったので、私は本とノートをしまい込み映画に没頭する事に決めた。
気がつくと、先ほどまでこちらから何を言ってもあいまいな返事しか帰ってこなかった隣人が私に話しかけているのに突然気がつく。私はヘッドフォンを外し映画を中断されてもしかしにこやかに対応してみる。
「どこに行かれるの?」と彼女は聞いている。
「ドイツです。」と私が答えると、彼女はうなずいて体を戻す。
質問は終わったようだったから映画に戻った。丁度スリルのある場面だ。
「○○○○?」意味はわからないが質問がこちらに向っているのが判った。
「ハイ?なんでしょう?」と又私はヘッドフォンを外す。-Pause-
「ドイツに住んでいるの?」
「ええ、そうです。」
「一人でいくの?」
「ええ」
彼女の声は飛行機の騒音に掻き消されるほどに小さくくぐもった声なので、ぐっと耳を寄せなければならない。 そこで彼女は又会話をいったん閉じた。 もうこれ以上聞くことは無いという風だった。
やれやれ映画はなんだったっけ?
画面の主人公は汗水たらして追手から伸びてくる手をかろうじて逃げ続ける。おっと危ない、ああ、あんなとこから落ちては死んでしまい、話が終わってしまうじゃないか。
視線が私の左頬にジリジリ穴を開けるので、見ると彼女の口が開いたりしまったりしているのだ。
「なんですか?」ヘッドフォンを外す。ーPause-
「ポルトガルに行くんです。」
「ああ、そうですか。いいですね、ポルトガルは私も好きですよ。私が行ったのはもう何年も前ですけれどね。」
「そう。」
「ポルトガルはどちらに行かれますか?北ですか南ですか?私は北方面から中央にかけてまわりましたけど素敵でしたよ。であった人たちの感じも良かったし。」
「。。。えぇ。。。」要領を得ない返事が返って来たので、私はまた渦中の主人公を応援に戻った。
そのうちにスチュワーデスが飲み物を聞いてくるので、隣に伝える。
ランチの状況を報告する(鳥のカレーとジャパニーズパスタの選択肢は我々の手前で終わってしまい、ジャパニーズパスタと言う酷く不味い温いツイストマカロニサラダしか残っていなかった。何故〝ジャパニーズ”なのか不明だ。)
あまりに不味いので大方を残し、また映画に戻る。
「これどうやるの?」
「ドイツはどこに住んでいるの?」
「ドイツは長いの?」
「ドイツの物価は安い?」
「ドイツで仕事しているの?」
「お茶って言ったのにお水が来ちゃったわ」
「ヨーロッパはお水をウォーターって発音するのね、チュニジアではワラーというのよ。」
「アムステルダムで3時間乗換えを待つの」
「これ不味いわね。」
「ドイツは寒いの?」
「向こうの外人さんお箸を使うのが上手ね」
私は細切れに見ている映画を諦めてヘッドフォンを外し、モニターを消し彼女の話に耳を傾けようと体勢を整えた。
「飛行機の中って眠れないわね。」
すると間もなく彼女は眠ってしまった。
可笑しい位にあんまりあっけなく眠ってしまったので、肩透かしを食らった私はいつもは好きでないので食べないカップヌードルを貰って食べる。
“ジャパニーズヌードル”を食べなかったせいか空腹に“カップヌードル”はとても美味しく感じた。