金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

今日から入梅

2007年06月14日 | うんちく・小ネタ

6月14日例年より少し遅れて関東地方は今日から入梅した。実際律儀に夕方から少し強い雨が降った。梅雨は紫陽花(あじさい)の季節である。昨年撮った写真だが入梅を記念して紫陽花の写真を載せてみた。

Ajisai_3

紫陽花の浅黄のままの月夜かな   鈴木 花蓑(はなみの)

紫陽花の色はバリエーションが多い。前掲の句のような黄色いものもあるのだろうか?私は余りみたことがないが。

今日会社の近くの鰻屋の前に数本の紫陽花が咲いているのを見た。

紫陽花の青鮮やかに梅雨の入り 北の旅人

ちょっと目を凝らせば日本橋の様な都心にも沢山の花が咲いているものだ。

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NOVAの本当の問題点

2007年06月14日 | うんちく・小ネタ

「駅前留学」のキャッチフレーズで急成長した英会話学校のNOVAが特定商取引法違反を重ねたということで経済産業省から業務停止命令を受けた。違反と認定した主な行為は「誇大広告」「重要事項の不告知」などである。

誇大広告の中身について日経新聞(6月14日朝刊)は「年間を通じて入学金を免除していたが、期間中に入学すれば入学金を全額免除するというキャンペーンを行い著しく有利だと誤認させた」と述べている。

だが私はNOVAの最大の誇大広告は駅前留学といううたい文句の中にあると考えている。NOVAのホームページにはこう書いてある。

海外留学の環境があれば誰でも話せるようになる。

海外留学すると、短期間に自然と語学を身につけられるのは「外国語をたくさん聞き話せる環境」があり、「その環境を継続できる」から。つまりその環境を国内で再現すれば、外国語は誰でも話せるようになるのです。

アンダーラインは私が引いたものだが、NOVAの論理の「海外留学すると自然に語学が身につけられる」という前提の置き方が間違っている。何故間違っているかというとまず海外留学をする程の人はある程度語学を身につけてから留学している。もし極めて低い語学力のまま留学すると学校の授業についていくことが困難でドロップアウトするか精神的ストレスのため体を壊してしまうだろう。

外国語環境に身を置くと自然に話せるようになる」ということが私は最大の誇大広告だと考えている。外国語環境に身を置くと自然に話せるようになるというのは幼児期か極めて例外的な語学の天才にのみ当てはまることでとても普遍化できる話ではない。

では駅前のNOVAに行って外人のレッスンを受けても全く効果はないのだろうか?いや全くないということはないだろう。飛行場の売店で英語で買い物が出来る位にはなるだろう。行かないよりは良いに決まっているのである。問題は金銭的・時間的費用と効果の問題である。これは健康食品が体に良いかどうかという問題に似ている。ある食品が多少健康に良くてもベラボウに高いと普通は敬遠して代替案を探すものだ。

ところで薬事法は健康食品等が医薬的効果を与える様な広告を行うことを禁じている。しかし英会話学校についてはこの様な規定はないのだろうか?

私の経験からいうと大人になってからは「英語を聞き流しているだけで聞き取れる様になることなどない」のである。意味の分からない言葉は何回聞いても分からないのが普通だ。

私は日本人の大人にとって費用対効果の高い英語勉強法はインターネットで英字新聞を読むことに尽きると考えている。ビジネスに携わっている人ならば自分の業務に関することを読むと良い。関心が高いから入りやすいはずだ。また一流の新聞を読むと日本のマスコミでは得られない深い情報分析に接することができるのでビジネスパーソンとして益することが多い。

「新聞を読んでいるだけで話せるようになるのか?」と思われる向きがあるかもしれない。しかし私は自分の経験からそれで大丈夫と言いたい。無論ネイティブの様にきれいな英語を話すことは無理だ。しかしそんな必要もあるまい。大事なことは話す中身である。ちゃんとした外人は英語の巧拙で話し手を評価するものではない。話す内容が自分にとって関心が高く益するものであれば、下手な英語でも聞いてくれるものである。

日本語でも専門性の高い話をするには、不断の勉強が必要だ。まして言葉として変化の激しい英語だけに不断の勉強が必要なことは当然である。

NOVAの最大の問題点は「英語が簡単に身に付く」という誤解を人々に与えたことである。簡単に身に付く程度の英語は実社会ではあまり役に立たないのである。

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響・風庭・赤坂で飲む

2007年06月14日 | レストラン・飲み屋

昨日(12日)ダイニングバー響・風庭・赤坂http://www.dynac-japan.com/hibiki/futei/concept.htmlでマイケルと飲んだ。マイケル氏というのはニューヨークにいた時の知り合い。ただし彼はその頃からずっとシアトルにいる。シアトルでディベロッパーやディベロッパーへの融資業務をやりながら今も片手間にソニーのお手伝いをしている。それで時々に日本にやってきて時間があると私と飲むのである。

程よい予算で日本食の好きな外人と飲むとなると、私はダイニングバーが手頃だと思っている、という話題は以前にもこのブログで書いたことがあった。その時も相棒はマイケルで行った店は響の銀座四丁目店だった。

ダイニングバーは沢山出来ているのだろうが、私は次の点から「響」に決めている。まず経営母体がサントリー系のダイナックではっきりしていてサービスや食べ物のレベルが安心できる。次に手頃な場所にあり、そこそこのゴージャス感がある。英語のメニューがある。この英語のメニューがあるということは大切だ。酒を飲みながら日本食の説明をするのは面倒だからだ。実際湯葉のてんぷらなんていうとそもそも湯葉とは何ぞや?から考えなくてはいけない・・・・確か大豆の煮汁で作ったけ?Yuba is made from Soybean milk・・・なんて汗をぬぐいながらやるのはごめんである。

ということで私は響を選んでいるが、毎回同じ店では能がないから今回は赤坂に行った。ここは銀座線溜池山王駅から徒歩1,2分だ。

お勧めのメニューは馬刺しである。「マイケル、馬の刺身があるけれど食うか?アメリカ人は馬は食わないと思うけれど、どうだ?」「アメリカでは余り食べないけれど、フランスに行った時食べたよ。」

馬刺しは脂肪が少なくかつ柔らかい。マイケルは「Tenderで旨い」と言ってくれた。Tenderは「柔らかい」ということ。Tenderloinとは牛や豚の腰の上の柔らかい肉のことだ。そう言えばLove me tenderという歌の文句もあった。

その他豆腐、湯葉のてんぷらなども美味だった。また池のある広い庭が目の前に広がっているのも良い。池を都心の風が渡っていく。ここから風庭の名前を付けたのだろう。

2時間半程の歓談の後マイケルが「前回はお前が払ったから今回は俺が払う」というのであっさりご馳走になることにした。お代は二人で1.5万円。彼が現金をポケットから出して払うので「クレジットカードでないの?」と聞くと「自分はクレジットカードは嫌いでシアトルを出る時沢山円に両替してきた」という。

マイケルはハーバード出身の元法律家で合理的な男なのだがクレジットカードは嫌いというから面白い。アメリカ人が皆クレジットカード好きと決めるのもステレオタイプ的発想なのだろう。

それともマイケルは30回も日本に来て納豆まで食べる程(今回は食べなかったが)日本食に入れ込んでいるので、お金との付き合い方まですっかりJapanizeしてしまったのだろうか?

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