竹原友徳のさすらいうどん武者修行道中記

香川でのうどん修業の後、2年間の日本一周うどん行脚の武者修行の旅を完遂!現在は京都・綾部での開店目指し奮闘中!

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ハッシャゲニア

2008年09月20日 | 青森・岩手・宮城
9月17日
南部町福田にあるギャラリー「ハッシャゲニア」さんにて田中さんお世話になりうどん作りさせていただきました。

田中さん宅は国の有形文化財に指定されている明治時代の建物。文化財を使わせてもらってのうどんは初めてだ。とても立派な建物で中も広くてびっくりでした。庭園を眺めて食べている贅沢なうどんでした。

名前の「ハッシャゲニア」というのはアラスカの先住民族の言葉で「永遠なるもの」という意味。
先日までここで作品展をされていた福岡県うきはの木工作家山口和宏さんと今回田中さんを紹介していただいた岩手の佐惣さんの所でたまたまお会いして作品を見せてもらった時にシンプルで品があり飽きのこない使い勝手のいいものでした。山口さんが「どんどん使って下さい」と言われていているのを聞き、佐惣さんのお店で何年も使われていた山口の作品を見た時に味わいが増してかっこよくなっていた。

永遠ではないかもしれないけれど、たくさん使われ年を重ねる事に味がでてさらに良くなっていく作品ってすごいなと思いました。


翌日は田中さんに弘前にドライブに連れていっていただきギャラリーや陶芸家さんを紹介していただきました。

まじかで見た八甲田山と津軽富士と呼ばれる岩木山は迫力満天でした。

夜八戸からフェリーに乗り苫小牧に渡った。

久しぶりに

2008年09月11日 | 青森・岩手・宮城
9月8日
佐惣さんに紹介していただき、一関市滝沢の予約制お食事処「てんぽろ山荘」で三浦さんにお世話になり大うどん会させていただきました。

約2年ぶりに一関でうどん作りさせていただき、お世話になった方々がたくさん食べに来て下さり久しぶりに張り切って用意した300玉が持ち帰りも含め完売!
皆さんに大変お世話になりました。
ありがとうございます。

懐かしい感動の再会の連続で出会いっていいなとあらためて思いました。

そして翌日の岩手日日新聞に載せていただきました。

9日は秋田へ向かう道中に平泉でお世話になった「吉野屋」さんに寄らせていただきました。
この二年の間に店舗を建て直しされてすばらしいお店になってました。
あまりの心地よさに長居しています。そのまま夜は泊めていただき、息子さんのたかしさんに運動療法のマッサージを教えていただいたりして癒しの夜でした。

うどん少年

2008年09月11日 | 青森・岩手・宮城
9月7日
岩手県一関市で06年12月末にお世話になった佐惣珈琲豆さんやって来ました。

翌日はうどん会させていただいたのですがそのチラシをイラストレーターのとださちえさんが書いて下さってました。

いつも使わせてもらっているさすらいうどんチラシのうどん赤ちゃんがうどん少年に成長してました~。

いつかうどんおじさんになってしまうのかな…
いつまでもかわいいままでいてほしい。

くりこま高原自然学校分校

2008年09月11日 | 青森・岩手・宮城
9月6日
山形から岩手県一関市を目指し宮城県内陸北部を経由し北上。
宮城県北部の栗原市にあるくりこま高原自然学校分校にて佐々木校長にお世話になりうどん作りさせていただきました。

今年6月14日に岩手宮城内陸地震が起こり最も被害のあった耕栄地区にくりこま高原自然学校はある。
地震で施設は大きな被害、道路は寸断されヘリコプターで避難。

その後、「耕栄に帰る強い気持ちを持続する事が大切だ。まだ諦める訳にはいかない」と自然学校を再起させようと分校を作り引っ越しし若者自立塾やこどもの寄宿などの活動を再開されています。

「山にかえる」を合言葉に皆さん逞しく活動されていて、またこれを機会にいざという時に助け合えるネットワークを今作ろうと頑張っておられました。

諦めない事の大切さと諦めないない人の強さを感じました。


この日は「森のようちえん」が行われ陶芸教室をされてました。
くりこま高原自然学校本校に行ける日が楽しみです。

あぁ~松島や

2006年12月29日 | 青森・岩手・宮城
吉野屋さんを出発する日の朝、実家の兄から激怒の電話がかかってきた。

一体どうしたのかと思ったら実家に岩手県警察から電話がかかっていたらしい。
いきなり警察から電話かかって来るとドキッとしますよね。
ましては息子の旅先の岩手からだから何か事故を起こしたのかと母は思ったらしく心配をかけてしまったのだ。

自分もなんで警察から電話があったのかわからずもしかしたら何かこの活動でひっかかったのかと心配してしまったが事情を兄に聞くと、どうやら車を停めていた場所の前に住む人が2、3日京都ナンバーの不審な車が停まりっぱなしになっていると警察に通報をしたらしく、駐在所の方が連絡先を調べて実家に電話してお宅の息子の車が停まりっぱなしになっていて何かトラブルに巻き込まれたか、目の前にある踏み切りに飛び込んだんじゃないかと死亡説まで想像は膨らんでいたようだ。

しかもバタバタしていて母からのメールは返信してなかったし電波やや悪くて圏外気味で連絡とれてず心配に拍車をかけていたようだ。
自分も駐禁覚悟もしかしたらレッカー移動されているのではと心配しながら車のもとへ走った。
まだ車はありお巡りさんもいたので事情を話、無事に罰金もなく解決した。
以後、気をつけないといけないな。

そして宮城との県境の藤沢町という所にあるaimakiというアジア料理のお店のご主人さんから熱いオファーを頂いたのでうどん作りにいった。

お店のご夫妻は旅が大好きで二人もインドで知り合ったそうだ。
だんなさんの方がうどん香川に行くと1日に10件は食べ歩く強者。
この日も六杯は食べてました。
夜はお店に泊めてもらって翌日出発。

そして宮城に入り仙台を目指す。
道中、日本三景松島に立ち寄る。幾えにも重なりあう島々と歴史あるお寺の雰囲気が良かった。

残念だったのは国宝瑞巌寺を到着が少し遅れたため閉門していて見れなかったこと。
しかたなく瑞巌寺の境内だけ歩いたがその凛とした空気はただならぬものを感じた。
松島はまたいつか訪れたい。

そして仙台に夕方着いた。
明日からまた忙しくなりそうだ。

最後まで気を抜かず2006年を締めくくりたい。
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俺の細道

2006年12月27日 | 青森・岩手・宮城
中学生のころから憧れの地、平泉。

平泉は藤原氏ゆかりの地で、かの有名な中尊寺金色堂がある。想像以上の輝きに度肝を抜かれた。
しかしその光とは対照的に中の仏像には落ち着きを感じた。
また中尊寺の境内、参道、町の雰囲気など藤原文化歴史を感じる良い町だった。

そしてその町の四代続く老舗和菓子&洋菓子&奥さんの健康整体の店吉野屋さんでうどん作り。
吉野さんのお菓子作りに対するこだわりまた、健康作りへの考えなど目からウロコの参考になる事が多かった。

曇りのち快晴

2006年12月23日 | 青森・岩手・宮城
そんな気分だ。
人との繋がりがブワァ―って広がってこれから先へ進むのに頼りになる人と知り合う事が出来たから。

先日気仙沼につき車で一泊過ごした。
朝までぐっすり眠れた。だいたい車中泊で氷点下1、2度までは十分眠れる。
まだ着込む余力も残しているからもう少し寒くても耐えれそうだ。もちろんアイドリングはなしです。

ちなみに21日に気仙沼をパンダの顔の着ぐるみをきて全国一周歩いて旅している中年の旅人が通過していたようだ。
噂は聞いていたのでどこかで会えるかなって思っていたのだがおしかったなぁ。

そしてその日は気仙沼でのつてもなかったのでこのまま内陸の平泉に観光でもしにいこうと考えていた。
こんな時って気分は旅を楽しめよって思う心もあるのだがこれから先北関東まであてがほとんどなく仕事が出来ないから不安になりどうやって切り開こうかと考え込んみついついもうしばらくええかなって弱気になってしまう。

この前泊まった苫屋さんには平泉の隣町の一関の珈琲豆屋さんにはぜひ連絡してみたらいいよと紹介はしてもらってはいたのだが、なんせ苫屋さん宅には電話がないからあらかじめの一声をかけてもらえれなかった。
そんな時自分から電話するのって緊張しませんか?
ましてや今全国うどん打ちながら旅していて興味ないですか?なんて初めての人に言いにくいですよね。

掛けようか掛けまいか悩んだ結果せっかく紹介はしてもらったのだから思いきって電話した。
すると自信をもって紹介してくれた方だけあってとても興味を持ってくれてうちにもぜひ来てほしいということになった。

さらにすごいのはその人の持つ人脈!
今どこにいるの?気仙沼です!って伝えるとちょっとそこで待ってて友人が気仙沼にいて紹介してみるから!と、なりその人の紹介でいきなりその夜うどんを友人の方のお宅で作らせてもらうことが出来たのだった。

そして夜は泊めていただき翌朝には気仙沼でほんとにこだわっているそば屋さんを紹介してもらい素材や醤油等さまざまな知識を惜しげもなく無知な自分に教えてくれアドバイスと応援をもらった!

そして一関のその方が経営する日本でも有数のこだわりの珈琲豆屋で全国から注文の来る佐惣珈琲さんを訪れ夜はうどん作りをさせてもらった。

佐惣さんはこれまでさまざまな方を受け入れてこられていて、またいい付き合いをされているので今後の宛てをたくさん紹介してもらうことができた。

そしてそんな佐惣さんの話す言葉一つ一つには面白さ深さがありすっかり聞きいってしまったのだ!

佐惣さんと知り合いになることができ今後の展開がパァーっと開けてきたような気がするしいろんな意味で非常におもしろい事がたくさん起こる気がする!

今後が楽しみだ!!
明日は秋田県にちょっといってそば屋さんが探しに探してたどり着いたと言うしょうゆ屋に行ってみてこようと思っている!

ぶらり三陸紀行

2006年12月21日 | 青森・岩手・宮城
先日お世話になったハーブ農園を出発し太平洋側に約100Km南下し岩手県野田村というところに行ってきた。

野田村には本にのっていた苫屋という気になる宿があり一泊してきた。
なぜ気になる存在であったかというと以前お世話になったとまやさんと漢字と平仮名の違いはあるけれど名前が同じだったからなんかあるのかなと思った事と電話がなくハガキでしか予約出来ない宿だったから何かおもしろそうだなと感じたから。

苫屋さんは山に囲まれ目の前には清流が流れるという自然の中にあり建物は100年以上昔の茅葺きの曲がり屋を(曲がり屋とは上から見るとこんな感じに Г 直角に曲げてある家。
この辺りは昔は馬の産地だったらしく飼っている馬の様子が部屋から見えるようにこんな形になったらしい。)ほとんどそのまま利用したノスタルジー溢れる宿。
夜は囲炉裏を囲んで世界を旅し経験、知識豊富なご夫婦の話を聞かせてもらった。

そんな宿でもうどん作りさせてもらった。ご夫婦はうどん作りに興味があったらしくさぬき流うどん作りはかなり学ぶ事があったらしく喜んでもらえたようだ。

その苫屋さんの紹介で野田村にすむ世界中旅しされている小山さんご夫婦のお宅で四泊も泊めてもらって近所の方を集めてのうどん作り教室みたいなことをさせてもらった。
嬉しい事に岩手でもさぬきうどんは好評でした。

そして南下を進めやっと宮城県の北部、気仙沼にやってきた。ここは有名な港町さっそく知り合いおすすめの安くおいしい寿司屋さんでちょっと奮発して食べてきてしまった。

うまかったぁ~

パテシエ

2006年12月15日 | 青森・岩手・宮城
高校時代ぶりにお菓子づくりしました。

どうやら農園の研修生の伝統らしくシフォンケーキとスコーンを教えてもらいました。

手作りだとどの程度が普通の味かわからないですが先生が良かったのでなかなかの味でした。

とうとう一ヶ月いた農園を離れます。いろんな事を学べました。将来きっと役にたつはず。

さぁ南下だ!

悩んだあげく

2006年12月13日 | 青森・岩手・宮城
決意を固めスタッフに返事しました。
一晩じっくり考えました。

その答えは


断りました。

みなさんの期待に答えられず申し訳ない。
子供の頃からの憧れの番組ですし、矢部っちにつっこまれたかったんやけど今回は断念します。

というのはまだまだ自分の納得いくうどんができておらずしかも現在武者修行中の身。
番組に出て自信もって芸能人に食べてもらえるものじゃない気がします。

また、ただでさえふらふらしておやっさんに良く思われてないのに番組にでるとなると完全にご立腹間違いなし!

そして一番の理由が今後の活動に変化がでそうだから。
確かにでれば引っ張りだこかもしれないけれど呼ぶ側の気持ちがテレビに出たうまいうどん職人に来てもらうって気になると思う。
しかし自分の考えではどんな人が来てどんなうどん作るんだろうって不安ありワクワクありであってのがいいと思う。そこでうまいっていってもらえるのがうれしいじゃないですか!
そんなわけで断りました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。