隣のクラスの担任をしている悠子さんには、涙もろいところがある。
昨日の卒業式では、保護者や教職員の拍手に見送られ、卒業生を先導して退場するときから涙を浮かべていた。そして、帰りのホームルームでは、言葉が出せないくらい大泣きしたらしい。
卒業生ももらい泣きをして、感動的なお別れとなったという。
しかし、あとがいけない。昼食後、夢からさめたような表情で、悠子さんが話しかけてきた。
「今、下駄箱を確認してみたら、半分くらいの生徒が上履きや体育館履きを持ち帰っていないんですよ。いっぱい残っていて、がっかりです……」
生徒はすでに下校したあとだ。悠子さんは、再び泣きそうな顔になっていた。
卒業までに、自分の荷物を持ち帰らせることは、簡単そうに見えて困難である。残された荷物は、学校の業務用のゴミとして処理するしかない。1学年6クラス規模の某都立高では、通常のゴミ処理費用に年間90万円かかる。これに教科書やノート、ジャージ、上履き類のゴミが加わると、他の予算を圧迫する羽目になる。
これを防ぐためには、個人の荷物は必ず持ち帰らせて、家庭用のゴミとして処分してもらうしかないのだが、いたちごっこになりがちだ。
担任は、卒業前にいつまでと期日を決めて、ロッカーを空にするよう指導する。生徒も素直に従って、ひとまず荷物を運び出すのだが……。
安心するのはまだ早い。職員室にいた先生から、耳をふさぎたくなるような伝言があった。
「あ、3学年の先生。今、近所の家庭から、ゴミ集積所に大量の教科書やノートが捨てられているから、引き取りに来てほしいって電話がありましたよ」
ゲッ!!
担任団はカッカしながら、すぐさまゴミの回収に走った。幸い、卒業前だったので、不法投棄した生徒を叱り、今度こそはと持ち帰らせた。
前の学校では、もっと悪質なことがあった。近所に捨てるとバレるので、電車の中に置き去りにしたのだ。
今度は、駅員が荷物を調べ、高校名と生徒名を割り出し電話をかけてきた。
「そちらの○○○○子さんという生徒が、網棚に教科書・ノートなどをお忘れになりましたので、引き取りにきていただけますか」
「あ、それは多分いらないものだと思うので、処分していただいて結構ですよ」
「いえ、持ち主がわかっている場合、忘れ物として扱うので、処分できないんです。お引き取りをお願いします」
運悪く、そこは私が使っている駅の隣駅だった。担任団は、こぞって私に刺すような視線を向けた。
「じゃあ、笹木さん、よろしく」
キーッ!! 何で私が~!!
しぶしぶ隣駅まで受け取りに行くと、15キロはあろうかという教科書・ノート類を渡された。とんだ災難だ。翌日、私は自転車にこの荷物を載せて学校に向かった。
「お前がちゃんと持ち帰らないから、こんな騒ぎになったんだぞ!! 許さないからなっ!」
運良くこれも卒業前だったので、日頃から血圧の高い担任が顔を赤くして生徒を叱りつけ、持ち帰らせることができた。万一、この担任が倒れた場合には、公務災害になったのだろうか……。
まったく、心臓によろしくない。
一方、生徒のほうも段々ズル賢くなっていき、名前の部分を破り捨てれば足がつかないと理解する。表紙を妙な形にくり抜いた問題集や教科書類が、廊下に落ちていたことがあった。
「何これ、タチ悪いわね~!」
私は腹を立て、ページのどこかに個人を特定できる情報がないかと必至に探した。プリントが何枚かはさまっていたので、しめたとばかりに名前を見ると「中野」と書いてある。たしかに、この字は彼のものだ。
よっしゃ、これも強制送還!!
とまあ、こんな具合である。卒業後に見つけた荷物は、着払いの宅配便で送った学年もあるらしい。
しかし、1・2年生の空いているロッカーに突っ込んだまま卒業し、何カ月も経ってから発見された場合にはそれも難しい。
お片付けは、教師と生徒間の永遠の課題なのかもしれない。
卒業式の翌日、悠子さんは、置き土産の上履きや体育館履きを捨てた。45リットルのビニール袋が、いっぱいになるほどの量だった。サンタクロースに見えないこともないが、中に入っているのはプレゼントではない。私は彼女に声を掛けた。
「うわ、すごい量。最後の最後にやってくれたよね」
「あ、でも、私がいけなかったんです。朝のホームルームでは上履きを持ち帰るようにと言ったんですけれど、帰りのホームルームでは言い忘れたので。きっと、頭から抜けちゃったんでしょうね」
たしかに、生徒は直前のことしかおぼえていないものだ。
うん、多分わざとじゃなかったんだよ、悠子さん!
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昨日の卒業式では、保護者や教職員の拍手に見送られ、卒業生を先導して退場するときから涙を浮かべていた。そして、帰りのホームルームでは、言葉が出せないくらい大泣きしたらしい。
卒業生ももらい泣きをして、感動的なお別れとなったという。
しかし、あとがいけない。昼食後、夢からさめたような表情で、悠子さんが話しかけてきた。
「今、下駄箱を確認してみたら、半分くらいの生徒が上履きや体育館履きを持ち帰っていないんですよ。いっぱい残っていて、がっかりです……」
生徒はすでに下校したあとだ。悠子さんは、再び泣きそうな顔になっていた。
卒業までに、自分の荷物を持ち帰らせることは、簡単そうに見えて困難である。残された荷物は、学校の業務用のゴミとして処理するしかない。1学年6クラス規模の某都立高では、通常のゴミ処理費用に年間90万円かかる。これに教科書やノート、ジャージ、上履き類のゴミが加わると、他の予算を圧迫する羽目になる。
これを防ぐためには、個人の荷物は必ず持ち帰らせて、家庭用のゴミとして処分してもらうしかないのだが、いたちごっこになりがちだ。
担任は、卒業前にいつまでと期日を決めて、ロッカーを空にするよう指導する。生徒も素直に従って、ひとまず荷物を運び出すのだが……。
安心するのはまだ早い。職員室にいた先生から、耳をふさぎたくなるような伝言があった。
「あ、3学年の先生。今、近所の家庭から、ゴミ集積所に大量の教科書やノートが捨てられているから、引き取りに来てほしいって電話がありましたよ」
ゲッ!!
担任団はカッカしながら、すぐさまゴミの回収に走った。幸い、卒業前だったので、不法投棄した生徒を叱り、今度こそはと持ち帰らせた。
前の学校では、もっと悪質なことがあった。近所に捨てるとバレるので、電車の中に置き去りにしたのだ。
今度は、駅員が荷物を調べ、高校名と生徒名を割り出し電話をかけてきた。
「そちらの○○○○子さんという生徒が、網棚に教科書・ノートなどをお忘れになりましたので、引き取りにきていただけますか」
「あ、それは多分いらないものだと思うので、処分していただいて結構ですよ」
「いえ、持ち主がわかっている場合、忘れ物として扱うので、処分できないんです。お引き取りをお願いします」
運悪く、そこは私が使っている駅の隣駅だった。担任団は、こぞって私に刺すような視線を向けた。
「じゃあ、笹木さん、よろしく」
キーッ!! 何で私が~!!
しぶしぶ隣駅まで受け取りに行くと、15キロはあろうかという教科書・ノート類を渡された。とんだ災難だ。翌日、私は自転車にこの荷物を載せて学校に向かった。
「お前がちゃんと持ち帰らないから、こんな騒ぎになったんだぞ!! 許さないからなっ!」
運良くこれも卒業前だったので、日頃から血圧の高い担任が顔を赤くして生徒を叱りつけ、持ち帰らせることができた。万一、この担任が倒れた場合には、公務災害になったのだろうか……。
まったく、心臓によろしくない。
一方、生徒のほうも段々ズル賢くなっていき、名前の部分を破り捨てれば足がつかないと理解する。表紙を妙な形にくり抜いた問題集や教科書類が、廊下に落ちていたことがあった。
「何これ、タチ悪いわね~!」
私は腹を立て、ページのどこかに個人を特定できる情報がないかと必至に探した。プリントが何枚かはさまっていたので、しめたとばかりに名前を見ると「中野」と書いてある。たしかに、この字は彼のものだ。
よっしゃ、これも強制送還!!
とまあ、こんな具合である。卒業後に見つけた荷物は、着払いの宅配便で送った学年もあるらしい。
しかし、1・2年生の空いているロッカーに突っ込んだまま卒業し、何カ月も経ってから発見された場合にはそれも難しい。
お片付けは、教師と生徒間の永遠の課題なのかもしれない。
卒業式の翌日、悠子さんは、置き土産の上履きや体育館履きを捨てた。45リットルのビニール袋が、いっぱいになるほどの量だった。サンタクロースに見えないこともないが、中に入っているのはプレゼントではない。私は彼女に声を掛けた。
「うわ、すごい量。最後の最後にやってくれたよね」
「あ、でも、私がいけなかったんです。朝のホームルームでは上履きを持ち帰るようにと言ったんですけれど、帰りのホームルームでは言い忘れたので。きっと、頭から抜けちゃったんでしょうね」
たしかに、生徒は直前のことしかおぼえていないものだ。
うん、多分わざとじゃなかったんだよ、悠子さん!
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