8月30日(火)
実は29日にもブログを書いたのだが、せっかく出来上がったものを消してしまった。
なんてバカなんだろう!ワ・タ・シ!
<29日>
今までは必ず原稿を書いていたが、いきなりそのままにしようとしたのが失敗の元だった。
また、原稿から始めるとしよう。
29日には、自分で出来るリハビリを始める事にした。
先ず、シャワーにかかり、洗濯をする。姉が二階まで運んでくれた洗濯物を干す。
その後、食器を洗ったり、炒め物をしたりもやってみた。今までも30分も炊事をするときつかったが、もっと、大変だと分かる。
庭へ出て車を置いていた場所で歩く練習をする。道路へ出て郵便物を見に行く。結局、杖二本では手紙類を持てないので、弟に届けてもらった。どこかへ移動する時には背中に背負うか袋を腕にぶら下げるしか出来ない。まったく不便になったものだ。
一番困るのは、自分の部屋が畳なので立ち上がる事が難しい。今まで使っていたステッキを部屋用にした。何とか、うまく出来そうだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<30日>
寝る時刻を気にしなくても良いのが効いたのか、夜中に起き出す回数が減ってきた。病院は9時半就寝で、夜更かしの私にとっては厳しいものだった。
真っ暗では困るので、テレビはすぐ観れるようにセットし、携帯電話やランプも手近に置いた。
ここのところ、気温が低いので、よく眠れる。
病院では6時起床になっているが、夜中にたびたび目が醒めるので、明け方になると、眠くてたまらない。
結局、就寝時間が日中の過ごし方にも影響してくる。
そうした厳しさから解放されたような暮らしに戻ったが、出来るだけ決まりのある生活をしなければいけない。
今日は関東地方から東北にかけて台風10号に掻き回されたみたいな状況になった。
東京も午後から雨が強く降ると聞いた。
3時過ぎて、雨も降っていないので、近所のスーパーへ行ってみる事にした、家を出るとき、霧のような雨が当たっていたが、帰りにはすっかり止んでいた。
近所の郵便局は9月5日に開局すると出ていた。
さすがに、店を一階二階と回ったので疲れた。
昼過ぎ、病院で同室だったカメダさんから電話をいただいた。先日、先に退院した彼女から家に電話があったのでハガキを出しておいたお礼だとの事。
今朝は彼女の住んでいる町に避難勧告があったと聞いていたので、電話をしようと思っていた矢先だった。
もう、千葉の方は大丈夫だと聞いて安心する。
病院にいても、友達ってできるのだなとつくづく思う。やはり、似たような悩みがあるからだろうか?
八幡浜のキミ子さんからの手紙によれば、私の退院祝いに愛媛のみかんと伊予柑のジュースを贈って下さったということだった。
退院した日に宅急便が届いた。
何時もながらの彼女の優しさに感謝する。
実は29日にもブログを書いたのだが、せっかく出来上がったものを消してしまった。
なんてバカなんだろう!ワ・タ・シ!
<29日>
今までは必ず原稿を書いていたが、いきなりそのままにしようとしたのが失敗の元だった。
また、原稿から始めるとしよう。
29日には、自分で出来るリハビリを始める事にした。
先ず、シャワーにかかり、洗濯をする。姉が二階まで運んでくれた洗濯物を干す。
その後、食器を洗ったり、炒め物をしたりもやってみた。今までも30分も炊事をするときつかったが、もっと、大変だと分かる。
庭へ出て車を置いていた場所で歩く練習をする。道路へ出て郵便物を見に行く。結局、杖二本では手紙類を持てないので、弟に届けてもらった。どこかへ移動する時には背中に背負うか袋を腕にぶら下げるしか出来ない。まったく不便になったものだ。
一番困るのは、自分の部屋が畳なので立ち上がる事が難しい。今まで使っていたステッキを部屋用にした。何とか、うまく出来そうだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<30日>
寝る時刻を気にしなくても良いのが効いたのか、夜中に起き出す回数が減ってきた。病院は9時半就寝で、夜更かしの私にとっては厳しいものだった。
真っ暗では困るので、テレビはすぐ観れるようにセットし、携帯電話やランプも手近に置いた。
ここのところ、気温が低いので、よく眠れる。
病院では6時起床になっているが、夜中にたびたび目が醒めるので、明け方になると、眠くてたまらない。
結局、就寝時間が日中の過ごし方にも影響してくる。
そうした厳しさから解放されたような暮らしに戻ったが、出来るだけ決まりのある生活をしなければいけない。
今日は関東地方から東北にかけて台風10号に掻き回されたみたいな状況になった。
東京も午後から雨が強く降ると聞いた。
3時過ぎて、雨も降っていないので、近所のスーパーへ行ってみる事にした、家を出るとき、霧のような雨が当たっていたが、帰りにはすっかり止んでいた。
近所の郵便局は9月5日に開局すると出ていた。
さすがに、店を一階二階と回ったので疲れた。
昼過ぎ、病院で同室だったカメダさんから電話をいただいた。先日、先に退院した彼女から家に電話があったのでハガキを出しておいたお礼だとの事。
今朝は彼女の住んでいる町に避難勧告があったと聞いていたので、電話をしようと思っていた矢先だった。
もう、千葉の方は大丈夫だと聞いて安心する。
病院にいても、友達ってできるのだなとつくづく思う。やはり、似たような悩みがあるからだろうか?
八幡浜のキミ子さんからの手紙によれば、私の退院祝いに愛媛のみかんと伊予柑のジュースを贈って下さったということだった。
退院した日に宅急便が届いた。
何時もながらの彼女の優しさに感謝する。