ベツレヘムの家畜小屋発

グレグレ耶蘇・桜泉のブログです。

このまま一生。。。

2006年02月25日 | グレ耶蘇生活
“あなたに会える、いつの日か。
ならばこのまま一生会えないとしても――。
会えないとしても、いいじゃないか。
いつの日か、会えるのだから、
その希望が、
今ここに確かにあるのだから。
このいのちが終わる日まで、
希望の中で生きるのだから。”

――信仰は、こういうものかもしれないと思ったりした、ある日の夕べ。

かていせいさん

2006年02月25日 | グレ耶蘇生活
今日はくれおぱ先生にお運びいただいて、産後の感謝の祈りと家庭聖餐。
先生が持ってこられた聖餐具は何でもカトリック用のだそうで、いろんなものが入っていて面白かったです。プチ十字架をテーブルの上に立てたのが何と言っても印象的。今日は必要ないから使わなかったけれど、塗油用のオリーブオイルも入っていました。

何でもいいが、Jくん、お祈りの最中に駄々こねてうびゃうびゃ泣くなよ~T_T
(かみさまの思いは人間の思いを超えているように、子どもの思いは大人の思いを超えちゃっているのかもしれない。というか、超えちゃってます。)

ちなみに、産後の感謝の祈りってこんなのです。
<<全能の神は大いなる恵みを持ってあなたを守り、お産をさせてくださいました。それゆえ、いま真心をもって感謝いたしましょう。
全能の神よ。この姉妹を救い、つつがなく出産の苦しみと危険とを過ごさせてくださったことを感謝いたします。
憐れみ深い父よ。どうかこの姉妹が、今の世においては忠実に主に仕え、後の世においては限りない栄光を受けることができますように。
この感謝と祈りを主イエス・キリストによっておささげいたします。アーメン>>

高齢化著しい教会なので、信徒訪問だ家庭聖餐というと、ひたすらご老人とかご病人をお訪ねすることばっかりだったようで、そんな話題にもなりました。
また、教会の高齢化ということでは、青年会の思い出をくれおぱ先生とパパガスパールがそれぞれ語り合って盛り上がりました。
どうも教会は、20代~30代前半の人がいません。母教会では、ホントに、ほとんどいません。
就職や結婚などで親元を離れたり、忙しくなって、教会に来なくなるのだとよく言われますが…。
これはどうしたことなのか、どうしたらいいのか、キリスト教界でいろいろ議論になるところですし、桜泉もよくそのことを考えたりしましたが、今は「うーん、分からん、つける薬なし?」という気持ち。
もちろん、諦めモードで投げやりになっているのではなく、こういうことはあまり目先の「教会に若い人がたくさん来た・来ない」ということにとらわれたり、あれこれ考えたり対策打ってもどうにもならないときは、祈りつつ、現状を受け入れてじっとしているのもいいんじゃないかとちょっと思っているのでした。

でんどうおかあさん

2006年02月25日 | Jくん桜泉と共にいます(Jくん入園前)
Jくん、ゆらゆらふらふら、ゆりかごみたいに揺さぶられると機嫌がわりと良くなる。
また、なぜかモーター音みたいな繰り返す音が好き。

なので、「でんどうお母さん」と称して、「ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン……」と言いながらゆらゆらあやしてみた。
泣いていても、黙る。うまくすると、ウトウトしてくれる。

ある日、とてもぐずるので、抱っこしてふらふらゆらゆらしながら、讃美歌を何曲も何曲も歌いまくった。30分ぐらい歌いまくった。(うーん、これがホントの”根比らーべ”?)
ぐっすり寝てくれた。

これぞ、ホントの、伝道お母さん。