カレーショップ サイのツノ 公式ブログ

「マスターの独り言」 日々の雑感やお店の裏話などを綴っています。サイのツノへの興味と関心が増して頂ければ幸いです。

オッペン・ロウシ氏の作品集より  「逢魔が時の」

2024-02-14 23:55:55 | 日記

知人のオッペン・ロウシ氏の作品集よりの投稿の4作品目です。

 

 

なにかの気配を感じて目が覚めた。

薄ぼんやりした光がよどんだ空気を照らしてオレの狭い散らかし放題の部屋を浮かび上がらせている。

日当たりの悪い部屋で日が沈むと照明をつけなければ真っ暗になる。真夜中になれば伸ばした自分の手が見えないぐらいだ。今は少し陽の光も入っているんだろう。少し明るい。夜明けか夕暮れか。頭の中が混乱してしばらく分からなった。昨日と一昨日の区別がつかない今日この頃だからしょうがない。しばらく考えて明け方だろうと思った。でも日暮れでも変わらないけど、とつぶやいていた。よどんだ沼にどっぷりつかっている日々なんだから。

何も考えられずぼんやりしているとさっきの感覚が戻ってきた。何かすぐ近くで動いたような。窓は締め切っているから風が入るわけじゃないし何だろうと頭をひねって横を向いた。

目の前に人形みたいなものが置いてある。二体あるようだ。手のひらに収まるぐらいのサイズ。時代劇で見るような姿。着物を着て頭の真ん中を刷り上げいてる。東海道中膝栗毛という言葉が浮かんだ。弥二さん、北さんだっけ?こんな人形をいつ置いたっけ。一つは腕組みして一つはあくびをしている。見ているとあくびが終わって、隣の肩に手をかけた。ん?動いた?しばらく薄暗闇の中目を凝らしていると二つはお互いに顔を合わせなにやら言葉を交わしたように見えた。オレは顔を戻して目をつむりもう一度横を向き見る。まだいる。今度は二体ともこっちをみている。目が合った。人形がオレに微笑みかける。とても親しそうに。昔からの知り合いのように。体を仰向けにして力を抜いて今度は眠りに落ちるまで目をつむっていた。

目が覚めた時は日が昇って曇り空なのかうっすらした明かりがさしこんでいる。横を見やるがもちろん弥二さん、北さんはいない。

変な夢だ。なんで江戸時代の夢なんか見るんだろう。江戸かいつかわかんないけど。

布団から這って出て冷蔵庫までたどりついてお茶を飲もうとして切らしていることを思い出した。今日はコンビニまで行かなくちゃ。食料もなくなってきてるしできたらコンビニの先のスーパーまで行きたいところだが。しばらく行ってない。

何やってんだろうな、オレ。

夏休み明けが明けてもほとんど大学に行っていない。履修届は出したから行けばいいんだけど。めんどくさい。

また布団に戻って寝転がる。照明もつけずぼんやりしていたらうとうとしてきた。寝たんだけどまだ眠い。なんでだろう?

 

ーほんとなの?どうしてそんなこと言うの。ひどすぎる。

彼女の顔がはっきり浮かぶ。何度も何度も思い返したせいで美化されたのかすごくかわいい。

ー言ったよな。おれは嘘なんかついてない。お前の言ったことだろ。おれのせいにするなよ。

何度も思い返したせいか思い出すたびに憎々しさが増した表情でオレに迫ってくる。

もちろん悪意があって言ったわけじゃない。そんなわけない。好意を抱いていたんだから。そのことにはっきり気づいたのもあの後というのも情けない話だ。その場の雰囲気に合わせたただの冗談。いつもの俺のキャラを演じていただけなのに。

夏休みが始まったばかりのゼミのクラスでの飲み会だった。その前日に何気なくしゃっべいたことが持ち出され気がつけばオレは無神経なひどい奴になっていた。

一週間ほどでなんとなく仲直りして以前の雰囲気には戻った。お互い冗談をいって笑いあっていた。でも見かけだけだ。オレの中では何かが後戻りしようのない感じで変わっていた。なにがどう変わったのかうまくは言えないが、なんだかすべてがめんどくさくなっていた。とにかく起きるのも億劫だし、トイレにいくのさえ面倒だった。 

ただの言葉。何気ない冗談。それがいつの間にかオレを追い詰めるナイフに変わっていった。ゆっくりとだが戸惑いなくオレに向かい、気がついた時には刺されていた。見えない血をどくどく流しながら部屋にたどり着いてそれ以来外への扉が閉ざされている。

暑い夏をほとんどエアコンをつけっぱなしにしたワンルームの部屋で過ごした。実家にも帰らなかった。とにかく体を動かすのがしんどかった。どこか体の具合が悪いわけではない。特に痛いところや熱があるというわけではない。パソコンの画面にでる古いドラマを眺め古い音楽を聴き続けた。オレが小学校ぐらいに見ていたドラマや音楽。ケータイを手に取るのもめんどうで電池切れで放り出していた。好きだったゲームもめんどくさくてする気がしない。仕送りで何とかなっているがバイトもやめていたので余分な金もない。

時々食べ物の調達にコンビニにはいくし、ためにためたごみ捨てや洗濯をしに外には出る。夏休み明けに大学にも行った。でも周りを見ることはなかった。自分の足元だけ。書類を出す手元だけ。

いつもおちゃらけて明るく振舞っていたから自分でも何事もうまくこなせてやり過ごせると思っていた。中、高と部活でも受験でもうまく自分の立ち位置を見つけてそこに収まって満足していた。オレってけっこうやるじゃんと思っていた。でも周りの顔をうかがってその表情に反応していただけなのかもしれない。小さい頃は親の顔。学校に行きだしたら先生の顔、そして友達の顔。オレの顔はどこにあったんだろう。ただの浮いた存在だったんじゃないか。

また寝てトイレにいって残っていた菓子パンを食べ古いドラマを眺めいるうちに日が沈み始めた。なんにもしなくても一日があっという間に過ぎていくのに驚く。日はのぼり日は沈む。オレは食べて飲んでトイレにいって寝て起きる。オレだって生きている。

薄暗くなってきてうとうとしていたら頭の方で物音がした。かさかさと乾いた音がする。ゴキブリがまたでたか、近づくんじゃないぞ、と振り払うつもりで手を伸ばして軽く床を叩いた。何か動く気配がした。

腕をついて顔を向けてみる。机の下のノートや紙類が押し込んである薄暗くいところに目をやる。何も見えないがさっきの気配はゴキブリじゃない。もっと大きそうだ。ネズミ?ちょっと驚いて体を起こしてのぞいてみた。でもネズミにしては何か違う。手元にあったチラシを丸めて物音のしたあたりをつついてみた。とくに反応はない。気のせいじゃない。何かいた。この部屋でネズミなんて見たことないし、外から入り込める隙間があるとも思えないけど一階だしこの散らかりようだからありえるかもと何か出てくるかと身構えていたが気配はなくなっていた。

さすがにネズミは嫌だな、と少し布団を机から遠ざけようと起きだした時勉強机の上に見慣れないものが置いてあった。

あれっ、人形?薄暗い中目を凝らして見つめた。思い出した。明け方夢で見た弥二さん、喜多さんだ。

こんなのいつ置いたっけ?寝ぼけてるのか頭がうまく動かない。いや、違うよな、夢で見たんだよな。あれ、まだオレ寝てんのか。

二体が顔を動かし向き合うと表情が変わり笑い出した。体も揺すってさも愉快そうに。声は聞こえないがどう見ても動いて笑っているように見える。オレの中の時間が止まって見つめ続けた。たぶん口も開いていただろう。数秒なのか、数分なのか、そのうち二体がこっちを向いて目があった。

くらくらしてきて軽く吐き気がしてきた。オレ酒でも飲んだっけ?

両手で目をこすって布団の上に座りなおし何度も深呼吸して息を落ちつけてもう一度目をやる。

何もない。暗がりが覆っている机の上は本や書類、ジュース缶、包装紙がごちゃごちゃに散らばっている。いつも通り。

部屋の明かりをつけ一通り調べてみる。なにも変わったところはない。

なんだったんだ。さっきの二体の人形は。部屋の真ん中で立ったままただぼんやりするしかなかった。

とにかく忘れよう。面倒なことはみんな忘れる。それにかぎる。結局なるようにしかならないんだから。

夢なのか幻想なのかなんなのか分からないが気にしないこと。気にしだすとそれこそオレの頭の中が蒸発しそうだ。

あのゼミでの飲み会から2か月ぐらい。その間に徐々にオレの精神に変調をきたしているのか。考えたくはなかったがそんなことしか思い浮かばない。

こんな生活が良くないのは分かっている。当たり前だ。でもしょうがないじゃないか。体が動かないんだから。気持ちが沈んだままなんだから。

じっとしてられなくて浴室にいってシャワーを浴びた。だいぶ寒くなってきているのに気がついた。夏も終わって秋になろうとしている。湯舟につかりたくなってくるころ。でもあちこち黒ずんでぬめりがあるから湯をはる気にならない。浴室を洗う気にもならない。まだ我慢できる寒さだかしばらくシャワーでいいか。

シャワーから出てまた布団に寝転がったが周りが気になって落ち着かない。座ったり狭い部屋をうろうろして長風呂に入ってのぼせたみたいに何も考えられないのにつぎつぎ言葉が湧き出てくる。だいたい人形が動くわけないんだし。急に現れたり消えたりしないし。でも頭の隅にどうしてもあの顔が浮かんでくる。なんだか楽しそうな、生き生きとした表情。でもおかしいよな。何が楽しいんだ?何しに現れたんだ?いやいや、あれはただの夢。夢の中ならなんでもありなんだからおかしいことだっておかしくないよな。おかしいってなんだ。面白い、変、どっち。どっちもか。

窓を開ける。少し冷たい風が入ってきたが部屋の中のよどんだ空気は居座っている。一つだけの窓だから大きくとられてはいるが風が通ることはない。西向きなので日当たりもほとんどない。窓には引っ越してきた時からかかっているモスグリーンのカーテンがだらしなくかかっている。洗濯物を干すために窓側の壁にロープをはってシャツや下着をかけているのでなおさら狭く暗く感じる。机があって布団をひいて収納ボックスが2つ3つ。それだけで足の踏み場はほとんどなくなる。上着やコートを入れ何が入っているか分からない段ボールを置いてすでにいっぱいになっている押し入れというには狭い収納スペース。入り口ののわきにシンクと鍋一台分ぐらいの調理台のあるいつも洗いかけのコップや皿が重なっているキッチン。掃除というものを忘れているからしょうがないが改めて見るとなんとかしなくちゃとは思う。思うだけだけど。最初はきれいだったんだけど。ここに住みだして一年ちょっとか。不動産屋さんに見せてもらった時狭いな、というのが第一印象だったがひとり暮らしができる高揚感みたいなものがあってさして気にはならなかった。安いんだから仕方がない。そもそも安いところに住むというのが親の条件だったし。

実家からも通えない距離ではないけど大学の最初の一年を通ってから親に頼み込んで一人暮らしをさせてもらった。満員の電車に一時間以上揺られて通うのが体にきついというのもあったが、やっぱり一番の理由はこの大都会で一人暮らしをしてみたかった。この都会ならなにかオレのしたいことが見つかるんじゃないか、なにか出会いがあるんじゃないかと期待していた。漠然とした期待。つかみどころがないからつかみようがない。そりゃそうだ。与えられた食べ物をお腹が空いてたからと黙々と食べる幼児のような手ごたえのない日々。

とにかく外に出ることにした。外の空気にあたれば少しは気分が落ち着くだろう。

外に出たのは何日ぶりかだった。何日なのかは覚えてないけど。ちょっと考えたが思い出せない。思い出してもしょうがないから考えるのはやめた。駅前の方へ歩いていく。人はあまりいない。夜になって気温がだいぶ下がってきていて長袖シャツだけでは肌寒かった。でもその分のぼせていたのが冷やされる感じで気持ち良かった。まだ少し頭がふらふらする気がするがどこも痛いところはないしちゃんと歩けている。どこも変なところはない。さっきの動く人形はただの夢だった気がしてきた。もちろんそうだ。納得しようとした。でも袋に詰め込んでもどうしてもあふれて出て収まらない毛布のように二体の人形が頭の中に居座っている。

いつもいくコンビニに入る。とりあえずお茶のペットボトルを手に取る。余分なものを買うお金もないからペットボトルを持ってさっさとレジへいく。発音が怪しいから外国の人だと分かったが見た目はオレたちと変わらない同い年ぐらいの女の子がはきはきとにこやかに会計をしてくれた。その顔に惹きつけられ一瞬凝視した。むこうもなにか感じたのかこっちを見つめて目があった。すぐにお互いそらしてオレは店を出た。

店を出て駅の反対側のスーパーに行こうと歩き出してすぐ今出たコンビニに戻っていった。戻ろうと思うより先に体が動いていた。なんで戻るんだろうと思いながらためわわず店内に入っていた。別に買いたいものがあるわけじゃない。さっきの女の子がまだレジにいて入ってきたオレに反射的にあいさつして、あれっという表情を浮かべこっちを見ていた。まあそうだろう。さっき出ていったばかりなのにまた入ってきたら何だと思うのが普通だ。商品棚の間をうろついて目についた文具を手に取ってすぐ戻して少しの間たたずんでから店を出ようとてレジの横にあるドーナツのケースが目にはいった。キャンペーン中のでかい文字が貼ってある。

「新しいのがでたんですか」

レジの女の子に話かけていた。少し緊張感のある笑顔を浮かべた後なれた口調で3つほどの新作のドーナツを紹介してくれた。へえ、と興味のあるふりをしたがどんな味なのかまるで頭に入ってこない。そっかー、と言ったあと並んだドーナツを見ていたが買う気にもならず迷ったふりをしていたが間がもたず、またこんどみたいなことをぼそぼそつぶやいて店を出た。

ドーナツを買ったこともなかったし店員に話かけることなんて初めてだった。レジの女の子の自然な笑顔が頭の中に残っている。歩きながら見知らぬ街にいる気分だった。

誰か人とと話すのが久しぶりの気がした。さっきのが会話と呼べるならだけど。いつ以来か。考えてもよくわからない。どっちかと言えばおしゃべりの方なんだがここふた月ほどほとんど誰ともしゃべっていないような。それでも意外と平気なんだ、人としゃべる必要なんてないのかも、とか思いだしていた。いや思おうとしていた。ゼミの飲み会のことがが浮かんでくるのを何とか押さえつけようとしているんだろう。そのぐらいオレでもわかる。でも自分の気持ちを自分でコントロールできないのは初めてかもしれなかった。一人っ子のオレはこれまでたいした苦労もなかった。わがままができるほどの経済力が親になかったからふつうに公立の学校にいってみんながいくからとくに勉強したいことがあったわけではないけどそんなに頑張らなくても入れる大学に進学した。そういうもんだと思っていた。ゼミの飲み会での出来事があるまでは。自分の中で頑丈に積み上げていたつもりだったがあまりにもろいことを知った。一軒家が地震でぺしゃんこになるみたいに。あとにはほこりが舞い上がっているだけ。

あの時あんなことを言ってなければ、と何回思ったことか。それと同時にそんなに無神経なことを言ったのかという想いが沸き上がる。

だいたい背が高いというのがひどい言葉なのか。スタイルがいいと言いたかっただけなんだし、ひたいが広いというのも知的な感じがするって意味じゃないか。そんなつもりで言ったんじゃないといっても独り歩きしだした言葉はオレのもんじゃなくなっているだよな。だったらしゃべらなきゃいいってなるよな。どう考えてもオレが悪いんじゃない。

じゃあ誰が悪いんだろう。

たんにオレが嫌われているだけか。そう思うとまた足元が緩みだして沈んでいく感覚に襲われる。とにかく忘れよう。気にしない。

スーパーにいってぐるぐる回るだけで何も買わず2時間ほど外に出ていた。この前大学に行った時は正門をくぐって回れ右をして出て帰ってきたから1時間半ほどの外出だったのでそれを抜いたことになる。

何の記録なんだか。

部屋に戻って明かりをつけ改めて変化がないか調べてみるが足元がふらついて柔らかな絨毯を歩いているようだ。もちろんいつもの薄汚れたフローリングの上を歩いているんだけど。ユニットバスも押し入れの中ものぞいた。特に変わりはない。肺の空気を全部だすようなため息をついて布団の上に座って動く気がせず膝を抱えてぼんやりしていた。

横になったが目はさえていた。明かりはつけたままにしている。

眠れはしないがかといって何もする気がせずパソコンも開かず近くに落ちてたマンガを手に取ったがすぐに放り出してただぼんやりしていた。

気がつくと外が明るくなっている。反射的に体をおこしまわりを見た。なにも変わりはない。そりゃそうだ。あれは夢。いつのまにか寝ていたみたいだが頭が痛かった。

窓を開け外を見る。向かいの建物の壁が立ちはだかっているが顔を出して上をのぞくとほんの少し空が見える。青空だ。空気を吸うと少し頭の痛みがとれる気がした。

晴れて暑くもなく寒くもないちょうどいい天候で外に出ようかなという気分に少しなったが布団に寝転がったとたん出る気をなくした。見えない鎖につながれてているような束縛感がありながらそれに首までつかって解放感を味わっているような奇妙な感覚だった。どっちにいけばいいんだか。いつまでオレはこんなことをやっているんだろう。そう思うと体の芯から絞めつけられるような痛みを感じる。すぐに振り払うが遠いところから打ち鳴らされる太鼓の音のようにオレの中に潜み続ける。

とりあえずカップ麺でも食べて腹を満たそう。うまくもないけど腹に何か入れれば少しはまともになる気がする。それから、、、。

それから何をしよう?

 

雨音がしている。パソコンの画面から目を離すと窓が少し明るくなっている。眠れなくてパソコンの画面に流れる映像を眺めていた。雨音が激しくなってくる。何も考えず何の想いもわかない。昨日の夕方に実家から送ってきたせんべいを食べただけだけど腹もすかない。しばらくしてないし。

少しづつ暗闇が消えかかるのを眺めるとなく眺めていると気配がした。入口の方だ。そっと目をやる。開いたドアの隅にやつらがいた。昨日は何事もなく過ぎたからもう出てくることはないだろう漠然と思っていた。時間が経つうちにただの夢と納得していた。というか思い込もうとしていた。そうするしかまともでいれない気がしたのだと思う。夏のあの出来事以降どんどん道を踏み外して坂道を転がりだしている感覚があったが、人形の出現で向こう側に行ってしまった怖さがあった。いまならまだ元に戻れる、はずだ。普通でいい。学校に行って友人と遊んでたまにお酒でも飲んで騒いで笑いあう。そんないままで何気なかったことがが遠い国でおきている出来事みたいでオレにはとても行けそうにないところに思える。いったいどこで踏み間違えたんだ。

なのにまた出てきた。体は動かず目だけで追う。微妙に動いている。間違いない。お互い顔を見合わせながら肩を揺すっている。笑っているんだろう。

薄暗がりの中凝視する。白くつやのあるように見える顔。小さくてもしっかり目があり鼻があり口がある。右の方が少し背が低くがっちりした感じ。腕組をしてうなづくところが兄貴分のように見える。左の方は細身で顔も小さく小刻みに動きながらしきりにしゃべっては口を大きく開け笑う。声は聞こえないが動くと微妙に影が動くからちゃんと立体なんだろう。

これって幻?唇をかむ。痛い。右手を開いて閉じる。これって夢の中?

息が荒くなる。寝てないよな。夢の中じゃない。目をやるとまだいる。まだ楽しそうに二体がしゃべっている。右側が着物の中に手を入れ胸をかいている。左側が頭に手をやって横だけにある髪をなでつけている。着物は二体とも紺色で使い古した感がある。動けずじっと見つめる。

二体を見ても怖いという感情は湧かなかった。麻痺していたのかもしれないがとにかく現実感がなく画面越しに何かの映像を見ている感じがした。そもそも現実感があったらなおさらやばいだろう。現実のわけがない。人形が動くか?江戸時代からタイムスリップしてきた人間が小人になって現れたか?

じゃあ目の前にいるあの動いてしゃべって笑う二体はなんだ?こいつらはオレの内面の投影だ。そうに決まってる。現実のわけがない。でもなんの投影だ。江戸時代にあこがれたことなんてないしそもそも歴史に興味がないし時代劇なんて何年も見てないし昔の人がどんなか恰好してるかなんて知るわけがない。

見つめているうちに薄くなっているのに気がついた。あたりが明るくなるにつれ徐々に透けてきている。顔だけじゃなくて着物も同じように透けている。そのことに気がついたのか二人はおっという顔をして窓の方を見る。オレもそっちを見るとだいぶ陽の光が入ってきて窓ガラスが白く輝きだしていた。振り返るともう二人はいなかった。

布団に寝転がって板張りの天井を見ていた。とにかくよく笑うやつらだ。見ていて悪意というものを感じなかったから怖さがなかったのかもしれない。少なくともオレに危害を加える気はなさそうだ。もしこっちに向かってきても踏みつぶせそうだし。近づく素振りも見せなかったけど。ただ二人でじゃれあってふざけている感じ。じゃあ何しに来た。いやいや待て、あいつらはオレの幻想だ。まともに考えたらだめだ。忘れないと。すこし外でも走るか。運動不足が原因か。でもなんで声が聞こえないんだろう。しきりにしゃべっているしさかんに笑っているけど音は聞こえない。いったい何を話しているのか。どんな言葉を使っているのか。

とりあえず名前を付けるか。呼びかける時に必要だろう。呼びかける?呼びかけたら反応するんだろうか。それはそれで怖いかも。

でもとりあえず名前だ。なんにでも名前は必要だろう。旅の恰好じゃないから弥二さん、喜多さんじゃないな。なにがいいか。ふっと浮かんだのが平佐と余之介。平気の平佐と余裕の余之助。何かのドラマで見たのかこのフレーズが浮かんだ。いいじゃないか、平気の平佐と余裕の余乃助。いつもへらへらしている二人にぴったりだ。うん、いいかも。

なにがいいんだ。頭を枕にたたきつけてそのまま布団にくるまった。

 

暗くなりだして息をひそめていた。昨日は出てこなかった。初めて目にした日から4日ほどたっていた。出てこないとなんだか落ち着かなくなる。出るんだか出ないんだかはっきりしてくれと言いかった。どうやって言えばいいのか分からないけど。

だいぶ薄暗くなってきたが今日も出てこないみたいだ。明け方と日暮れ時以外は出てきたことはない。薄暗い、あと少しで日が差すか。真っ暗になるかの数分だけ現れる。どういう仕組みになっているのか。考えても分かる話じゃないだろうが。あれこれ想っているうちにもう今日は出てこないと照明をつけて寝転がった。なんだか変な気分だった。安堵なのか物足りないのか。物足りない?これって会えないのをさみしがってるみたいじゃないか。

起きている間じゅうずっとやつらのことを考えていた。考えないわけにいかない。こんなこと初めてだし、聞いたこともないし。

姿は見える。とにかく楽しそうにしゃべっている。でもオレには声は聞こえない。何を話しているのか。江戸時代の日常会話とか。江戸時代の日常会話ってどんなものかと考えたが想像もつかない。動きも不自然なところはないしサイズが小さいだけで生き物なのは間違いないだろう。いやいや違う。ただの幻。でもなんで幻が見える?

誰かに言ってみたかったが誰にも言えない。どういったところで即頭のおかしなやつ確定だ。オレが逆の立場ならそう思う。それは自信を持って言える。じゃあオレは頭がおかしいのか。自分で頭がおかしいのかもと思えるのはおかしくない証拠じゃないか。

なにがなんだかわけがわからない。

 

なんどか朝が来て夜が来て明かりはつけず薄暗がりができる時間だけ待っていた。なにかを待っていた。やつらが現れるのだけでなく何かを。やつら以外になにを待つのか。オレにもよくわからないが何かを。

もうすぐ真っ暗になりそうで出てこないかと思っている時、かたんと音がして窓際に目をやると隅に二人がいた。初めての場所だ。いつも違うところから現れる。どっちがどっちかよくわからないが余之介と平左。同じようなくすんだ紺色と灰色の混じった古びた着物で赤っぽい紐のような帯でしめ少し着崩した雰囲気で体の一部のような感じさえする。前とどこか違いがないかよく見たがまったく同じように見える。いつものように楽しそうにしゃべっている。耳を澄ますが声は聞こえない。気がつくと二人が肩を組みこっちを見ながら笑っている。オレが見えるのか。軽く手を振ってみる。とくに反応はない。見えないのか。

気がつくと二人はじっとたたずんでいる。オレの方を見ているようだ。全く動かない。オレも動かずじっとしていたら視線を感じた。表情は暗くなってよく見えないが二人の視線だ。目は見えなくても視線は感じることを初めて知った。その視線に射すくめられたように体が動かなかった。

動けず息をひそめているうちに暗がりが増しその中に二人は消えていった。 

明かりをつけやつらがいたところをみてみる。何かいつもと違う匂いがほんのわずかだが漂っていた。なんの匂いだろう?思いつかないがなぜか懐かしさを抱かせる。なんだ?と考えを巡らせているうちに匂いは消えていた。

 

目が覚めてやつらの気配が漂っているのを感じた。昨日は出てこなかった。その前は?何回朝と夜が来たのか?眠りが浅いので自分でも寝ているのか起きているのか分からなくなったりしていたが、その時は二人がいるとはっきり分かった。それが現実なのかオレの幻想なのかは分からないが。

ややこしすぎる。はっきりさせたかった。とにかくあいつらは本当に存在するのか?この手で捕まえてみれば少なくとも分かるはずだ。そっと目を開け辺りをうかがう。少し外が明るくなってきている時間で部屋の中はでこぼこの影が意味のない形を複雑に作り上げている。できるだけ体を動かさず周り見るがあいつらはいない。さっきの気配はどこからしたんだろう。そっと体を起こして後ろを振り向くといた。思わず言葉にならない悲鳴のような声が出た。それをみて大笑いしている。肩を叩きあい腹を押さえて笑っている。オレをからかっているのか。オレが見えるのか。今までになく近づいている。影になって表情はよく見えないし、いつものように二人でしゃべって笑っているが何も聞こえない。でも確かにそこにいる。

無性に腹が立ってきた。なにかがオレの中ではじけた。液体の入ったチューブをぐっとねじって破り中身が飛び散るように。

とにかく捕まえてやろう。

素知らぬふりをして逆方向を見ながらしばらくじっとして息を整えた。まだいるの確かめてゆっくり10秒数えてから体を投げ出すように左手を伸ばしてつかもうとした。二人はさほど慌てた様子も見せず着物を翻らせたかと思うと見えない巨大な掃除機に吸い込まれるように一点に消えていった。着物の端を最後にちらりと見せながら。

いや消えるはずがない。目の前の脱ぎ捨てている服や食べ物の包装紙やチラシなんかを片っ端から持ち上げ、後ろに投げ、姿を探した。いない。消えた。本当に消えたのか?マジックを見ていえる気分だ。でもここはオレの部屋だ。歓声にこたえてお辞儀する手品師もいなければ拍手する観衆もいない。いやきっとどこかにいる。ゴキブリじゃあるまいしほんのちょっとした隙間に入り込めるとも思えない。この部屋のどこかにいるはずなのにどこにもいない。隅から隅まで探したがいい加減息が上がってきて布団の上に座り込んだ。

消えたんだ。毎回そうじゃないか。見てたじゃないか。なんでわからないふりをするんだ。

涙が出そうになるのをこらえてまわりを見回してあまりの部屋の乱雑さに驚いた。

無茶苦茶だ。確か何日か前にごみを捨ててある程度きれいにしたのになんでこんなに散らかり放題なんだ。Tシャツや下着も脱ぎっぱなしのものと洗濯したものが混ざって意味の分からない芸術品みたいになっている。食べた後の容器もきちんとかたずけていたつもりが崩れて小さな動物がすみにうずくまっているようだ。人の住むところじゃないな、とあきれている自分にあきれた。と唐突にやつらの笑顔が浮かんだ。あいつらなにを笑っていたんだか。

目の前のペットボトルを手にとって手元にあったビニール袋に入れた。さらにその先の食べ終えたカップ麺の容器も入れた。次々袋に入れ始めた。すぐいっぱいになって別の袋をだしてきてこんどは紙やテッシュ、チラシとかの燃えるごみを集めだした。

すぐにいっぱいになったごみ袋がいくつもでき、紙類も一か所にまとめてしばって入り口においた。衣類は汚れているものといないものの区別がつかないからまとめて洗濯することにした。ビニール袋もなくなったからシーツをはがして全部入れくるんでしばった。すぐ入り口が塞がれてすり抜けて出るしかないぐらいになったが誰が来るわけじゃなし構わない。とにかく部屋の隅が見えるようにものを整理していった。本類はとにかく重ねて四角にする。服や下着はたたんで押し入れにしまった。服をきちんとたたむのってひさしぶりかも。

なんだか勢いがとまらずバスタブも掃除した。ここに来て初めてかもしれない。引っ越してきた時に買った風呂用洗剤というのを初めて使った。スポンジがなかったので食器用ので代用したがすぐ真っ黒になって食器には使えなくなったけどスポンジなんてまた買えばいい。誰に言われたわけでもないのに休みもをとらずとにかく動いた。後ろで誰かに見はられてちょっとでも手を止めると叱られそうな気分だった。そんなわけないと頭では分かっているがとにかく手が止まらない。

バスタブを指でこすると音がする。宣伝で見たことがあるがホントなんだと何回も繰り返す。排水溝の周りとか黒ずみは残っているけどこれなら湯をはってつかることもできる。

ひととおり終えると窓を全開にしてなんとか空気を入れかえようと来ていたシャを脱いでであおいでみる。なんか無駄な努力のような気がするがしないよりはましだろう。でもシャツからホコリが舞い上がったからすぐやめた。

洗濯物を抱えてコインランドリーに行きながらなんだか恋人を迎える準備みたいじゃないかとなんだか笑っていたがふとあまりきれいになっているとやつらが現れないかもと不安がよぎって足が止まった。いやいや待っているわけじゃないから。オレは何を心配してるんだ。

洗濯物を乾燥機にかけている間に以前によく行っていた駅前の牛丼屋に入る。外食じたい久しぶりだ。お金に余裕がなかったし食欲もなかったし。でも掃除をして動いたせいか腹が減っていた。なんだか久しぶりの空腹の気がした。健全な空腹。そういうのってあるんだ。牛丼は思ったほどうまくはなかったけどそれでも体が喜んでいる感じがした。こういうのをなんていうんだっけ。五臓六腑に身が染みる?

そのあとスーパーに食料品を買いに行った時ネズミ捕り粘着シートというのも見つけた。こんなもの売ってるんだ、と手に取った。手のひらサイズぐらいで開いて使うタイプで4枚入り。今のオレには痛い出費だが買うことにした。

引っ越したばかりを思い出させるほど整頓された部屋を眺めて一息ついた。やればできるじゃないか。いままでなにやってたんだろう。なんだか久しぶりの達成感にひたった。悪くない。どこを触っても汚れのつかないのがうれしくてあちこち触ってみる。なにがおかしいのか自分でもよくわからないがなんだか笑いが込み上げてくる。

買ってきた粘着シートを手に取ってながめていたが今までやつらが出たところに雑誌やマンガをちらばし目立たないようにして置いた。指先で少し触ったが確かにネズミでもこれにかかれば逃げられない粘着力だ。とにかく実在するのか確認したかった。どこからきて何者なのか。言葉を交わせるのか。

そんなことをしているうちに眠気に襲われた。久しぶりの本格的な眠気だ。日が暮れるまでそんなに時間がなかったから眠りたくはなかったがとてもがまんできる眠気ではなく布団にはいって首まで毛布を掛けたとたん引きずり込まれるように眠りに落ちていった。

さざ波のようなかすかな音で目が覚めた。雨音かと思って耳を澄ませてすぐ気がついた。泣き声だ。布団を跳ね上げ周りを見回す。机の上の粘着シートだ。二人が粘着シートの上で涙をぼろぼろ流している。一人は両手両膝をついて一人は尻もちをついて片手は後ろに伸ばされシートについてもう片手で顔を覆っている。顔を真っ赤にして赤ん坊のように泣いている。

助けようと身を起こしたとろろで目が覚めた。反射的に机に目をやる。二人はいない。起きてシートを確認するがなんの後もなくきれいなまま。他のシートも見てみるが変化はない。二人が出てきていないのを確認してシートを全部ごみ袋に捨てた。

 

大学の学食で一人でカレーを食べていたら後ろから声をかけられた。声だけで誰だかすぐに分かった。

「ー君?なんか久しぶりだよね。連絡つかないってみんな心配してたけど」

「いや、ここんとこ体調崩してたから」

「学校には来てたの」

「昨日からね。だいぶ休んだからこれから取り返さないと」

「そう。わたしも何回か連絡したんだけど」

「ごめん、お金払ってなくてケータイ止まってたから」

「そっか。なんか大変だったのね。・・・ やせた?大丈夫?」

「うん、だいぶ良くなったから」

しばらくオレの顔を見ていた。何か言うのかと思ったが、じゃあね、と軽く手を振って去っていった。

オレが何か言うのをまっていたのかもと少し後で思った。

 

回路が切れたのだと思う。どういう回路なのか、オレの中にあるのか、外にあるのか。薄暗がりの中じっと布団の上に座って待っているオレがいるがもう彼らは現われない。

そして前にもましてさえない日々が始まった。でもそのさえない日々の中に何か今までにない光のようなものを感じるときがある。ちょっとした瞬間に現れてはすぐ消えるのだが。

 

次回は4月1日投稿予定です。オッペン氏が手直しすると言って予定より遅れてしまいました。氏も乗り気になっているようです。

 

 


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