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カレーショップ サイのツノ 公式ブログ

「マスターの独り言」 日々の雑感やお店の裏話などを綴っています。サイのツノへの興味と関心が増して頂ければ幸いです。

ピカンテ、それはタコスへの道

2019-07-30 23:41:15 | 日記

メキシコの地でタコスに癒されたという話でした。
外国での体験というのは非日常的なので意味が過剰になる
傾向がありますよね。自分のタコスへの思い入れもその典型
だと思います。なにせ30年以上経っているのにまだ持っていま
すから。メキシコの旅でいえば手持ちのお金が不足する不安を
タコスへの興味で打ち消す、みたいな。端から見れば、何で
そんなに、という入れこみかたをしてました。

ところで20代の頃から勝手なレシピで料理を作るということを
よくしていた気がします。どこかで食べたものを自分で、こんな
感じかな?とテキトー(?)に作って再現する。それを周りの人に
食べてもらう。想像して作るレシピなのでかなり迷惑な一品も
あったことと思います。申し訳ないことをしてしまいました。
でも考えたら、今やっていることの原点かもしれないです。
サイのツノは多くの人の我慢と忍耐を下支えにできてきたのだと
今更ながらに感謝を禁じえません。遅いんですが。なんだこりゃ、
と思いながらもニコニコして食べてくれた昔の関係者の皆さん、
ありがとうございました。皆さんのお陰でサイのツノはなんとか
ここまでこれました!

話がそれました。思い入れの強いタコスを日本に帰ってきて、
自分なりのレシピで作ったのは言うまでもありません。でも当時は
トルティーヤなんて売ってなく、小麦粉を使って作ったり
(チャパティですね)したんてすが、どうも違う、これじゃない、
と納得のいくものは作れませんでした。最近は普通にスーパーで
トルティーヤが売ってあったりしますが、今に至るまでもです。
メキシコの雑踏の中で食べた味というのは、すでに自分の頭の中で
作ってしまっているんでしょうね。ある意味、再現は不可能なんで
しょう。ただ美味しいタコスは作れるはずですよね。

今初めてカミングアウトしますが、タコス専門店を作るのがこれからの
残り少ない人生の夢のひとつです。タコスの本当の美味しさを世に
広めたいと思っています。キャッチコピーもすでにできています。
[あなたはまだ、本当のタコスを知らない!] これです。計画としては
屋台形式の小さな店舗にして一人でできる業態でチェーン店化するのが
いいかな、と勝手に思ってます。妄想は30年前から続いています。
 
 夢は荒野を駆けめぐる。
 人間変わらないものだな、というか当然のごとくつながっているというか。
 進歩がないというか。


再訪 サイモン&ガーファンクル

2019-07-22 00:14:11 | 日記


今更ながらですが、サイモン&ガーファンクル、いいですね。
このあいだ動画でたまたまスカーボロフェアを見たんですが、訳詞つき
(便利な時代になりました)で、あらためてじっくり聴いて、ああ、いいな、
なんか味わい深い、と感じいってしまいました。最初にサイモン&ガーファンクル
を聴いたのは中学2年の時に見た映画[卒業]でした。懐かしい。
 [卒業]で話が通じるのはある程度年配の人に限られるかもしれないですね。
ラストシーンがあまりに有名な映画です。スカーボロフェアにつられレンタル
 ショップで借りてきて何十年ぶりかで[卒業]も見てしまいました。
面白かったです。今見ても新鮮さがありました。この年になって見たから、という
 のがあるのかもしれませんが。
中学2年の時はリバイバル上映の映画館で見ました。リバイバル上映って分かる
 でしょうか?...話がそれました。
 映画の話をしだすと止めどなくなるのでやめときます。
 

サイモン&ガーファンクルに戻れば、スカーボロフェア、サウンドオブサイレント、
ミセスロビンソン、4月になれば彼女は、などなど、どこかしらで聴いたりもして
今でも耳に残っています。逆を言うとそれ以外はあまり知らないんですが。
 今回訳詞つきで視聴して二人のハーモニーや曲の良さだけでなく、詞もいいんだ、
 と初めて知りました。 遅いんですが。30年以上遅れてますね。もっとかな?自分には
 よくあることではありますが。だいぶ経ってから、ああ、そうなんだ、そういうこと
 だったのか、と物事の理解に達する ことが、ママあります。

 スカーボロフェアに関していえば、スカーボロというのは地名だというのはなんと
なく知っていましたが、イギリスの古い民謡の歌詞からとられているんですね。
 分かる人には分かるのでしょうが、へえ~そうなんだ、という感じでした。
 サウンドオブサイレントもいいですね。読み込みたくなる詞です。これって60年代
 の時代背景というのもあるんでしょうね。パソコンでサイモン&ガーファンクルを
見ているとオススメの動画が出てくるので、同時代のヒット曲を何気無く聴いて
いたりすると、深刻な内容を明るい曲調で歌うというパターンがある気がします。
60年代というのはリアルタイムではもちろん経験していませんが、映像や活字で
見聞きしていると若者にとっても何かと激しい時代だったみたいですね。自分達は
その後の白け世代(そういう言われかたをしてました)なので、憧れ(お気楽に
ですが)みたいなものもあった気もします。
 
 何はともあれ無事に歳を重ね、10代20代を振り返れるのはラッキーなことですよね。
 同じ作品を見ても違った味わいかたができます。歳をとる効用ですね。ハッキリ言って
 中学生が見ても分からない部分も今見ればよくわかったりします。同じ作品を見ても
 より深く味わいことができる。歳をとるっていいですね。



まだまだ続くメキシコの旅 その3

2019-07-09 00:17:15 | 日記

 旅に出るのに消極的な人の理由のひとつに、お腹を壊すのが怖い、
 というのがあるのではないでしょうか?これに関しては自分は全然
 ありません。何せ19歳で東京に出て来たときも、半年ぐらいはお腹の調子が
 悪かったですから(水が合わなかったのか?)、自分にとっては
 日常的なことで、トイレに行けば済むことぐらいの感じです。全くなんの
 自慢にはなりませんが。
 昔ですが、中国に旅行に行った知り合いが、お腹を壊したのを理由に
 途中で帰国したと聞いてびっくりしたものです。帰ってくる間に治っちゃう
 んじゃないの、と思ってしまいましたが、人それぞれ感じかたや対処の
 仕方は違います。
 普段丈夫な人はかえって慌てるのかもしれないですね。
 自分は 普段からお腹が弱かったり、肌も弱いし、鼻も蓄膿気味だったり、
 、、何だかこう書くと虚弱体質みたいですね。別に大げさに書いている
 わけではないんですが、小さい時から丈夫ではなかったです。小学校生の
 頃は病気でよく学校を休んでいたような。ただ運動は得意で足は速かったです。
 病気がちという体の弱さと運動能力はもちろん、旅やアウトドアでの
 適応力というのも全く違うものなんでしょうね。、、、メキシコの旅の話でした、
 いやタコスとの出会い、、いや、辛口ピクルスの名前が何故ピカンテという
 スペイン語になったのか、それでした。
 
 とにかく不安の多い旅で一番の慰め、というか癒しになったのが屋台で
 食べるタコスでした。やっと話が戻りました。
ただこのタコス、たまには奮発してレストランに入って食べたりもしたん
てすが、屋台で食べる時のような感動はないんですよね。価格的にはもちろん
レストランで頼むほうが高いのですが、何故かおいしくない、そう,まずいわけ
ではないんですが、決しておいしくない。これはたまたまというのではなく、
何回か試してみての結論でした。何故なんでしょうね。ただの雰囲気や気分の違い
かとも思いますが、どうなんでしょう?

 何はともあれ、新しい街に着くとまずタコスの屋台を探してタコスを食べる、
 というのが習慣になりました。今でもよく覚えているのは首都の
 メキシコシティの屋台のタコスです。大都会ですから、いくつも食べましたが、
 そのなかでもサボテン(の葉?)を具材に使っているところのがお気に入りでした。
 何年か後に2回目にメキシコシティを訪れた時も、真っ先にその屋台にいって
 頬張りました。
うまかった。
 
思い出すだけで味や食感がよみがえってきます。今となっては、それにまつわる
もろもろの想いや感情もない交ぜになっているので、どこまでが当時の出来事で、
どこからが自分の中で作った記憶なのか判然とはしませんが。こういうのは
考えだすと迷宮に迷い混んでしまいそうになるので、スルーして話を進めて
いきたいと思います。と、言いながら進みませんが、、。


まだまだ続くメキシコの旅 その2

2019-07-01 00:39:32 | 日記

 そこで出会ったのがタコスです。タコスを食べたことが
ある人ってどのくらいの割合でいるのか、想像もつかないですが、
知らないという人はあまりいないのではないでしょうか。でも
タコスと言ってもバリエーションがいろいろあるので、思い浮か
べるものはみんな微妙に違うでしょうね。
一般的には固いトルティーヤにチリソース、挽肉、生野菜をのせて
食べる、というイメージが強そうですが、どうでしよう?
メキシコで出会ったタコスは屋台で作っているタコスです。
まずおじさんが一人でやっていて、(祭りの時の焼きそばの屋台を
想像しもらうと近いです)鉄板が真ん中にあって、そこで
トルティーヤ(トウモロコシで作るクレープみたいなやつ)を軽く焼く、
というか温めて、横に作っておいた挽肉の具をひょいとのせ、薬的な
玉葱のスライスやトマトの小さくカットしたものをぱっぱっとちらして
半分に折って紙で包んでほいっと渡してくれます。屋台の周りで、
それを頬張るわけです。
安くて手軽に食べれて、その土地に馴染めている感覚も味わえて、
すっかりはまってしまいました。薬味的なトッピングも自分で好きに
できたりして辛味を調節できるのも良かったです。

ところで見知らぬ人達にまぎれて出来立てのその土地の料理を食べる
というのは一人旅の醍醐味のひとつではあります。いろんな国を
旅しましたが、基本、貧乏旅行なので一番安そうな食堂で食べるわけです。
今こうして書いていて、いろんなところで食べたな、と食事の風景が
浮かんできました。不思議と不味くて食べられなかった、というのは
なかった気がします。まあ昔の話なので忘れているだけかもしれませんが。
逆にその土地の食べ物が食べられないというのでは生きていけませんからね。
ただお腹はしょっちゅうこわしていましたが。

とりあえずここで投稿。タコスとの出会いから慰め、感謝、
そして恩返し!?へと続きます、、、かな?