メキシコの地でタコスに癒されたという話でした。
外国での体験というのは非日常的なので意味が過剰になる
傾向がありますよね。自分のタコスへの思い入れもその典型
だと思います。なにせ30年以上経っているのにまだ持っていま
すから。メキシコの旅でいえば手持ちのお金が不足する不安を
タコスへの興味で打ち消す、みたいな。端から見れば、何で
そんなに、という入れこみかたをしてました。
ところで20代の頃から勝手なレシピで料理を作るということを
よくしていた気がします。どこかで食べたものを自分で、こんな
感じかな?とテキトー(?)に作って再現する。それを周りの人に
食べてもらう。想像して作るレシピなのでかなり迷惑な一品も
あったことと思います。申し訳ないことをしてしまいました。
でも考えたら、今やっていることの原点かもしれないです。
サイのツノは多くの人の我慢と忍耐を下支えにできてきたのだと
今更ながらに感謝を禁じえません。遅いんですが。なんだこりゃ、
と思いながらもニコニコして食べてくれた昔の関係者の皆さん、
ありがとうございました。皆さんのお陰でサイのツノはなんとか
ここまでこれました!
話がそれました。思い入れの強いタコスを日本に帰ってきて、
自分なりのレシピで作ったのは言うまでもありません。でも当時は
トルティーヤなんて売ってなく、小麦粉を使って作ったり
(チャパティですね)したんてすが、どうも違う、これじゃない、
と納得のいくものは作れませんでした。最近は普通にスーパーで
トルティーヤが売ってあったりしますが、今に至るまでもです。
メキシコの雑踏の中で食べた味というのは、すでに自分の頭の中で
作ってしまっているんでしょうね。ある意味、再現は不可能なんで
しょう。ただ美味しいタコスは作れるはずですよね。
今初めてカミングアウトしますが、タコス専門店を作るのがこれからの
残り少ない人生の夢のひとつです。タコスの本当の美味しさを世に
広めたいと思っています。キャッチコピーもすでにできています。
[あなたはまだ、本当のタコスを知らない!] これです。計画としては
屋台形式の小さな店舗にして一人でできる業態でチェーン店化するのが
いいかな、と勝手に思ってます。妄想は30年前から続いています。
夢は荒野を駆けめぐる。
人間変わらないものだな、というか当然のごとくつながっているというか。
進歩がないというか。

