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カレーショップ サイのツノ 公式ブログ

「マスターの独り言」 日々の雑感やお店の裏話などを綴っています。サイのツノへの興味と関心が増して頂ければ幸いです。

ペルシャ料理

2020-02-27 00:20:48 | 日記

この間の日曜日にペルシャ料理を作りました。いつも日曜の晩ごはんは
自分が作ります。いろいろバリエーション豊かに作ろうとしても、どう
してもパターンにおちいってしまうという悩みがありました。その日曜も、
さて今日の晩ごはんは何を作ろう、何か新しいものはないかと、ぼんやり
考えている時、なぜかペルシャという言葉が浮かんだのです。そうだ!
ペルシャ料理!ペルシャ料理作ってみよう、と思い立ちました。ただ問題は
ペルシャ料理というものがどういうものなのか、皆目検討がつきません。
ネットで調べればいろいろ出てくるんでしょうが、それは違う、と自分の
心が叫びます。なので心のおもむくままに作ってみようと決めました。
子供に今日の晩ごはん何?と聞かれたので、ここぞとばかりにペルシャ料理!と
言ったら,怪訝な顔をされ、そのままスルーされました。この時点で何か違う
とは思いましたが、心に決めたことをそう簡単に変えるわけにはいかないと
ペルシャ料理を作る決意を新たにしました。が実際にペルシャ料理をどう
作ればいいのか、そもそもペルシャってどこ?というかペルシャって何?と
いう疑問が湧いてきます。
その昔、世界史の授業でさササン朝ペルシャという国があったのは知っています
が、今ある国とは何の関係もないのでしょうか?イスラム教の国がその後継に
なるのか、トルコがそうなのか、そもそもアラブとイスラムはどう違うのか、
こんなふうに何か考え出すと自分がなんと無知なのか思い知らされます。

と、そんなことを考えているうちにも時間は過ぎていき、晩ごはんを作らない
ことにはみんなに怒られるので、とにかく作ろう、イメージ的にはトルコ料理が
近そう、トルコ料理なら実際に食べたことがあるし馴染みがあるのでなんとか
なるだろう、とりあえずトマトとナスを使ってスパイシーに仕上げれば
トルコ料理だし?!と勝手な理屈を膨らませて出来たペルシャ料理は豚肉と
キャベツがメインになった少しスパイシーな煮込み料理でした。でもイスラム教は
豚肉は駄目だよなとか思いつつ、これ、ペルシャ料理とみんなには言って出し
ましたが、ほとんど反応はなく静かな食事となりました。二度と作ることはない
でしょう。というかどうやって作ったか覚えてないし。でもこういう行き当たり
ばったりな行動から思わぬイノベーションが起きたりするんですよね、、、、。
めげずに新しい挑戦に挑み続けたいと思います。





忘れないということ

2020-02-21 00:29:34 | 日記
だいぶ前のことですがスーパーで買い物をしていたら、当時小学4年
ぐらいだった娘の友達が自分を見かけて、向こうから挨拶をしてくれた
ことがありました。まあなんてことない日常のひとコマなんですが、
その時に思いがけず嬉しかった自分がいました。小学生に顔を覚えて
もらっても何の実利も無いのは分かっていても、そうかぁ、覚えてくれ
たんだ、としみじみしてしまいました。どうしてなんでしょうね。

接客業ですから来てくれたお客さんの顔を覚えるというのは基本で、
どうしてかというとお客さんが喜んでくれるからです。でもなぜ人は
人に覚えていてくれると嬉しいんでしょうね。自分がお客でどこかの
店にいって覚えていてくれたらやっぱり嬉しいです。そこに自分の
居場所があると思えるからでしょうか。受け入れられているというと
大げさな気もしますが、ほんの少しの、ささいなことがその日の気分を
左右することはよくあることでもありますよね。あら、こんにちは!
久しぶりですね!とひと声かけてくれるだけでその日一日気分良く過ご
せるというのは誰にでもあることではないでしょうか。

そもそも出会いがなければ忘れるも忘れないもないですもんね。出会いが
あったことをお互い確認できることが大事なのでしょうか。でも確認した
からそれでどうなるの?と考えるとあらぬほうへ行ってしまう気がします。
確認できること自体が良きことなのではないでしょうか
忘れないでいる方も覚えていることで嬉しい思いもするわけだし、一方的な
ことではなく、交流しているわけで、忘れないということは自分のために
あることにになるのではないでしょうか。
ふだん日常の中で忘れがちになっている交流というか、流動性というか、
本来あるべきものを確認しているのかもしれないですね。ついつい忘れて
しまうんですよね。なんだか一人で生きているような気になって、
強がったり、無理したり。どうしてなんでしょうね。大事なことというものが
忘れやすいものなのかもしれないですね。忘れやすいから大事なことなのか。
そもそも大事なことってなんですか?、、、みたいな。
相変わらずとりとめのない文章ですいません。
最近法事で帰省した時にいろいろ思ったことです。

靴下をはける幸せ

2020-02-02 23:31:33 | 日記


年末になるぐらいから腰に違和感があって、なんかやな感じだなと
思っていたら、最後の営業日だった30日あたりから屈むのがつらく
なってしまい、大晦日には座っていると立った時に歩くのがつらく
なるぐらい悪化してしまいました。一番辛かったのが元旦で、イスでも
床でも腰を降ろしていると、どんどん痛くなってきて、横になっても駄目で、
これはまずいと新年早々打ちし枯れてしまいました。ただ腰以外は問題は
なくいたって健康なので、これは動いたほうがいいのかなと、小金井公園に
初詣がてら出かけて小一時間ほど歩いていたらだいぶ楽になりました。
オレは休んじゃいかんのか?!と言いたくなるところですが、やっぱりケガとか
病気というのはツライですよね。

今回はまだ軽い方でギックリ腰をやった時は朝起きて布団から立ち上がるのに
10分ぐらいかかります。起き抜けは体が固くなっているのか、どう動いても
腰に痛みがきてちょっとずつちょっとずつあちこち動かして楽なところを探して
腕をついて、膝を立てて、とやっていくうちに腰に激痛が走ってふとんに倒れ込み、
またちょっとずつを繰り返してやっと立ち上がるのに約10分。ツライです。
今回は少しづつ痛くなってきたので、そこまでではなく、朝起きて靴下を履くのが
難儀でした。靴下と格闘しないといけないのもツライですが。ゆっくり症状がでた
せいか、治るのもゆっくりで靴下がさらっと履けるまで3週間ほどかかってしまい
ました。

 今まで生きてきて入院するような大病とか事故にあったことが無いのはラッキーな
 ことだとつくづく思った次第です。ただこの腰だけはやっかいで一年に一度は痛める
 恒例行事化しています。店を始めて5,6年目にギックリ腰をやってしまい、
 そこから毎年続いているので立ち仕事のせいなんだろうとは思いますが、対策としても
 座るわけにもいかず、ちょっとずつ負担を減らすしかないかなという感じです。まぁ、
 年も年だし、うまくつきあっていくしかないでしょう。どこにも悪いところがなく
  絶好調!というのも危うい感じがしますしね。たまには腰痛で苦しむことも必要なのかも、
  とむりやり思うことにしてます。靴下をなんの苦もなく履ける幸せを噛みしめながら
 今年もやっていきたいと思います。

  不健康だと感じている状態が健康なことなのかもしれないですね?!
  ということで今年始めての投稿になります。本年もよろしくお願いします、
  というには遅すぎますが、 よろしくお願いします!