今回は「ひらひらと舞い落ち、緩やかに流れる」 その2です。まだまだ続くお話です。
あれから三日。学校には行かず街をうろついている。デパートを視界に入れないようにいつも意識しながら。あの映像に迷わせられながら。
昨日住んでいるアパートの隣のお兄さんにパソコンで少女の写真を見せられてからいっそう頭から離れなくなっていた。
あどけなさを残すあの顔、あの目。ひらひらと舞い落ちる映像に加えてあの目がいつも後ろの方から見つめられている気がしてくる。
まわりは加工してあって集団写真の一部を拡大した感じだったが画像は鮮明だった。はっきりと少女の顔が写っている。その少女はひどく幼く見えた。17,18にはみえない。中学生といっても十分通用するだろう。整った小さい顔にわずかに微笑みを浮かべこっちを見つめている。その眼には全体の幼い印象とは違い力強さがあった。オレを見据えているような。
今日は必修の授業があるから行かなきゃとは思うが足が向かない。気も向かない。
朝起きてじっとしていられなくてとにかく外へ出るが行きたいところも行くべきところも思い浮かばずただ歩いている。
オレのやるべきことがある気がする。でも気がするだけで何をやるべきなのか何もわからない。早く見つけないといけない探し物をしているのに何を探しているのか忘れてしまったように。
日が高く上ってもあてどなく街を歩いていた。結局授業はさぼった。なんでいかなくてはならないのかさっぱり分からなかった。行くという考え自体なくなっていた。何気なく目をやった画面に何の興味もないドラマが流れていて自然とスイッチを切るみたいに。
いつもは部屋でごろごろしているうちに日が登り沈んでいくなんてことがよくあったけど飛び降りを目撃してからとにかく街中を歩いる。歩いて疲れてくると部屋に戻り買ってきたカップ麵やおにぎりを食べ、しばらくすると落ち着かなくなりまた外へ出る。どこかいきたい場所があるわけじゃないからとにかく足の向くまま歩く。
ただ一か所だけオレの行ける場所がある。アルバイトをしているバー「アール」だ。この大都会でオレが行ける場所はここだけ。まだあるだけましなのか。昨日はバイトが入っていたので夕方に行って数時間働いた。
働いていると落ち着けた。マスターの穏やかな顔を見るだけで少し安心できる。あの映像もほとんど出てこない。手を動かしてやることに追われているのがいいのかもしれない。やるべきことがほかにないのが問題なのかもと、そんなことを考え出すとまたあの映像が出てきそうで慌てて手を動かすのに集中する。
店は週末は混むのだがその日はいつもより忙しくテーブルにも二組ほどお客さんが座ってオレが注文を取りにいったりお酒を出したりする。まだ慣れないというか覚えていないことがたくさんあるので初めてのお客さんだと緊張してしまう。その時もテーブルに座った若めのカップルの注文を取りにいったのだが聞きなれない名前を言われまごついているとカウンターに座っていた常連さんが、カクテルよ、とオレにそっと言ってそのお客さんに、ここのマスター得意ですよ、と話しかけ場を和ませてくれた。なんでも陶芸をやっているらしい30ぐらい(大人の特に女性の年齢ははっきり言って見当もつかない)の女の常連さんだ。気さくな人でオレにもよく話けてくれる。この人だとわりに緊張せず受け答えができるオレにとっては貴重な人だ。マスターも、手伝ってくれて悪いね、と笑いながらほかのお客さんよりラフに話しかける。けっこう昔からの知り合いみたいだ。
たまっていた洗い物を急いで終わらせてたらお客さんもあらかた帰って陶芸の女性だけカウンターに残っていた。終わりはいつもより早いかもと皿を拭きながらぼんやり思っていたが気がつくと急いで行かなくちゃいけないのにどこへ行けばいいのか分からないここ数日取りつかれている感覚が絡み付いてくる。どうすればいいんだ、歩くんじゃなくて走ってみるか、そんなことを思っていたら
ーなんだかいつもよりぼんやりしてるね、
とカウンターに片ひじをついて顎をのせた陶芸の女性につっこまれた。え、いや、とまごついていたらマスターが飛び降り自殺の瞬間を見ちゃったみたいで、と話に入ってきてくれ、え、そうなの、と手をカウンターについて姿勢を伸ばしてこっちを見てきた。
―見ったっていうか、一瞬落ちるところを遠目に見えたっていう感じで、ええ、何が落ちたのかその時は分からなかったですから。ただ、なんていういのか、イメージが残っちゃって。
自分でも要領を得ない話し方だと思うが今自分に起きていることを人にどう伝えればいいのか、もともとしゃべるのが苦手なオレには難しすぎる。二人はまだ若いのに、とかまわりが何とかできなかったのかなとか、一般的な感想を言っているがそんなんじゃないんですと言いたかった。
あの子に起きたことはそんなことじゃない。その時頭の中で閃光が走った気がした。
帰り際にマスターも少し心配そうな顔で体調が悪いの?と聞いてくれたが体調が悪いわけではないので、いえ、そんなことないです、と言ったものの良いわけでもないけど、と思っていた。
軽い疲労を感じて今日はすぐ眠れるかもと思いながら部屋に入ろうとしたら後ろから階段を上る足音がして、よう、バーのアルバイトはどうだい、と隣のお兄さんがあらわれ話しかけてきた。両手のビニール袋にいろんなものを詰め込んで重そうにもっている。
その時は誰かとしゃべりたい気分だったので隣にあがりこんでしばらくいつものように裂きイカとか煎餅をつまみにコーラ割のウイスキーを飲んでくつろがせてもらった。だいたいお兄さんが今のコンピューター業界のことや趣味の映画の話とかするのだが合間を見つけオレが飛び降りの話をした。
―この前あのデパートの屋上から飛び降り自殺がありましたよね。というと、えっと驚いた顔をしてコップでごみをどけながら下に置いた。知らなかったようなので、オレが聞いている範囲の状況を教えてあげているとパソコンを取り出してなにやらいじっている。言えることをいうとそれ以外のオレの身に起きていることはうまく話せないと黙っていた。そうこうするうち、この子だね、とパソコンの画面をオレの方に向けた。
そこに少女がいた。
大学生活にもやっと慣れてきた梅雨時のころだった。大学から帰ってきて部屋のドアを開けて入ろうとしたらドアの向こう側から、あのさ、と声が聞こえ驚いてドアを半分閉めるとオレよりは年上の男性が立っていた。どうも隣に住んでいる人らしい。たまに階段やアパートの前ですれ違うことはあったがまともに顔を見たこともないしまして話したことなんてない。
天然パーマなのか髪の毛が頭の上でダンスしているように巻いている。灰色の上下のジャージ姿で右側半分だけ上着がズボンにたくし込まれていて足元は裸足でスリッパみたいな草履をつっかけている。もしかしたらスリッパなのかも。お世辞にも清潔感はない。体形は本人にはとても言えないがずんぐりむっくりという言葉がぴったりで見た瞬間にその言葉が浮かんだ。身長はオレより少し低めだが体重はかなり重めだ。
ーマヨネーズ持ってる?
なにを言われたのか分からずただ顔を見て立っていた。マヨネーズってあのマヨネーズ?ちゃんと返すからさ、とかろうじて聞き取れる声でしゃべる。オレ、マヨラーなんだけど切らしちゃて、となぜか低く笑い声をあげながらぼそぼそ話す。
たまたま冷蔵庫に入っていたので貸してあげた。
その時はすぐマヨネーズの容器を返してくれてそれぞれの部屋に戻ったが、次の日の夜に、昨日のお礼、といってチョコ菓子の入った紙袋を渡された。いろんな種類のチョコ菓子が入っていた。
それからたまに顔を合わすとあいさつ知るようになり、そうこうするうちに立ち話もなんだからと部屋に入れてくれ、でかい瓶のウイスキー(こんなのがあるんだと初めて知った)をコーラで割って飲む(そんな飲み方があるのも初めて知った)のを付き合うようになっていた。
最初に部屋に上がった時はちょっとびっくりした。オレの部屋もきれいとはとても言えないがまだましなんだと知った。まだ知らない世界が広がっている。まあ、座ってと座布団を渡してくれてがなにかのチラシや食べ物のビニール袋が散乱していて置き場所がない。どこへ置いたらいいのか迷っていると足を使って豪快に場所を作ってくれた。とりあえず座ったところからなるべく動かないようにしていた。オレの部屋と同じ間取りのはずだがなんだか狭い気がする。
こちらの都合は聞かず冷蔵庫から氷を出してどんぶりにいれドカッと座ってどこからともなく出してきた紙コップを2つ目の前に置いて手つかみで氷を2,3個入れ自分用に半分ぐらいウイスキーを入れそこにコーラを入れる。オレの方には、飲める口なの、と聞きながらどぼっとウイスキーを入れてコーラの1ℓ瓶を渡してくれた。これで割れということらしい。とりあえず入るだけコーラをいれ恐る恐る飲んでみたが甘みとお酒の刺激がからまって意外とうまかった。そんなオレを横目で見ながらぐびぐびおいしそうに飲んでまたウイスキーとコーラをつぎたしている。紙コップなら洗わなくていいからね、と言ってふふ、と笑う。大学以外で年上の人と話すなんて初めてだった。
プログラマーらしい。とにかくコンピューターとか電子系の機械を触るのが好きみたいだ。パソコンは大きいのと小さいのがあってその周りに箱みたいな機械が積み重なってコードが束になっている。大学を出て5年と言っていたから20代後半なんだろう。もうちょっと老けている気もしたがよくわからない。昼間は都心まで通っているようだ。なるべく会社に出る日は減らしているらしい。満員電車って地獄だよな、と言ってふっ、ふっと笑う。何か言ったあとに笑うのが癖みたいだ。慣れるまでしばらくかかったが慣れてしまえば気にならない。話し出すと止まらなくなるけどオレは機械とか計算は全く駄目だから何のことだかほとんど分からないけどかなり専門的な仕事をしているみたいだ。パソコンの横には専門書が腰の高さぐらいまで重ねてあって英語の本もある。なにかとちぐはぐな印象を持っていたが案外まともな人なのかもと思った。
だいたいオレは聞き役で相づちをうっていればよかったら居心地は悪くはなかった。部屋の汚さは慣れなかったが。飲んでいる時に隅の方からゴソゴソという何か動く音が聞こえたこともあったが気にしないようにしていた。お酒とつまみをご馳走してくれるから文句もいえない。
―今はなんでもこれで調べられるからね。となんでもなさそうにコーラ割りウイスキーを飲んでいる。
しばらくその画面から目が離せなかった。
―美少女なんて書かれてるけどそんなことないよな。こういう場合の常套句なんだろうけど。
オレがいつまでも目が離せないのを見て少し怪訝そうに、なに、好みのタイプ?と聞いてきた。
大学のあるところから電車で30分ほど離れたこの街。この大都会の中では少しこじんまりした規模で池のある公園もあったりして一人暮らしの貧乏学生にも暮らしやすい。駅を中心にして繁華街が広がり雑多な店が立ち並ぶ。大型店よりも小さめの店が多くてぶらぶらしてるだけで楽しめる。いつもは古着屋とか雑貨をのぞいたりして気晴らしをしている。余裕がないから買いはしないが。大学のある都心のビルがどこまでも立ち並ぶ景色はオレにとっては息苦しい。生まれ育ったのも街中ではあるけど自転車で10分も行くと田んぼや畑が広がっている。高校までは自転車で一山超えて通っていた。
オレの地元の中心街でもこれだけのいろんな店がならんでいる場所はない。どこでも似たようなものらしいが街の中心にある商店街も半分ぐらいシャッターが降りている。そんなもんなんだろうと思っていたがこの大都会に出てきたらあそこには帰れない。
この三日ほどとにかく外を歩いて映像を振り払おうと別のことを考えようとするのだが結局頭に浮かぶのは故郷のことだ。今までのオレの人生、と言えるほどのものでもないけどオレの中にあるのはオレが歩んできた道しかない。
歩いているといろんなことが自然と浮かんでくる。高2の時にフラれた思い出。あの子は今はどうしているんだろう。それにしてもはっきりフラれたもんだ。気持ちがいいくらいに。でもそれから誰かを想うことはなくなったような。自分でも気づかないくらい傷が深かったのかも。今ごろ気がついても遅いけど。それが大学を地元の近くでなくこの大都会に求めた理由の一つだ。
それと小さい頃に読んだ絵本のことがよく浮かぶ。子供っぽいといわれるのが嫌で友人にも話したたことはほとんどないがファンタジーものが好きだった。魔法とか龍が出てくるようなマンガやアニメを好んでみていた。龍が主人公のあの絵本との出会いが大きかった気がする。何度読み返したことか。なんであの絵本のことを思い出すんだろう。なんだかまた読みたい気分になったいた。
中学でのテニス部での活動や高校で友達と遊びまわっていたのも楽しかったはずだが、どの思い出もなんだかぼんやりしている。少女の映像が鮮明だからだろうか。本当にあったことのほうがなぜか作り事ような気さえする。
あのデパートを見ないようにしているが知らず知らずのうちに見えない範囲で周りをぐるぐる回っている。意識の真ん中にあの場所が居座って見えていなくても気配をいつも感じている。
いつも目にして横を通るけど中にはほとんど入ったことはない。オレに買えるるような安いものは売ってない。引っ越してきた時にカーテンを買おうと入ったが高いものしかなく結局ちょっと離れた量販店までいった。大きくてきれいだからたまにトイレを使いに来るが一階の化粧品売り場がずらっと並んだ通路を歩くのがなんとなく苦痛だった。
いいかげん歩き疲れてきてどこかで休もうとよく行く公園の方へ足を向けた。ビルの合間にある公園だけどこじんまりして高い木がおおい茂っていて木製のベンチで休むのが好きだった。
平日の昼間なのに道にはやたらと人がいる。地元の町だったらこんな時間に歩いているのは猫とお年寄りぐらいだ。そんなことを思うともなくぼんやり歩いていたらデパートの目の前に来ていた。注意深く避けていたはずなのにオレの足が別の意思に操れているように。
思わず上を見上げ、ここだったんだよな、と足が止まった。
今まで何度も通ったところで見慣れた場所なのに初めて見るような気がする。立ち止まっていたら周りの人の流れに押されるように中に入ってしまった。流れのまま歩いていくと自然にエレベータ乗り場に足が向く。いくつかあるエレベーターの一つの扉が開いて何の考えもなく乗る。中には数人いたが気がつくと屋上階のボタンを押していた。他の人は途中で降りて屋上階までいったのはオレだけだ。屋上階に近づくとここなんだよな、となんだか急に緊張してきた。なにを緊張するのかわからないけど手のひらにうっすら汗がにじむのが分かった。降りると小さなホールになっていてすぐ小さな自動ドアがある。外に出る。高校生の時によくいっていた学校の屋上を思い出した。昼休みによく友達といって遠くの山並みを眺めながらたわいのない話をしていたものだ。デパートの屋上は高校のより少し小さいぐらい。
あの日と同じ晴天でぽつんぽつんと消えかかった形のない雲が青い布についた白いしみみたいについている。ドリンクとクレープの写真がある看板が打ち付けている売店があって小さい子が乗る動物の形をしたゴーカート広場があった。いまは事故のせいなのかただ平日の昼間はやっていないのか売店はシャッターを閉めていて遊具も使われていず誰もいない。日差しと緩やかな風に体が包まれる。街中の喧騒がわずかに下の方から立ち上ってくる。
場所はすぐ分かった。いくつかの花束が置かれていたから。当たり前だろうがぐるっと人の背丈をゆうに超える鉄の柵がある。柵の先はすこし幅があって人の腰の高さぐらいまでの厚みのあるコンクリートの壁がある。鉄の柵は上が手前に反り返っていて、これを乗り越えるにはかなりの力がいっただろう。オレにそれだけの腕力があるか、ちょっと自信がないくらいだ。
両手で抱えきれないほどの花が置いてある。花の名前なんて分からないがピンクの花が多い。もしかしたら少女の好きな花なのかもと思いながら眺める。さっき置かれたばかりのような花束もある。ジュースの缶やスナック菓子の袋もある。どんな人が置いていったのだろう。友達か。オレみたいな全く知りあいじゃない人もいたりするんだろうか。オレも何かもってくるべきだったのかなと思いながら柵をつかんでしばらくぼんやりしていた。何も考えられない。何かを考えたいのだが何を考えたらいいのかわからない。高いせいなのか下とは違って少し冷えた空気が汗ばんだ体に気持ち良かった。ここからだと下は見えないが端までいって下をのぞき込むところを想像するだけで軽いめまいがするぐらいだ。本当にここから飛び降りたんだろうか。
どのくらいそこで立っていたのか、お腹が減っているのに気がついてそろそろ降りるかと柵から手を放した。立ち去りがたい気がして一瞬躊躇した。とはいってもいつまでもいるわけにもいかない。どんなときでも腹は減るもんだ。久しぶりに牛丼にするか、安く済ますにはパンでも買っていつもの公園で食べるかとぼんやり考えていた。エレベーターに向かって歩いていくとエレベーターが開いて一人だけ出てきた。オレより年下に見える高校生ぐらいの女性だ。襟の大きな白の長袖シャツに紺のスカート。制服なんだろう。かばんも持たず手ぶらだ。すぐそばをすれ違ったがこちらには目もくれずまっすぐ歩いていく。エレベーターにのって振り返ってみると屋上の真ん中あたりで立ち止まっていて空を見上げているようだったがすぐドアが閉まりオレは一人狭い箱の中を下へと落ちていった。
ーお兄さん、探し物?
年下の男の子がまぶしいものでも見るよううな目ですぐ後ろからオレを見上げていた。
デパートを出て近くのコンビニでパンでも買おうと歩き出した時だった。思わず周りを見たが他に誰がいるわけでもなくオレに聞いているようだ。
えっ、なに?探し物って、何も探してないよ、そういって歩き出したが足早になっていた。なんなんだ、変な奴だな、中学生か、いまどきの子は急に知らない人に話かけるのか。
少女の映像がまた閃いた。足が止まってすれ違う人にぶつかりそうになり道の端によって深呼吸して息を整えた。急に現れるから困る。日常生活に支障がが出るようだとどうにかしないと思うがどうにもしようがない。
―お姉さんが
気がつくとさっきの少年がいつのまにかオレの後ろにいてまた話しかけている。お姉さん?
ーなに?今なんて言ったの?
少年はしばらく口だけ動かしてなかなか言葉が出てこなかったが、お姉さん、あの女の人、一息に吐き出すようにしゃべった。
ー女の人って?誰のこと。何の話かな
そう言いながら心臓が急に激しく動き出した。わきの下に汗をかいている。
正面からちゃんと少年の顔を見る。オレの肩ぐらいまでの背丈でつるんとした色白で玉子型の小さい顔に唇の赤が目立つ。まっすぐオレの目を見つめる。オレもその視線をそらすことができない。お互い見つめあうだけで言葉が出てこない。このまま分かれるわけにはいかないという気持ちになっていた。
―この近くの公園まで行かない?そこでちょっと話せるかな?
少年が小さくうなずくのを見て先に立って歩き出した。途中コンビニで何か食べ物を買おうかなと思ったがこのあとどんな展開になるのか分からないのでやめておいた。少年の言っている女の人って飛び降りした女性のことなんだろうか。それとも全く関係ない話でただの少年の勘違いで終わるのか。そんなとこだろうなと思いながらも何かを期待しているのが分かった。何を期待するのかは分からないが。オレがいつも行く公園に入っていった。大きな木が並んで周りの建物を遮って繁華街の中とは思えない静かさなので気に入っている。少年は黙ってオレのすぐ後ろをついてきて木製のベンチに腰を下ろすと横にすっと座った。ちょっと近いな、と思ったら、小さいけどはっきりした口調で、あの飛び降り自殺した女性の知り合いなんですか?と聞いてきた。
しばらく何も言えず宙ぶらりんの沈黙があって、いや違うよ、知り合いじゃない、と少年の方は見ずに独り言のようにいった。今度は少年の方が黙ってオレの言ったことが聞こえなかったのかなと思いだした時に、困ってるんです。とオレの方は見ずにつぶやいた。
―困ってるって、何を?
またしばらく間があった。話す気がないのかなと思ったら目の前にいる見えない人に話かけるように顔をあげまっすぐ前を見てつぶやいた。話し出すのに時間がかかる子なんだ。そんなことを思いながら横目で様子をうかがっていた。
―出てくるんです。目の前に
聞くのをためらったがこのまま黙っているわけにもいかない。
―なにが?
じっとオレの顔を見つめる。聞くまでもないか。
ぽつぽつとお互い少女の映像について話した。少年のほうは遠く離れているところに立っていてじっと見つめている感じらしい。逆さまじゃないんだ、というと、逆さまにでてくるんですか、と驚いていた。お互い分かったようなますます分からなくなったような妙な気分だったが、こうやって少女の映像について話せてなんだか落ち着けた。重い荷物をしょっていたのを少しだけ下ろせたような。
少年も最初の緊張していたのが力が抜けたようにもベンチの背にたれかかり今にも眠りだしそうにしていた。それでもぽつんと今日も朝から目の前に浮かんで、とつぶやいたりする。オレがはたと気がついて、学校は?今日は普通の日だろ、と聞いたら、行ってません。と一言言ってまた黙る。行ってないってどういうことだろと思うがなんとなく聞き流す。いろんなことがごっちゃになってなにを話すべきなのか聞くべきなのか分からない。
―ほかにもいるんです
眠そうな声で言ってきた。
―ほかにもって、
断片的にしゃべるから言ってる意味がよく分からない。
―お兄さんみたいな人。たぶん、同じような目にあってるんじゃないかと思うんです。
しばらくの間整理できなかったが言われてみればそうかもしれない。ここに二人いるならほかにももっといてもおかしくないだろう。


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