番外編もその3になります。サイのツノのブログなんですがなんだかこっちがメインになっていく気もしますが
自分としては楽なのでそれはそれでいいかなと。これを目にした人が忙しい日々のちょっとした一息を入れる時間に
なればと思っていますので。
「祭りの中へ」
もうすぐ家を出て独り暮らしが始まるこの頃になってあのことをよく思い出す。
もう10年以上前、僕が小学5年の時の話だ。秋口だった。
都会から少し離れた人混みの少ないその町に引っ越したばかりで(その当時で3回目で、その後も何回か引っ越したのでいつのどこでのことなのかよくよく考えないと分からなくなる)新しい住まいや周りの環境に馴染もうとしていた。小学校は2学期の途中からの転校でまだ友達もいなくて先生から言われて色々教えてくれる子がいたけど僕としてはあまり関わろうとはしなかった。とにかくちゃんと部屋があって(なぜか知らないけど何回か車の中で寝たことがあった。母さんはこういうのも楽しいでしょ、と言っていたがその母さんはちっとも楽しそうじゃなかった)食べる食事があって(カップ麺だけの晩御飯が続くことが当時何回かあった。たまにはいいよね、と母さんは言っていたけど辛そうにしていてその分僕がおいしそうに食べたけどお腹は空いたままだった)母さんと一緒に寝れる(たまに帰ってくるのが夜遅くなることがあった。僕は寝てるふりはしたけどもちろん寝れりゃしない)ことが一番大事でいつも頭の中にあることだった。
いつも明るくておしゃべりな母さん。あの時の引っ越しの前ぐらいから母さんとの二人暮らしになっていた。その前はおばあちゃん(もちろん母さんの)と三人暮らしのときもあったし男の人(父さんではない)がいるときもあった。男の人は何人かいたと思う。いつもいるのではなく、いたり、いなかったりするので顔もよく覚えていない。他の家とはだいぶ違うと気が付いたのは小学校に入ってからだと思う。父さんは仕事で遠くに行っていることになっていた。でもなんか違うというのはずっとわかっていたと思う。そういうのは子供でもすぐ分かる。分かっていないのはいつも母さんだ。
紙と鉛筆があればいいの。それが母さんの口癖だった。僕がうたた寝をして目を覚ました時とか母さんは鉛筆で何かを書き込んでいた。そんな時は僕が目を覚ましたことにも気がつかない。声をかけてもしばらく顔を上げないくらいだ。またいつものだと思ってそんな母さんを見ているのも嫌いじゃなかった。一心不乱という言葉を知った時に浮かんだのがそういう時の母さんの姿だった。今でも数学の研究をしているということぐらいしか分かっていない。「算数やってるんだよね」「数学よ」そういう会話を何回もしたので「すうがく」という言葉は小さいころから覚えていた。ノートをのぞいたこともあったが数字よりいろんなマークや図形があって何かを計算しているようには見えなかった。だから何かの遊びの一種なんだろうぐらいに思っていた。本当の仕事は弁当屋での調理だったりどこかの事務所の事務だったりしたみたいだがほんとのところは分からない。働いているところを見たことはないし、よく変わるので話がごちゃごちゃになって覚えきれなかった。
そのよくわからない仕事でしょっちゅうミスをしたらしい。晩御飯を食べながら、あの時横から話しかけられてなんだかわけ分かんなくなっちゃったのよね、とか、何回やっても火加減が難しいのとか話していた。また怒られちゃったというのも何回も聞いた。大人でも怒られるんだ。母さん、かわいそうと聞いていたけど、その母さんはけろっとしていたのでてたいしたことではないんだとは思っていた。でも後から考えたらよく引っ越しをするのはそれが原因なのかもしれなった。
本当に突然引っ越しをするんだ。車の中で昼寝していたら目覚めて引っ越し先についていたというということもあったぐらいだ。
あの時もそうだった。小学校から帰ってくると母さんが段ボールに服や食器を詰め込んでいた。いろいろ整理しないとね、と僕に言っているのか独り言なのか呟きながらテキパキと動いてるのをみてまた引っ越しするのかと思った。言い出しかねているんだろうけど子供でもすぐわかる。
でもあの時僕は泣き出した。自分で泣き出してから泣いているのに気がついて、気がついてからもっと涙があふれだした。
そんなことは初めてだったから母さんもびっくりしたと思う。僕を抱きしめていろいろ話しかけ慰めの言葉をかけてくれたが今でも覚えているのはいつまでも泣き止まない僕を両手でしっかり押さえ顔を近づけいつにない真剣な目でじっと見つめ、決して手放してはいけないものがあるのよ、と言っていたことだ。何かその迫力におされ僕は泣き止みそのあとは一緒に引っ越しの準備を手伝っていた。僕のことを決して手放してはいけないものと言ってくれたのだと思って安心したのかもしれない。子供だったからそう思うのも無理はないだろう。
その2,3日前に運動会のリレーの選手を選ぶ体育の時間があってクラスで一番タイムが早くてアンカーに選ばれていた。クラスのみんなから頼んだぞ、とか、足が早いのね、すごいとかはやされて、そんなことは初めてだったので顔には出さなかったがすごく興奮していた。
その学校には3年生の時転校してきた。都会の中の学校で街にも人にも慣れるのに時間がかかった覚えがある。それまではおばあちゃんの実家の近くだったので畑や田んぼがあちこちあって人も時間の流れものんびりしていた。それがいきなりの都会暮らしになったのでかなり戸惑っていたのだと思う。学校ではしばらく誰ともしゃべれなかった。先生とも返事ぐらいしかできず、母さんと先生が心配して相談していたのを覚えている。当たり前のように友達もできずいつも一人でいた。最初の2,3か月は一言も学校で話さない日々が続いていた。別にそれが苦になっていたわけではなかった。でも楽しくはなかった。あたりまえだけど。とにかく時間をやり過ごして早く帰って母さんと一緒にいたかった。話しかけてくれる子もいたけど、何を話せばいいのか分からずめまいがしてくるほど緊張したりして教室ではいつも肩に力を入れていた。給食もほとんど食べれない日が続いていた。半年ぐらいである程度慣れて話ができる子も何人かできたけど一緒に遊ぶことはなかった。休み時間もだいたい一人で机に座り本を読んでいた。だから本好きの子と思われていたみたいだけど別に読書が好きだったわけではない。他にすることがなかったから教室にある本をてきとうに取って開いていた。開いていても文字を追わずぼんやりしていることの方が多かった気がする。
勉強はあまりできなかった。単純に興味がわかなかった。でもなぜか算数はできた。とくに勉強するわけでもないのにテストでいつもいい点を取ってきた。母さんがにんまりして、これは血ね、と言っていた。僕は母さんが喜んでくれるのがうれしかっただけで算数は別に好きでもなかったけど。
それがリレーのアンカーに選ばれてみんなから声を掛けられ、なんだか今までと違う日々がやってくるような気がしたんだと思う。その少し前から体を動かすことが好きなのに気がついていた。クラス全体で遊ぶ時間があって鬼ごっこみたいなゲームでとにかく走り回るのが面白かった。自然と笑顔になっているのに自分でも気がついた。先生がそれに気がついていつも一人でぼんやりしてる僕を元気づけるのにいいと思ったのだろう、走り方をいろいろ丁寧に教えてくれた。膝を高く上げ腕を直角に曲げ大きく振る。そうすると確かに早く走れる気がした。風を切って足が軽くなっていく。体が前へ、前へ、と突き動かされる。気分爽快だった。そういう経験がそれまでほとんどなかったのだと思う。いつも周りの大人の気分や言葉を気にして何とかうまく反応しようとしていた。周りの子たちと遊んでいるひまはなかった。
いつも一人でいるのじゃなくてほかの子たちと同じように一緒に遊んで笑いあえるような生活。やっぱりそういうのに憧れていたんだと思う。
ここで引っ越ししたらまたもとに戻ってしまう。今までみたいな一人ぼっちの日々。少し開いた扉がガシャンと目の前で閉まるような気分だった。二度と開くことはない。そんな気がしていた。でも僕が何を決めれるわけはなくしばらくして引っ越した。
その日学校から帰ってきて一人でまだ段ボールがいくつも積まれた部屋で簡単なおやつを食べていた。確かトースターで焼いたパンにイチゴジャムをつけたものだ。だいたいいつも同じものを食べていた。冷蔵庫の中に同じようなものしか入っていなかったから。たまにイチゴジャムがブドウジャムやピーナッツバターになったりする程度だ。
その新しい部屋は風呂はちゃんとついていたが狭いキッチンに二部屋だけの木造アパートだった。前のところよりは少し広くなった分建物は古くなっていた。二階の一番奥だったが(確か三部屋あった、これまたおぼろげだが)上がる階段が登るたびギシギシなって僕は面白がっていたがお母さんが不安そうにしていたのを思い出す。
何がきっかけだったのか、おやつを食べたお皿を片付けようとして思い出したのか、前の日曜日に一緒に買い物にいった時にお母さんが帰ってくるなり洗剤を買うのを忘れた、としきりに言っていたのを思い出したのだ。
これから買いに行こう。お母さんが帰ってきて洗剤が台所にあったらすごくびっくりするだろう。
お母さんを驚かそう。
思い立ったらもうアパートの部屋を出ていた。帰ってくる前に買っておいたらすごく喜んでくれるだろう、とその瞬間を想像するだけで足が飛び跳ねて駆け出していた。この前の休みの日に一緒に行ったスーパーにいけばいいんだ。そんなに時間はかからない。2,30分で行って帰ってこれるだろう。母さんが帰ってくる前には十分だ。お小遣いでもらったお金を使ってあとで返してもらえばいい。いいことで使うんだから。すごく褒めてくれるかもしれない。笑顔を見せてくれるだろう。このところ下を向くことが多く笑ったところをあまり見ていない気がする。前はいつも一緒に大笑いしていたのに。
運動自体が得意だったわけじゃない。球技とかはどっちかというと苦手だった。何も考えずとにかく前へ、前へ、と全力で走るのが性格にあっていたんだと思う。今でも何かあるとランニングに出る。走って息を切らし足が張ってくるとなぜか落ち着く。気が向いた時というか、嫌なことがあってやってられない、という時しか走らないから、持久力が付くとかタイムが短くなるということもない。ただ思い付きの行動。今までの学校生活や趣味にしても何をやるにしてもそうだった気もする。何かをして身に着けるということがあまりない。だから学校の成績も良い時は上位に行くのだが長続きはしない。そこらへんの性格は小さいころから変わらないのだろう。
あの時もそうだった。とにかくスーパーに行こうと走り出して走ることに夢中になってしまって周りを気にしなかった。前に通った道をきちんと思い出しながら行っていればあんな経験はしなかったのかもしれない。前の学校での体育の先生に教えてもらった膝を高く上げる、腕を直角に曲げよく振る。息を吸って、吐いて、吸って、吐いて頭の中を空っぽにして自分の体が勝手に動き出す感覚がとにかく楽しかった。
それまで住んでいた都会の真ん中の街とは違い、遊具が三つも四つもある公園も近くにいくつかあったし、やたらと敷地の広い家や畑もあって前のところとはずいぶん雰囲気が違っていた。その町を探検したい気分もあったのだろう。そもそも一人で慣れない部屋にいるのが心細かったのかもしれない。
すぐに着くと思っていたが気がつくと大きな一軒家が並ぶ通りに出ていた。前に通らなかった道の気がして不安になって息が切れてきたのもあって歩き出した。
何度も周りを見回して通った道だと思おうとしたが初めての道だと分かるまでにそんなに時間はかからなかった。だいたい母さんは家を見るのが好きで庭付きの一戸建てとかだとあれこれ感想を言うのが癖だった。こんなに大きな家が続くところだったらこの庭の作りはセンスがないとかあの玄関はちょっと派手過ぎね、とかだいたい文句をつけるのだが、うるさくてしょうがなかっただろう。覚えていないはずがないからこの前にここを通らなかったのは間違いなかった。どこで間違えたんだろう、ほとんど真っすぐでそんなに曲がったりはしなかったはず。通りを一本ずれてしまったのかもしれない。一つ向こうの通りに出ればすぐスーパーにつくような気がする。
家の間に路地のような人が一人やっと通れそうな細い道を見つけて足が勝手にそっちに向かっていった。
道といっても家と家の間に隙間があってその先の道につながっている人一人がやっと通れるていどの通っていいのか迷うような通路だが、子供だった僕は自然とその通路に入っていった。
子供の身体でも壁に腕がこすれるくらいの幅しかなく上を見上げても灰色の空しか見えなかった。先の街並みが細長く見えてはいるのだがちゃんとたどり着けるのか不安になって足が早まった。走り出しそうになった時耳の奥が押されるような嫌な感覚に襲われて両手で耳を抑えて一瞬立ち止まった。
なぜか息を吸ってもうまく吸い込めず胸に痛みがはしる。恐怖感から壁に肩や腕をこすりつけながら慌てて通路を抜けた。車の通る道に出てみればいつもの街だ。
声に出すぐらい息を吐いて耳の奥の痛みを取ろうとしてしばらくじっとしていた。少し落ち着いてすぐ近くにあるはずのスーパーに行こうと周りを見回してこの道を右に行くのか左に行くのか分からなくなっていた。なぜか方向感覚がなくなっていた。初めての街に突然放り出されたような気分だった。
前に行った道を行っていれば迷うことはなかったのに、近道をしようとしてかえって分からなくなってしまった。頭の中がパニックになっていた。家を出てからたいして時間がたっていないのだから迷ったとしてもすぐ帰れるはず。慌てることはない。と頭では分かっていても転校した最初の日の誰も知り合いのいない教室に初めて入る時のように体がぐらぐらしていたのを覚えている。来たことのない場所だった。
マンションのような高い建物がないせいか空が広く見えた。名前は分からないがかなり背の高い、深緑の葉を茂らせている木があちこちにあってなんだか急に田舎の雰囲気がしている。
まわりをキョロキョロ見回してどっちにいけばいいのか迷っていると何かの音がかすかに聞こえてきた。
自然と耳をすます。形がなくなりかけてよく見ないと見分けられないひこうき雲みたいに、一筋のかすかな震えが耳元に届いてくる。どこからだろうとその震えがやってくる方向に体が向ける。鈴を鳴らすような、鳥のさえずりのような、その音が耳に届くと見失わないよう意識を集中してそっちに足を向ける。聞こえてくる音を確かめながらゆっくり進みだす。走って荒くなっていた息が穏やかになってなぜか安心していられる気がした。少しずつ大きくなる軽やかで、涼しげな音。しばらくなかった何かに抱き寄せられているような安心感。足は徐々に速くなって少しずつ音は大きくなっている。
近づいていくと鈴のような音以外にも賑やかな気配がしてきた。人の話し声や歓声、なにかの楽器の音。いくつもの音が重なっている。何かを金属を叩くような音や太鼓のような腹に響いてくる音。いろんな音が混ざって聞いているだけで体が軽くなりいっそう足が前に進む。
以前に祭りに行った時のことを思い出していた。
場所がどこだったのか、いつだったのかははっきり覚えていないが小学校に入る前だったのは確かだ。おばあちゃんの実家に三人で暮らしていた頃だと思う。祭りに行った覚えはその時しかない。
こじんまりとした神社の境内で屋台の甘ったるい食べ物や色とりどりのお面や風船がところ狭しと並べられ子供の歓声があちこちではじけている。広場の真ん中には櫓が組まれて3,4人の大人の男の人が上半身裸で太鼓を叩いていて女の人が何人かで踊っていた。
真っすぐ歩けないほどの人混みの中を三人で並んで歩いている。僕が真ん中で右手を母さん、左手を大人の男の人とつないでいた。僕は浴衣をきていて、浴衣を着るのは初めてでそれだけで足が軽くなってスキップをしたくなっている。何を買ってもらおうかとあちこち真剣に目をやっていた。ヨーヨー釣りや金魚すくい、射的もあった。どれもやってみたかったがとにかく一つどれかを選ばないと。周りを見あたしながら手を振るので、母さんがほら、落ち着いてと笑いながら握った手で僕を抑えようとしている。ヘラを握った焼きそば屋のおじさんがこっちを見ながら大声で何か叫んでいて、僕はなにがおかしいのか自分でもわからず腹の底から笑っている。夏の日暮れでじめっと汗をかいていた肌に少しさわやかな風が吹きつけている。
そんな風景が目に浮かぶ。一緒にいた男の人は父さんだったのか?
そんな記憶が頭の中で湧き上がっていた。
音を頼りに歩いていくとひときわ立派な二本の木が並んでいる間からもれだしているようだ。
その木は見上げても上が見えないぐらい枝がはり葉が茂っていた。なんだか見上げずにはいられなかったのを覚えている。
見上げながら歩いていくうちに祭りがおこなわれているような場所に出ていた。
ただ祭りは終わったのかまだ始まっていないのか誰もいない。真っすぐな石畳みの道の両側に簡易な木の屋根のついた屋台が並んでいる。屋台には飾りも何もなく昔からそこにあったように古びて傷ついている。その先の広場になっている真ん中に櫓のようなものが見える。人の背丈ぐらいの小ぶりな櫓だ。周りにはほかに何も建物は見えない。木々の緑があるだけで屋台も櫓も色はなくすごく昔の風景写真の中に迷い込んだような、見覚えのあるような、ないような不思議な感覚だった。神社やお寺だったら鳥居とか賽銭箱があったりとかするはずだが何もない。
そして音が消えていた。ここまでぼくを運んできたあの音が消えている
その場所にたった一人で立っている。
とりあえず石畳の道を櫓に向かって歩いていく。屋台は人一人が入れるぐらいの大きさで古びて何も置かれていないが汚れてはいない。ごみのようなものもなく掃除をされた後みたいだ。両側にそんな屋台が4,5個連なって広場に出る。高い木に囲まれたその空間は細かな砂利が敷き詰められていて葉っぱも何も落ちていず掃き清められている感じがする。そんな周りに溶け込むように小さな櫓が忘れられた思い出のようにただずんでいる。僕は櫓に真っすぐ進んでいってまじかで見てみる。四本の長い木材を支柱にしていくつかの短い木と縄で四角い舞台が二人乗れるぐらいの広さに作られている。木材は磨かれているのか白くすべすべしている。触りたくなるが触っていいものなのか判断がつかなく一度上げた両手をだらりと垂らしてただ見入っていた。
高い葉を生い茂らせた木が四方を囲んで空しか見えない。
そして誰もいない。動くものが何もない。風はほんのり吹いていて軽く砂ほこりを巻き上げているが柔らかな陽が降り注いでいるだけ。昼のような明るさでもなければ夕暮れ時のような夜を誘う日差しでもなく、ぼんやりとした影のない光が覆っている。もう一度空を見上げる。雲がなく一面青いが薄い雲がかかっているのか普段の青空とはどこか違う。
一瞬、誰かの、小さな子供の歓声が聞こえたような気がして慌てて振り向くが何もない。
なにがなんだかわからず呆然としてしていた。裏口から入ったのかもしれない。表の方には看板や案内の表示があったりするのかも。
櫓の向こう側で何か動く気配がした。恐る恐るそっち側に回ってみる。足元に白い砂ぼこりがわずかに舞う。
突然足元の空気がすうっーと後ろから流れ出してきた。ひんやりしたものを背中に感じた。
まわりを見回していると櫓の先、来たところから逆側にひときわ木が密集して暗がりを作りだしている場所が目に入った。他の木とは種類が違うみたいで背の低い木が枝を丸く伸ばして葉をやたらと茂らしている。その後ろにさらに高い木が折り重なってり黒々として何かの建物のような印象を与える。その真ん中あたりに木がないところがあり入り口みたいになっている。樹木のつくりだす洞窟のようにみえる。
磁石に吸い付く砂鉄のようにその暗がりから目が離せなくなっていた。よく見るとそこだけ風が強いのか枝ががゆさゆさと揺れている。葉の一枚一枚心地よくサラサラと音をたてている。暗いというより真っ黒な空間がぽっかりと浮かび上がっている。そこから夜が生まれ出るような暗闇。
頬が火照ってきた。前髪が揺れて木が生い茂ったその場所から生暖かい風が吹いているのに気がついた。ふっと足が一歩出そうになった。
いけない気がした。行ってはいけない。そう思うのだが体が動こうとしている。
右足が地面から離れ前に動いた時、何かに突き飛ばされ後ろ向きになり倒れそうになり足が挫きそうになりながら、なんとかこらえてそのまま走り出していた。でも実際に何かに突き飛ばされたわけじゃない。周りには何もなかったのだから。突風でも吹いたのかとにかく体が突き動かされた。
走りだすと迷いはなかった。あの暗闇から、この場所から離れよう。
とにかく膝を上げ腕を直角に曲げ思い切り振って先へ、まずは一歩、そしてもう一歩。それでもなぜか足の動きがゆっくりに見えた。いつもならとっくにもっと先に行けるけるはずなのに頭の中の感覚と体の動きがずれている。石の地面をけっているはずなのに足に感覚はなく走っているというよりなぜか水の中をかきぬけているような感じだった。
誰もいない屋台の間を抜けて二本の大きな樹を過ぎようとした時背後で低い音がした。風の音なのか何か動物のうめき声なのか、一瞬足が止まり振り返りそうになった。ほんの一、二秒のことだと思うが体がこわばった。痛いぐらいに。でも振り返らずとにかく走った。
何も考えず走ることにだけ集中しようとした。膝を上げ、腕を振り息を吸って、吐いて。しばらく走ると向こうからベビーカーを押している若い女性が見えた。その人を見てなぜか緊張していたのがふっと力が抜けた。横を走り抜けた時女性と目があった。ひどく驚いた顔をしていたのをよく覚えている。僕の雰囲気がやはりどこかおかしかったのでだろう。
気がつけばスーパーの見えるところまで来ていた。車が走り、人が行き来しているいつもの町だ。しばらく立ち止まり息を整えて気分を落ち着かせていた。無事に戻れた。安堵感ですわりこみそうになったのをよく覚えている。
別に遠くに行ったわけでもなく誰かにさらわれそうになったわけでもないのに見覚えのある光景を目にして泣きそうになっていた。
まだ引っ越したばかりでそんなに馴染みのある場所でもないのに。
そのあとはスーパーに寄らずまっすぐ帰った。しばらくして帰ってきたお母さんには一言も話さなかった。なぜなのか。怒られると思ったのか。それとも部屋に帰り着いたら大したことではないと思ったのか。
大きくなって中学や高校時代に何度もお母さんに話してみようとしたことはあったが結局話さなかった。
中学に入る時にまた引っ越しをしてあの町は離れた。離れる前にだいぶあちこち回ってみたがあの場所は見つけられなかった。
あの時のことは年をとるごとに見えないところで大きくなっている。池に落ちた小石の波紋が徐々に大きくなって岸に打ち付けるように。不思議な体験ではあったが自分自身や親のこと(ややこしい話なのでとてもまとめて簡単には語れない。そうだよね、母さん。)、学校でのことなど日々押し寄せてくることに僕なりに乗り切るのに必死で、思い出しても深く考えるのは後回しにしていた。
でもあの石畳、小さな櫓、うっすらとした青空。そして木々が作り出している洞窟のような場所。埋め込まれた記憶とし僕の中の大事なところにしまい込まれて何かの折にふっと顔を出す。中学に入って部活にバスケ部を選んだ時(そこらへんから、周りとも馴染めるようになってごく普通の生徒になれた気がする。僕の勝手な思い込みかもしれないが。)
高校受験で進学先を決めた時(あんまり勉強もできないのにレベルの高いところを受け、数学の点だけで入学を許された)、そんな時にあの暗がりを見つめ、暗がりから見つめられたあの時。そこから逃げ戻った瞬間のことが頭の中で何度も何度も自動再生されていた。振り向けばある、いつも少しづつ形が違う欠けた月のように。
中学に入ってからでき始めた男友達や高校で仲良くなった女友達(一人だけだけど、友達以上、恋人未満というやつ、その後進展はなかった)にこの体験を話そうとしたことはあったが、やっぱりどう言っていいのか分からず結局誰にも一言も話したことはない。
子供のころの記憶の捏造。白昼夢。そんなふうに片づけられて話が終わりになるのが見えているし、しょうがないのかもしれないが、そんなこととは違う何かがあると僕には分かっている。
一人で生活していくと決めたここ最近、今目の前で起きていることのようにあの暗がりや吹き抜ける風、足をくじきそうになった時の痛み、走り出した胸の動悸、混ぜこぜになって頭の中だけでなく体の中で蘇ってくる感覚がしきりにやってくる。
今思うのはあの暗闇から目をそらせ背を向けたのは良いことだったのか。もしかしたら目をそらすべきじゃなかったのかもしれない。じっと見つめ続け最後まで(どいう言う最後があるのか見当もつかないが)見届けるべきじゃなかったのか、そんなことを思うようになってきた。ただこれからもずっとあの体験は僕の中であり続ける。もしかしたらもっと大きくなっていくのかもしれない。
決して手放してはいけないもの。漠然と僕のことを言っていると思っていたが違っていたようだ。母さんは新しい人と歩いていくことを決めた。僕は僕の道をいく。

