突然ですが、当店のモットーの一つ(たくさんあります)に、人には親切に、があります。
当然といえば当然ですが、店内が立て込んでいる時に、後ろの方から「すいませーん」と
声をかけられ、にこやかに「はーい」と必ず返事ができているか?オーダーを受けている時に
「えー、とまろやかカレー、あっ、じゃなくて、えー、とハーフでまろやかと、あっ、違う。違う、
あははは、だからー、ハーフのレッドと、うーん、どうしよう!」などと言われて微笑んで聞いて
いるれるか?難しいですね。
ただ何も自分だけの話ではないとは思います。そんなことは無い、私はいつも人に親切にしている、
といえる人は果たして存在するのでしょうか?
例えば朝の通勤列車に乗り込んで気分悪そうにしている人に「大丈夫ですか?」と一声かけるのは
実際難しいですよね。いつも尊大な態度をとっている上司がうっかりミスをしているのに気が付いて、
さりげなく教えてあげるのはどうでしょう?生意気な部下が同じミスを繰り返しても忍耐強く丁寧に
仕事を教えてあげれるでしょうか?気の向いた時に親切な気分にはなれるでしょうが、いつも、
となると、それはちょっと、というのが実際ではないでしょうか?
これが現実なら、そもそもいつも親切にする必要があるのか、することが良いことなのか?と半ば開き直り
の考え浮かびます。誰だって体調の悪い時やプライベートな悩みを抱えていたりするわけで、他人の気持ちを
おもんばかっていられない時はありますよね。親切にしなければいけないから親切にする、というのも本末転倒
な気もします。でも空気を読まず、のほほんとしてるのが結局一番いいよね、というのも何だか違う気気がするし。
そもそも何が親切かと考えると難しいですよね。気分が悪そうに見えていた人がこれからの仕事でのプレゼン
テーションの段取りを頭の中で必死で考えているところかもしれないし、上司がうっかりミスをしていると
思ったのが単にこっちの勘違いだったり、部下がミスに気が付いて深く反省しているところだったり。
親切なのかお節介なのか、判断するのは受けた方ですからますます躊躇しますよね。それにこっちが人から
受けた時でもその瞬間は、何だ、お節介だな、とつい思ってもしばらくしてから、あの時言ってくれて後々
助かった、ということも間々ありますしね。その時、体が自然に動くかどうかが大事かもしれないですね。
ただ自分の場合はサービス業ですから、そうも言ってられない事情があるわけです。
正直言って飲食店に入って店員の態度が悪ければその店には二度と行かないと思うの人情ですよね。
ファーストフードや大手のチェーン店だったりすれば、たまたま悪い店員に当たっちゃったな、と
割り切ることもあるかもしれませんが、サイのツノみたいな個人店だったら、まず二度目はないですよね。
誰しも一度や二度は飲食店に入って嫌な思いをしてその店には二度と足が向かなくなったという体験がある
のではないでしょうか?注文しても返事がなくて通っているのか、いないのか、落ち着かない、なんだか
いたたまれない時間を過ごしたとか。初めての店だからメニューについて質問したら露骨にそんなことも
知らないの、みたいな面倒くさそうな態度をとられたとか。注文したらカウンターの中からなぜか上から
目線で鼻で笑われたとか。
こう書きだすと次々出てきますね。どれも実際にあったことです。だいぶ昔の話になりますが。一人で外食する
というのは東京に来てからのことなので、田舎者丸出しの態度が店員さんの気に障ったのかもしれないです。
とはいってもそういう体験は忘れそうで忘れられないものです。こうやって書いているだけで、当時のことが
思い出され辛い気分になります。嫌な思い出は残ります。そう考えるとやはり人には親切にしなければ、と思いますね。
当初の予定では、どうして人に親切すると気分がいいのか?人から親切にされてもすぐ忘れるのはどうしてか、等々
を書こうと思っていたのですが。この続きは次回に。

