色褪せ、切れ目が走るのぼりがはためく飲食店といものがあったなら。
そんな店はもうすぐ閉店になる店、もしくはやる気をなくした店主が惰性で続ける
どうしようもない店。その店に入ろうとしてもそののぼりを目にしたとたん足がその店
から去ろうとするでしょう。
ですよね。以前にボロボロののぼりの題で書いた後日談です。
あれは今年の初めか(いや、去年の暮か)、いつも通り朝、お店を開けてのぼりを出した
時、そののぼりが目に入りました。色褪せ、真ん中あたりで切れかかったのぼり。日常的に
使っているものがある日、え、こんなに古くなってたの?と気が付くという経験は誰しも
あるのではないでしょうか?その時も、そうか、こんなに痛んでたか、そりゃ、そうか、
毎日毎日風雨にされされてるんだもんな、そろそろ変えなきゃ、と思いました。当然のごとく。
でもそこで別の考えが浮かんできたのです。このまま出していたらどんな展開になるん
だろう?誰も来なくなる、なんてことが起きるんだろうか?常識で考えれば外観を常に清潔に
美しく保つというのは当たり前すぎて、古くなったものを変えるのをためらうのは経営者と
して失格といわれても仕方ないでしょう。分かっています。分かっていますが、でも、
好奇心ってありますよね。
勤めている人なら上司の目があるし速攻変えるしか選択肢はないでしょう。でも自分は
変えないという選択肢を選ぶこともできる。自分の店ですから自分の判断で起きたことは
自分で責任を取れるわけですから。
誰しもこのままにしていたらどうなるんだろう?でも立場上それはできないけど、という体験が
あるのではないでしょうか。これやってみたら絶対面白いことになるんだけどな、とか前例のない
ことをやるのがイノベーションというものだろう、とか。でも、自分で責任が取れるわけじゃ
ないからやるわけにいかないよな。と諦めてしまう経験。
それなら自分が代わりにやってみよう!(決して経費をケチっているわけでなく)もしかしたら
今まで常識とされてきたことが覆るかもしない。何か新しい展開が起きるかもしれない。どんな
展開か想像もつかないけど、だからこそやってみる価値があるのかもしれない!(決してめんど
くさがってるわけでなく)という訳でしばらくは様子を見ながら、営業にどいういう変化があるか
観察するという決断を(ずるずると)することにしたのです。
定説を検証するための実証実験?です。
春先の風の強い日々でいっそう劣化が進み、下の部分の留め具が壊れ、風に飛ばされそうになり、
梅雨の雨で色はますますあせ、でも、半分に切れかかりながらもなかなか切れるところまでいか
ないんですよね、これが。
変えるタイミングがなかなか見つからず、徐々に切れ目は進んで、あと数ミリというところまでいった
のが夏の盛りの頃。まさに風前の灯火とはこのことか、毎日出しながらも、もう切れるな、切れ
たらすぐ変えよう、と思いつつそれでもなかなか切れない日々が続くと、どこかでのぼり頑張れ、と
思っている自分がいたりして。何を頑張るのか分かりませんが。でもまるでO・ヘンリーの
「最後の一葉」ののぼりバージョンみたいじゃないか、ということはオレはのぼりに励まされている
のか、と愕然としたりしながらも、いつその日がくるんだろうと期待と不安の交差する日々でした。
で、結局つい数日前までそののぼりは店頭ではためいていました。
このままだと年を越しそうだといい加減諦め?最後まで切れずにお役御免となりました。
さすがにのぼりも本懐を遂げた気分でしょう。
それでどういう影響があったかというと結局のところ営業にどういう影響があったのかはよく
分かりません。お客さんから、あののぼりは何だ、なんであんなのを出しているんだ、と
クレームがくることもなかったですし、常連の方からものぼりの話題が出ることはありませんでした。
とはいっても友人から紹介されて来てみたらボロボロののぼりを見て、こんな店が美味しいわけがない
と去っていった人もいるかもしれませんから一概に関係がないとも言えないでしょう。
まあ、いつもきれいにしておくのに越したことはないですね。と最後はあまりに当たり前の結論と
なってしまいました。
ボロボロののぼりがはためいていた日々は何か意味があったんでしょうか?
実際ののぼりの写真はツイッターにあげときました。興味のある方は見てみて下さい。
そんな店はもうすぐ閉店になる店、もしくはやる気をなくした店主が惰性で続ける
どうしようもない店。その店に入ろうとしてもそののぼりを目にしたとたん足がその店
から去ろうとするでしょう。
ですよね。以前にボロボロののぼりの題で書いた後日談です。
あれは今年の初めか(いや、去年の暮か)、いつも通り朝、お店を開けてのぼりを出した
時、そののぼりが目に入りました。色褪せ、真ん中あたりで切れかかったのぼり。日常的に
使っているものがある日、え、こんなに古くなってたの?と気が付くという経験は誰しも
あるのではないでしょうか?その時も、そうか、こんなに痛んでたか、そりゃ、そうか、
毎日毎日風雨にされされてるんだもんな、そろそろ変えなきゃ、と思いました。当然のごとく。
でもそこで別の考えが浮かんできたのです。このまま出していたらどんな展開になるん
だろう?誰も来なくなる、なんてことが起きるんだろうか?常識で考えれば外観を常に清潔に
美しく保つというのは当たり前すぎて、古くなったものを変えるのをためらうのは経営者と
して失格といわれても仕方ないでしょう。分かっています。分かっていますが、でも、
好奇心ってありますよね。
勤めている人なら上司の目があるし速攻変えるしか選択肢はないでしょう。でも自分は
変えないという選択肢を選ぶこともできる。自分の店ですから自分の判断で起きたことは
自分で責任を取れるわけですから。
誰しもこのままにしていたらどうなるんだろう?でも立場上それはできないけど、という体験が
あるのではないでしょうか。これやってみたら絶対面白いことになるんだけどな、とか前例のない
ことをやるのがイノベーションというものだろう、とか。でも、自分で責任が取れるわけじゃ
ないからやるわけにいかないよな。と諦めてしまう経験。
それなら自分が代わりにやってみよう!(決して経費をケチっているわけでなく)もしかしたら
今まで常識とされてきたことが覆るかもしない。何か新しい展開が起きるかもしれない。どんな
展開か想像もつかないけど、だからこそやってみる価値があるのかもしれない!(決してめんど
くさがってるわけでなく)という訳でしばらくは様子を見ながら、営業にどいういう変化があるか
観察するという決断を(ずるずると)することにしたのです。
定説を検証するための実証実験?です。
春先の風の強い日々でいっそう劣化が進み、下の部分の留め具が壊れ、風に飛ばされそうになり、
梅雨の雨で色はますますあせ、でも、半分に切れかかりながらもなかなか切れるところまでいか
ないんですよね、これが。
変えるタイミングがなかなか見つからず、徐々に切れ目は進んで、あと数ミリというところまでいった
のが夏の盛りの頃。まさに風前の灯火とはこのことか、毎日出しながらも、もう切れるな、切れ
たらすぐ変えよう、と思いつつそれでもなかなか切れない日々が続くと、どこかでのぼり頑張れ、と
思っている自分がいたりして。何を頑張るのか分かりませんが。でもまるでO・ヘンリーの
「最後の一葉」ののぼりバージョンみたいじゃないか、ということはオレはのぼりに励まされている
のか、と愕然としたりしながらも、いつその日がくるんだろうと期待と不安の交差する日々でした。
で、結局つい数日前までそののぼりは店頭ではためいていました。
このままだと年を越しそうだといい加減諦め?最後まで切れずにお役御免となりました。
さすがにのぼりも本懐を遂げた気分でしょう。
それでどういう影響があったかというと結局のところ営業にどういう影響があったのかはよく
分かりません。お客さんから、あののぼりは何だ、なんであんなのを出しているんだ、と
クレームがくることもなかったですし、常連の方からものぼりの話題が出ることはありませんでした。
とはいっても友人から紹介されて来てみたらボロボロののぼりを見て、こんな店が美味しいわけがない
と去っていった人もいるかもしれませんから一概に関係がないとも言えないでしょう。
まあ、いつもきれいにしておくのに越したことはないですね。と最後はあまりに当たり前の結論と
なってしまいました。
ボロボロののぼりがはためいていた日々は何か意味があったんでしょうか?
実際ののぼりの写真はツイッターにあげときました。興味のある方は見てみて下さい。

