カレーショップ サイのツノ 公式ブログ

「マスターの独り言」 日々の雑感やお店の裏話などを綴っています。サイのツノへの興味と関心が増して頂ければ幸いです。

番外編 その6 オッペン・ロウシ氏の作品集より 「マントル」

2024-05-31 23:41:18 | 日記

今回は掌編です。「ひらひらと舞い落ち、ゆるやかに流れる」の続きは次回予定です。

 

―面白い子ね。ふだんから変わってるの?ふ~ん頭いい子なんだ。親が優秀なのかな、

ーそう、会社員に専業主婦か、まあ一般家庭だよね。学校でちょっと会っただけじゃどんな人か分かんないかもしれないけど。

ー戸惑ってるのよね。頭のいい子だからいろいろ分かってそのぶん混乱するってあるじゃない。その年ごろって空想と現実がごっちゃになるのはよくあることだし。空想癖ね。自分だけの世界に入り込んじゃってまわりが見えなくなってまわりと問題を起こしたりしてね。誤解したり誤解されたり。

ーその年ごろって辛かったな。何にも頼るものがない感じで。ううん、家はフツーていうかなにも変わってなかったと思うけど。

ーそうね、フツーってないのかもね。よく考えたらお父さんもお母さんもいろいろあったんだろうし、子供には見えないけどなんとなく

 伝わるっていうか、わかっちゃんだよね。そのぐらいの年頃って。

―ただでさえ難しい年ごろだし、鋭敏な子だからなおさら傷つきやすいだろうし。

ーまあ、なにか問題行動をしてるわけじゃないし、

ーそうね、これからか。周りの親の目ね。あなたも大変ね。

―でも、まあ変わってはいるわね、その子。

 

もう子供じゃないんだからっていってませんでした?自分のことはきちんと自分で考えようって。まだ子供なんだからって言われても困っちゃいますけど。

いいえ、そう言われたからってわけじゃないです。気がついたのはずっと前だし。

僕のことを僕が決めていけないっていうのはなんでですか?

言わなきゃよかったな。みんなに言っても別に驚かなかったけど。へえ、そうなんだ、って感じで。僕の言うことはいつもあまり分かってもらえないけど。別にいいんです。僕が知ってればいいんだから。みんなから呼ばれたいと思ってるわけじゃないですから。

先生なら分かってくれると思ってたんですけど。林間学校の時、夜外に出ていろんな話してくれたじゃないですか。星のこととか地球の話とか。

ええ、前から宇宙のこととか好きでした。なんか空とか見てるだけで宇宙のこととか浮かんできてワクワクしてくるんです。

 

どうでしょう?いつも一人でいるわけじゃないけど、一人でいるのは嫌じゃないです、だって僕運動ができないから。しょうがないし。休み時間も本を読んでたら時間なんてすぐ過ぎちゃうし。

そうですね、女の子と一緒にいることが多いかも。なんだか話が合うです。ちっちゃい時からそうだった気がします。

どうしても外で遊ぼうってなるじゃないですか、男子って。

でも今年からプールに入れる許可をお医者さんにもらったんです。けど泳いじゃじゃダメなんですよ。歩くだけ。プールに入って歩くだけってなんなのって感じだけど心臓にふたんがかかるからまだ泳ぐのは無理みたいで。ええ、しょうがないですから、これでもだんだん良くはなっているみたいなんです。自分じゃ分からないけど。

そうですね、みんながうらやましいです。走り回れるのもそうだけど、なんだか、うまく言えないけどすごく楽しそうに見えて。そんなわけないのはわかってるけどみんなが遊んで走り回ってるのを見てたら時々足が浮いているように見えたりするんです。そんなわけないですよね。でも走り回るってどんな感じなのかな。僕ももっと大きくなったら走れるようになるって言われてるけど。

家でもだいたい一人だし。お母さんは働いてないけどよく出かけるんです。いえ、晩御飯はいつも作ってくれます。夜はいますよ。もちろん。料理は好きみたいです。よくパンを作るんです。ええ、手作り、こねるのが好きって言ってました。出来立てのパンってすごくいい匂いがするから僕も好きです。あの匂いを嗅ぐのは。

お父さんはふだんは仕事で帰りが遅いんで一緒にご飯を食べることはあんまりないです。休みの日はいつも本を読んでるからあまりでかけたりはしないです。あまりしゃべらないです。無口なんです。いつもお母さんが言ってます。

でも日曜の朝はよく一緒に公園の先にある丘の上に登ってました。上にベンチがあってそこで休んで帰ってくるんです。ゆっくり歩いて1時間ぐらいだからちょうどいいんです。

お父さんは丘の上のベンチで休んでる時に朝の空気は体にいいっていつも言ってました。かならず言うんです。朝の空気は体にいいって。また言ってるって思うけどなんだか真面目に言うんですよ。初めて言うみたいに。

でも最近はいかなくなったけど。

え、ほかの人?ほかの人って、いや誰かに何か言われたわけじゃないですよ。大人ですか?いや、別に大人の知り合いなんていません。ええ。

今のクラスはいやすいです。5年の時はなんだか本読んでたらからかわれたりしてたし。担任だったY先生が注意してくれるんですけどみんなあんまり言うこと聞かなかったから。

Y先生、なんでやめたんですか。

女の先生はすぐやめるからってS先生が言ってたけど、へえ、家庭の事情ですか。そうなんだ。ふ~ん。

泣いてるの見たんです。泣いてたのかな、泣いてるように見えたんです。

僕が図書係で放課後遅くなって急いで帰ろうとしてたら教室から出てくるところに出くわして、目が真っ赤だったんです。なんかあまり見ちゃいけない感じだったから、さよならっていって通り過ぎましたけど。なんだかいつもと違って、なんていうのかな、元気がない感じでした。寂しそうっていうか。

やさしい先生だったんですよ。やさしすぎてクラスの半分ぐらいからは相手にされてなかった感じですけど。ぼくが算数の問題で質問した時なんかすごく一生懸命説明してくれてなんだか悪いことしてるみたいな気になっちゃって、聞くんじゃなかったって思っちゃったことがあって、ええ、なんだか、そこまで一生懸命やらなくてもいいのにって思ったぐらい。

僕になにかあったわけじゃないです。運動ができないから学校が終わったら家に帰って本読んでご飯食べてっていつも同じ繰り返しです。そうですね、そういうもんだと思ってますけど。でも、ええ、あのこと。先生、あのこと知ってますか?

ちょっと前だけど学校の近くの高架下の空き地でホームレスのおじさんがいじめられてましたよね。暴行って言うですか、ケガしてまだ入院してますよね。やった人は大人ですよね。二十歳ぐらいの人達だったって聞きましたけど。

あのホームレスのおじさん、僕、知ってました。いえ、知ってるっていうか見たことがるあるっていうことですけど。高架下をいつも通るからあのおじさんいつもいるなとは思ってたんです。タイヤを重ねた遊具のそばにいつも座ってました。横に大きな手提げ袋を大事そうに置いてました。

でもいっぺん話しかけられたことがあったんです。猫がいて撫でようとしたらおじさんの方へ行っちゃて、おじさんの猫だったのかな。猫をみてたらおじさんが僕に手でおいでおいでするんです。猫は撫でたかったけど、小学生?って聞いてきて何も言わず走って逃げちゃいました。なんだか怖くなって。ニコニコしてたんですけどおじさんは。

 

いえ、だから、生まれてすぐ親が子供に名前を付けるのは当たり前でしょ。そのぐらい分かります。呼びかけられないし、赤ん坊だって自分でつけれるわけないんだから。

変ですか?そうかもしれないけど、変て悪いことなんですか?みんなと違うってことですよね。それって個性ってやつじゃないんですか?

のびのび個性を発揮したらダメなんですか?のびのびと一人一人の個性を伸ばすが学校のスローガンでしょ?モットーだっけ?

質問ばかりって、言われても、いつもわかんないことがあったらなんでも聞きなさいって言ってたのに。

にらまないでください。いや、なんか怖い顔してるから。

 

一年ぐらい前かな。ある時ぽっと浮かんだんだ。空を見上げてる時に大きな字で雲と雲のあいだに薄い白い字で、それこそ雲でかかれたみたいに、でも、はっきり読めたんだよ、ホントに、その時はただ読めただけだったけど、これってぼくの名前じゃないかな、っていうかぼくの名前は、あっ、すいません、一人で盛り上がっちゃて。なんだか思いだしたら興奮してきちゃった。でもずっとその言葉が僕についてくるんです。不思議ですよね。後ろを振り向くといる、みたいな。すいません、急に笑ちゃって。なんだか思いだすと笑っちゃうんです。寝てる時でも突然思い出して笑ちゃって、お母さんが心配するからなんとかこらえるんだけどダメなんです。こらえきれなくて。何とかしなくちゃて思ってて、そうだ、これは僕の名前なんだと気がついてたらすごく安心したんです。そう、ほんとに、なんていうのかよくわかんないけど、安心。寒い時に布団にくるまってる時のぬくぬくした気持ち。あんな感じなんです。

 

僕が生まれるずっとずっとずーっと前から真っ赤に燃えて動き続けてるんですよね。僕の足の下のずっと下で燃えて動き続けてるって考えると頭がくらくらしてきません。

ええ、図鑑で見ただけだからくわしくは知らないけど、いいんです、だって誰も見たことないんですよね、本物は。この下で実際に流れてるとこは。でも頭の中ではっきり見えるんです。頭の中っていうか、体の中っていうか。赤と黒が入り混じったものすごく大きな生き物のようなかたまり。それがゆっくりゆっくり動くんです。見えないぐらいゆっくりだけど絶対止まらず流れ続ける。僕の足の下の深い深いところで。今この瞬間も。

ーノイローゼで辞めちゃったんでしょ。まじめすぎるのよね、新卒だったんだ。まわりがうまく手助けできれば良かったのに。

ーまあ、そうね、一つ歯車が狂うと一人で何とかしようと思ってもどうしようもないもんね。そりゃどこだってあるよ。

ーそういう若い時のまじめさっていうか一途さは大事でしょ。

ーでも気がつくとなんだかまわりにに壁が立ちはだかってくるみたいな感覚になるのよね。あるじゃない。

ーわかんないか、男の人にはないのかな。

ーそうかその人知ってたんだ。ふ~ん会っただけか。でもいろいろ感じるだろうし。そういうのも関係してるのかもね。

ー結局なんにも分かんなかったわけね。子供の考えることだから。その子だって筋道立ててやってるわけでもないでしょうしね。

 ただの思いつきでしょ。あなたの方が考えすぎなんじゃない。

―でもその子って変わってるってわけじゃないのかも。変わってるんじゃなくて、

 

 

なんか、カッコいいでしょ。

我が名はマントル。

 

 

 

 

 

 

 

 


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