小品集 昭和4年(1929)11月6日
第4学年乙組14番 栗原正敏
秋の夕暮
「うまいなあ」とどなる声が頭の上でした。仰向いて見ると柿の葉がちらちらと落ちて来た。「兄ちゃんにも取っておくれよ」と下から兄は言ふ。「いぢめるからいやよ」といふ声も淋しげである。と仰向いた口には柿の種が落ちた。
「かんにんしてよ」といふ声はつづいて淋しげに寒そうにひびいた。附近の寺の入相の鐘は淋しげに夕闇をぬってひびいた。
小春日和
ぽかぽかといふひづめの音があたりの静けさを破って聞えた.騎兵が二、三人かけ去った。斥候らしい。
突然、後の山からぽかぽかといふ銃声がひびいた。
二、三の兵隊さんが鉄炮をかついで歩いてきた。ぱかぱかと煙草をすってゐる。と、どこからともなく「兵隊さん何処へ行くの、兵隊さんは知らぬ顔」といふかはいらしい声がした。