齢仙寺雑記帳

滋賀県にある臨済宗妙心寺派のお寺、齢仙寺の日々のお話

5月のことば 「随処作主(ずいしょにしゅとなる)」

2015年05月17日 | 今月の言葉
5月ももう半分以上過ぎてしまいました・・・
5日には齢仙寺の、9日には五個荘北仏教会の花祭りもありました。

遅くなりましたが今月のことばです。

今月のことばは

「随処作主(ずいしょにしゅとなる)」

です。

この後に「立処皆真(りっしょみなしんなり)」と続きます。

中国九世紀半ば、唐代の臨済宗の開祖、臨済義玄禅師(りんざいぎげんぜんじ)の言葉です。

「随処(ずいしょ)」とはいたるところ、いつどこでもという意です。
「主(しゅ)と作(な)る」とは囚(とら)われの無い本来の自己であること

その結果、続く句では 居場所でそのまま真理が具現(ぐげん)し自在の働(はたら)きができるという意になります。

「主」とは決して中心人物として振る舞うことではありません。

その意味では、脇役であったとしても その人がその役に徹し切り、その人でなければできない演技を外連味(けれんみ)なく演ずれば、その人は主となっているのです。

私たちは娑婆(しゃば)に生きています。
瞬間瞬間に自分を取り巻く環境は変化し、その都度、他人の目が気になる 欲も出る 耳障(みみざわ)り 目障(めざわ)りなものに取り囲まれる どんどん思い通りにならない自分にストレスがたまる

何事にも距離をおいて関与を避けるのはどうでしょうか
これもすでに囚われであり そのこと自体に既に気を遣(つか)っています

何とか安心(あんじん)を得たいものです。

囚われのない 渦に巻き込まれない 翻弄されない それでいてイキイキと生きる自分がのぞまれる
ここのところ さあ、どうしましょうか

薫風自南来(くんぷうじなんらい)です ???

平成二十七乙未皐月


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