臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の「朝日歌壇」から(10月10日掲載分・其のⅠ)本邦初公開の爆笑短歌鑑賞文!連日出血大公開!

2016年10月10日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]
○  百歳過ぎてなほ息災に過ごしゐる仕合せさへもときに忘るる  (茅ヶ崎市)若林禎子

 「仕合せさへもときに忘るる」が如き境地に身を置く事こそは〈至高の幸福〉でありましょうが、何はともあれ、御年・百一歳にして尚且つ、斯くの如き完成度の高い一首を詠み得る事に対しては、評者の私としても敬服せざるを得ません。


○  はっきりとイエスとノーの言える子に育てたことを反省してる  (三郷市)木村義煕

 私たち日本人は、ややもすれば「イエスとノーの区別をはっきりと口に出して言えないのが、私たち日本人の最大の欠点である。これからの子供は、国際社会で活躍して米弗紙幣をたんまりと稼ぎ、母国日本の経済復興に寄与しなければならないのであるから、こうした点に就いては、よくよく注意しなければなりません」などという事を、平気で言ったりするのである。
 だが、自分たちの娘が、現実に「私は、お父さんやお母さんの〈下の世話〉などは、決して、決してするつもりはありませんから、お父さんもお母さんも、ヨイヨイになる前に介護施設に行ってね!」などと、あからさまに言ったりしたら、「こんな娘に育ててしまったのは、我が人生での数多い失敗の中の一つであった。大いに反省しなければならない」などと言うのでありましょう。
 [反歌]  是と非との違ひ黙して知事殿は落し所を覗つて居り  鳥羽省三


○  ゆるすこと教えてくれた夏でした晴れのち雷雨夕方に虹  (富山市)松田梨子

 松田姉妹のお姉さんの梨子さんは、この夏休み中に、例えば、失恋などの手痛い人生経験をして、少しは成長したのかも知れません。
 「晴れのち雷雨夕方に虹」という下の句は、作者本人としては「意味深な十四音」との思いでの表現ではありましょうが、こんな悪戯をするようでは、彼女もまだまだである。
 

○  半袖のセーラー服はもう今日でおしまいさよなら中3の夏  (富山市)松田わこ

 久方ぶりの〈松田短歌姉妹の揃い踏み〉であるが、この姉妹対決の結末に就いては、明らかに妹の松田わこさんに軍杯を揚げざるを得ません。
 本作は、〈馬場あき子選〉の入選作でもある。

     夜来の颱風にひとりはぐれた白い雲が
     気のとほくなるほど澄みに澄んだ
     かぐはしい大気の空をながれていく
     太陽の燃えかがやく野の景観に
     それがおほきく落す静かな翳は
     ……さよなら……さようなら……
     ……さよなら……さようなら……
     いちいちさう頷く眼差のやうに
     一筋ひかる街道をよこぎり
     あざやかな暗緑の水田の面を移り
     ちひさく動く行人をおひ越して
     しづかにしづかに村落の屋根屋根や
     樹上にかげり
     ……さよなら……さようなら……
     ……さよなら……さようなら……
     ずつとこの会釈をつづけながら
     やがて優しくわが視野を遠ざかる  (伊東静雄作『夏の終り』)
   

○  あおむしはきれいなちょうちょになりました保育所の小さな虫かごの中  (横浜市)有田佐智

 童話的な内容の一首であるから、上の句の〈ひらがな書き〉や〈蝶々〉を「ちょうちょ」とした点なども効果的であり好感が持てる。


○  二十番札所は阿波の鶴林寺庭にでっかき鶴の像立つ  (富士吉田市)萱沼勝由

 作者の富士吉田市にお住まいの萱沼勝由さんは、頼まれもしないのにわざわざ徳島くんだりまで足を運び、「二十番札所は阿波の鶴林寺」の観光案内(参詣案内)をしているみたいであるが、本作は、「庭にでっかき鶴の像立つ」という実感と感動を伴った下の句を置くことに依って、単なる観光案内、参詣案内に堕する事から救われている。


○  今日の船乗らねば座間味に足止めと緊張はしる朝の食堂  (所沢市)鈴木高志

 沖縄県は「座間味」島の「緊張はしる朝の食堂」で、本作の作者・鈴木高志さんは、〈冷やし沖縄蕎麦〉を食べているのでありましょうか?
 座間味島の食堂「ヘルシー食彩・たんぽぽ」には、前掲〈冷やし沖縄蕎麦〉の他に、〈ヘルシー弁当〉や〈手作りコロッケ〉なども有り、いずれも格安価格で食べられますから、次回ご来島の節は宜しくご賞味下さい。


○  上京して困った時は両さんに相談せよと子を送り出す  (太宰府市)野上伊都子

 「上京して困った時」の「相談」相手として、「両さん」と具体的な名前(愛称)を上げた点が、本作を駄作の位置から掬い上げているのでありましょう。
 ところで、その「両さん」の「両」とは、どんな氏名の略称でありましょうか?
 「良さん」や「遼さん」ならまだしも、苗字にでも名前にでも「両」なんて一字が付くような人物には、寡聞にして私は、これまでにたったの一度も出会ったことがありません。


○  そーっとねひざのかさぶたはがしたらゆうやけみたいな色をしてたよ  (熊谷市)茂出木雪穂

 「そーっと」「はがし」てみた「ひざのかさぶた」が「ゆうやけみたいな色をしてたよ」とは、まさしく実感の伴った、素晴らしい表現である。
 松田姉妹や室文子さんの〈ビックライバル〉登場!
 お三方とも、これからは決して、決して油断がなりませんぞ!
 

○  せたけより長い紙にかきましたかきぞめ大会はじめてのおうぼ  (大阪市)吉田新宝

 仲秋の今になって「かきぞめ大会」とは、大阪市にお住まいの吉田新宝さんよ!あんたはんはボケちゃってんのとちゃう!
 [反歌] 背丈より長い紙なら〈条幅〉で半分こすれば〈半切〉と謂ふ  鳥羽珍宝  

『翼をください』の歌詞に就いて  書き込み中、近日大公開!北方四島以南最高(笑)!

2016年10月10日 | ビーズのつぶやき
 昨夜、就床直前に観た、〈NHK・BS1〉の「新・日本の歌」の中で、私にとっては新顔の若い女性歌手が、埼玉県内の某県立高校合唱部の女性部員数十名をバックにして、かつて、フォークグループの〈赤い鳥〉が歌って大ヒットした『翼をください』を歌っていた。
 この曲は、今では、我が国の現代音楽史を彩る名曲として知られ、高校や中学の音楽科の教科書にも掲載されていて、近年益々盛んに行われるようになった、中学や高校などの「クラス対抗合唱コンクール」の課題曲の定番ともされているようであり、昨夜は、この名曲を歌う、彼の女性歌手の歌唱ぶりも素晴らしかったが、
それ以上に素晴らしかったのは、件の女子高校生たちが、〈素朴そのもの〉といったような顔をして歌う、バックコーラスであった。

 ところで、この名曲の歌詞の評価を巡って、ヤフージャパンの「知恵袋」なる掲示板のホームページに於いて、「kassy1908さん」という方と「hagemarotiさん」という方とが、応答形式で各々のご意見を交わし合って居られるのであるが、その内容が真っ向から対立する内容であるのは、私にとってはとても興味深いので、それら両者のご意見を、此処に無断転載させていただいた上で、それらに就いての私見なども述べさせていただきたいと思います。

 先ず、質問者の「kassy1908さん」という方のご意見は次の通りである。
 
 「翼をください」は劣悪な反教育的な歌詞じゃないですか?
 小中高の合唱コンクールにおける定番曲と言えば、「翼をください」です。
 しかし、この歌詞ってヒドすぎじゃないですか?
    -今 私の願いごとが
    -かなうならば 翼が欲しい
    -この背中に 鳥のように
    -白い翼 付けてください
    -この大空に 翼をひろげ
    -飛んで行きたいよ
    -悲しみの無い 自由な空へ
    -翼はためかせ 行きたい
 翼を持って何がしたいのかと思えば、何もない。
 ただ飛びたいだけかよ。
 「悲しみの無い自由な空へ」って、地上はそんなに悲しみだらけか?
 地上はそんなに不自由なのか?
 例えば「空を飛んで遠い国の人達と仲良くなりたい」とか、そういう夢とか希望とか
 そんなんは無いのかよ。
 …と、いろいろツッコミたくなってしまいます。
 この歌詞のテーマとは、「現実逃避」でしょう。
 あるいは、「空=天国」と解釈するなら「自殺願望」とも取れます。
 私は、こんな鬱な歌が教育の場で堂々と歌われる事に疑問を感じております。
 この歌詞を聞いて、私と同じように感じた方はいらっしゃいますか?

 次に、「kassy1908さん」に依る、上掲のご質問に対する「ベストアンサーに選ばれた」、「hagemarotiさんのご意見は、次の通りである。

 私は異なった解釈です。
 作詞家本人ではないので、受け取り方はたくさんですよね。 
 悲しみの無い世界がこの世にあると思いますか?
 あなたがこの歌詞を理解するには、もう少し人生を歩む必要があるかもしれませんね。
 地上は悲しみだらけか。はいそうです。
 悲しみだけではないというのも事実です。
 ただ飛びたいだけかよ。はいそうです。
 「ただ」飛びたい。それが難しいのです。
 悲しみのない世界は、人々にとって永遠なる夢です。
 それを追って何がいけませんか?
 そういった世界を目指したい!「ただ」それだけであり
 現実逃避ではありません。
 当時の情景から歌詞の推測をするというのは
 あくまで推測でしかないということに気づかないんですかね。。
 クラシックのスコアに交響曲の場面解説があります。
 しかし、それはあくまで そうだといわれている だけ。
 文章でも映画でも美術でもなんでもそう。
 歌詞をこうしたほうが大衆ウケがいいだろう、って考えてたとしたら?
 笑わせてくれます。深層心理は本人にしかわからないのです。
 ここでは個人個人がどのように感じたか、ソレが回答なのでしょう。
 私は解説を読もうがどうしようが、捉え方は関心こそすれ、あまり影響されません。