「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌評 俳句の国から短歌国探訪(1) 短歌は若者の器か 丑丸敬史

2017-05-24 14:27:37 | 短歌時評

(1)はじめに

 俳句実作者である筆者の短歌国探訪記を今回から計4回に亘り記す。
 筆者が最近、所属する俳句同人誌「LOTUS」の最新号(35号)に記した編集後記から抜粋する。

 我が俳句国も短歌国、自由詩国との間の高い障壁を隔て、三ヶ国は消極的没交渉状態にある。この原因は一重にそれぞれの詩型が強固であることの証左でもある。もし俳人が歌も読み詩も書くならば三国の垣根は大分低いものになっていることだろう。モーツァルトがピアノ曲、交響曲、オペラを書くようには、我々は俳句、短歌、自由詩を書かない。勿論、詩歌実作者のほとんどはプロではなく作りたいものを作れば良いのだから、プロの作曲家とは同列には語れまい。ただ、俳句実作者にとってなぜ短歌や自由詩が「作りたいもの」足り得ないのか。これを己に問うことは、無意味ではあるまい。

 なぜ、自分は短歌を作らないのであろう。筆者が幼い頃から俳句が身近にあったという来歴だけでなく、この小論を書くことによって、創作を始めた時には「短歌適齢期」を過ぎていたことに気付かされた。

(2)俳句に対する誤解

 この小論の視点を明確にするために、俳句実作者である筆者が「どこから」短歌を眺めるのかという立ち位置をまず明確にしておく。筆者は有季定型の伝統俳句を書かない俳人である。

 短歌(和歌)は名もなき者も含め多くの日本人により自然発生的に誕生した。それに対して、俳句(発句)は芭蕉が確固たる文芸的意思と宣言を持って作為的に創始した。そのため、俳句はその誕生から芭蕉の呪縛に縛られ続けている(未だに芭蕉はこう言っていると芭蕉に帰ろうとし、俳句を芭蕉の創始した宗教か何かと勘違いしている俳人は多い)。さらに、虚子により有季定型が俳句であると定義づけされ(虚子ルール)、一般人が思い描く現在の俳句のイメージが定着した。しかし、形式化し硬直化した芸術(もはやそれは芸術とは呼ぶに値しない)に対して、それを刷新しようとする機運はいつの時代にも現れる。新興俳句運動から現在に続く多様な俳句はそのようにして生まれ続けた。部外者が抱いている有季定型俳句は俳句の一ジャンルに過ぎない(季語なんて知らなくても俳句は作れます!)。

 この小稿を書くに当たり、「詩客」に寄せられた歌人や詩人の方々の「俳句時評」を読ませていただき、「へー、やっぱり俳句は外からはそんな風に見られてるんだ」と改めて認識した。論を進めるため、まず俳句に対する誤解を解いておきたい。

「俳句評 短歌の穴からのぞいてみれば・・・」稲泉真紀

 俳句、ことに高浜虚子についていえば俳句はノンフィクションであるというテーゼがあり、現代短歌、ことにアララギの写生・写実において同じような歴史をたどってきた。 しかし、短歌は少しずつフィクション化への流れを持ったのだ。

 と氏は指摘するが、俳句に関してこの認識は正しくない。俳句も戦後の前衛俳句の隆盛に伴ってノンフィクションの殻が破られ、幻想的な俳句が続々と作られている。むしろ、質・量共に短歌を凌ぐのではなかろうか。現代俳句の特性の一つが幻想性・幻視性と言っても良いほどに。

  きらきらと蝶が壊れて痕もなし   高屋窓秋
  
  抽斗の国旗しづかにはためけり   神生彩史
  
  冷凍魚
  おもはずも跳ね
  ひび割れたり           髙柳重信
  
  釘づけの男女から水汚れだす    林田紀音夫

  轢死者の直前葡萄透きとおる    赤尾兜子

  最澄の瞑目つづく冬の畦      宇佐美魚目

  薄氷や我を出で入る美少年     永田耕衣

  機関車が止まる唾液に邪魔されて  阿部青鞋

  鶏むしるそこより枯野ひろがれり  山下洋史

  前世より煮〆めてゐたる牛蒡かな  たむらちせい

  凩や馬現れて海の上        松澤昭

  野は枯色ところどころに赤ん坊   栗林千津

  しばらくは葦のかたちに混み合えり 津沢マサ子

  春鳶は垂らすや空の長手紙     安井浩司

  天の川われを水より呼びださん   河原枇杷男

  綿虫や柩は人を入れ替える     柿本多映

  空蟬の数ふやしをり蔵の中     宗田安正

  天地創造了り蜆の動き出す     小林貴子

  白百合の途中は空家ばかりなり   森川麗子

  名告りあう水子多しや天の河    高橋修宏

  Qと啼き貝は神代へ沈みける    増田まさみ

  こうこうと死後の長さを照らす紐  高岡修

  空蟬のなかの嗚咽がこみあげる   谷口慎也

  空蝉となるまで殻は木をのぼる   流ひさし

  陰裂に冬の稻妻走りけり      高橋龍

  何度でも殺されにゆく桜かな    嵯峨根鈴子

  気絶して千年凍る鯨かな      冨田拓也


 静謐な悲しみを湛えて描かれている日常の物象が非日常世界にじわりと染み出していく。非日常世界もこちらの世界を静かに侵食する。そのようにして境界はいよいよ曖昧になる。

 この期に歌人と詩人の方々に声を大にして言いたいが、角川「俳句」は初心者向けの俳句入門書であり、多くの読者を得るために伝統俳句中心の構成になっている。角川「俳句」を「現代詩手帖」と同等と見誤ってはいけない。高柳重信が編集長を務めたかつての「俳句研究」のような硬派な雑誌は現在において絶無である。外部から俳句を眺めるのに、角川「俳句」を手引きにしたのでは俳句の重要な流れを見落としてしまう。角川「俳句」を参考資料に選んだ稲泉氏が誤解したのも致し方のないことではある。
 現代俳句のウイングはもっともっと広いことを歌人や詩人にもっと知っていただきたい。筆者が所属する「LOTUS」は俳句世界の辺境の地(極北)に位置する。我々のような書き手の俳句は角川「俳句」にはほぼ登場しないため、活動は外からは見えにくい。「詩客」のような場こそそれを発信する良い機会である。

  ひと昔ふた花野まで九十九折り   三枝桂子

  琺瑯質の誰かが覗く虹の秘部    無時空映

  留鳥も移民の耳も芒原       吉村毬子

  王亡くてひたに孔雀は卦踊りを   九堂夜想

  ふゆのつき【冬の月】私を産もうとした女 鈴木純一

  言語成る
  つひ暗がりの
  轉び寝に             酒卷英一郎

  己が葉の真ん中に死ぬ蓮かな    曾根毅

 恐らく、このような俳句を初めて目にした方は何が書かれているのかも理解できずに戸惑うであろう。

 かつて「一読分かる俳句が良い俳句」と俳壇の大御所(飯田龍太)からの宣下がなされ、そそっかしい輩は俳句に読解力は不必要と誤解し、それによる俳壇の低脳化(白痴化)が一気に進んだ。永田耕衣らも難解俳句と片付けられ俳壇の隅に追いやられた。小学一年生に微積分を教えても理解できないように、初心者であるならばそれも致し方なかろう。しかし、俳壇のトップがそれを公言して憚らず、俳壇を牽引するような俳人が小学生の読解力レベルでいいんだと誇らしげに吹聴している様は滑稽ですらある。

  一月の川一月の谷の中       飯田龍太

  睡蓮や今世をすぎて湯の上に    安井浩司

 龍太の句は一読わかる。その句意もその良さも。単純が故のポエジーもある。冴え冴えとした1月の冬の川が峻厳な谷の中を流れているそのような情景が目に浮かぶ。単純が故のそこから紡がれる詩的世界の広がりもある。この句の良さに異を唱えるつもりはない。しかし、俳句はこれだけではない。
 安井浩司の俳句を初心者が賞味するのは困難かもしれない。一輪の睡蓮が咲き誇っている。そして、今世で咲き誇った睡蓮がその後に湯殿の上に現出する。「湯の上に」、これは睡蓮が湯殿の水面に泛かんでいる様ではなく、立ち上る湯気の向こうに睡蓮が花開く様を表している。睡蓮を咲かせたこの湯殿はもはやこの世のものではない、極楽浄土なのである。
 このように読解力を必要とする俳句は厳然として存在する。この様な俳句は伝統俳句からはしばしば「観念俳句」と呼ばれ敬遠される。観念俳句、上等。俳句は写生だけではない。自由詩の様に色々な書法が俳句にもある。「きょうは〇〇をたべました」的な日記俳句は小学生に任せておけば良い。

(3)短歌はなぜ若者の文芸なのか

 稲泉氏は、第59回角川俳句賞の応募者と第59回角川短歌賞の応募の年齢構成を比較し、俳句実作者平均年齢が短歌実作者のそれより高いことを示唆している。付け加えるならば、それぞれの受賞者の年齢構成を見ても、20代の若者が角川短歌賞を続々と受賞しているのに対して、角川俳句賞では20代受賞者は極めて少ない。田中裕明(受賞時22歳)、山口優夢(受賞時24歳)、柴崎左田男(受賞時27歳)、岩田由美(受賞時28歳)の4人のみ。紛れもなく、短歌は若者文芸であり、俳句は老成の文学である。そう言って良い。

  旅終へてよりB面の夏休     黛まどか
  
  会ひたくて逢ひたくて踏む薄氷
  
  風が好きひな菊が好きアナタが好き

  手花火をして口づけをまだ知らず

  うしろからふいに目隠しされて秋

  山眠る恋の終わりを見届けて

『B面の夏』(1994年)収録句。この年彼女は32歳。知らされなければ10代、20代の女性の俳句かと思う。「なりきり俳句」にしてもあまりにも内容が稚拙。若書きと割り引いたとしても、俳句としてできていない。と俳人は思う。
 黛まどかと同じ歳の俵万智が『サラダ記念日』(1987年)を出版した時、彼女は25歳。俵万智を一躍短歌界の寵児にしただけの内容がそこにはあった。これを、黛と俵の文学的才能の差と一蹴することは容易い。しかし、たとえそうであっても、第二、第三の、「俳句の俵万智」の出現を待つだけの時間は我々には十分にあった。しかしてその出現が未だないという事実は、俳句はこのような若者の甘酸っぱい恋愛の歌を盛る器には相応しくないという証左である。
 俵万智は現代の言葉で現代の感覚で恋歌を詠んだ。額田王、和泉式部、与謝野晶子、恋歌はその時代時代の女性によって紡がれてきた(男性にも)。恋をすれば誰でも詩人になる。それを受け止めるだけの装置として短歌は必要十分な器たり得てきた。自分の溢れ出る心情を伝えるに三十一文字は「ちょうどいい」大きさなのだ。

  バレンタイン君に会えない一日を斎の宮のごとく過ごせり

  愛ひとつ受けとめられず茹ですぎのカリフラワーをぐずぐずと噛む

  思い出はミックスベジタブルのようけれど解凍してはいけない

  「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

 これら俵万智の歌の下の句消して十七文字に切除してしまうと

  バレンタイン君に会えない一日を

  愛ひとつ受けとめられず茹ですぎの
 
  思い出はミックスベジタブルのよう

  「この味がいいね」と君が言ったから

十七文字に要約してみようかとも思ったが無理であった。

 古代中世を通じて様々なタイプの和歌が試されて、その中で短歌のみが生き残ったのは伊達ではない。「31文字」は日本人にとって「マジックナンバー」なのだ。恋に限らず、何物かを伸びやかに歌うのに過不足がない。それであればこそ、いつの時代でも短歌は若者と相性が良く、若者の詩型式たり得た。鬱屈した熱き思いを抱く若者がその思いを伸びやかに開放する、短歌はそれを受け止める器として最も相応しい青春の詩文学である。

 一方、俳句はなぜ老成文学なのか。答えはすでに出ている。伸びやかに歌えるか、歌えないか、の違いが短歌と俳句の決定的な違いである。俳句は伸びやかに歌うことのできない鬱屈した奇矯の文学型式である。鬱屈した若者に鬱屈した詩形式は合わない。劇的表現を愛した寺山修司が俳句から短歌へ移ったのも必然と言えよう。

 稲泉氏はこうも言っている。

 短歌では与謝野晶子の『みだれ髪』や石川啄木の『一握の砂』、俵万智『サラダ記念日』などの歌集が一定の読者を 獲得していったのにも関わらず、俳句はどちらかというと単独作者の句集が読者を獲得するケースが少なかったのではないか?

 控えめに疑問符「?」がついているが、これは正しい。売れるためには実作者ではない一般人にも熱狂的に迎い入れられる必要がある。抑制的に歌うことを運命付けられた俳句は国民の、特に若者の熱狂を呼べないのである。

 俳句甲子園で若人を俳句に引き込む機会が増えたことは好ましいことであるが、その後、彼らは伸び悩む。それを伸ばす受け皿(仕組み)がない、云々の問題ではない。ネットが発達した現代、もし彼らが他の俳人の心を摑むような俳句を書き続けることができれば、間違いなく時代の寵児になれるはずである。しかし、「他の俳人」の多くは年上の、それも老人ばかりであり、その俳壇(俳句世界)の中で、ライトでふわふわした俳句を量産しても「頑張っとるようだが、まだまだ青い」くらいにしか見られない。俳句甲子園はその名の通り、高校生が高校生の情感で歌えばよい。けれども、高校を卒業した後に、彼らも青春性と俳句型式との齟齬に遅ればせながら気づく。開放的に歌いたい彼らと抑制的に歌うことを求められる俳句とのギャップは大きい。そして、その関門を通りぬけられる者は少ない。

 なぜ俳句はわざわざ抑制的な詠えない型式を求めたのであろうか。

 常に死と隣合わせにいた戦国時代、明日をも知れず一日一日を大事に生きていた人々の美意識に「侘び」(貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識)が育まれたことは必然と言える。芭蕉が積極的に俳句にこの侘びを取り入れたこともまた極めて自然であった。満たされない中にこそ充足を感じようとする俳句、それは侘びの精神的支柱を持ってして初めて成ったと言える。伸びやかに歌えないのではなく、伸びやかに歌わない、そこにこそ芭蕉は美学を見出した。そしてそこに俳句の将来性を見た。内省的な文学としての俳句の誕生である。
 「俳句(発句)は芭蕉が確固たる文芸的意思と宣言を持って作為的に創始した。そのため、俳句はその誕生から芭蕉の呪縛に縛られ続けている」と批判的に書いた。それにも拘らず、芭蕉の唱えた「侘び」から俳句を解放できないのかと訝しく思う向きもあろう。しかし、侘びを取ったら俳句ではなくなる。芭蕉が俳句に侘びの美を付与しなくても、必ず後の誰かがやった。抑制的侘びの歌謡こそが俳句の本質であり同義である。
 この窮屈な俳句美学を理解し愛するためには、ある程度人生を生きる必要がある。血気盛んな若者に侘びを説いても受け入れられまい。斯して俳句は老成の文学化する。なぜ退職をきっかけに俳句を始める人が多いのかも、この俳句の特殊性を考えれば合点がゆこう。俳句は老人に極めて相性が良いのである。短いから作りやすい、手軽に始められる、という条件は必要条件ではあるが十分条件ではない。

(4)短歌はなぜライトバース化したのか

 筆者の母は俳句結社に入っており、時折自作の俳句を聞かせてくれもした。そのように俳句が幼少の頃から身近にあった。もしそれが短歌であったら、筆者は短歌を現在書いていたかもしれない。筆者が俳句実作者となったのはある意味偶然的な要素はある。しかし、その後、短歌に出会う機会も十分にあり(現代詩に出会う機会も同様に)、俳句に比べて短歌によりアフィニティーを感じていれば、短歌実作者になっていた筈である。そうでないと言う事実は、筆者のポエジーは俳句により近しいものであったのであろう。
そうは言っても、短歌に魅力を感じていない訳ではない。ただ、青春性の高い短歌は好ましく感じないわけではないが、今の年齢の自分には眩し過ぎる。それよりも、戦後の前衛短歌時代の塚本邦雄や葛原妙子らの幻想的短歌により共感を感じる。

  胎児は勾玉なせる形して風吹く秋の日発眼せり           葛原妙子

  革命歌作詞家に凭りかかられて少しづつ液化してゆくピアノ     塚本邦雄

 今日の幻想的短歌を山田航の『桜前線開架宣言』(左右社)から拾う。

  半分は砂に埋もれてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ        石川美南

  小説のなかで平和に暮らしているおじさんをやや折り曲げてみる   笹井宏之

  しゃぼんだまの中に沢山いるようなカタツムリからの電話を待ってる 瀬戸夏子

  わたくしも子を産めるのと天蓋を豊かに開くグランドピアノ     小島なお

  ごみ箱に天使が丸ごと捨ててあり羽と体を分別している       吉岡太郎

 

 「半分は砂に埋もれてゐる部屋よ教授の指の化石を拾ふ」。化石を研究している研究者がいる。埃をかぶった研究室は砂に埋もれたタクラマカン砂漠のようである。一陣の風で表面の砂が舞い上がる。すると取り払われた砂の隙間から指の化石が顔を覗かせている、そんな白昼夢である。この句の中で一瞬にして、教授は何億年もの昔に絶滅した古代生物となり、またその場に現出する。
 「小説のなかで平和に暮らしているおじさんをやや折り曲げてみる」。主人公が小説の中に閉じ込められたり、逆に作品中の主人公がこの世に現出したり、この手の話はよくある。この短歌では、そこは飛び越えずに、主人公にちょっとした意地悪をしてみる、というのが面白い。
 「しゃぼんだまの中に沢山いるようなカタツムリからの電話を待ってる」。シャボン玉が生まれる度にその中に蝸牛が生まれる。その蝸牛からかかってくる電話は、一緒に蝸牛にならないか、と誘う電話。
 「わたくしも子を産めるのと天蓋を豊かに開くグランドピアノ」。グランドピアノも臨月になると天蓋がパンパンに膨らむのであろうか。
 「ごみ箱に天使が丸ごと捨ててあり羽と体を分別している」。この短歌がこの中では一番好きかもしれない。街中に天使は溢れている。人間世界で羽を擦切らせた天使が行倒れている。誰かがごみ箱に投げ入れたそれを、早朝清掃員が分別している。長編の物語が紡げる。
 彼ら若い世代のファンタジー短歌は、戦後の塚本、葛原のものに比べて重量感がない。ライトバース、ニューウェーヴの洗礼を受けた短歌世界では描かれる幻想の質量も自ずと軽い。

 稲泉氏の文章を抜粋する。

 『角川俳句』1月号の特別対談の小澤實と中沢新一の「なぜ今、俳句か」に興味深いことが書かれている。 短歌は口語化したが、俳句はそのあとを追って口語化しない。俳句の本質は「不易流行」であり、室町時代と変わらない切字や文語を使った時代錯誤の面白さが あるのではないか?というのである。(中略)短歌が前衛短歌や『サラダ記念日』以降の口語化及びライトバース化など常に時代の色を帯び、変遷し、進化もしくは時代 を作り上げてきたことからみると、俳句はどこかしら、「不易流行」の一途さを感じてしまうのだ。

 ここにも誤謬と誤解がある。口語体、日常会話で書かれたライトバース俳句はある。短歌との対比を強調したかっただろう、小澤と中沢の対談内容は不正確である。

  じゃんけんで負けて蛍に生まれたの  池田澄子
  
  ピーマン切って中を明るくしてあげた

  三月の甘納豆のうふふふふ      坪内稔典

  たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ

 ライトバースは軽妙な内容の文学にこそ合う。盛り付けるものが軽いものであれば、盛り付ける器も軽いものを選ばねばならぬ。池田も坪内もこのようにライトな俳句を書きたがっている。これらの俳句も俳句の幅を広げるには貢献しているし、そのような俳句を目指す者は書けば良い。しかし、筆者はこの手の俳句には食指は動かない。ウイットは認めるが、軽い。
大方の俳句がライトバース化していない、それは事実である。しかし、それは俳句が「不易流行」(この言葉は物事の本質に関してについて言われているのであり、レトリック、書法についてのことではない)に囚われているのではなく、抑制的な老成文学であるという俳句の特性に馴染まないからである。口語俳句の広がりが一部に止まっているのは、それが描く世界が限定的であるからである。俳句に翻って、短歌が口語化したのはライトバース化との連動があったればこそ。短歌の描く世界が軽くなったからである。軽い世界を殊更に軽く描く。それが若者に歓迎されたのもむべなるかな。言葉を尽くせる短歌は内容が軽くとも力で読ませることができる。しかし、17文字の俳句にはそれが難しい。ライトバースは短歌に適する。

 抑制的な俳句型式で恋歌を為すには文語体が似合う。ビシッと決まる。黛まどかは百年持たないだろうが、下記の歌はすでに古典となっている。

  鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし     三橋鷹女

  雪はげし抱かれて息のつまりしこと  橋本多佳子

  妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る    中村草田男

 「ブランコは漕がなきゃ愛は奪わなきゃ」では千年俳句とはなり得ない。

(5)終わりに

 現在の短歌のこのライトバース、ニューウエーブの隆盛がいつまで続くのかは誰にも分からないが、平穏な時代が続く間は、この現状はそうは変わらないであろう。口語化を一旦果たした短歌を支える若者がこれを捨てる謂れはない。千年後に俵万智が額田王と同列で語られても不思議ではない。そして、短歌が千年後にも残っているであろうことが筆者には強く信じられる。日本が続き、そこに若者がいる限り。短歌の未来は決して暗くはないのである。
 付け加えて言うならば、俳句は上述の特性から今後も口語化が主流になることはなかろう。そして、超高齢社会を迎えた日本では今後も老いて盛んな元気なおじいさん、おばあさん達が俳句を盛り立ててくれるであろう。

 筆者がこれまで短歌を作って来ないのは、ライトバース主流の現在の短歌の有り様にあまり食指が動かなかったからである。ただ今回、本稿を書くに当たり、幾冊かのアンソロジー『近代短歌の鑑賞77』、『現代短歌の鑑賞101』、『現代の歌人140』(いずれも小高賢)、『現代の短歌』(篠弘)、『桜前線開架宣言』、その他の歌集を読み返し短歌の幅の広さを認識した。『桜前線開架宣言』では1970年以降の若手の短歌で心に銘記される少なからぬ数の短歌に出逢えた。次回はそこから短歌を語ろう。ライトバース短歌に関しても、反りが合わないクラスメートのように敬遠し続けるのは止そうと思う。日本人であるならば全ての詩人は短歌を詠める筈である。短歌を歌わない手はない。今回これを書いてそのように感じた。

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短歌時評126回 ちゃんと荒れたい 柳本々々

2017-05-07 00:49:22 | 短歌時評

きょう、「川柳トーク 瀬戸夏子は川柳を荒らすな」というイベントが中野サンプラザであったのですが、いま、帰ってきました。できるだけ私の記憶の限りに書いてみたいと思います。

第一部では、「誘い~現代川柳を知らずに短詩型文芸は語れない」と題して、歌人の瀬戸夏子さんと川柳人の小池正博さんが対談されました。

わたしはほぼいちばん後ろの席でずっと聴いていたのですが、まず瀬戸夏子さんが話されたのが、えらさ/アナーキーのあいだの位置性の〈ゆれ〉でした。これはなにかいろんな発言を重ねるごとに、どうしても「アナーキー」から「えらさ」に揺れ動く場合があると。つまり、位置性がかたまってきてしまうと。

こうした位置性というものに瀬戸夏子さんは非常に敏感だと思うのですが、それは今回の瀬戸さんの現代川柳の見方にもあらわれていたと思います。

瀬戸さんはたとえば

  私のうしろで わたしが鳴った  定金冬二

という句をあげられ、この句のなかにおける「私/わたし」のゆれのようなもの、もうひとりの私、遊離する私、分裂する私、といった川柳独特の主体性を指摘しました。

この川柳独特の〈私の主体性の遊離〉というものが今回の瀬戸さんの提示した川柳を読む枠組みでした。

瀬戸さんが名句と感じ何度も引用している句に、

  キャラクターだから支流も本流も  石田柊馬

という句がありますが、この句も「支流」と「本流」という枝分かれしたものを「キャラクター」で統合しながら、その「キャラクター」という言い回しによって、がっちりした主体性になることを回避しています。どこか仮構された主体性なのです。こうした仮構された主体性のありかたを瀬戸さんは「わたしのかろやかさ」と表現されていました。

わたしはふだんこうした「わたしのかろやかさ」のような川柳における〈任意の主体性=こうであったかもしれないし、ああであったかもしれない私〉をとても興味深く思っているのですが、ふだん瀬戸さんがなされている仕事、〈読みの因習/慣習といったものを意識化し、そうでなかったかもしれない可能性としての読みをたちあげる〉、を思い出すと、瀬戸さんが川柳のなかにそうした任意の主体性を見出されたのはとても興味深いと思いました。

こうした瀬戸さんの読みの枠組みによって川柳の新しい読みがたちあがります。

  おれのひつぎは おれがくぎをうつ  河野春三

小池正博さんがこの句のこれまでなされてきた読みを紹介しました。「おれのひつぎはこのおれがくぎをうつんだ、おまえらはうつんじゃない、おれの人生はおれがかたをつけるんだ」というマッチョな読みです。がっちりした〈おれ〉という主体性に満たされた筋肉言説。これがこれまでなされてきた川柳内の読みです。

ただ瀬戸さんは瀬戸さんの読みの枠組みとして、さきほどの定金冬二の句の横にこの句を配置し、「私/わたし」「おれ/おれ」という主語の位相/遊離をひっぱりだしました。瀬戸さんはマッチョな言説を解体し、解体され遊離した主体の言説をひきだしたのです。

このことによって、「おれのひつぎは」と死んでいる人間が、「おれがくぎうつ」と行動を起こす時間の倒錯した言説になりました。

ただこれは奇異なわけでは決してありません。現代川柳を並べてみると、こうした時間が倒錯している言説も多々あるため、〈そうした読みの可能性〉もひっぱりだすことができます。

なにが、正しいのか。

いいえ。正しいか、間違いかが問題ではなく、今回のタイトルは「瀬戸夏子は川柳を荒らすな」でした。「川柳をどう読むか」というタイトルではありません。「瀬戸夏子」が「川柳を」どう「荒らす」か。もっと言えば、「川柳」が「瀬戸夏子」においてどう「荒」れることが《できるのか》が問われていたわけです。

そうすると〈荒れる〉ということは、それまで〈そうした読みの可能性がひっぱりだせたはず〉なのに、それをしてこなかった、しかし、ジャンルとジャンルがぶつかりあったときに、それまでジャンルが無意識下においていたものがその衝撃でひきずりだされ、そのひきずりだしてしまったものを自覚するかしないかを〈いちど〉問われることになった、そういうことを〈荒れる〉というふうに言ってもいいのではないでしょうか。

問題は、もし〈荒れる〉機会が訪れたならば、荒れるか荒れないかを選ぶことが大事なのではなく、〈ちゃんと荒れたい〉をどれだけ成立させられるか、ということなのではないか、とおもうのです。

しかし、なかなか、ひとは荒れることができない。まもってしまう。ぎょうぎをよくしてしまう。

川柳は、《断言》の文体であると、小池正博は言いました

第二部で、瀬戸夏子さんから、やぎもとは、荒れる、荒れる、と口にはするが、いったいほんとうになにを荒れているのか、どういうつもりで、荒れると口にしているのですかという質問が出ました。

やぎもとは、ほんとうは荒れていないかもしれない、荒れる、荒れる、と言いながら、またそのことばで覆いながら、荒れるとだけ口にだしながら、ずるいことをしようとしているのかもしれません、とわたしは言いました。

いいえ。荒れる、の反対は、ずるい、なのではないでしょうか。

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短歌作品相互評② 内山晶太から山木礼子「秘密」へ

2017-05-01 00:10:48 | 短歌相互評

 
 作品 山木礼子「秘密」 http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2017-04-08-18362.html
 評者 内山晶太


一連、そこはかとなく鬱屈した気配に満ちている。何があってそうなっているという具体的な原因があるわけではないのだが、作品が息をつめながらそこに立ち並ぶ。
  生きのこりたる一匹の泳ぎをり若草色の水揺らしつつ
 連作の、一首目の、初句が「生きのこり」であるということが、暗示的である。さらにこの一首では「若草色」というとてもあざやかな、初夏を感じさせる色彩を出しているけれども、この色彩は「水」の形容となりその途端に、息がつまる。この歌の若草色とは、澄んだ水のなかで揺れている水草ではなく、水の濁りのことを指している。こんなに閉塞した「若草色」はなかなか見られないものだろう。その水の濁りのなかに一匹だけ生きのこっている光景。濁りのなかを泳いでも泳いでも、濁りのなかである。
  母のきぐるみを着た母である 風船の根元をつまみ手渡せるとき
  飲み会へ誘つてくれてありがたう。無理です。「買ひ物」無理。「映画」無理。

 こうした作品のなかでも、閉塞はつづく。母のきぐるみを着ることではじめて母となる。主体にとっての「きぐるみ」はおそらく、「一匹」にとっての「若草色の水」に重なるもののような気がする。きぐるみの圧迫や息苦しさがあってはじめて、世間的な母子としてのかたちを得る。その手続きがまた、主体を閉塞させる。たとえば、熊のきぐるみであれば、脱ぎたいときに脱ぐことができるけれども、母のきぐるみは脱げない。たとえ母のきぐるみを脱いでも、そこから出てくるのはまた母のきぐるみを着た母なのだ。飲み会も買い物も映画も「やめとく」とかでなく「無理」。「無理」と発した言葉が、みずからの内側へ食い込んでいくように見える。
  CMの母はやさしい 撮影のあとはお茶でも飲むのだらうね
 「CMの母」は脱げる母である。閉塞とは遠いところにいながら、世間的な母というかたちを実現している「CMの母」を見る目はシニカルだ。撮影のあとにお茶を飲むのかどうか実際のところは分からないのだけれども、読者として主体に寄り添えば、CMの女優を見てそこから優雅なティータイムへと連想が波及していかざるを得ない回路にこそ、主体のありようを見るのである。
  いつだつたか思ひだせない「可愛い」と最後にわたしが褒められたのは
 「わたし」という存在がなんなのかということも、「きぐるみ」の副産物として現れる。母というものは、ひとつの役割であるけれどもそれにとどまることなく「わたし」を侵食するものでもあるだろう。母という言葉は、ひとりの人間の存在がまるごと括られ得る言葉であり、そのとき「わたし」はどこかへ行ってしまう。
  何度でも紙のボールを受けとらうわたしはおまへの最初の友だち
 これまで閉塞した状況の歌に目を向けてきたが、この歌は少し異なる。母子という関係性の罠をすり抜けようとしているように思えるのは、結句の「友だち」による部分が大きい。一人から一人へ投げられ、一人が一人から受けとる紙のボール。ひとつのボールをマンツーマンで投げたり、受けとったりしているとき、そこに不特定多数者の目は入り込んでこない。「母と子」とみなす外部者が視界から外れることで、そこには「わたしとおまへ」というミクロな関係性が立ち上がってくる。連作中の次の歌は、
  もし翅があつても飛べる空はない 網戸と窓はひらいてゐても
 とあって、また透明な閉塞感に包まれていってしまうのだが、それでも「わたしとおまへ」の関係性がすでに見出されていることが、かすかな、しかしかけがえのない救いのようにも思われてくるのである。塗り重ねられる閉塞のなかに射す一瞬の光が、連作に良い意味での複雑さをもたらし、連作全体のもつたしかな輪郭を感じさせられた。
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短歌作品相互評① 山木礼子から内山晶太「黄菊」へ  

2017-04-30 23:49:44 | 短歌相互評

作品 内山晶太「黄菊」http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2017-04-08-18368.htm
評者 山木礼子


しずかな冬の連作。しかし、随所に痛々しい棘が潜んでいる。真冬の指を悩ませるささくれのようだ。
  白湯を飲むこころ来たりて冬の水ぎらぎらと鍋にあたらしく注ぐ
 一首目。お茶でもコーヒーでもなく「白湯を飲むこころ」がすでに作者らしい。白湯はコンビニにも自販機にも売っていない。飲みたいなら自分で沸かすしかない。自己完結的な行為だと思う。「ぎらぎら」としたステンレスの鍋に注がれるのは、管からでてきたばかりの水道水かもしれない。
  一匹の猫を抱きつつさらに抱く硝子のごとき春寒なれば
 そういえば、猫の身体は温かかった。夏に抱けば暑苦しい毛でも、冬にはほどよい温もりであるだろう。三句目の「さらに抱く」。一匹目に次いで二匹目も抱く、と読めばなかなかに楽しく幸福そうな光景であるが、むしろこれは一匹目の「影」のような、なにか実体のない「猫」像を抱いているようなさびしい手触りがある。「さらに」という副詞が名詞的な具体の重さを負わされている感じ。
  くちびるより干からびてゆきながらゆく沼というゆるき輪郭の辺を
 冬の唇は乾く。「干からび」るとは相当なものだ。「ゆき」「ゆく」は「雪」「行く」「往く」「逝く」あたりの感覚を淡く伝えている。みずみずしさを失った口のなかはねっとりと湿り、その淵を一歩出た唇はかさかさに乾燥していること。沼の映像が二重露光のように重なっている。
  鳩の脚の寒さへ贈るくつしたの打ち棄てられて冬がふかまる
 羽毛から突きだしている素裸の脚に「くつした」を贈ろうとするのはきっと人間的なやさしさで、それを「打ち棄て」る鳩もどことなく擬人化されている。ハートフルな光景が四句目で変貌するのは、芝居めいた自虐であろう。「寒さへ贈る」のたしかな技術にも注目した。
  ごくかすかなる濃淡におし黙る曇天よこれはひるがおのにおい
  黄菊という政治家の中国にありしこと冬が来れば咲(ひら)くよ

 花にまつわる歌が二首並んでいる。もっとも、どちらも現実の花ではない。開花時期としても昼顔は夏だし、黄菊は秋だ。草木のすくない冬に、作者の頭の中だけで咲き乱れていることがせつない。
 「ひるがお」の歌は全体に緊張感が走る。「ごくかすかなる濃淡」の抽象性にはじまり、「おし黙る」が終止形か連体形か保留されたまま、「曇天よ」の前後に挿しこまれるブレス。下句は八音・八音で疾走し、においのイメージだけを残して終わってしまう。
 「黄菊」という人は調べたらたしかに実在していた。過去形なのは故人であるからだ。これ以上の冗長な情報は不要で、端正な花の名を持つ政治家という奇異な取り合わせが記憶に突き刺さる。発見の歌。
  くらきところ立ち止まり指にたしかむる紙幣といえるうつくしき紙を
 連作に置かれると、なお花の印象を引きずって見える歌。紙幣には植物の意匠が多く織り込まれている。「現金なやつ」という慣用句そのままに紙幣とは俗な代物であるが、緻密な版画でもあるとすればこれほど簡単に手に入り、うつくしいものもないだろう。暗闇で、お金を落とさなかったかとふと根拠もなく不安になる心境に、そのあわいを読む。
  おびただしき顎と翼とフラミンゴショーにむきだしのフラミンゴ見き
 とりわけ目立ってまず目に飛び込んできた。「フラミンゴショー」に負けてしまう。歌意は数えきれないフラミンゴが見えているというくらいで、「おびただしき」「むきだし」の過剰さが一首を支えている。「フラミンゴショー」の内容は謎である。まさか芸をするわけでもないだろう。けれど、ほとんど無個性なフラミンゴに視野が埋め尽くされ、たぶん激しい鳴き声を聞いている模様が、くっきりと見えてくる。
  水面に椿は落ちて水面のものとなりたる椿にしゃがむ
 花の歌に戻る。今度は現実の、冬の椿。花が落下する瞬間を追体験するような臨場感。ほんとうに落下を目撃することは難しいのかもしれないが、ならばかえって、人間ではありえない長い時間をかけて椿を眺めていたようなぜいたくさがある。まるで咲いてから散るまでずっと見つづけていたような。
 最後の歌は現代的で、清潔な眠りの歌だと思った。枕元でスマートフォンを充電するのは、違和感はないがここ十数年で浸透した習慣だろう。携帯機器というと悪の側面も強調されがちだが、ここにはむしろいつでも他人とつながれること、アラーム機能によって朝を知らせる時告げ鳥にもなるといった安心感もある。せせらぎを聴きながら眠るようなあたたかみもあろう。では、おやすみなさい。
  スマートフォンに電流の線差してねむるきらきらとねむりのそばをながれよ
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短歌時評125回 短歌はもっと黒田夏子の影響受けたらいいのにと思って書いた文章 吉岡太朗

2017-04-03 23:19:41 | 短歌時評


 先日飲みの席で「最近の短歌ぜんぜん面白くない」みたいなことを言ってしまいまして、「いつの短歌は面白いの?」と訊かれて答えなかったんですが、昔の短歌も面白くない気がする。
 きっと面白くないのは短歌の側の問題ではなく、自分の側の問題だろうと思っていたんですが、たったいま面白い短歌があるのを思い出しました。
 黒田夏子『感受体のおどり』。
刊行は2013年で、割と最近です。
 でもこれ短歌じゃないんですよね。
 世間的なカテゴライズではどうも小説に位置づけられてるようです。
 あんまり読み心地は小説っぽくないんだけど、だからといって詩とはあんまり思わなかった。
 別に定型じゃないだけで、短歌だろって思ってしまった。
 まあ短歌やってるからそう思うだけなのでしょうけれど。
 でも客観的な位置づけなんてものはまやかしで、読んだ人間の実感だけが本物なので、短歌だということにして、少し読んでみたいと思います。
(注:時評という言葉が含み持つ何らかのものへの抵抗が、このような文体を選ばせているのだと思ってください)
 男か女かときかれて,月白はどちらかと問いかえすと,月白が女なら男なのかと月白はわらった.
 『感受体のおどり』は1番から350番までの短い文章の集まりで成り立っています。これは1番の書き出しのセンテンスです。
 短歌っぽいと思います。
 どこが短歌っぽいかと言いますと、このセンテンスには枠があるように思えるからです。
 どんな枠かというと、「一つのセンテンスである」という枠で、そんな枠はどんなセンテンスにもあるので、そうなると「すべてのセンテンスは短歌だ」ということになります。
それはある意味正解なのだと思います。
 この世に短歌じゃない言葉など存在しません。
 でも私たちは決してそんなことは思いません。
 なぜかというと普通はあまり枠を意識しないからです。
 理由は次のセンテンスに進んでしまうから。
 身も蓋もないこと言ってしまうと、このセンテンスは一読よく分からないのでもう一度読んでしまうところが短歌っぽいのです。
 短歌って一番下まで読んだらまた上に返りませんか?
 きっと短歌やってるひとはうなずいてくれるはず。
 ……余談が過ぎました。
 「月白」は登場人物で、視点人物である「私」と会話をしているようなのですが、まるで「月白」と「私」は自分で雌雄を決められる生き物であるかのようです。
 そういう生き物いそうだなあ、とグーグルで調べたら「ニワトリの細胞は自分自身で性別を決める」と出てきたり、アーシュラ・K・ル=グウィンの『闇の左手』は両性具有の人が男になったり女になったりしたなあ(あれは自分では決められなかったはず)とか思ったりしました。
 けれどまあ、『感受体のおどり』というくらいだから踊りの話なのでしょう。
前頁の登場人物表のところの「踊り関係の人物」に「月白」が含まれていて「私」の師なのだと分かるようになっているし、後に続く文章を読んでいくと「男役」「女役」という言葉がちゃんと出てきます。
 その辺を踏まえてくどいくらいの意訳をすると、「今度の舞台で男役と女役のどっちをしたいのかと師匠の月白が弟子の私にきいてきたので、私は月白はどちらの役なのかと問いかえした。すると月白は「私が女役をするなら、あなたは男役をするのか?(あなたは人の意見をきいて、自分の役を決めるのか?)」と答えてわらった」となります。
 こう見るとこのセンテンスにはたくさんの省略があることが分かります。
 読者はその省略を補って読んで行かないといけない。
 省略を補うというのは空間を覗き込むことです。
 文章が生成する空間に首を突っ込んで向こうに何か見えないかな、と探す行為です。
 はじめは空間が真っ暗なのでいろんなものが見えます。
 生物の神秘とかジェンダーSFとかまやかしなんですが、あるような気がしている時点ではあるわけです。
それを「ある」とはっきり確定させてしまうと、いわゆる誤読というやつになるわけですが、確定させてしまわない限りは連想の広がりとして楽しめばよいものだと言えます。
 連想を楽しんでいる内に、だんだんと目がなれてきてうっすらと空間全体の様子がつかめてくる。
ところでこのセンテンスで一番の省略の対象になっているものは何かというと、もちろん「私」です。
 「問いかえ」しているのは「私」なのですが、前後の「月白」という語にサンドイッチされた上に、駄目押しでもう一度出てくる「月白」の「わらった」という動作に取り込まれてしまっています。
 師である「月白」によって「私」が文章空間の奥へ追いやられているかのようです。
「男か女か」と尋ねることによって、「私」に選択権を与えているようなのですが、その実与えることで「月白」が自身の寛大さを見せつけているようです。
 1番の後半には、男役と女役との数がかたよってしまえば少ないほうをすることになるが,てきとうに変化のつく番ぐみになりそうなときなら私にも男か女かをまよう自由がのこった.」というセンテンスがあります。
ここでは「自由」という語を出すことで、逆説的に「私」を取り巻く「不自由」を描出していますが、この「不自由」は書き出しのセンテンスですでに暗示されていたのでしょう。
天からふるものをしのぐどうぐが,ぜんぶひらいたのやなかばひらいたのや色がらさまざまにつるしかざられて,つぎつぎと打ちあげられては中ぞらにこごりたまってしまった花火のようといえば後年の見とりかたで,身がるげに咲きかさなるものの群れを視野いっぱいに見あげていた幼児はまだ打ちあげ花火をあおいだことがなかったし,傘というものの必要性も売り買いということのしくみもいっこうかんがえたことがなかった。
 同じく黒田夏子の『abさんご』から。
 芥川賞を取っているので、こちらの本の方が有名でしょう。
 まず面白いのが「天からふるものをしのぐどうぐ」で、これはセンテンス後半に出てくる「傘」のことを言うのでしょうが、一読分からないことが読者を立ち止まらせる。
 立ち止まって意味を考えることが、文章空間を深く覗き込むことになるわけです。
 先の省略と手法は違いますが、効果は同じです。
 その「傘」を「花火」に見立てるのですが、ここも面白くて、「後年の見とりかたで」と見立てを自ら否定する。
 記憶されたものは想起され、想起のたびに作り替えられます。
 「傘が花火のようにきれいだ」と言えば分かりやすいですが、分かりやすくしたのは後で振り返った自分であって、その時の自分ではない。
 分かりやすさとは作り替えなのです。
 それに対し黒田夏子は抵抗し、正確に描こうと努める。
 それは客観的な何かに対してではなく、自らの感覚に対する正確さです。
 「天からふるものをしのぐどうぐ」という言い方も、「傘」と分かりやすく言うことで実感と違ってしまう何かを描こうとしてのことかも知れません。
 それは「傘」という枠への抵抗であり、「傘が花火のようだ」という枠への抵抗です。
 黒田夏子のセンテンスが枠を意識させるのは、枠に対して抵抗しているからなのです。
 見ているあいだだけ,行きあわせているあいだだけ,知りびとが知りびとであった日日,それぞれにそれぞれのくらしがめぐっているのはわかっていても知りたいとかんがえたことはついぞなく,たとえば遠くへのひっこしというような小児にとって死とえらぶところのない不在になつかしいという情緒はうごいても,それは去ることによって内がわに移ってきたものへの,つまりはじぶんへの惜しみのようで,去った者の今をおもうのとはちがった.
 再び『感受体のおどり』から。
これは4番の文章にあります。
 黒田夏子中一番好きかも知れないセンテンスで、特に後半部分がすごい。
 「私」の前からいなくなった者は、「私」の内面に移り住んでくるということ。
 引っ越しでの別れの惜しみは、自分への惜しみであるということ。
 幼児期の自身の感覚を、できるだけ正確に書こうと努めた結果出てきた言葉なのでしょう。
 それはくどくて分かりにくいが、私というものの内奥に迫っている。
 短歌が「私」を書くものなら、これこそ短歌だろうと思います。

 引用
  黒田夏子『abさんご』2013年,文藝春秋.
      『感受体のおどり』2013年,文藝春秋.
(文中のルビはすべて省略としました)
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