[俵万智選]
○ 新宿で小田急線にのりかえて旅のおわりをかみしめている (海老名市) 玉川伴雄
その昔、小田急江ノ島線・長後駅付近の高層住宅に住んでいた頃、私は教員仲間の一人と一緒に、新宿二幸前に集合して、山梨県の勝沼近辺のワイナリー巡りに参加したことがあった。
その頃は長男がやっと幼稚園に入ったばかりであったが、私が電車やバスに乗って、桃の花咲く遠くの村まで行くと言うと、この幼稚園児が「僕も行きたい、僕も行きたい」と言い出して聴かなくなったので、已む無く主催者の<ワインアカデミー>に電話をしたら、「お子様の座席はご用意出来ませんが、バスの中では、お父様のお膝の上にお乗せになられるんでしたらどーぞ」という次第と相成りましたので、お子様をお膝の上にお乗せになられてのワイナリー巡りとは相成りました。
現地では、行く先々のワイナリーで、自家製のフランスパンやチーズやソーセージをつまみにしてのワイン試飲会が開かれ、一杯二杯と試飲するうちに、大人の大半はワイン漬けになってしまったのであるが、子供向けに葡萄液や他のジュース類を用意しているワイナリーが多く、我が家のお子様もそれなりにご満足のご様子でありました。
最終訪問先の某大手醸造会社の見学コースで盛大なワインパーティーが開かれた後、帰路はあちこちの桃の花畑などを横目で見ながら、新宿二幸前に到着して解散という運びと相成ったのでありましたが、私と教員仲間の某氏とは、共に小田急江ノ島線沿線の住人であったので、「新宿」でバスから「小田急線にのりかえて」の帰宅となったのであるが、その頃になると、すっかり旅行気分が身についてしまった我が家のご長男は、「小田急線に乗ってしまうと、もう旅行もお終いか。僕つまんない。お家に帰りたくない」などと言い出した。
すると某氏は、「旅行はまだまだ続くんだよ。新宿から君のお家の在る長後駅までは、この旅行の最終コースさ。もうワインは飲めないけど、チュウインガムでも噛んで、旅行の最終コースを楽しみなさい」と言って、私とお子様の口にガムを一枚づつ入れ、小田急線の車中に居るのにも関わらず、いきなり「ガムで乾杯。今日の勝沼ワイナリー巡り、お疲れ様でした」と言い出して、私たちばかりでは無く、周りの乗客たちまでびっくりさせたのであった。
そういう訳で、「新宿で小田急線にのりかえて旅のおわりをかみしめている」という、この一首は、私の思い出とも重なって、大変興味深く観賞させていただきました。
〔返〕 二幸にてピロシキ買ってお土産に小田急線は旅の途中だ 鳥羽省三
○ 海女たちの数だけ桶が波にゆれ海の底にも夏が来てをり (愛西市) 坂元二男
「海女たちの数だけ桶が波にゆれ」という表現は、ただ単に「波にゆれ」ている「桶」の数だけ「海女たち」が海中に潜っていることを説明しているだけでは無く、「桶」を揺らす「波」が、夏の暖かく柔らかい「波」であることをも示しているのである。
〔返〕 桶の数だけの海女らが素潜りで真夏の海にあわび採り居り 鳥羽省三
○ 死んでから三年経ちし弟が夢の中にて初めて話す (群馬県) 斎藤祐史
本作の作者・斎藤祐史さんと「死んでから三年経ちし弟」さんとは、「弟」さんの生前から、あまり親しく話さない仲だったのでありましょうか?
「死んでから三年経ちし弟」さんが、「夢の中にて」お兄さんに「初めて」話した話の内容は、一体いかなる話だったのでしょうか?
作者より年齢の少ない「弟」さんが、「三年」も前にお亡くなりになったのは、いったい何が原因だったのでしょうか?
「弟」さんの早逝に、本作の作者はどのように関わっていたのでしょうか?
或いは、関わっていなかったのでしょうか?
本作に具体的に描かれていない、斎藤祐史さんご兄弟の謎はまだまだ多い。
〔返〕 殺(や)ってから七年過ぎた被害者が夢枕に立ち俺は眠れぬ 鳥羽省三
○ 駐車券を入れろと連呼し呑み込めばとたんにしずまりバー上がりたり (沼津市) 森田小夜子
ホテルやデパートや大型スーパーマーケットや遊戯施設などの駐車場での出来事をおもしろ可笑しくお詠みになったのでありましょうが、実際の駐車場の<駐車券入れ嬢>の話し方はもっともっと優しく、「駐車券をお入れ下さい」「駐車券をお入れになりますと出口のバーが上がりますから、どーぞお通り下さい」などと、美人女性の涼やかな声で言うのである。
〔返〕 「注射針さっさと刺せ」と駄々を捏ね刺せば刺したで「痛い」と怒る 鳥羽省三
とは、病院風景と言うよりも、白いお粉を必要とされる方がお集まりになって居られる場所の風景でありましょう。
○ 幾つかの島に立ち寄り人は皆レジへと向かふ船のごとくに (所沢市) 鈴木照興
「幾つかの島」とは、スーパーマーケットのそれぞれの売り場のことであろう。
買い物に訪れた人々は、<野菜売り場>、<食肉売り場>、<魚売り場>、<お菓子売り場>、<果物売り場>、<レトルト食品売り場>などに思い思いに「立ち寄り」、買いたい品物を籠に入れたら、港に「向かふ船のごとくに」「レジへと向かふ」のである。
〔返〕 幾つかの島に立ち寄り荷を積んで連絡船は消息を絶つ 鳥羽省三
○ 抜け殻となったじょうろをぶら下げて濡れて輝く植物を見る (高島市) 宮園佳代美
草花に水をやる為に、水をたっぷりと入れた「じょうろ」はかなり重いから、作者が、水をやり終えて空になった「じょうろ」を「抜け殻となったじょうろ」と形容して言うのは、無理の無い表現であると思われる。
「濡れて輝く植物を見る」という下の句は、単独に見てもなかなかの表現であるが、頭に「抜け殻となったじょうろをぶら下げて」という上の句を置いて読むと一層素晴らしい。
〔返〕 抜け殻になった夫婦が連れ立って札所巡りの懺悔の道行き 鳥羽省三
○ 新宿で小田急線にのりかえて旅のおわりをかみしめている (海老名市) 玉川伴雄
その昔、小田急江ノ島線・長後駅付近の高層住宅に住んでいた頃、私は教員仲間の一人と一緒に、新宿二幸前に集合して、山梨県の勝沼近辺のワイナリー巡りに参加したことがあった。
その頃は長男がやっと幼稚園に入ったばかりであったが、私が電車やバスに乗って、桃の花咲く遠くの村まで行くと言うと、この幼稚園児が「僕も行きたい、僕も行きたい」と言い出して聴かなくなったので、已む無く主催者の<ワインアカデミー>に電話をしたら、「お子様の座席はご用意出来ませんが、バスの中では、お父様のお膝の上にお乗せになられるんでしたらどーぞ」という次第と相成りましたので、お子様をお膝の上にお乗せになられてのワイナリー巡りとは相成りました。
現地では、行く先々のワイナリーで、自家製のフランスパンやチーズやソーセージをつまみにしてのワイン試飲会が開かれ、一杯二杯と試飲するうちに、大人の大半はワイン漬けになってしまったのであるが、子供向けに葡萄液や他のジュース類を用意しているワイナリーが多く、我が家のお子様もそれなりにご満足のご様子でありました。
最終訪問先の某大手醸造会社の見学コースで盛大なワインパーティーが開かれた後、帰路はあちこちの桃の花畑などを横目で見ながら、新宿二幸前に到着して解散という運びと相成ったのでありましたが、私と教員仲間の某氏とは、共に小田急江ノ島線沿線の住人であったので、「新宿」でバスから「小田急線にのりかえて」の帰宅となったのであるが、その頃になると、すっかり旅行気分が身についてしまった我が家のご長男は、「小田急線に乗ってしまうと、もう旅行もお終いか。僕つまんない。お家に帰りたくない」などと言い出した。
すると某氏は、「旅行はまだまだ続くんだよ。新宿から君のお家の在る長後駅までは、この旅行の最終コースさ。もうワインは飲めないけど、チュウインガムでも噛んで、旅行の最終コースを楽しみなさい」と言って、私とお子様の口にガムを一枚づつ入れ、小田急線の車中に居るのにも関わらず、いきなり「ガムで乾杯。今日の勝沼ワイナリー巡り、お疲れ様でした」と言い出して、私たちばかりでは無く、周りの乗客たちまでびっくりさせたのであった。
そういう訳で、「新宿で小田急線にのりかえて旅のおわりをかみしめている」という、この一首は、私の思い出とも重なって、大変興味深く観賞させていただきました。
〔返〕 二幸にてピロシキ買ってお土産に小田急線は旅の途中だ 鳥羽省三
○ 海女たちの数だけ桶が波にゆれ海の底にも夏が来てをり (愛西市) 坂元二男
「海女たちの数だけ桶が波にゆれ」という表現は、ただ単に「波にゆれ」ている「桶」の数だけ「海女たち」が海中に潜っていることを説明しているだけでは無く、「桶」を揺らす「波」が、夏の暖かく柔らかい「波」であることをも示しているのである。
〔返〕 桶の数だけの海女らが素潜りで真夏の海にあわび採り居り 鳥羽省三
○ 死んでから三年経ちし弟が夢の中にて初めて話す (群馬県) 斎藤祐史
本作の作者・斎藤祐史さんと「死んでから三年経ちし弟」さんとは、「弟」さんの生前から、あまり親しく話さない仲だったのでありましょうか?
「死んでから三年経ちし弟」さんが、「夢の中にて」お兄さんに「初めて」話した話の内容は、一体いかなる話だったのでしょうか?
作者より年齢の少ない「弟」さんが、「三年」も前にお亡くなりになったのは、いったい何が原因だったのでしょうか?
「弟」さんの早逝に、本作の作者はどのように関わっていたのでしょうか?
或いは、関わっていなかったのでしょうか?
本作に具体的に描かれていない、斎藤祐史さんご兄弟の謎はまだまだ多い。
〔返〕 殺(や)ってから七年過ぎた被害者が夢枕に立ち俺は眠れぬ 鳥羽省三
○ 駐車券を入れろと連呼し呑み込めばとたんにしずまりバー上がりたり (沼津市) 森田小夜子
ホテルやデパートや大型スーパーマーケットや遊戯施設などの駐車場での出来事をおもしろ可笑しくお詠みになったのでありましょうが、実際の駐車場の<駐車券入れ嬢>の話し方はもっともっと優しく、「駐車券をお入れ下さい」「駐車券をお入れになりますと出口のバーが上がりますから、どーぞお通り下さい」などと、美人女性の涼やかな声で言うのである。
〔返〕 「注射針さっさと刺せ」と駄々を捏ね刺せば刺したで「痛い」と怒る 鳥羽省三
とは、病院風景と言うよりも、白いお粉を必要とされる方がお集まりになって居られる場所の風景でありましょう。
○ 幾つかの島に立ち寄り人は皆レジへと向かふ船のごとくに (所沢市) 鈴木照興
「幾つかの島」とは、スーパーマーケットのそれぞれの売り場のことであろう。
買い物に訪れた人々は、<野菜売り場>、<食肉売り場>、<魚売り場>、<お菓子売り場>、<果物売り場>、<レトルト食品売り場>などに思い思いに「立ち寄り」、買いたい品物を籠に入れたら、港に「向かふ船のごとくに」「レジへと向かふ」のである。
〔返〕 幾つかの島に立ち寄り荷を積んで連絡船は消息を絶つ 鳥羽省三
○ 抜け殻となったじょうろをぶら下げて濡れて輝く植物を見る (高島市) 宮園佳代美
草花に水をやる為に、水をたっぷりと入れた「じょうろ」はかなり重いから、作者が、水をやり終えて空になった「じょうろ」を「抜け殻となったじょうろ」と形容して言うのは、無理の無い表現であると思われる。
「濡れて輝く植物を見る」という下の句は、単独に見てもなかなかの表現であるが、頭に「抜け殻となったじょうろをぶら下げて」という上の句を置いて読むと一層素晴らしい。
〔返〕 抜け殻になった夫婦が連れ立って札所巡りの懺悔の道行き 鳥羽省三