[永田和宏選]
○ 久しぶり針を落とせばこの曲のこの旋律でキズ拾う音 (宇都宮市)鈴木孝男
「やっぱりな!」という気持ちで、鈴木孝男さんは「この曲」を夢中で聴いていた〈あの頃〉の思い出に浸っているのである。
作者名の「鈴木孝男」も、私にひと昔もふた昔も前の昭和の頃を思い出させる縁となるのである。
○ コンビニで不意に流れる「思秋期」に止まらぬ涙きみに逢いたい (八幡浜市)大下まゆみ
よく行く近所のコンビニの天井のスピーカーから「誰も彼も通り過ぎて、二度と此処へ帰って来ない。青春は壊れもの」なんちゅう、あの懐かしい歌声が聴こえて来ちゃったりしたら、この後期高齢者の私だって、どうにかなっちゃいますからね!
斯く申す私は、今の今まで、〈岩崎宏美っていうあの少女歌手は、警察官の娘だって話〉を信じてたけれど、本当の事を話せば、彼女の父親は、東京都江東区の木場で製材用の機械を製作する会社の経営者だったってね。
その父親が剣道の師範として警察署の道場にも出入りしてたので、いつの間にか、ああいう噂がたってしまったのかしら?
○ 近ごろね空見上げるのふえたよとぽつりと言いて茶を啜る母 (埼玉県)島村久夫
死ぬ事を「昇天する」とか「天の神様の許へ召される」なんて言いますから、高齢者の「母」が、「近ごろ」「空」を「見あげる」ことが「ふえた」のは、極めて理に適った行動でありましょう。
○ どんな字を書くのかも知らないままに会えなくなった人がいました (名古屋市)茶田さわ香
「字を書くってたって、近頃の若者は、履歴書さえもパソコンで書くそうだから、『どんな字を書くのかも知らないままに会えなくなった人』が居たって何の不思議もありませんね!」
「あんた、とぼけるのもいい加減して下さいよ!『どんな字を書くのかも知らないままに会えなくなった人がいました』という、この短歌の中の『どんな字』とは、『会えなくなった人』の氏名なんですよ!氏名も知らない、所番地に判らないままに、一夜の契りを結んだりする事が、近頃の若い男女の間には、よく有りがちな事
ですからね!」
○ お洒落してお墓に向かう生きてたらけんかばかりかもしれないけれど (京田辺市)藤田佳予子
「所詮無駄な抵抗とは思われますが、『お墓』で出会った事がきっかけとなって、傘寿の男女同士が結ばれたって話もありますから、それも生きて行く上での便法の一つなのかも知れませんね!」
○ 坂の上の酒亭に酌めば秋の日を反し光れる不忍池 (東京都)荒井 整
「坂の上の酒亭」とは、公園側のそれでありましょうか?
それとも、本郷・湯島側のそれでありましょうか?
○ 台風の余波に崩れし噴水のまた立ちあがる無人の公園 (長野県)沓掛喜久男
「崩れし噴水のまた立ちあがる」とは、なかなか着眼点が宜しいかも?