湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

プーランク:ピアノ、オーボエ、バスーンのための三重奏曲

2017年05月28日 | Weblog
作曲家(P)ラモーレット(Ob)デリン(Bs)(columbia/pearl他)1928-34・CD

10分あまりの小品だが、新古典主義にのっとって三楽章にきちっと収めたプーランク六人組時代の個性の粋を感じられる作品。暗く鐘の響くような序奏から突如いつもの朝っぽいプーランクのあけっぴろげな本編、そのあとは予想通りのマンネリではあるが、懐かしくも格好いい和音進行など楽しませながら、相互の絡みは少ない方だが各楽器の見せ所はそれぞれしっかり見せていき、二楽章では少し深みを、三楽章ではいつもの爽快なフィナーレを聴かせる。クラリネットのように表情のある音を持つラモーレットを中心に、まだ元気に指の回るプーランクの名技性とデリンの最適なバランス感覚により、最小限編成としてのトリオをちゃんとアンサンブルとして聴かせることができている。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

2017年05月28日 | Weblog
メニューヒン(Vn)ガストン・プーレ指揮LSO(documents他)CD

ブルッフの次に聴くべき、弾くべきロマン派協奏曲として位置づけられており、残念ながら作曲年代が遅すぎたというか、いきなりチャイコフスキーへ飛んでしまう状況にはなってしまったが、サンサンならではの創意(二楽章末尾と三楽章最初の方のフラジオ用法なんて耳の良い作曲家じゃなきゃ思いつかない繊細かつ個性的なもの)は突拍子のないところがなくまるでブルッフの一番の簡素に過ぎるところをしっかりリフレッシュして書き直したかのようで安心して楽しめるし、要求される技巧的にも特に三楽章では名技性を盛り込みしっかり一段上のものに仕立てている。型式にこだわった結果、伝統的な様式をことさらに強調し、演奏家に細部に宿る霊感を隅へ追いやるよう仕向けるところはあって、いかにもフランス的な例えば有名な一楽章第二主題の甘やかなメロディもさらっと現れ埋没してしまい、結果ドイツ的な堅牢さの前に飽きる人は飽きるだろう(私も)。逆に型式にこだわって聴けば何ら問題はない。極めて器用なところがこの多作で、スコアをよく書き込む作曲家(一流のピアニストであったが凡百のピアニスト作曲家のような他楽器への理解不足はまったく感じられ無い)の印象をむしろ薄くして、ただ筆の遊びで書き流した「動物の謝肉祭」組曲が売れてしまい今も代表作扱いというのは本意ではないだろうが、このあたり、ミヨーやオネゲルにも通じるフランスの多作家が受ける評価の一つの傾向でもあると感じる。この頃のメニューインは素晴らしく冴えている。音は強靭で高音でも痩せることは決してなく(終楽章で最高音を一箇所とちっているように聴こえたが極めて珍しい)、後年の柔らかさこそ無い、ただ弾きまくる感もあるにはあるが、復刻状態にもよるものの同時代の演奏家のもつ香気の残り香くらいは漂わせ、僅かにポルタメントも入れて演奏しているところも聴かれる。ただメニューインにしてはかなり初期的というか才能と技巧だけでブレなく正確に弾きまくるスタイルで、当時としてはこのような演奏は斬新だったかもしれない。音色が悪いというわけではないがそこは余り売りにならず原曲の本来持つ色がそのまま現れている。父プーレはピタリとつけて、色彩的で勢力的な演奏スタイルをメニューインと融合させている。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アンタイル:ジャズ・シンフォニー

2017年05月28日 | Weblog
デ・レーウ指揮オランダ金管アンサンブル他(TELEFUNKEN他/london)1976オランダ音楽祭live・CD

londonよりデ・レーウ75歳記念ボックスでCD化されたが、ヴァイオリン・ソナタを欠いているのと得意としているサティが収録されず完全に前衛音楽集となっているゆえ、その中では古典的な(昭和元年前後)ジャズ風作品であるこれ目当てに購入するのはおすすめできない。6分強の作品で交響曲というよりアーチ構造を持つメタクラシックの小品に近く、当時最先端の騒音主義に立って打楽器を中心とした無造作で派手な音響を志向しながらも、リズムもメロディもしっかりラテン音楽、古典ジャズを一見アイヴズ風に組み入れて、クラシカルな音楽としてしっかり作られており、ガーシュウィンと比較されたのはさもありなん、シンフォニック・ジャズとしてミヨーらヨーロッパの作曲家による異化されたものとは比べ物にならない出来栄えで、無邪気なドン・ギリスというより総体的にヒナステラの先駆と言って差し支えないかもしれない。もっとも素直に楽天的に楽しめるものではある。この演奏は当時放送され評判となりレコード化された。比較的透明感を持って、勢いに隠されがちな曲の構造の巧みさを示してなお熱意が篭り喝采を呼んでいる。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする