ラドナー探偵社の調査員シッド・ハレーは脇腹に喰いこんだ弾丸のおかげで生き返った。かつて障害騎手だったハレーは、レース中に腕を負傷して騎手生活を絶たれ死人も同然だったのだ。だが、いま胸の中に怒りが燃えあがってきた! 彼を撃った男は誰に頼まれたのか、その黒幕は何をたくらんでいるのか? 傷の癒えたハレーは過去への未練を断ち切り競馬界にうごめく黒い陰謀に敢然と挑戦していった!
競馬シリーズで知られるディック・フランシスの代表作の一つ。
菊池光 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
ストーリー自体はどちらかと言うと地味な方だろう。競馬場の買収を阻止するというストーリーはどう見ても派手ではないし、犯人が誰かも最初からわかっている。
それでもこの作品を読んでいる間は素直におもしろいと思うことができるし、興味を失うことはなかった。
もちろんその理由の一つはプロットの運びがうまいこともある。プロなので当然と言えば当然だが、なかなか手馴れたもので、読み手の興味をひきつけていて飽きさせることはない。
だがそれと同時にやはりキャラクターの存在感も一つの魅力となっているだろう。
主人公のシッド・ハレーという男の哀愁漂う雰囲気がなかなか良い。栄光の騎手から事故に遭って以降、転落するばかりで妻にも逃げられる。そこからの再生の過程は定番だが、やはり読者としても読んでいて安心できるものがある。
それに顔に傷がある女、ザナ・マーティンとの関係には優しさがあり共感できるのも良い点だろう。
また競馬好きとしては、競馬の雰囲気を多少なりとも感じ取れるのが良かったと思う。
地味であるため、インパクトには乏しく、訴えかける力も幾分弱いのだが、いくつもの美点を見出せるため、楽しんで読むことができる。エンタテイメントとしては充分満足できる作品だ
評価:★★★(満点は★★★★★)