戦前の大陸を舞台にした映画で『支那の夜』なる作品があり、その主題歌として大流行した歌が『支那の夜』で1938年の発売だそうです
しかし中国では『支那』と言う言葉を使用することは『馬鹿』と言う単語と同様にタブー視され使用厳禁であると聞いていました
これらの言葉は戦前の日本による侵略行為の際に頻繁に用いられた関係だろうと充分に考えられます
台湾でも同様であり、初めて台湾訪問をした30年前に購入したガイドブックにもその事が記載されていました
ところがその台湾に行ってみたところお店で知り合った女性と一緒に当時のカラオケ店に行き、歌を唄い始めるとこの支那の夜の替え歌を唄い出したのにビックリした記憶があります
しかもその歌詞は
原曲が
支那の夜 支那の夜よ
港の灯り紫の夜に
のぼるジャンクの夢の船
ああ忘れられぬ胡弓の音
支那の夜 夢の夜
に対して
支那の夜 支那の夜よ
見る 見る 300円
触る 触る 500円
あげて持ちあげりゃ 1000と500円
かしわが鳴くまで 3000と500円
好きならタダよ~
だったと記憶していますが、これを聞いて大笑いしたものでした
シャーワルシャーワルゴシャクエン
イーレテモチャゲリャ シェーントゴーシャクエン
コケコッコナークマーデ ニーシェントゴーシャンエン