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社説 裁判権放棄 主権国家が取る行為か

2008年05月20日 | スクラップ
(2008年5月19日朝刊)




 またしても日米で取り交わされた密約が明らかになった。いったい政府は、国民に説明できない秘密事項をどれだけ抱えているのだろうか。
 米公文書で分かったのは、一九五三年に米政府と合意した「重要な案件以外、日本側は裁判権を放棄する」という密約だ。

 言うまでもないが、裁判権は国家の主権に深くかかわってくる。それなのに、政府は米兵が起こす刑事事件に対し第一次裁判権を行使しないという約束を交わしたのだから、あきれてしまう。

 その密約ゆえか、五三年から五七年の約五年間に起こった約一万三千件の米兵関連事件で裁判権を放棄したのは97%、約一万二千六百件に上る。実際に裁判に付したのは約四百件しかない。

 わずか五年でこの数字だ。その後はどうなのか。想像しただけでも暗澹たる気分にさせられる。

 公文書からは復帰後の七四年七月に伊江島で発生した米兵の発砲事件についても明らかになっている。米側の要求で日本側が裁判権を放棄しており、そこには自国民さえ守れぬ政府の姿がある。

 復帰後もそうなのだから、復帰前は推し量るべきだ。

 日米安全保障条約に基づく地位協定の不平等関係をもたらした起点がそこにあるのである。

 政府は「裁判権の放棄はない」というがその説明に納得する国民はいない。真実はどうなのか。放棄した数はどれだけあるのか。政府はきちんと説明すべきだろう。

 腑に落ちない点はまだある。日本側が裁判権を行使しても、米側はその結果に対し「刑罰が軽くなっている」と見ていたことだ。

 絶対にあってはならないが、もし、米軍に配慮して司法が判決に手心を加えたとしたら、それこそ主権国家の名に恥じる行為で、司法当局も責任は免れまい。

 六〇年の安保条約改定前には米政府が密約を公にするよう求めているが、当時の岸信介首相は「外部に漏れたら恥ずべき事態になる」とし応じなかったという。

 恥ずかしいとの認識はあったようだ。それにしてもなぜことが明らかになっても政府は本当のことを言わないのだろうか。

 私たちは現状の地位協定では不平等感が残るだけで、基地所在地住民の不安と怒りは増すだけだと指摘してきた。

 裁判権だけでなく身柄拘束を含めた協定上の問題はあまりにも多過ぎるからだ。解決するには「運用改善」では無理であり、抜本的な見直ししかない。

 地位協定における政府の対応について国際問題研究家の新原昭治氏は「日本に第一次裁判権がある『公務外』の犯罪でも、日本側が放棄し、なるべく米側に譲る密約がある」と指摘。その中で政府は「国民に隠している文書や合意を表に出すべきだ」と述べている。

 沖縄返還交渉時の「沖縄密約」、有事の際の核持ち込みも公文書で分かっているのに、政府はいまだに「ない」としている。かたくなな姿勢を政府は改めるべきだ。

 嘘を積み重ねれば信頼は損なわれるだけである。そのことを政府は肝に銘じる必要がある。




沖縄タイムス
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