時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

おくるみに包まれたイエス

2012年04月10日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『羊飼いの礼拝』油彩、ルーヴル美術館(部分)
Georges de La Tour. L'Adoratione dei pastori, particolare, olio su tela.
107 x 137 cm. Parigi, Musée du Louvre.
画面クリックで拡大します。



 
16-17世紀、 『羊飼いの礼拝』は大変人気のあるテーマで、多くの画家が主題に取り上げてきた。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの『羊飼いの礼拝』(上掲は部分)
を最初見た時、他の画家の同じ主題の作品とはかなり異なるほのぼのとした雰囲気が画面から伝わってきた。画面全体に素朴な雰囲気が漂っている。当時のイタリア絵画に見られたように華やかでもなく、装飾的なものはほとんど描かれていない。他の画家の作品のように、幼子イエス自らが光を発しているわけでもない。

 右側のヨセフが右手に掲げ、左手で遮る蝋燭の光の中に、5人の男女が描かれている。画面の真ん中には白いおくるみに包まれた幼子が眠っている。左に描かれたマリアとみられる女性は、ただひとり手を合わせ、祈っている。彼女はこれまでに起きたことすべてを、全身で受け止めようとしているようだ。

 さらに右手には二人の羊飼いが光に照らし出された幼子をみつめている。ひとりは帽子に手をかけ、尊敬の念を示している。よく見れば、羊もイエスに敬意を示すかのように、藁を一本くわえて顔を出している。そして召使いの女性が、水の入ったボウルを差し出している。イエスの義父となったヨセフはなにを思っているのだろうか。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『羊飼いの礼拝』(部分)。  

どこにもいるマリア
 マリアの容姿、衣服にしても、他の多くの画家の作品のように、いかにもイエス・キリストの母であるかのように、厳かにあるいは華やかな衣装を身につけているわけではない。当時のロレーヌならば、どこにもいたかもしれないような普通の女性に描かれている。これはイエスの義父であるヨセフについても同様だ。ひとりひとりを見れば、普通のロレーヌ人としか見えないだろう。

 その中で、この作品を見る人の視線は,光に照らし出された幼子イエスに集まる。真っ白なおくるみにしっかりと包まれた幼子は、これ以上にないほどに可愛く描かれている。画家は最大の努力をここに注ぎ込んだのだろう。筆者が注目するのは、このおくるみだ。あの『生誕』のイエスも、同じようにしっかりとおくるみで包まれていた。他の画家の場合、この生誕にかかわる主題では、イエスは誕生したままに衣服をつけることなく、描かれていることが多い(もちろん、例外はカラヴァッジョを含め、いくつかある)。しかも、イエス自ら光を放ちながら、躍動するかのように描かれていることが多い。しかし、ラ・トゥールのイエスは安らかに眠っており、画面は静止したかのような厳粛な雰囲気が漂っている。

 イエスがおくるみでぐるぐるに包まれていることについては、医学的にもこの方が安心して静かに眠れるからという当時の慣習のようだ。その真偽のほどは分からないが、少なくも17世紀当時のロレーヌの生活の一端を知ることができる

トレント公会議の影響 
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールがおくるみにくるまれたイエスを描いたことについては、別の理由もあるように思われる、この画家は主題について深く考え、他の画家とは大きく異なった角度から斬新な解釈を行ってきた。

 ラ・トゥールはなぜ、イエスにおくるみを着せたのだろうか。これについて、筆者は画家が、トレント(トリエント)公会議(1545-1563)の示した方向を十分斟酌した結果であろうと思っている。プロテスタントの激しい攻撃に対して、ローマ・カトリック教会側はトレント公会議でプロテスタントの指摘する諸点を検討し、巻き返しを図った。いわば、カトリック布教の戦略会議であった。さらに、ラ・トゥールが活動したロレーヌは、カトリック改革におけるいわば前線拠点であった。画家はトレント会議の布告についても熟知し、深く考えていたのだろう。

 美術はカトリックにとっては布教上の重要な手段であった。公会議は美術のあり方についても布告を発し、「聖性」、宗教的意義の表現は、聖書記述あるいは聖人の生活の正確な表現であるべきことを指示した。過剰な表現や不必要に華美な装飾などを禁じた。神学者の中には、布告をさらに具体化して細部に言及、いかなる表現ならば受け入れられるかを示したものもある。その中には人体の裸体描写の禁止もあり、幼いイエスの場合も含まれることがあった。

 ラ・トゥールの作品は、徹底して不必要な描写を省き、必要と考える部分は詳細に描いた。『羊飼いの礼拝』においても、人物の背景には一切なにも描かれていない。しかし、安らかに眠るイエスは、世界で最も可愛く描かれた赤子といわれるほど、見事に描かれている。ちなみに、
『羊飼いの礼拝』は、ラ・トゥールの作品の中で最初にルーヴルに入った名品である。


このおくるみに包まれたイエスのイメージは、15世紀初めから存在するようだ。
Luca Della Robbia. Bambino fasciato, 1420, terracotta policroma. Firenze, Ospedale Degli Innocenti.
Catalogue, p.114.

 



#羊飼いの礼拝
 ルカの福音書2章8-16節
8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
12 あなたがは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」
16 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。

 

 

 

 

 

 

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