時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

暗い世に光を

2010年08月06日 | 絵のある部屋

マティアス・ストーメル『羊飼いの礼拝』 1637 年頃 油彩 カンヴァス 129x181cm、
Matthias Stomer  Adorazione dei pastori
*上掲作品は今回の『カポティモンテ美術館展』に出品された作品とは、ヴァージョンが異なるものである。出品作は聖母の衣装の色が鮮やかな赤色であり、右端の人物は上半身には衣装をまとっていない。こちらを選択したのは、出展作よりよく描かれていると思った管理人の好みにすぎない。


 『カポディモンテ美術館展』には、前回話題としたエル・グレコの作品以外に、管理人の視点からは、いくつか注目を引いた作品が出展されていた。興味深い点があるので、前回に続き記しておこう。

 知る人ぞ知ることだが、この美術館が位置するナポリは、今では日本でもかなり知られるようになった17世紀の革新的画家カラヴァッジョときわめて縁の深い地であった。ローマで殺人を犯したカラヴァッジョは、逃走の途中2度(1606-97年と09-10年)にわたってナポリに滞在した。カラヴァッジョは、それまでマニエリスムの風潮が強かった、この地の画壇にリアリズムに基づく新風を吹き込んだ。

 今回の『カポティモンテ美術館展』に出品された『羊飼いの礼拝』を制作したストーメルという画家自体は、あまり知られた画家ではない。出自、来歴がほとんど分からない。このこと自体は、この時代の画家として珍しいことではないのだが。推定されるところでは、ストーメルは、自分より先に北方の地からローマに来ていて、カラヴァッジョの影響を受けた画家テル・ブリュッヘンとホントホルストの影響を強く受けている。たとえば、ホントホルストも同じ主題で制作し、作品も今日まで継承されている。

 「羊飼いたちの礼拝」は、この当時好まれた主題であり、ストーメルにとってもお気に入りのテーマだったようで、いくつかの異なったヴァージョンで制作している。制作年次の確定は年譜もなく、きわめて難しいのだが、1630年代末頃ではないかと推定されている。

  ストーメルの作品を見ると、幼子イエスの誕生のために集い、それを喜び合う羊飼いたちの嬉々とした、しかし畏敬をこめた表情がきわめてリアリスティックに描かれている。 この主題では後述するように、ラ・トゥールもほぼ同じ構図で描いている。しかし、ストーメルとラ・トゥールの作品の印象はかなり異なっている。

 ストーメルの画家としての来歴はほとんど不明である。ローマ、ナポリ、シチリアそしてイタリア北部で画業修業を行ったらしいことは推定されている。本作は画家のナポリ滞在中の末期1637年頃の作品と見られる。マリアと思われる女性の顔は光り輝いており、幼子は明るい光の中で手足を躍動させている。しかし、ストーメルが好んだ蝋燭はなく、光源は不明である。しかし、見るからに カラヴァジェスキの面目躍如たるものがある。 

 他方、ラ・トゥールの作品(下掲、ルーブル美術館所蔵)は、ほぼ同様な構図でありながらも、全体に色彩も抑えられ、静謐な空気の中に幼子の誕生を祝う素朴な農民(羊飼い)たちの姿が描かれている。ラ・トゥールらしく、身近にいる農民たちがモデルとして描かれていると思われるが、五人の男女が中央に眠る幼子イエスを畏敬の念をもって見ている光景がやや狭い空間に独特の緊迫感を持って描かれている。リアリズムで知られるこの画家だが、それに固執することなく、一定の様式化を維持し、独特の雰囲気を醸し出している。光源は右側のヨセフと考えられる男性が掲げる蝋燭の光だ。ちなみに原作はより大きなキャンヴァスであったが、後になんらかの理由で切断・縮小されている。描かれた人物の中で、マリアだけが両手を合わせ、祈っている。羊飼いが連れてきた子羊の頭部だけが、イエスをのぞき込むように描かれていて微笑ましい。

 中央に眠る幼子イエスの姿は「新生」Le Nouveau-Né、the Nativityの場合と同様に、たとえようもなく可愛い。ラ・トゥールは幼子を描くために最大の力を振り絞ったのだろう。全体として、クラシックで素朴とも思われる印象が画面から伝わってくる。両者を比較すると、太陽の光に溢れ、当時の文化の先進地であったイタリア、ナポリでこの作品を描いたと思われる画家と、暗く深い森や林が残り、曇天の日々も多く、文化的にもローマやパリに遅れていたロレーヌの画家の心象風景が反映されているような思いもする。

 ラ・トゥールの作品の抑制された画風は、画家が意図したと思われる厳粛かつ静粛な雰囲気の中に、思いもかけない将来を担うことになった幼子の誕生を祝福するという望ましい効果を上げている。この作品は、1926年頃、アムステルダムで発見され、ヘルマン・フォスによって直ちにラ・トゥールの真作と鑑定された。画家の晩年に近く、1644年頃ラ・トゥールの作品の熱心な愛好家であったラフェルテにリュネヴィル市から寄贈されたものではないかと考えられる。17世紀当時のヨーロッパにおけるこうした様式の伝播の道、範囲などについてはきわめて興味あるデーマなのだが、ここでは到底記しえない。

Georges de La Tour. L'Adoration des Bergers, oil on canvas, 107 x 137 cm. Musée du Louvre, Paris.

 さて、ほぼ同時代に同じ主題を描いたこの二枚の作品、それぞれに魅力的なのだが、皆さんはどちらがお好みでしょう。

 

 

 ちなみに今回出展された作品も掲示しておこう。かなり印象が異なると思うのですが。

 

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2 コメント

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暗闇に輝く幼子 (old-dreamer)
2010-08-09 18:16:36
toshi さま

適切なコメントをいただき大変有り難うございました。
ご指摘の通り、幼子イエス自身が「光源」として燦然と輝いており、光の出所は歴然としているのですが、説明が言葉足らずでした。
幼子イエス自身が光り輝く存在であり、蝋燭など他の光源を必要としなかったとの伝承は、マタイ伝の生誕にかかわる記述(Infancy Gospel of Matthew 13)から来ているものかと思われます。ロンドン国立美術館所蔵の16世紀初期オランダの画家ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス Geertgen tot Sint Jansの「生誕」を描いた作品(ca.end-15th Century)にも、天使が聖母マリアを光のまったく射さない地下の洞窟に招き、自ら光り輝く幼子を見せる光景が描かれていました。この作品では聖母マリアの頭上に星のように小さく描かれた天使も光を発していましたが(笑)。
ストーメルはホントホルストに実際に会ったか否かは別として、強い影響を受けていることは確実なので、ご指摘の通りと思います。
今後ともどうぞよろしく。
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暗い世に光を (old-dreamer)
2010-08-09 20:15:37
toshi さま

このたび素晴らしいコメントをいただき、早速掲載させていただいていたのですが、当方のPCの故障修理中に、原因不明のままに消滅してしまったようです。記憶により当方のコメントでご主旨を多少補っておりますが、お知らせいただいたURLなど不足部分をご指摘いただければ有り難く存じます。不手際をおわび申し上げます。
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