時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

いかさま師召使の帽子はどこから来たか

2018年01月26日 | 午後のティールーム

 



Never ending story


1月23日の草津白根山の突然の噴火と火山事故の報道を見ていると、いくつかのことが脳裏に浮かんできた。それも半世紀近く昔にこの山に登った記憶である。鏡池という名前は忘れていたが、その美しい火口湖のイメージは記憶に残っていた。草津白根山ばかりでなく、日光白根山、吾妻山など比較的親しんできた火山には、「五色沼」などの名がついた神秘的な色をした火口湖があることが多い。記憶は不思議なもので、火山特有の硫黄や硫化水素臭のことまで思い出していた。


このブログに過去に訪れてくださった皆さんの中には、ラ・トゥールの「いかさま師」に描かれている妖艶な?顔の女主人公の召使と思われる若い女性が被っている鮮やかな黄色の帽子のことをご存知かもしれない。この召使いの表情、目つきもかなり怪しげだ。しかし、よくみると、この帽子の色彩は大変複雑で、画家がかなり考えての配色であることがわかる。おそらく手元にあった唯一の黄色の顔料だろう。その濃淡を駆使して、後世に残るこれだけの表現を成し遂げた画家の力量には、ひたすら感嘆する。顔料が極めて高価で限られていたこの時代、17世紀始めの頃の絵画で、黄色がこれほど目立つように使われている作品は数少ない。この黄色、大変鮮やかであり、Jaune Brillant 「鮮やかな黄色」とも言われていた。

Jaune Brillantは、当時の画家たちが非常に欲しがった色だった。金色を表現するに使ったり、光の効果を出すのに適していた。錬金術師たちが活躍していた時代、画家や薬剤師が欲しがる顔料の材料や配合は秘中の秘であった。画家が使える顔料、絵の具の種類は限られていた。今日のように人の手で化学的に合成された絵の具はほとんどなかった。この黄色は通称「ナポリの黄色」Naples yellow の名でも知られていた。というのも、ヴェスビアス 火山Mount Vesviusの中腹で採掘された鉱石から作られたのではないかと推定されていたからだ。今では分析で、主たる成分は、鉛アンチモニーであることが分かっている。アンチモニーは顔料の歴史でも古代エジプトまで遡る古い歴史を持っている。


この絵具の顔料が発見された経緯も明らかになった。18世紀初め、プルシャン・ブルーが発見された経緯と似ているが、1970年代初め、ドイツのダルムシュタットの古い薬屋でおよそ100近い小瓶が発見された。それぞれに違った色の液体や固体の入ったジャムの瓶のような容器、インク壺のようなもの、香水瓶のようなものからなっていた。さらに、それぞれに手書きで注意深く記された名称のラベルが貼ってあった。しかし、それでも何が入っているかは容易には分からなかった。’Virid aeris’、’Cudbeard Persia’ など奇妙で風変わりな名称がつけられていた。多くは19世紀頃から貯蔵されてきたものだった。その中に’Neapelgelb Neopilitanische Gelb Verbindung dis Spießflz, Bleies’ という名称で、長らく伝説となって多くの薬剤師や画家たちが探し求めてきた Naples yellow (「ナポリの黄色」)と思われる顔料も含まれていた。

これらの瓶を受け継いできた薬屋は、「ナポリの黄色」は画家がとても欲しがった顔料だったことは知っていた。製法は不明であったが、ラベルから鉛アンチモニーが原料であり、それを何らかの合成プロセスを経て作り出されたものだということが推定された。

この色名を最初に使ったのは、1693-1700年くらいの時期に、ジェスイットの修道士であり、ラテン・フレスコ画家でもあった アンドレア・ポッソ Andrea Pozzoではないかと推定されている。彼は黄色の顔料を’luteolum Napollitanum’ と名づけており、当時すでにその名称が使われていたようだ。

クローム・イエローという別の黄色よりは画家たちに好まれたが、「ナポリの黄色」は必ずしも安定した顔料ではなかった。色調は明るく、暖かく、好ましい黄色なのだが、日光に長く晒されると退色することが分かってきた。そのためスパチュラという象牙などで作られたへらで伸ばして厚めに使うことが口伝で勧められていた。顔料の原料もどこから来たか分からなったが、探索の結果、やはりヴェスビアス火山が源ではないかと推察されるようになった。

今日、世の中に存在する色には Index Generic Name が付けられるようになっている。この「ナポリの黄色」は 通常 Pigment Yellow 41 として知られている。「黄色 」yellow という色名だけをとっても、Blonde, Led-tin yellow, Acid yellow, Naples yellow, Chrome yellow, Gamboge, Orpiment, Imperial yellow, Gold など、よく知られたものだけでも数多く、それぞれ独特の色調と、歴史を持っている。絵画一点をとっても、その鑑賞の世界は色々と奧深い。それにしても、ラ・トゥールはあのいわくありげな召使いの帽子の絶妙な黄色を何から思いつき、顔料はどこから手に入れたのだろうか。以前に本ブログで「フェルメールの帽子」について記したことがあるが、「帽子」について書き始めると、 Never ending story の世界に入ってしまう。

 

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