時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

浮遊する祖国とさまよう人々

2018年01月22日 | 書棚の片隅から

 

記憶は出来損ないの犬のようだ


崩壊する世界システムと故国喪失

友人のドイツ人の紹介で、ドイツ人作家が描いた移民問題のコミック(グラフィック)・ノヴェルがあることを知った。なんとすでに日本語訳まで出ていた。早速、取り寄せ旅の途上で読んでみた。

Birgit Weihe, Madgermanes

ビルギット・ウェイエ「マッドジャーマンズ:ドイツ移民物語」(山口侑紀訳、花伝社、2017年) 、多和田葉子氏推薦(本書帯)

著者は1969年ドイツ生まれ、東アフリカ(ウガンダ、ケニア)で3歳頃からの幼少期を過ごし、19歳からドイツに戻り、現在はハンブルグに住む女性グラフィック作家である。本書でコミック分野での大きな賞とされる「マックスとモリッツ賞」などを受賞している。

Was ist Heimat?  故国とは?
半世紀近く「労働」、「人の移動」、「移民、外国人労働者」などを研究テーマの一つとしてきたブログ筆者にとっては、本書のストーリー自体は、比較的見慣れたイメージである。生まれた故郷、故国を離れ、外国で働く間に、自分にとって真の故国はどこであるかを喪失した、Heimatlose[r], Diaspora (故郷喪失、家族の分裂、離散)
のケースである。元来、資本主義の下に生み出された労働者は Heimatlose[r]なのだ。しかし、現代的コンテクストに置いて、秀抜なのはその特異なグラフィックスである。ブログ筆者は「漫画」は若い頃は数多く読んだが、近年の「マンガ」はほとんど読むことはない。このビルギット・ウエイスのグラフィックスは、そのどちらでもない。

本書のテーマは、GDRで働くモザンビークからの契約労働者が帰るべき故国、家族とともに住むべき故国のいずれをも失った話から現代世界に見られる移民労働者三人のケースである。東西ドイツの統合前に東ベルリンへ契約労働者として出稼ぎに出たケースの顛末もある。いずれも、実際のケースではないとの断りが付されている。しかし、作者自身が体験した現実を想定した上で描かれたことは容易に推察できる。

そこでは、母国を離れた多くの移民、難民が共有する、自分にとって本当の祖国はどこなのかという、よく知られたテーマが提示される。加えて、家庭・家族の概念に関する問題、故郷と文化的アイデンティなどが扱われている。しかし、長い文章ではなく、すべてシンボリックなグラフィックスで描かれている。時々出てくる短い言葉が印象的だ。

取り上げられた対象は、実在したケースそのものではないとされるが、同時にドイツに生れながら、長年のアフリカ生活から「故国」へ戻った?著者の脳裏に刻み込まれたGDRの現実が重なっている。彼女にはドイツ社会はオープンではなかったという。彼女にとって現在そして近い未来のGDRは、心の故国になりうるのか。

2015年、GDRのメルケル首相がオバマ版(Yes, we can!)ともいうべき”Wir schaffen das” (“We can do”) のスローガンの下に多数の移民・難民を受け入れたことは、世界的な賛辞の的となった。しかし、現実にはその後の外国人排斥を旨とする「ペギーダ」、極右政党AfDの台頭を招いた。新たなパンドラの箱が開かれるきっかけとなった。

折しも、「ノーベル文学賞」を受賞したカズオ・イシグロ氏が日本文化の一つの特徴としての「漫画文化」についての関心を語っているインタヴューを見た。

ビルギット・ウエイエの提示は「漫画」ではない。しかし、新たな可能性を感じさせる独特のグラフィックスと短文が小説やドキュメンタリーとは異なる、ある種の新鮮さを持っている。直截に読者の心中に訴えるグラフィック・ストーリーは、現代の一つの有力なコミュニケーション手段であり、文化であることを感じさせられる。時間が与えられるならば、今後の作品を見て見たい気がする。

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