時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

大西洋を渡った印象派

2005年09月13日 | 絵のある部屋

ジョン・シンガー・サージェント「森の一隅で制作するモネ」1885年*

 

ジョン・シンガー・サージェント「ヘレン・シアーズ」1985**

 大西洋を渡った印象派:ボストンとフランスの絵画

  今年の夏は予期しなかった時間とゆとりが生まれ、滞在するオックスフォードからロンドンへ出かけ、学生時代から「お気に入り」の場所として何度となく足を運んできた「ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ」RAを訪れた。今回、どうしても見たいと思った「海外の印象派:ボストンとフランスの絵画」Impressionism Abroad: Boston and French Painting と題する特別展が9月11日まで開催されていたからである。(実は、確か2003年に日本で同テーマで開催された時、多忙なこともあって見る機会を失っていた。)RAでは、このところ、運良く「キルヒナー:表現主義と都市ドレスデン、ベルリン」、「カラバッジョ:晩年10年間」など、見たいと思っていた展示に次々とめぐりあう機会があり、心が満たされた。今回は、イギリス人にも愛好家の多い印象派の特別展ということもあって、熱心に作品を見る人々が目についた。

特別展の背景
  この特別展には、ボストン美術館などから57点が展示されていた。その中には、ドガの「ロンシャン競馬場での競走馬」、マネの「辻音楽師」など、これまで他の特別展などでお目にかかった作品もあった。そして、かねてから真作を見たいと思っていた画家の作品が、いくつか出品されていた。いずれも大変美しい絵画で、心が洗われる思いがした。  

  そのひとつは、このブログにも書いたことのあるアメリカ人画家ジョン・シンガー・サージェントの作品である。最近では、テートでもかなりの人気作品となっている、あの「カーネーション、百合、百合、薔薇」の画家である(「心に残る絵それぞれ(4)」2005年4月21日)。
  見たいと思った作品のひとつは、彼の親しい友人であったシアーズの娘ヘレンを描いたものであり、一目でサージェントの制作と分かる。また、彼がクロード・モネの野外における制作情景を描いた作品も見たいものであった。サージェントの作品については、彼の主たるジャンルであった著名人の肖像画よりは、印象派の影響を受けた作品の方が好みである。

  この特別展が企画されるについては次のような背景があった。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アメリカの都市の中で、ボストンは例外的に現代フランス、アメリカの絵画を収集していた。広くヨーロッパの美術事情に通じていたボストンの目利きの収集家たちがパリ、ニューヨークなどからフランスの印象派の作品を集めていた。 そして時の経過とともに、コロー、ミレー、ルノアール、モネなどの作品が、アメリカ人画家の作品と並べられるようになった。

アメリカの印象派画家
  印象派の流れを汲むアメリカの画家としては、ジョン・シンガー・サージェント、チルド・ハッサム Childe Hassam、ウイリアム・モリス・ハント William Morris Hunt、ジョセフ・フォックスクロフト・コール Joseph Foxcroft Coleなどがいた。これらの画家たちは、ほとんどフランスで暮らすなど、フランス印象派、バルビゾン派の世界を経験し、多かれ少なかれその影響を受けていた。
  1892年には、ボストンで初めてモネの作品展が開催された。当時、ボストンの収集家の一人アーサー・B.エモンズ Arthur B. Emmons は、モネの作品を26点近く所蔵していた。
  1870年に開設されたボストン美術館(公開は1876年)は、明らかにこうしたヨーロッパ画壇の流れを引き継いでいた。そして、同館の印象派絵画のコレクションは次第に増加していった。

フランスから学んだボストン
  肖像画家として知られたサージェントは、1876年にクロード・モネと初めて出会っている。そして、1885年にジベルニーに住むモネを訪れたサージェントは、親しくモネの制作場面に接することになる。サージェントがモネの仕事の光景を描いた「森の一隅で制作するクロード・モネ」(1885,テート所蔵)は、この時の作品である。印象派の技法を習得しようとしたサージェントの努力ぶりが、各所に見てとれて、なかなか楽しい作品である。モネから大きな影響を受けたサージェントはデニス・ミラー・ブンカーを含むボストンの画家たちに、印象派の考えや技法を学ぶことを勧めた。

ボストン名家の支援 
  さらにコローの影響などもあり、いわゆるバルビゾン派の画風もアメリカに浸透した。こうしてフランス印象派の思想や技法は、太平洋を渡り、ボストンを中心に次第に影響力を発揮するようになった。
  この背景には、サージェントの作品に描かれた少女ヘレン・シアーズの母親であるサラ・チョート・シアーズ Sarah Choate Sears (ボストンの名家で著名な画家・写真家でもある)などのパトロンたちのさまざまな支援もあった。
  今回の展示作品は、ベンソン、ブーダン、ブンカー、カザン、コロー、ドガ、ヘイル、ハッサム、ハント、マネ、ミレー、モネ、ピサロ、ルノワール、サージェント、ウエンデルなどによるものであり、個人所蔵のものなど実物を見る機会が少ない作品も含まれていた。ロンドンまで大西洋を越えてきた作品は厳選されており、大きな充実感をもたらしてくれた特別展であった(2005年9月11日記)。

* John Singer Sargent. Claude Monet Painting by the Edge of a Wood, 1855. Tate, Presented by Miss Emily Sargent and Mrs Ormond throuugh National Art Collections Fund, 1925

** John Singer Sargent. Helen Sears, Museum of Fine Arts, Boston,1895  

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