Catherine Whiltler, Paolo Uccello’s THE HUNT IN THE FOREST (ASHMOLEAN, 2010, enlarged ed., 2011), cover
しばらく、遠近法のことから遠ざかっていたが、偶々今回のテーマで、再び記憶が呼び戻された。2005年の夏に、オックスフォードのアシュモレアン博物館でウッチェロの《森の中の狩》を見た時の印象については、ブログ上に当時短いメモを書き残していた。
パオロ・ウッチェロ《森の中の狩》c. 1470, 油彩・板、65cm x 165cm アシュモレアン博物館 オックスフォード
その後、しばらく雑事に取り紛れ、忘れていたが、同博物館が発行しているこの著名な作品についてのモノグラフの拡大版 enlarged edition(上掲)を友人が送ってきてくれていたことに思い当たった。enlarged といってもサイズがほぼ以前の版のほぼ正方形から横長になった程度で記載内容はほとんど同じなのだが、いくつか変更されていることにも気づいた。そこで、前回の記事では触れなかった点を2、3記してみたい。
この作品、前回アシュモレアンで見た時は、ウッチェロがクライアントの家の壁に架ける独立し額装された作品として制作したと、うっかり思い込んでいた。しかし、実際は1470年代頃まで、フィレンツェあるいは中央イタリアの富裕な豪邸 palazzoによく見られたcameraといわれた大きな応接間、居間に置かれた家具の一部になっていたようだ。そのひとつの例は、下に掲げるような家具である。
その後、しばらく雑事に取り紛れ、忘れていたが、同博物館が発行しているこの著名な作品についてのモノグラフの拡大版 enlarged edition(上掲)を友人が送ってきてくれていたことに思い当たった。enlarged といってもサイズがほぼ以前の版のほぼ正方形から横長になった程度で記載内容はほとんど同じなのだが、いくつか変更されていることにも気づいた。そこで、前回の記事では触れなかった点を2、3記してみたい。
この作品、前回アシュモレアンで見た時は、ウッチェロがクライアントの家の壁に架ける独立し額装された作品として制作したと、うっかり思い込んでいた。しかし、実際は1470年代頃まで、フィレンツェあるいは中央イタリアの富裕な豪邸 palazzoによく見られたcameraといわれた大きな応接間、居間に置かれた家具の一部になっていたようだ。そのひとつの例は、下に掲げるような家具である。
Biagio di Antonio Tucci and Jacopo del Sellaio, Cassone with Spalliera, Courtald Institute Gallery, London
その部屋にはしばしば大きなベッドも置かれ、さまざまな収納のための家具や、椅子がわりの家具が置かれていた。しばしば大きな丸天井が特徴の部屋で、家族や姻戚関係などの結婚や祝い事などの大事な集まりが開かれる場所でもあった。豪邸の中でも最も重要な部屋だ。
こうした部屋にはスパニエール spallieraと呼ばれる背板のある豪華な飾りがある上掲の箪笥のような収納家具が何対か置かれていた。そして、ちょうど目の高さくらいの位置に、さまざまな絵が描きこまれていた。《森の中の狩》もその一枚であったようだ。1470ー1520年くらいの時期に最も流行したらしい。時期的には、1475年、ウッチェロが亡くなる前、今日知られている絵画としてはおそらく最後の作品と考えられる。
描かれた絵画は多くの場合、家族の祖先の逸話などに関わる正義、勇敢、忍耐、知恵などを暗示するギリシャ・ローマ神話などの一コマ、あるいは風景、山や川、狩、などの一コマが描かれ、偉大な先祖について、子どもたちへの昔語りなどに役立てられていた。
ウッチェロの作品を所蔵するアシュモレアン博物館が誇る同様の作品:
こうした部屋にはスパニエール spallieraと呼ばれる背板のある豪華な飾りがある上掲の箪笥のような収納家具が何対か置かれていた。そして、ちょうど目の高さくらいの位置に、さまざまな絵が描きこまれていた。《森の中の狩》もその一枚であったようだ。1470ー1520年くらいの時期に最も流行したらしい。時期的には、1475年、ウッチェロが亡くなる前、今日知られている絵画としてはおそらく最後の作品と考えられる。
描かれた絵画は多くの場合、家族の祖先の逸話などに関わる正義、勇敢、忍耐、知恵などを暗示するギリシャ・ローマ神話などの一コマ、あるいは風景、山や川、狩、などの一コマが描かれ、偉大な先祖について、子どもたちへの昔語りなどに役立てられていた。
ウッチェロの作品を所蔵するアシュモレアン博物館が誇る同様の作品:
The Flight of the Vestal Virgins, Biagio di Antonio Tucci, Ashmolean Museum, Oxford
ビアッジオ・ディ・アントニオ・トゥッシ《ヴェスタの処女の飛翔》アシュモレアン博物館、オックスフォード
ビアッジオ・ディ・アントニオ・トゥッシ《ヴェスタの処女の飛翔》アシュモレアン博物館、オックスフォード
ウッチェロの《森の中の狩》を画家に制作依頼したパトロン(クライアント)が誰であったかについては、多くの探索がなされたが、不明なままになっている。しかし、当時の流行であったリアリズムから離れたその斬新さ、現代人の目で見ても、アニメでも使えるくらいのモダーンさが感じられる。しかも、その構図はきわめて精緻な思考の上に成立している。
ウッチェロは、いかなる思考と模索の上で、この作品の制作に当たったのだろうか。作品自体を規制観念から離れ、眺めているだけでも、この画家がさまざまな思考の蓄積の上に、制作に当たったことに思い当たる。作品が遠近法 perspectiveという当時としては斬新な技法の具体化であることは既に知られている。しかし、作品を見てみると、登場人物、犬や馬などの動物の動きが、左右では対照的といえるほどに異なっていることに気づく。左側では人も動物もほぼ全てが消失点といわれる遠近法の中心点に向かって動いているかに見える。他方、右側半分では人も動物も行動の方向が異なっている。馬に乗っている人物(貴族たち)は、なにか上方に視線が向いており、進行する方向も異なるようだ。
N.B.
1987年、本作品の保全のために、Hamilton Kerr Instituteが行った調査の結果、作品に使われた画材、技法などについて、いくつかの興味深い発見があった(Whiltler 2011, p.11-17)。調査はX線などの透視を含めて、綿密に行われた。画材は2枚に分かれたポプラの厚板であり、木材特有の節目は丁寧に下地などで被覆されて平坦な表面になっている。さらに、2枚の板は分離しないように丁寧に接合されている。下地はgessoといわれる石膏を材料として、動物の油を含んだ上塗りが施され、滑らかに絵具が付着するよう配慮されている。乳白色の表面である。
ウッチェロは絵具で描写する前に、この画材の表面に全体の構図を描いたと思われるが、現在は確認できない。しかし、現代の光学的調査などで、画家が画面のどの辺りに人物や動物を配置し、樹木を描くなどの目処として、下地に目印を入れた跡がほぼ確認できるようだ。そして全体の画面を暗くした上で、下図のように人物、動物、樹木などを配置、彩色した痕跡が確認されている。
Whiltler,2011, pp.11-13
さて、ここでQuizをひとつ。
画面右側の人物、動物などは、森の奥へと走り込んでゆく気配は感じられない。馬上の人物は画面左上の方向を仰ぎ見ているようだ。彼らは一体何を見ているのだろうか。
答は次回で。
続く