時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

オランダのカラヴァッジョ

2009年09月09日 | 絵のある部屋

Dirck van Baburen
Singender junger Mann 1622
Öl auf Leinwand, 71x58.8cm
Bezeichnet auf dem Notenbuch:<T.Baburen fecit/Ano 1622>
Frankfurt, Städel Museum. Inv.-Nr.2242



 17世紀の代表的画家カラヴァッジョが、その劇的な生涯と作品を通して、イタリアのみならずヨーロッパの画壇に大きな衝撃を与えたことはよく知られている。しかし、その画風がヨーロッパの美術界に浸透するについては、いくつかの経路が想定されてきた。この画家は徒弟を受け入れる工房を持った形跡はないので、徒弟修業を経験した弟子・職人を経由して画風が継承され、伝播するという通常の経路はないようだ。それに代わって、ローマやイタリア各地でカラヴァッジョ自身あるいはその作品自体に直接接することで、大きな影響を受けた画家たちの活動を通して伝播した。いわゆるカラヴァッジェスキ caravaggeschi と呼ばれる画家たちがその主体だ。たとえば、ジェンティレスキ父娘、バルトロメオ・マンフレディ、ヴィニョン、ヴーエなどが代表的である。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールもその一人に挙げられることもある。この画家がイタリアへ行ったか否かに関わる論点のひとつで、ブログに記したこともある。

 その点にかかわる別の重要な点は、17世紀オランダ、とりわけユトレヒトにおけるカラヴァッジェスキの活動であった。ユトレヒト近傍の出身であった画家たちが、イタリアでの修業活動を終えて、ほぼ同時期、1620年頃までに帰国し、工房を開設、成果を精力的に作品として具体化してみせた動きである。バビューレン Dirck van Baburen (um 1595-1624), テルブルッヘン Hendrick Terbrugghen (1588-1629), ホントホルスト Gerard van Honthorst (1592-1656)などがその中心人物だ。彼らはそれぞれ数年から10年のイタリアでの研鑽を経て、テルブルッヘンは1614年、ホントホルストとバビューレンは1620年頃に前後してユトレヒトへ戻ってきた。彼らが活動を始めた1620年代のユトレヒトは、これらのカラヴァッジェスキが革新的な画風を実験する工房の様相を呈した。「ユトレヒト・カラヴァジェスキ」と呼ばれる由縁である。 
 
 今年4月から7月にかけて、ドイツ、フランクルトのシュテーデル美術館 Städel Museumで、『オランダのカラヴァッジョ:カラヴァッジョとユトレヒト・カラヴァジストによる音楽とジャンル』Caravaggio in Holland、Musik und Genre bei Caravvagio und den Utrechter Caravaggisternと題する企画展が開催された。

 2007年末、バビューレンの「歌う若者」Singender junger Mann (上掲図)という作品を同美術館が取得したことを契機に企画された。ちなみに、この作品はバビューレンが1620年にユトレヒトへ戻った後の1622年の作品と推定されていて、年記もあるようだ。かねてこの問題に共通の関心を抱いているドイツの友人が現地に赴き、カタログを送ってくれた。

 いうまでもなく、カラヴァッジョ自身はオランダを訪れていない。この企画展は、主としてユトレヒトで活動したカラヴァッジェスキの活動成果の現時点でのひとつの評価が展示されたものと考えられ、大変興味深い。銅板画を含めて、40点を越える作品が展示された。展示作品のかなりのものは、これまでの人生でどこかで目にしてきたが、未見の作品も含まれている。カラヴァッジョ、マンフレディなどの作品も含めて、非常にレベルの高い企画展だ。

 2007年末にシュテーデル美術館が上記バビューレンの作品(それまで個人所蔵)を取得した時点で、美術館として、いずれお披露目があることが予告されていた。大変美しい作品であり、バビューレンのイタリアでの研鑽が結実したような見事な出来映えだ。

 左手に楽譜を持ち、右手で拍子をとりながら歌う若者の半身像が、きわめてリアルに描かれている。背景はカラヴァッジョの作品によく見られるように、特に何も描かれていない。青年の被った帽子には白い羽根が美しく描かれている。市松模様の衣装も美しい。それ以上に掌の筋、肌の色、髭の生えよう、高性能なカメラでもこれだけ撮れるだろうかと思うほどのリアリティだ。

 とりわけ宗教的な含意などは意図されていない。描かれた像の美しさ以上に内面に深く引き込むものは少ない。しかし、ただ見ているだけで時間を忘れる。当時の風俗を推測するだけでも興味深く時間が過ぎて行く。

 同様な主題で、テルブルッヘン による『歌う子供』 Singender Knabe 1627 も出展されている。これはバビューレンより若いモデルだが、画面にはリリックな雰囲気も漂い、きわめて美しく愛着を覚える作品だ。

Hendrick Terbrugghen
Singender Knabe 1627
Öl auf Leinwand, 85.5x71.5cm
Bezeichnet im Bildhintergrund rechts:"HTBrugghen fecit I.6.2.7."
Boston, Museum of Fine Arts, Inv.-Nr.58.975


  今回は美術館取得の作品テーマとの関連で、カラヴァッジョ、そしてユトレヒト・カラヴァッジステルンが作品に取り上げた音楽(楽器)とジャンルが共通テーマとなっている。しかし、それだけにとどまらず、掲載された下記の7本の論文には最新の研究成果の一端も包含されていて、大変興味深い。カタログを読んでいて、新たに気づいたことも数多く出てきた。いずれ記すことにしたい。

 

Caravaggio in Holland
Musik und Genre bei Caravvagio und den Utrechter Caravaggistern 
Städel Museum
Herausgegeben von Jochen Sander,Bastian Eclercy und Gabriel Dette
Eine Ausstellung des Städel Museum,Frankfurt am Main, 1 April bis 26, Juli 2009

目次
Inhalt

Max Hollein
Vorvort

Jochen Sander, Bastian Eclercy
Einleitung

Bastian Eclercy
Erfahrungshorizont Rom.Die Musikantenbilder Caravaggios und der italienischen Caravaggisten

Wayne Franits
Laboratorium Utrecht. Baburen, Honthorst und terbrugghen im Künstlerischen Austausch

Liesbeth M. Helmus
Das früheste werk Hendrick Terbrugghens.
Materialtechnische Untersuchungen im Central Museum in Utrecht

Marcus Dekiert
"Hätte ich nun einen Burschen, der mir die laute spielte"
Vom Lautenschlagen, Saitenstimmen und Flötenblasen

Louis Peter Grijp
Musik in Utrecht zur Zeit der Caravaggisten

Thomas Ketelsen, Everhard Korthals Altes
Die Gem alde von dirck van Baburen, Hendrick Terbrugghen und Gerard van Honthorst auf dem deutschen Kunstmarkt im 18. Jahrhundert. Ein Beitrag zur Geschichte der Kennerschaft

Katalog

Literatur
Impressum
Abbildungsnachweis 

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 富士山噴火? | トップ | ケネディ議員「白鳥の歌」に... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

絵のある部屋」カテゴリの最新記事