時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

レンブラントに賭けた美術館

2008年04月19日 | レンブラントの部屋

Rembrandt van Rijn(1606-1669),
Aristotle with a Bust of Homer 1653
Oil on canvas, 143.5 x 136.5 cm
Purchase, special contributions and funds given or bequeathed by 
friends of the Museum, 1961 (61.198)

Metropolitan Museum of Art, New York


  ブリュッヘンの「キリストの磔刑」を、メトロポリタン美術館が初めて自力で購入してから4年後の1961年、メトロポリタンは今日にいたるその歴史において、最も華々しいといわれる高額な作品購入を行った。購入の対象はレンブラントの「ホーマーの胸像に手を置くアリストテレス」Aristotle with a Bust of Homer だった。ニューヨークで行われたアルフレッド・エリクソン夫人 Mrs Alfred Erickson が所有していた作品の競売だった(エリクソン家の所有になるまでの経緯は「大西洋を越えたフローラ」参照)。

  激烈な競売は、時間にしてはわずか4分で終わり、それも競売会場でそれまで聞いたことのない$2,300,000という高額で落札された。世界の美術市場でもこれだけの作品を購入できる者は限られており、価格も記録的な高さであった。

  この作品は仮想の世界の作品だが、レンブラントの作品の中でもよく知られているもののひとつである。作品を依頼したのは、富裕なシシリアの貴族 ドン・アントニオ・ルッフォ Don Antonio Ruffoであり、レンブラントのほとんど唯一のオランダ国外のパトロンだった。レンブラントは出来上がった作品を、1654年にシシリーのメッシーナに送り、報酬として500グルデンを受け取った。レンブラントが財政的に困窮への下り坂に入った頃だった。

  単にパトロンから要望された一人の哲学者アリストテレスを描くことではなく、この常にイノヴェーティブな発想を大事にする画家レンブラントは、紀元前4世紀の3人の偉人を描こうと考えた。すなわち、アリストテレス、ホーマーそしてアレキサンダー大王である。ギリシャの偉大な哲学者アリストテレスは、自らの書斎でルネッサンスの人文主義者の衣裳をつけて描かれている。彼はホーマーの胸像に手を伸ばし、アレキサンダー大王のメダリオンを掛けている。アレキサンダー大王は一時アリストテレスの弟子であったといわれる。

  ホーマーの胸像は、レンブラントが収集していたいくつかのヘレニスティックな胸像に基づいて描かれている。描かれたアリストテレスのイメージは、アムステルダムのゲットーに住んでおり、画家が聖書にちなむ画題で、しばしばモデルとしたユダヤ人の名残を見せている。アリストテレスの書斎の静謐さ、盲目の詩人の胸像に置かれた哲学者の指の重み、そしてなににもましてこの哲学者の神秘的な容貌が、深い思想のイメージを画面にみなぎらせている。

  この作品が取得された1961年までに、ほぼ42点のレンブラントの手になると思われる作品がメトロポリタン美術館のものとなった。「アリストテレス」は、その中でメトロポリタンが購入した最初で、唯一のレンブラント作品だった。

  この購入はメトロポリタン美術館の歴史において、自らの収集・所蔵方針を明確にした画期的なものとなった。これだけ巨額な投資を行いうるまでに資金的基盤も生まれ、収集計画も確立されたことを意味するものである。創設以来長い間、富豪たちの善意に依存してきたメトロポリタンの自立を示すモニュメントであった。

 

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