時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

日本につながっていた​サージェント《カーネーション、ユリ、ユリ、バラ》

2022年02月01日 | 絵のある部屋


このブログではるか以前に取り上げたことのある記事が、10年以上の年月の経過の後に、新聞、TVなどのメディアに取り上げられることが続き、少しばかり驚くことが続いている。

1月30日付けの『日本経済新聞』にアメリカ人画家ジョン・シンガー・サージェント(1856~1925)の《
カーネーション、ユリ、ユリ、バラ》(1885〜86年、油彩、カンヴァス、174x153.7cm、テート・ブリテン蔵)が大きく掲載されていた。日曜に掲載される「美の粋」シリーズの対象としてである。「19世紀園芸の東西交流(1) 植物のハンター、世界をめぐる」と題した第一回に取り上げられている。画中に描かれている植物、とりわけユリに関するストーリーが作品紹介と併せ語られていて興味深い。

サージェントはアメリカ印象派として知られるが、肖像画のエクスパートであった。生涯に3000点近い作品を残したとされている。上掲の作品はごひいきで実物を何度も見ているのだが、筆者の経験では、この絵の前で多数の人が立ち止まっている光景は見たことがなかった。

しかし、今回の新聞記事によると、10年ほど前からこの絵の展示場所を学芸員に訪ねる日本人来館者が増えたとのことだ。日本の「テート・ギャラリー」展に展示されたこともあって、日本人の認識度が上がったのかもしれない。《カーネーション、リリー、リリー、ローズ》はサージェントにとって初めて公立の美術館から購入された作品となり、その後もテート・コレクションの一部として、 テート・ブリテンで展示されている。イギリス印象派の代表的作品と言える。

サージェントは、筆者が好む画家のひとりでもあり、このブログでも何度か取り上げているが、今回取り上げられている作品のコピーは筆者の仕事場にも表装されて置かれている。東洋的で幻想的な雰囲気が漂う作品であり、柔らかで穏やかな色彩は、眺めていて飽きることがない。来歴ではロイヤル・アカデミーの会長がこの作品を高く評価し、テート・ギャラリーがぜひ購入するよう強く働きかけたようだ。当時のイギリス画壇の主流には、美の移り変わる瞬間を描いた作品を評価する風潮があった。サージェントのこの作品はその流れに沿ったものでもあった。

ヤマユリは、ブログ筆者も球根を購入し、庭のひと隅に植えたことがあるが、コロナ禍もあって手入れが悪く植えたままになっている。ヤマユリと野生のユリを交配して、豪華な花を咲かせる園芸品種、オリエンタル・ハイブリッドのカサブランカは、例年大輪の花を咲かせ、楽しませてくれる。

描かれているヤマユリは、はるばる遠く日本の地から送られた球根が、花開いた成果であるようだ。画面に漂う東洋的な雰囲気は、こうした国際貿易の流れがイギリスの地で花開いたものといえる。江戸時代後期、長崎の出島に滞在したドイツの医師・植物学者のシーボルトは2度にわたり、600種類以上の植物を欧州に向けて送った。しかし、そのリストにはヤマユリの名は見当たらなかった。当時の植物輸送の技術で熱帯を通過する過酷な船旅で生きたままの繊細な植物を輸送するのは多くの困難が伴ったようだ。

日本の植物、とりわけ花の球根が貿易の対象として盛んになったのは明治の開国以後であり、プラントハンターと呼ばれる人々が活躍したことによるところが大きいといわれている。ヤマユリの美しさに目をつけ、英国に輸入を図ったのは英国の園芸業者「ヴィーチ商会」のようだ。さらにお雇い外国人のルイス・ボーマーが横浜に設立した「ボーマー商会」もユリ根の輸出で大成功を収めた。輸送途中の湿度管理のために水で練った赤土の泥団子でユリ根を包んで、船に乗せるなど輸送中の管理を含め、多大な努力を払ったようだ。そして英国にヤマユリの球根が届いたのは1862年であったらしい(下掲の新聞記事参照)。

サージェントの作品は1885年の夏にコツワルドのブロードウエイにあるファーナムハウスのイギリス式庭園で制作されたが、完成は86年夏までかかったようだ。その訳は、サージェントは瞬時の光の変化を大切にし、日暮れのわずかな時間を選んで、その雰囲気を描くことに格別の努力を注入したらしい。

この作品については、当時のイギリス画壇には、フランス的だとの批判もあったようだが、画面に漂うイギリス的な雰囲気を評価する人々も多く、結局現在のテート・ブリテンに所蔵されることになった。画面で一際目立つこのユリの花は大変象徴的な意味を含んだ花と考えられてきた。謙遜、傾倒、純粋、無垢などを含意としている。

2人の幼い子供の姿は、夕闇迫る時間、幻想的な雰囲気に溶け込み、見る人の心を落ち着かせる不思議な効果をあげている。

Reference
窪田直子
美の粋「19世紀園芸の東西交流(1) 植物ハンター、世界をめぐる」日本経済新聞2022年1月30日

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