興浜(おきのはま)で候 

興(こう)ちゃんの手掘り郷土史

東日本大震災復興支援 Vol.10 志津川高校の様子

2011年05月12日 | 東日本大震災復興支援

 炊き出し活動を行った志津川高校の様子だ。

 高校だけあって高台の広い敷地であった。

 正門から入ってぐるっと回って裏側の炊き出し場所に入ったのだが、その途中広い敷地の一角に仮設住宅の建設が始まっていた。
高校の炊き出しグループは職人的な仕事をしている者が多く、一緒に仮設住宅づくりをしたかったようだ。

 調べてみると現在志津川町では616戸の仮設住宅を建設中で、そのうち志津川小学校で60戸・志津川中学校で102戸・志津川高校で50戸とある。まだまだ足りない状態であろうが、高台の平地が無いという問題点も抱えているようだ。

 タイトル写真は、わたくし興ちゃんが、炊き出し場所である横の体育館への通路の樋からの排水管の先がはずれているのを直している場面を、澤宮司が写真に撮ってくれていたものだ。

 途中から雨が降って来て、体育館に抜ける通路に水が流れているところを、宮司さんがどうも気になったようで、それなら簡単にありあわせの物で直そうと、持ち合わせの養生テープで配管を巻いて、水がちゃんと会所に流れるようにした。
 その他にも、雨が降ったら足元が悪くなる場所等、宮司さんは常に気にされており、お宮から持参したコンパネを全て置いて帰り敷いてもらう事とした。ちょっとした事が避難所生活を快適にするのだが、そのあたりの気配りもこれからの課題のひとつのように思われる。

 それぞれの場面において、自分の得意とする事で助け合う。
「互助」という行動は日本が昔から大事にして来た「結(ゆい)」という助け合い作業の延長線上にあるのであろう。

 「がんばれ日本」「がんばれ東北」「がんばれ南三陸町」

 

 
 仮設住宅建設の様子

  
 「ソーラーパネル」誰かが持って来たのだろう。(写真左)
 トイレにはバケツが。今までの便利な生活を考えさせられる場面だ。(写真右)

  
 「つかった紙はトイレにすてないで。」「ゴミ袋にすてて下さい。」
 お世話されている方も何かと大変だろう。

  

  
 一か月交代で自衛隊の方が駐屯されているようだ。
 沖縄15旅団と書いてあった。
 行方不明者の捜索もされていたが、仮設風呂の湯を沸かして運んでいた。
 自衛隊の秘密兵器である野外炊具1号を見る事ができた。(写真右)
 1トン給水車と共に野外炊具1号が4台も来ていた。
 野外炊具1号は、炊飯なら600人分、主食・副食・汁の同時調理なら200人分、汁物のみなら1500人分もの調理能力があるようだ。
 それもたったの20分でできる所が秘密兵器である所以であろう。
 この日はこれを利用して、お風呂の湯を沸かしていた。

 
 今回の炊き出しにあたり、㈱加納土木の4tユニックの後方に積まれたハウスには、600ℓの水タンクが積まれハウス後方部分の壁をぶち抜いてホースを付けた。炊き出しに必要な飲料水であったが、400ℓ近く余った為自衛隊の方を通して志津川高校に置いて帰った。
 自衛隊の方に聞くと、毎日1トン給水車の給水作業は往復2時間近くかかるとの事なので助かりましたと敬礼して頂いた。
今回の秘密兵器である給水特殊車両には自衛隊の方も関心されていた。
 この水タンク、初仕事はクシクモ16年前の阪神大震災で網干5ケ村が炊き出しに行った時である。

南三陸町2011.4.30-5

南三陸町2011.4.30-6
 これが野外炊具1号だ


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