興浜(おきのはま)で候 

興(こう)ちゃんの手掘り郷土史

歴史三昧の一日 その参 『龍野城天守閣で候』

2011年11月29日 | 歴史散歩

 平屋の御殿しかないはずの龍野城に天守閣が出現。

 たつの市の龍野商工会議所青年部が、発泡スチロール製の天守閣を築城。

 写真は27日(日)の午前11時頃に撮影したものであるが、26日に完成し27日までの命だと新聞に書いてあったので、いいタイミングでお目にかかれた。

 龍野歴史文化資料館の中庭に足場を組み、南面と東面に発泡スチロールを貼り付けたものである。。
大きさは、高さ15m・幅9m・奥行7mの三層構造。モデルは宇和島城との事。

 強風の為24日の完成予定が、ぎりぎりになったようである。確かに祭日の23日の夜は強風が吹いていた。

 
 揖保川左岸の堀家住宅から見た、2日限りの天守閣。

 このあと急用ができたので、室津の海駅館には行けなかった。

 
 帰り道、現在揖保川下流の本町橋の橋脚工事が進行中。

終わり


歴史三昧の一日 その弐 『堀家で候』

2011年11月28日 | 歴史散歩

 たつの市龍野町にある県指定重要文化財「堀家住宅」の特別公開に行って来た。

 たつの市小宅小学校6年生154名が「地域の歴史「語り人」プロジェクト」として案内役を務めており、興ちゃんにも女子児童が詳しく説明しながら母屋まで案内してくれた。

 龍野城下から揖保川ごしに東側の左岸に大きな楠と白壁が連なった建物が堀家住宅である。

 約6,400m2という広大な敷地に、主屋1棟、座敷2棟、蔵12棟、付属屋6棟、門7棟、塀6棟が現存し、宅地と共に兵庫県指定重要有形文化財となっている。

 
 長屋門の前が受付でここから小学生が案内してくれる

 
 揖保川沿いの楠と白壁が連なる堀家住宅

 
 漆喰壁に鏝を使って描かれた漆喰の装飾技法のひとつである「鏝絵」で家紋の「揚羽蝶」

 
 主屋の棟瓦にも家紋の「揚羽蝶」

 
 もちろん陣笠にも家紋の「揚羽蝶」

 
 何番蔵がわからなかったが、蔵の基礎石組に興ちゃんは一番感動した。
 当時の燻銀の石工の作であろう。

  

  
 苔のある庭が美しく整備されている。井戸枠も自然石をうまく細工してどっしりと美しい。

つづく


歴史三昧の一日 その壱 『加藤高文 幕末風説/風聞覚書で候』

2011年11月27日 | 歴史散歩

 

 仕事が朝早く、帰るのが遅い日々が続きブログの更新を中断していたが、もう少しで仕事が落ち着きそうになのでブログの更新を再スタートする事とした。

 今日は歴史巡りのような一日になったので、日記がてらに更新する事にした。

 朝から魚吹八幡神社へ。
 網干公民館古文書学習会で網干区余子浜の加藤家の幕末の歴史を解読して本にしたのでそれを届けに行った。
と言うのは『加藤高文 幕末風説/風聞覚書』と題されたその本の冒頭を飾るページの写真がその理由である。
嘉永七(1854)年の黒船来航の際に「武運長久」と書かれた祈祷札が魚吹八幡神社に保管されている。それを興ちゃんが撮影したのでお届けに参上したという次第である。

    
 左は平成16年4月に発行された加藤家文書『飾磨県奉職日誌』と今回発行された『加藤高文 幕末風説/風聞覚書』
 中は『加藤高文 幕末風説/風聞覚書』で祈祷札の写真が掲載されたページ
 右は興ちゃんが撮影した祈祷札のカラー写真 

 魚吹八幡神社をあとにして向かった先は、室津にある海駅館である。
現在、特別展「琉球使節の江戸上り」が開催中。
ここでとんだ失敗をしてしまった。
10時20分に到着し見学したのだが、13時30分から「江戸の流行:琉球人がやって来る」と題した講演会があるのを忘れていた。
このあと龍野に行くのだが、13時30分に引き返す事が出来るのか?

  

 

つづく