観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

カモシカの観察

2012-09-08 20:12:52 | 12.8
4年 高田隼人

 私は「自然の中に生きる野生動物がどうやって暮らしているのかが知りたい!」という動機で野生動物学研究室に入室したが、今自分はまさにその動機ピッタリのテーマに取り組んでいる。その研究テーマは、カモシカを直接観察することによってカモシカの生態、とくに社会構造を明らかにしようというものである。その経験について書いてみたい。 
 楽しげな研究テーマに意気揚々とカモシカの観察を始めたが、カモシカの観察はそう簡単なものではなかった。初めて調査に出かけたのは3年生の12月の後半の雪降る寒い日だった。その日は1頭もカモシカが見つけられなかった。雪の降る寒さの中、1日中歩き回って目的のカモシカが1度も見られないのはなかなかつらいものだった。次の日、前日歩かなかった斜面を歩くと、カモシカの真新しいため糞と足跡を発見できた。それを追いかけていくと、ため糞や角こすり跡などカモシカの痕跡が大量に見つかった。「痕跡はあるけどカモシカにはなかなか会えないなぁ」と思いながら真新しいため糞の横でしゃがみこんで休憩していると、ほんの数十メートル先で物音がした。ふと立ち上がると、30メートルくらい先でカモシカが1頭こちらを見つめていた。やっと出会えたカモシカに嬉しいという感情よりも、初めて山の中で1対1で出会う大型動物に対する恐怖心が大きかった。興奮と恐怖心と緊張感の入り交わる何とも言えないドキドキと感動だった。カモシカは逃げもせずにこちらをしばらくじーっと眺めたあと、やぶの中に姿を消していった。
 今でもカモシカに会うと何とも言えないドキドキ感に見舞われるが、ドキドキしているだけでは調査にはならない。1頭1頭カモシカを見分けて個体識別し、行動観察の記録を取らなければならないのだ。この個体識別と行動観察がまた難しい。カモシカは意外に個体ごとに性格が様々で、人が近づいても全然逃げない個体もいれば、100メートルくらい距離があっても鳴き声と共にすぐ逃げてしまう個体もいる。あまり逃げない個体であれば、じっくり観察できて識別は比較的簡単だが、警戒心の強い個体は識別するのが非常に難しい。カモシカに出会う度にひたすら特徴をメモし、スケッチを描いて、写真を撮る。この作業を繰り返し、今では8頭のカモシカが識別できているが、未識別の個体もまだまだいる。さらに難しいのは性別の判断だ。カモシカはオスもメスほとんど外見が同じため外部生殖器を観察することが性別判断の一番の方法であるが、ふさふさの体毛に覆われたカモシカの体からそれらを見つけるのは本当に難しい。カモシカの股間が見えそうになると倒れこんで必死に双眼鏡で股間を覗き込むが、それでもなかなかわからない。実際性別が確実に分かっているのは捕獲して確認したオス3頭だけである。
 行動観察で一番気を付けていることはカモシカにできるだけ自分の存在による影響を与えないようにすることだ。これは自然に生きるカモシカのを知ろうとしているのだから当たり前のことだが、実は一番難しいことだと思う。失敗例を一つあげると、人馴れしているからある程度近くで観察しても大丈夫だと思っていた個体が、ある日突然を見るなり全速力で逃げるようになってしまい、今まで行動圏から大きく外れた場所を歩き回るようになってしまったのだ。幸い、数日観察をやめたら元の行動圏に戻ってくれたが、自分のせいで行動が変わってしまった私ことを大いに反省した。
 このようにカモシカの直接観察には難しいことがあり、まだまだ未熟だが、いい研究ができるように、毎日考えて楽しみながら成長していきたいと思っている。


浅間のカモシカ 著者撮影

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