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観察 Observation

研究室メンバーによる自然についてのエッセー

野生動物学研究室に入ってよかった

2014-03-09 14:29:40 | 14
4年 萩原もえか

 私は小さい頃から動物が好きで、おばあちゃん家の犬のフンをビンに集めて喜んだり、幼稚園で飼っていたウサギをじっと眺めたりしていた。そういうこともあって、動物のことを知りたいと思い、麻布大学に入学した。
入学当時は動物の癒し効果、動物の飼育、捨てられた動物を救うこと、人間のために働く盲導犬のことなどに興味があり、大学1、2年の頃は盲導犬センターでボランティアに通ったり、2年時には牧場実習で約2週間、ウシの世話も体験した。
 いろいろ動物と関わったけど、自分のしたいことは何か違うと感じていた。今思えば、人間と動物の間の理想と現実が見えて、人間のために動物を利用していることを肌で感じて、それは自分がやりたいことと違うと思ったのだと思う。
 じっくりと自分のやりたいことを考えた時、動物本来の姿や動物がどう思って行動するのかを自分の目で確かめてみたいと思い、今までまったく考えていなかった野生動物学研究室に入室した。
 テーマを決める時は、日本に住んでいる動物のことを全く知らなかったし、とくに思い入れている動物もなくて、なかなか決められずに困っていた。そんな時、高槻先生から「リスとクルミの種子散布」のテーマを紹介してもらった。私はハムスターを飼っていて齧歯類を身近に感じていたし、リスがクルミを埋めて忘れるとクルミが生えてくるという話を聞いたことがあり、面白いかもしれないと思いテーマを決めた。
調査を始めたのだが、最初は枝束をどけてひたすらクルミの食痕を拾う地味な作業に正直面白さを感じられなかった。同じアファンの森で研究していた笹尾さんや小森君はキラキラと楽しそうに調査をしていてうらやましく思った。自分が調査が嫌いなのかなと思い、自信をなくした。
 3年生の秋ごろ、アファンのタヌキを調べることになった鈴木さんがタヌキのため分を探しに隣のスギ人工林がある場所へいった。鈴木さんは戻ってきたときに、「人工林にもクルミ落ちてたよ。」と教えてくれた。私は、人工林はクルミの木が生えていないから、調査対象に入れていなかったが、いろんな群落の比較をしてなにか違いが見えればいいという気持ちで人工林でもクルミを拾うことにした。拾っていると、リスの食痕が多く、ネズミの食痕は少ないような印象を持った。その頃になって、リスとネズミで運び先に違いがあるのかな?と研究の面白さを感じ始めた。


3年生秋の調査 笹尾、高槻、萩原

 4年生になり、必要なデータをいつまでにとらないといけないなど考えられるようになってきた。そして、クルミ散布という現象を動物視点だけでなく、クルミ視点から動物の役割を考えるのも面白くなってきた。
また、研究室の人や外部の方の調査についていって、サル、野鳥、カモシカ、シカなどを見て、それぞれの生活を教えてもらった。そのおかげで、今までフィールドではクルミを拾うために下を向いてばかりだったが、世界が広がったようなきがした。そして、生き物たちがそれぞれ工夫して生活していることを面白く感じた。
 私は同期にも恵まれていたと思う。彼らは研究方法を相談したり、卒論を書きながら悩んでいるとき、どんなに忙しくても、相談に乗ってくれた。ときには厳しく指摘されたが、それだけ自然のことを知りたいということについて、真剣だからだと思う。そういうことができた仲間は、私にとってかけがえのない存在で、これからも野生動物について議論しつづけたいと思っている。
 私は2年間をこのように過ごしてきて、生き物が自然の中で、理にかなった生き方をしている姿を見て好きだという気持ちと同時に、尊敬のような感情を持つようになった。それまでは、哺乳類にしか興味がなかったが、哺乳類が生きていくためには周りの植物やその他の動物が不可欠で、すべてが欠けてはいけないことがわかってきた。高槻先生に生き物のつながりのことを教えていただき、この考えは私を一番変えたことだと思う。南先生からは同一種でも個性によって行動が違うということを教えてもらい、動物を理解するということはひと縄筋にはいかないことを教えていただいた。外部の方には私が気付かなかったたくさんの動物の生き方を丁寧に教えていだたいて、私の「わくわくの扉」をたくさん開いていただいた。野生動物のすばらしさに気付くことができたのは、周りの人に恵まれたからだと思う。本当に、本当に、ありがとうございました。
 大学を卒業する今、生き物の生き方をフィールドで見たり、本で読むことが面白いと感じることができるようになった。でもそれにとどめないで、いつか、ほかの人に「生き物は自然の中ですごいことをしているんだよ」と伝えることで、人と野生動物の間にある理想と現実の問題の解決にも役立ちたいと思います。

テンとフン

2014-03-09 14:13:53 | 14
4年 安本 唯 

 私は「ホンドテンの食性と種子散布 ‐ 林縁とサルナシに着目して ‐ 」という題名で卒業論文を書いた。今でも印象に残っているのが、このテーマになるきっかけとなった出来事だ。
 二年前、野生動物学研究室に入室が決まり、一番初めに行ったセミナーの懇親会で一つ年上でシカの種子散布を調べていた先輩に、
「このシカの糞見てみてよ。どんな標高に住んでいるかで、シカの糞の色もこんなに違うんだよ。」
 と言われ、シカの糞を見せてもらった。そのあとさらに、
「シカの糞の中にはこんなにいろいろな種が入ってるんだよ。すごいでしょ。」
 と、シカの糞から出てきたたくさんの種子を見せてもらった。そのとき私は、食事中にもかかわらず動物の糞について楽しそうに話をする先輩に驚きつつ、
「動物の糞を調べることで、動物の暮らしや植物との関わりが見られるなんて!」
 とさらに驚いたことを覚えている。このことが印象に残っており、
「動物の糞を調べてみたいなあ」
 と漠然と思うようになった。

 その後、高槻先生とテーマ決めをしていく中で、
「テンの糞が数年分あるので、食性を調べてくれる人はいないか。種子がたくさん出てくるので、種子のことを調べても面白いかも」
 というお話を伺った。私はそのとき
「この話に乗らない訳にはいかない」
 と思い、調べたいと伝えた。
 そうして私は、テンがどのような食べ物をどのくらい食べているのか、季節や年によって食べているものはどのように変化するのかを調べる、「テンの食性の季節・年次変動」というテーマに決まった。それからは、共同研究者である京都大学の辻大和先生が麻布大学にいたときに過去にあきる野の盆堀林道で集めたテンの糞を分析する、ということで大忙しだった。同時に自分自身も盆堀林道に通うようになり、野外でテンの糞を探して集め、研究室でテンが季節ごとにどんなものを食べているのか分析し始めた。
 そうしてたくさんの糞を分析していく中で、シカと同じように、テンの糞にも本当にいろいろな種子が入っていることが分かってきた。最初は、テンがどのように食べ物を季節や年で変化させているのか、ということがメインテーマであったので、種子がたくさん出てくるという事実をどういったデータにしたらよいのか分からなかった。
 ただ、このいろいろな種子の立場になって考えると、テンに果実という報酬を与えて食べてもらった結果、こうして糞の中に入ってテンに運ばれてきたのだ。そう考えると、テンの糞からいろいろな種子がたくさん出てくるという事実をなんだか無駄にはしたくないと思い始めた。そう思い、糞の分析をしつつ、糞に入っていた種子はなんの種類なのか、いくつ入っていたのかを調べるようにした。

 研究を始めてしばらく経ち、同級生もいろいろな場所で調査を始め、データを取り始めた。同級生の間で
「この前調査に行ったらこんなことがあったけど、これってどういうことなんだろう?」
「どうやって調べたらこのことをきちんと言えるようになるのかな」
 といった会話がだんだんと増えていった。その後いくつか学会に行ったりして、研究室の先生や先輩方が学会で発表しているのを見てきた頃だった。学会に行くことで新たな知識を得て、自分がやっている研究に似ていても似ていなくても、こんな面白いことが自然の中で起こっているのかと新鮮な驚きを持った。それと同時に、自分が今やっている研究もいろいろな人に聞いてもらいたい、意見をもらいたいという思いがふつふつと出てくるようになった。
 そうした中で、学内のいろいろな研究室の学生が集まってポスター発表をする、「研究三昧」という機会があった。私はまたしても
「この話に乗らない訳にはいかない」
と思い、研究三昧に出てもいいかと先生に相談をした。このときに、こつこつと数えてきた、テンの糞から出てきた種子のデータを見てもらった。今でも印象的なのが、この相談をしたとき、私の研究の軸を変えるようなアドバイスをもらったことである。先生は、私が種子のデータをどのように整理したら良いか悩んでいたとき、わざわざ電話をしてきて、
「こんな風に整理したらどうですか」
説明してくださった。それはいろいろな種子を、生育環境ごとにまとめて比較することだった。植物の性質を知っていればそういう整理ができるのかとびっくりした。そのアドバイス通りにデータを整理すると、テンの糞から出てきた種子は、「林縁(森林の縁のことで、林内よりも明るい場所)に生える種類」ばかりである、いうことが分かり、驚いた。中でも、甘いにおいがあり、いろいろな動物に食べられるサルナシという果実の種子が特に多いことが分かった。このアドバイスをもらったことで、テンが自然の中でどのように植物と関わり、どんな存在であるかを調べたい、という思いが強くなった。
 その後、調査地がどのような環境なのか、サルナシがどんなところに生えやすいか、テンの糞はどんなところに多いか、というようなことを追加で調べていった。
 そうしてデータをとれる季節はあっという間にどんどん過ぎて、ついに卒業論文を執筆するという時期になった。どんな題名で書くか話し合い、「テンの種子散布について林縁とサルナシのことに着目して書く」ということになった。そうして私は今、卒業論文を提出し、無事に卒業する立場になった。

 これから私は卒業して社会人になる。社会人になったらきちんと自立して、「地に足のついた生き方」をしたいと思っている。これから先、社会に出たら大変なことも今以上にたくさんあると思う。しかしそれでも二年間通った調査地には通いたいし、少しずつでもテンについて調べていきたいし、卒業研究のテーマをもっともっと進めて、いつかは今考えている目標を達成できたらいいなあと思っている。

 この二年間を振り返ると、言葉通り本当にあっという間だった。先輩からシカの糞を見せてもらって驚いたこと、夏の暑い日に汗だくになって調査したこと、冬の寒い日に手がかじかみながらテンの糞を探し歩いたこと、時間を忘れて分析に没頭し終電に駆け込んだこと、先輩と一緒に英語の論文に苦戦したこと、同級生と真面目な話もくだらない話も含めて毎日いろんな話をしたこと、先生にアドバイスをもらったり本当にたくさん支えてもらったことなど、本当に、振り返るとあっという間だけど思い出がたくさんの二年間だった。
 言葉では伝えきれない感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

先入観を取り除く

2014-03-09 09:45:10 | 14
4年 森悠貴

 大学入学前に頭に描いていたメルヘンチックな動物の世界は存在せず、もっとシビアな世界だった。私たちの子ども時代には、見る者を感動させるような動物番組ばかりがはびこり、それが現実なのだと思っていた。たとえば、一夫一妻の動物が取り上げられ、この動物には男女の深い愛情があるといったようなストーリーだ。だが、大学に入学してから学んだのは、動物は自分の遺伝子を残すために守り、闘い、生き抜いているのであって、テレビ番組はそれを非科学的で人間に都合のいいラブストーリーのように伝えられていたのだということだった。私がこの大学で学んだ動物の雌雄の関係は、もっと淡白なものだった。愛という言葉よりも、手段や利用という表現のほうが適切な関係であった。実際、私が研究したシジュウカラでは、雛を育てるのに愛情ではなく、オスは楽をしてメスを利用していると解釈したほうが納得いく結果となった。
 他にも誤解をしていたことがある。私は幼いころ、動物園が大好きだった。それはただ動物が可愛く、また、動物園という非日常的な空間が子供心をくすぐったからだ。頭の片隅では、檻に入れられているなんて可愛そうだと思った気がしたが、誰かに「働かなくてもご飯がもらえるなんて幸せなことじゃない」と言われ、そうなのだと思い込んでいた。だが、大学に入り、常同行動は精神的なストレスが原因で起こるもので、動物園の動物が檻の中の同じところを往復していたり、手をかじり続けていたりするのは精神的なストレスによるものだということを学んだ。だから動物園の動物は働かなくてもご飯がもらえるから幸せだというのはまったく違うことがわかり、衝撃を受けた。こうしたことから、見る側の主観的な判断がまちがっていることがあることがわかった。
 私は動物のことだけに限らず、メディアなどでさまざまな先入観を刷り込まれてきたと思う。今頃になってようやく、このような先入観を打開するためには冷静な科学的な視点と知識が必要だと感じる。動物だけでなくもっと他分野でも勉強していれば世界の見え方は違ったのではないかと思う。多くの大人は、前にもっと勉強をしておけばよかったと言うが、私もこれから社会に出るにあたり、先入観にとらわれない考え方ができるよう、積極的に勉強し、冷静な視点を持ちたいと思う。

違い、段差と斜め板

2014-01-26 23:18:38 | 14
教授 高槻成紀

 私は、自分にはとくに意識しないと大勢に流されるところがあるような気がして、「このことは本当にこれでいいのだろうか」と意識的に考えるようにしている。動物や植物のことを考えるのが日常であり、そういう毎日を数十年も続けてきたせいか、違う動植物の違う生き方を好ましいと思えるようになってきた。そして私たちが当たり前だと思うことを、ひとつの動物の立場に立って考えたとき、それはどう見えるのだろうかと想像することがある。そういうことのひとつの到達点として「動物を守りたい君へ」(岩波ジュニア新書, 2013)の中で、地球を外側から眺めてみるという試みをしてみた。そうすると人間のしていることの理不尽さが見えるという気がするように思ったのだ。
* *
 機会があって、特別支援教育に熱心に取り組んでいる小学校を訪問することがあった。校長先生の映像を使っての説明で、最初に黒いブロックのようなものが紹介され、これはなんと書いてあるかと聞かれたが、まったくわからなかった。それはカタカナで「ココロ」と書いてあるのだが、背後が黒であるところに白い字でココロと書いてあり、本来黒いはずの外側が白くなっているために読めなかったのだ。この例を示すのは、視覚的認識の苦手な人はつねにこういう困難に向かい合っていることを説明するためだった。俳優のトム・クルーズがそうで、彼は例えばpとqの区別ができないという。日本の子供が文字を覚えるとき、例えば「の」を左右逆に書いたりするが、そのうち正しく書けるようになる。ところが文字認識が苦手な子は例えば「い」と「こ」がわからないらしい。そうなるとどうなるか。内容を考える前に字を読むことに集中してしまい、読み終わっても内容は頭に入らない。それを多くの人は「文字も読めないから頭が悪い子だ」と決めつける。
 トム・クルーズの場合、耳で聞いてセリフを覚えるのだそうだ。だから、これは文の内容が理解できないのではなく、文字という媒体を使った理解に困難があるということにすぎない。
 そういう事情を知らなければ、要するに「ひらがなさえ読めない子」と決めつけられ、叱られたり、馬鹿にされたりすることになる。それが重なればその子は国語の授業がいやになり、叱責する先生が嫌いになり、学校に行くのがいやになる。こうして心が荒れてくる。
 この学校ではそうした生徒に対して、文字認識が苦手であれば、声と絵で伝えるなどの工夫をしている。現場での問題は、そうすると必ず保護者から「授業のレベルを下げないでほしい」という要求や苦情が来るらしい。だがその先生は非常に明快に答える。
 「本質的によい授業をすれば、障害のある子も理解できるし、よくできる子にはさらに進んだ課題を出すことできめ細かい教育ができる」と。
 私はこの説明を聞いたときに、2つのことを思った。ひとつは、私たちが小中学校で受けた授業は、世間でふつうとされる、文字で伝え、口で説明するむずかしい表現方法をいち早くこなす子が「できのよい子」で、そうなることが成績のよくなることだという基準で指導されたのだと。先生はその表現方法だけが唯一の伝達法であり、それができない子は劣等生だと見ていたが、それは表現法の工夫が足りないのであり、生徒の一人ひとりを深く理解し、それぞれにふさわしい指導をすることをサボっていたのだと思う。教育は本来、一人ひとりの個性を理解し、それをふまえて能力を伸ばすことであるはずで、その意味では私たちの受けた教育はそれを果たしていなかったと思う。そういう教育環境では、障害のある子はほかにたくさんすぐれたものを持っているのに、その一事で劣等生というレッテルを張られ、誰にも理解されないのだから、劣等感を持つようになるのは当然であろう。
 もうひとつは、私が「野生動物と共存できるか」(岩波ジュニア新書)を書いたときに、多くの書評があったが、かなりのものが「子供向けの本なのになかなか内容がある」という意味のことを書いてあったことだ。こういう書評を書いた人は、子供向けの本はわかりやすい単純なことを書けばよいと思っているようだ。だが、私はまったく違う気持ちで書いた。伝えたいことははっきりとあった。それはかなりむずかしいことで、大学の生態学の教科書に載っているような内容もあった。でもそれは大切なことだから、子供にこそ伝えたいと思った。そのため、こどもが知っていることばで、明快な論理で、それが伝わるべき文章の構造を考えて書いた。それは大人に書くよりもはるかに困難な作業であった。「子供向けの本なのに」ではない。そうであるからこそ、たいへんであったのだ。
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 その学校でもうひとつ印象に残ったことばがある。
 「以前は健常な子供と障害のある子供のふたつがあって、大きな段差があるものとして、隔離するなどの指導をおこなってきたが、それはまちがいで、子供の能力は斜めの板のように連続的であって、どこかで不連続に分かれるのではない。」
 世の中、ものごとを白と黒に分けて、どちらかに類型するほうがわかりやすいことはたくさんある。しかし生物学を研究すると実感として感じるが、そういう性質はほとんどなく、生き物は連続に変化する。無理やり白と黒に分けようとしても必ず灰色がある。そうであるのに、私たちは安易に健常と障害というように二分したがる。そのことも安易なことであり、そうして色分けされることは恐ろしいことだと思う。
 私はこの段差と斜め板のことばを聞いて、自分の認識のなさに気づかせてもらった。そして生物学を研究していたのに、どうしてその当然のことに気づかなかったのだろうと恥ずかしくも思った。
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 話を冒頭に戻すと、視覚的認識に障害のある人は教室にたくさんの標語などがあると、すべてが目に入ってしまって、先生の説明するものだけに注目することができなくなるのだという。思えば私は自然の中にあるたくさんのものの中から、自分の見たいものを探し出す訓練をしてきたようなもので、見えるものの多くを見なくするのが習慣のようになっている。そういう感覚は人によってさまざまなのだ。思い当たることとして、私は私語がとても気になる。世間の平均的なレベルからすれば、相当はずれているであろう。だから講義のときに私語をする学生にはきびしく対応する。それもまた人によって違うことであり、それを知っているつもりなのに、それを講義のときの私語という個別のことに閉じ込めていた。人の感じ方にはさまざまものがあるという普遍的なことなのに。
 違う生き物に違う事情があり、できるだけそれを理解し、ふさわしい態度で接するということが保全生態学の最も重要な精神であると思う。そのことと、初等教育の現場でおこなわれていることに大きな共通点があることが、自分の中でつながったような気がした。