六畳の神殿

私の神さまは様々な姿をしています。他者の善意、自分の良心、自然、文化、季節、社会・・それらへの祈りの記。

祝 ドイツ行き決定

2005年06月09日 | 日々のこと
 開催国以外で、日本が世界で最初の、ドイツ行き決定国になったそうです。

 ・・別に「一番最初に決まった」からって、どうってことはないのですが。単なる「偶然の順番」なだけですが。「一番」というのは何だか気分が良いものです・・はは
 
 ・・でも、昨夜の試合、最後の最後のあのレッドカードは、腹立たしいというよりは悲しくなってしまいました。あんな行為に及ぶくらい、北朝鮮選手は精神的に追い詰められているんだろう・・その社会的立場を慮って、非常に後味悪し。
 すぐに東アジア大会が控えているから、あの選手たちが即、罷免放逐されたり見せしめ粛清されたりすることはないでしょうが・・。本気でそれを心配しちゃうですよ。

 国を代表する選手が、世界が注視する大会において、非難必至の違反行為に及ぶ。スポーツマンシップに則って『正々堂々と負ける』ことができない。その背景を想像すると、切なくて泣きたくなる。

 ふと、90年代半ばに活躍したフィギュアスケート女子シングルの、フランス代表選手だったスルヤ・ボナリーを思い出した。

 技と同時に美を競う氷上の闘いにおいて、常に上位5人に入る実力だった彼女。でも、たしかどんな大会においても、1位にはなれなかった。
 フィギュアは「技術点」と「芸術点」の総合評価で決まるが、彼女の芸術点はいつも技術点の足を引っ張った。

 「美」とくれば、圧倒的に白人優位に思える。その中にあって、黒人である彼女の思いは、想像に難くない。

 ただ、同じ有色人種から言わせてもらえば、彼女の芸術点の低さは決して、人種由来の肌の色や体つきのせいだけではなかった。
 こう言っては失礼だが、伊藤みどりだって外見に恵まれていたわけではない。でも世界選手権を制しメダルも獲った。そこからもわかる。世界トップクラスの、紙一重の争いでは、ほんの指先ひとつ、エッジさばきのひと伸びが、勝敗を分ける。もって生まれた資質に加え、「砂時計の砂一粒」みたいな努力が、最終的には実を結ぶのだ。

 多分ボナリーは、その『最後の一粒の努力』ができなかったのだろう。かわりに「人種偏見だ」という思いに『逃げ込んで』しまったように見えた。

 たしか最後のオリンピックだったと思うが、彼女はアマチュア競技では禁止されている大技、女子では世界で彼女しかできないバック転を、あえてやってみせて、負けた。

 反則で自己をアピールするのは、競技者としていただけない。不遜な行為で、人格的に未熟な個人の資質の問題。

 ただ、その行為に及ぶ背景に、どれほどの理不尽な経験や鬱屈、孤独な涙があったことか。
 そういう現実がいまだに厳然とあることも、忘れてはいけないと思う。

          

 昨夜の試合後、ダーリンとの会話。

 さて、北が負けたから、何が飛んでくるかな。前はシルクワームだったけど、今回は奮発してテポドンくらいいくかな。

 いや、地下核実験を実施するぞぅって、予定発表かも。「発表」なら、口で言うだけだもん。

 ・・・


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