六畳の神殿

私の神さまは様々な姿をしています。他者の善意、自分の良心、自然、文化、季節、社会・・それらへの祈りの記。

懐かしい

2013年12月24日 | 舞台
Corsaire pas de deux Fernando Bujones Noella Pontois Japan 1985


 こんな動画が見られるような時代になったのねん・・懐かしい。
 私にとって、「海賊」と言えば、この人です。フェルナンド・ブフォネス。

本日の観劇

2008年12月12日 | 舞台
 ダイテンさんの東京での芝居を観てきました。久しぶりです。2,3年ぶりくらいじゃないだろうか。

 面白かったです。
 ショートストーリー6話のオムニバスで、ニヤッとしたりホロッとしたりクスクスしたり、楽しかったですよ。

 ダイテンさんの脚本、好きなんだよね~私。へんに斜めにならない、まっすぐな感じがたいへんよろしい。
 そして、ダイテンさんらしさを保ちつつも、以前より「使う言葉が太く」なったように感じました。いっしょに作ってるメンバーのせいかな?それとも、私が観てなかったここ数年の、いろんな経験や思考の実りなんだろうか。
 人が成長してるのを観たり感じたりするのは、しみじみと嬉しいことです。

 ・・実はおととい、闘病の末に亡くなった恩師(というか、むしろ知人と呼びたいくらい年齢の近い方)のお通夜に行って、いろいろと考えてしまって、気がふさいでおりました。

 そのドツボから、ふっと抜けられた感じ。ありがとうね、ダイテンさん。

 ホッと力を抜きたい方、この土日に何もご予定がなければ、足を運ばれてはいかがでしょう?当日券たぶんあり。2,500円です。
 明日13日は14時と19時、明後日は14時と18時。場所はJR中央線 西荻窪駅北口から徒歩で8分 『遊空間がざびぃ』 

芸術の秋 1

2008年10月25日 | 舞台
 前売りを買って楽しみにしていた「大琳派展」(会場:東京国立博物館 平成館 開催期日10月7日~11月16日)に、早速行ってきました。

 ちなみに「これから行こう」と思われる方は10月28日以降にした方がいいかもしれません。
 というのは。チケットの図柄にもある、有名な「風神雷神図屏風」。俵屋宗達がまず描き、それを尾形光琳が模写、さらに酒井抱一、鈴木其一がそれぞれの想いと技量を傾注して新たな模写を描いた。
 その4種を並べて一度に鑑賞できるのは、28日以降になるらしいんです、展示できる日数が限られているらしくて。私たちが行った日は、宗達が無くて、光琳、抱一、其一の3つだけが並んでいました。
 私はこの「風神雷神図屏風」はオリジナル(?)の宗達が一番好き。でも、過去に「宗達と光琳」「光琳と抱一」を並べた展示は見たことがあるので、今回宗達が無くてもまぁいいやって感じでした。其一の風神雷神は初めて観れたので、それが良かったです。

 前回この平成館で観た「日本美術の巨匠対決」も面白かったけど、今回の企画は琳派の流れがすごく分かり易くて、堪能できました。メインにとりあげられた「本阿弥光悦」「俵屋宗達」「尾形光琳」「尾形乾山」「酒井抱一」「鈴木其一」の中で、私のお気に入りは抱一。風神雷神図屏風の裏に描かれた夏秋草図は何度観ても見飽きることがありません。
 ・・でも、抱一の作品全てが好きってわけじゃないところがビミョー。カキツバタと八橋の図なんかは断然光琳の方が鬼気迫る感じで良い(←今回はこれの展示はありませんでした)し、歌仙図は其一の模写の方が良かったな。宗達のドカッとくる迫力もあいかわらず良いですのぅ。

 琳派って、ひとりひとりが自らの方向性をハッキリ持ちつつ、世代時代をこえてゆるやかに呼応しあっている、そのおおらかさが、何とも気持ち良いのです。伝統とか格式とか様式とか徒弟見習い忍従云々といった暗さの気配があまり感じられないあたりが気楽というか。あまりに立派すぎない心安さがほっとするというか。

 でも、それオンリーだけだと物足りなくって、キリキリと弓を引き絞るような究極の精神性を感じさせる芸術も見たくなったりするので、鑑賞する側はゼータクでワガママですよね

コクーン歌舞伎

2007年06月17日 | 舞台
 コクーン歌舞伎「三人吉三」を観に行きました。(6月19日加筆あり)

 開場 11:30 開演 12:00。

 先にお昼を済ませておかないと、きっと観劇中にお腹が鳴ってしまう。
 そう思った私とダーリンはBunkamura内のカフェコーナーで大急ぎで軽食をとった。
 これが大失敗・・!!

 いくら歌舞伎とはいえ【劇場空間(コヤ)】はあのシアターコクーン。まさかまさか、他のコヤでのように、場内で弁当を食べて良いとは思わなかったから~せっかくなら、座席でゆっくり和食の弁当を食べつつの歌舞伎気分を味わいたかったよ~(涙)

 悔しいのでお弁当を1つだけ買って、ふたりで分け合って食べました。

 作品自体は、フクザツに入り組んでて、ちょっとアタマを使ったけれど(笑)面白かったです 少しでも歌舞伎に興味がある方なら、観て損はないと思います。また、もともと歌舞伎好きな人にとっても、装置や照明が斬新で目新しいけど基本はハズしてないので、安心しておススメできると思います。

 ただ、これを観て、久しぶりに通常の歌舞伎も観に行きたいな~と思っちゃいました。
 やっぱコレは「コクーン歌舞伎」であって、伝統的な歌舞伎とは【別もの】だなぁと。
 まぁそこが【良さ】であり、この企画の意味でもあるというわけでしょうね。
 
 テレビで勘三郎襲名公演のドキュメンタリーを見たことがあって、それで中村屋一門の人情味というか温ったかさを知っていたので、そこも垣間見れたのが楽しかった。
 また、実は私、アドリブの「申告いたします」の台詞が入ることを事前に知っていたのですが、ダーリンは知らなかったらしく、も~ウケるの何のって

 勘三郎や橋之助はもうお馴染みですが、私はヒソカにこれから勘太郎を贔屓にしようかな~と思っていて、今回は初めてナマで観るのを楽しみにして参りました。しかし、初ナマ勘太郎は、意外にも線が細かったな~。役も役だけれど、あんなに細いイメージの役者とは思わなかった。まだ若いからかな? いずれ機会があったら、彼の荒事も観てみないとね。
 七之助はコチラも初ナマ体験ですが、ちょっと固かったな。すご~く良いのに、まだ青い梅みたいで、肌がひんやりして、魂の一部に血が通ってない印象が残ってしまった。迷いでもあるのか? どこか危うさがあって、こんな才能のカタマリが、いつかどこかでポッキリ折れてしまうんではないかと心配になる感じ(かつての窪塚がそんな感じをもっていたよ、そういえば)。応援してるから、どうかまっすぐ育っておくれよ~。
 ちゃんと観たのはもしかして初めてかもしれない福助、面白かった~迫力あった~ あんま好みじゃないキャラクターなのに、ひきつけられたのは流石でした。

 これからせっせとおこづかい(へそくり?)を貯めて、今度は歌舞伎座に行こうっと

舞台「薮原検校」

2007年05月31日 | 舞台
 脚本:井上ひさし、演出:蜷川幸雄、主演:古田新太、というので、観に行きました。「薮原検校」。
 しかし、感想は・・

 何というか《脚本:井上ひさし、演出:蜷川幸雄、主演:古田新太》って作品だった・・(←そのまんまやん!)
 だって、正直それ以外に言いようがないんだもん

 異なった才能のぶつかり合いが醸しだす煙というか混沌の匂いというか雑味の腐臭というか、そういう何か下手するとぐちゃぐちゃになりそうだけれど上手く歯車が合うととんでもない高みにまで一挙に登りつめられるみたいな危うさやドキドキ感の面白さを期待していったのだけれど。その点は残念ながら肩透かしだったな。各々が手練のお三人、それを期待する方が間違ってたか・・ 
 それぞれの才能をいかんなく発揮していた、というのは間違いないことですけれど。

 そして私は「やっぱり井上ひさしは苦手だ・・」ってことも再認識しましたです・・。
 何でだろう? 彼の何が苦手なのかなぁ。今までに井上作品で「これはイケル!」と思ったものって無いんだよ。一般的にはこれだけ人気のある作家なのに、どこが良いのかよく分からない。かといって、自分にとってどういう部分が苦手なのかもハッキリしない。だから「別の作品に出会えば、印象が変わるかもしれない」とつい期待して、観たり読んだりしてしまう。これだけ人口に膾炙しているんだから、何か私の見逃している面白さがあるに違いないと思ってしまうわけですよ。
 おススメの井上ひさし作品がありましたらコメント欄で教えて下さ~い

「コリオレイナス」

2007年02月06日 | 舞台
 先日は、彩の国さいたま芸術劇場での公演、蜷川幸雄のシェイクスピア「コリオレイナス」を観て参りました。

 良かったです。

 この作品、何だかすご~く気に入りました。

 何でだろう、良い意味で《イヤにひっかかる》ところがなく、役者も音も光もうまく回っていた感じがした。そのため、素直に物語世界に没入でき、役者の熱をダイレクトに受け止めた気分になれたというか。
 多分、役者がベテラン揃いで、若い人にありがちなヘンな力みやクセの目立つ役がいなかったのが、一番のポイントだと思います。

 加えて、主役のコリオレイナスのキャラが。
 ・・いや~、全く浅学なため、シェイクスピア作品にこういうキャラクターがいらっしゃったとは知りませんでした。
 面白い人物じゃーありませんか、このヒト。
 「リア王」とか「ハムレット」とかにも負けず劣らずの、興味深い性格設定。もっと色々な役者が演じる 《コリオレイナス》 というキャラクターを観てみたい~と思いました。
 マザコンの単純アタマ野郎みたいに感じさせず、ヤな奴にもなりかねないのにとても魅力的に思わせたのは、今回この役を演じた唐沢寿明の実力でしょう。評価。

 楽しみにしていた吉田鋼太郎は期待を裏切らず大活躍でしたが、それを上回って大絶賛したいのが 勝村政信! 今回の舞台の熱気とテンションをここまで上昇させたのは、きっと彼の功績だ!と思いました。

 ダーリン評 「・・そろそろ勝村、主役で良いよね」

 うん。大舞台で勝村が主役の作品、観られる日を楽しみにしてる~

NODA・MAP「ロープ」

2007年01月29日 | 舞台
 ネタバレあるかも。
 これから観劇される方は、観た後でお読み下さい。

   

 さて、感想です。

 野田が、迷ってる。
 観終わった最初にそう思った。でもよくよく考えてみれば、むしろ私の方が知らないうちに違う場所にまで既に来てしまっていて、だから目の前に示された地図からはその先が辿れないだけなのかもしれない、とも思った。

 谷山浩子の「猫の森には帰れない」の意味が、実感として分かったような気がした。

 先に見た友人が「いつもの野田とは違う感じだから、あまり期待しない方がいいかも」と助言してくれていたので、期待少な目で行ったけれど、そういう意味でのガッカリはさほど感じなかった。まぁ、いつもの野田路線とそう外れてはいない気がした。

 むしろ、何か新しい気配を予感させたタマシイの人物設定が、こう・・つきぬけそうでいて最後に予定調和的にキレイなところへと収束していったのが、何かな。すごく惜しいような気がしたな・・。
 野田の描くヒロイン像って、すんでのところでヒュルッと《額縁》の中へ戻ってしまうようなところがある。触れられそうで触れられない、キラキラした幻体・・そう、かぐや姫とか人魚姫とかの持つ、人間の愚かさや汚さに涙しつつも決してそれらに動かされることのない、不思議な遠さがある。
 そういう部分が一番《近くまで》来て、体温を感じるくらい触れてきたのが私にとっては「パンドラの鐘」のヒロインで、あれは泣けたな~。多分、私の中ではいまだにあの作品がNODAベストだな。
 そっち路線からその先へ、できれば行って欲しいんだけど。その先が観たいのだけど。

 でも、その方向は、野田にとっては描きたい方向じゃないのかもね。

 ノブナガの藤原竜也(この子は、私はあまり好みじゃにゃーのだけど)が、軽々と新しい色を身につけていて、うーんコイツぅ、才能あるじゃないかぁ・・と認めないわけにはいかない。評価。
 あと、宇梶剛士も良かった~。

 ・・ま、何のかんの言っても、野田地図、また公演があればそのたびに駆けつけてしまうことでしょう。(チケットがとれれば

 さて、次の観劇は来月上旬、蜷川の「コリオレイナス」です。どんな《劇空間の美》が観られるか、楽しみです。

ベジャールの「ザ・カブキ」

2007年01月24日 | 舞台
 1月の半ばを過ぎてから来月の上旬まで、舞台だの飲み会だの、遊びの予定がいっぱいでーす
 ・・ま、たまにはこんな時期があってもいいデショ。

 昨日は、上野の東京文化会館大ホールで、モーリス・ベジャールのバレエ「ザ・カブキ」を観てまいりました。

 観たかったんだよー、この演目。
 なので、ダーリンをおいて ひとりで出かけました。

 感想は・・
行ってよかった~!
観てよかった~!

 「やっぱベジャールは天才!」と思いましたね。
 日本人ならともかく、なぜ日本人でないベジャールがこの物語の精神世界を的確に把握してそれを踊りで表現できるのか、不思議でたまりません。

 歌舞伎の題材でバレエ、という組み合わせなのに、全く違和感がなかった。たとえばマシュー・ボーンの「白鳥の湖」は、あれはあれなりに素晴らしかったけれども、どこかむず痒いような違和感がつきまとって離れなかった。同じバレエ、なのに。
 でも、「ザ・カブキ」は、観ながらつい「そーいえば最近、歌舞伎を観てないなぁ。折角東京に住んでいるんだし、今度は機会をみつけでぜひ歌舞伎座に行こうっと・・」と考えてしまったほどでした。

 ソリストの方たちの技術は文句なく素晴らしかったですけど、私は特にコール・ドの女性たちの、洗練され抑制の効いた動きに見惚れましたね~。
 それから、男性ダンサーたち! ・・最近はテレビでも街角でも、男性が踊っていると見ると、ダラダラしたコドモっぽい仕草か、力まかせだったり変にスカしたようなバラバラした動きばっかりが目に入ってきていた。なので、こんなにきちんと訓練を重ねた男性ダンサーが、こんなに大人数いるってことに、まず感動してしまったー。

 また踊りたくなったな。
 レッスン、再開しようかな・・・

鬼が笑う話

2006年10月21日 | 舞台
 NODA・MAPの新作「ロープ」のチケットがとれたよ~
 わーいわーい

 ・・と言っても、プレオーダーの抽選にはことごとく敗れ、最後の望みだった一般発売日の今日も、土日祝日は全て撃沈。年明け後の1月平日夜、しかもS席は取れずA席。 ・・まぁ。観れないよりゃマシだけどさ。

 こういう時に、皆はどうやってオーダーするのかなぁ。上手く希望を叶える方法って無いものでしょうかね。

 年明けの1月から2月にかけては、楽しみがイッパイです。野田が今日取れたし、ダーリンを初さだまさしに連れて行く予定もある。以前から興味のあったベジャール作品を東京バレエ団で観るのは一人で行くけど、そのあとダーリンには蜷川をおごってもらうんだ~♪

 もちろん年内これからの秋冬も、映画で楽しみなものが多い。「武士の一文」や日米両方の硫黄島モノの公開が待ち遠しいし、実は「天使の卵」も気になってる。まだ観ていない「明日の記憶」も上映会があるので観に行くつもり。

 テレビもね。今夜から3回のNHK土曜ドラマ「魂萌え!」惹かれるなぁ、高畑淳子の全力芝居が観られると思うと。すっごくワクワクする。
 だけど「容疑者 室井慎次」も観たいしなぁ・・。

 ビデオデッキを壊れっぱなしにしておくと、こういう日だけは後悔するねぃ・・。
 

タイタス・アンドロニカス

2006年04月22日 | 舞台
 昨夜は、彩の国さいたま芸術劇場で上演された蜷川幸雄のシェークスピア作品「タイタス・アンドロニカス」を観てきました。

 チケットを買ったのは発売開始から数日たった後で、都合の合う日が限られていたため「えーい席が取れればいいや」みたいな気分でバタバタ購入したので意識してませんでしたが、昨夜って全公演の初日だったんですね。
 プロの舞台の、初日。あまり観ないものを観てしまいました。

 ・・初日ってねー。
 何というか、役者自身も演じながら感動するんだよね。稽古で何十回も何百回も喋ってきたはずの慣れた台詞が、まるで初めてのように新鮮に耳に飛び込んできて、心が震える。それで、役者自身の、本当にナマのピカピカの心がお客さんの前に差し出される。この新鮮な感じは初日しか味わえない。
 でも反面それは、一歩間違えば紅潮した上滑りに終わる危険性も孕んでいる。
 アマチュア劇団とかタレントの個性を楽しむ作品ならそれも逃しがたい魅力だけれど、私は、プロの舞台を見に行くときはなるべく上演期間の後半を狙う。同じお金を払うなら《プロの仕事》ってやつをじっくり観せていただきたい派だから。

 そういう意味で、初日だったのはわたし的には「ちょっとシマッタ、外したかな・・」だったです。よかったけど。やっぱシェークスピアなんで、台詞が少しでもフワフワしちゃうと、現代劇以上に遊離しちゃって、難しい。まぁ、内容が陰惨な悲劇なので、引いて観られた方がかえってエッセンスが心に残るって言えなくもないが。若い役者さんたちの全力投球は好ましかったけど、やっぱ年代が上の方たちの落ち着いた演技が全体を引き締めていたというか。つか・・ファンの方にはスミマセン、私はエアロン役の小栗クン、だめでした・・「俺イケてるぜ」な若さが、一人かみあってなくて・・決して悪くはないんですが、ゴメン、もうちょっといろんな意味で《こなれて》くれないかな・・
 そういう意味でも、初日でなければもっと良い評価ができたと思います。公演回数を重ねればどんどん良くなっていく予感は充分にあります。

 ビジュアル的には文句無しです、白い舞台に色が映えて。衣装も装置も美しくて見ごたえがあります。舞台の真ん中に置かれた、ローマの始祖である有名なロムルスとレムスの像が意味するものが、無言のうちに舞台から沁みだし流れ出てくるのが圧巻。正統派の重厚な舞台、ですね。
 麻実れいが、すごく楽しそうに演じていた。タモーラって役は女優にとってやりがいのある役だよね。
 そうそう、客席に高橋惠子が観にきていた。同じ女優として、役者魂が刺激されたんではないか・・と、勝手にライバル物語を作ってみたりして

 ・・それにしても、こういう正統派な舞台なら右に出るものがいない蜷川なのに、どーして野田の脚本を演りたがるのだろう・・? それだけ野田のホン自体に力があるからなんだろうけど、文字がみんな野田のあの声でしゃべっちゃうから、それに気をとられて蜷川ワールドに集中できない、それがかえってもったいない気がするなぁ、私は。蜷川自身にとってはそれがチャレンジなのかな?


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リバーダンス

2005年10月25日 | 舞台
 昨日は、リバーダンスを観ました。

 これは、舞台芸術という枠内の感動よりも、《祝祭の高揚》の方により重点のある観劇体験かな。

 連想したのは、過去にツアーで行った「阿波踊り」見物と、「おわら風の盆」見物でした。
 前者では、観客席でおとなしく見物しながらも「踊るあほうに観るあほう、同じあほなら・・」という誘い文句をつくづく実感。(お、踊りたい・・ムズムズ)
 後者では、ちょっとためらったけど、駅前広場で観光客向けにやっていた「踊り体験教室」に参加しました。恥ずかしかったし、ちっとも上手く踊れなかったけど、それでも町の人と一緒に踊れてすごく充実感があったし、親近感も湧いて、参加してよかったと満足しました。

 アイリッシュダンスなんてもちろん踊れないけど、でも一緒に拍手し足踏みし体を動かしたいという衝動が湧いてくる・・《誘い込まれる》舞台でした。
 たとえば黒人霊歌のように、和太鼓や《よさこい》のように。魂に寄り添うように存在するこういう芸術のもつパワーって、共通してるんだなぁと思いました。
 

舞台根性

2005年06月27日 | 舞台
 「Musical Baton」のエントリーの記述の中に、疑問を感じた方がいたかもしれません。
 カーペンターズと同じ舞台に立ち損ねた話で、子供の私が考えていたことについて。
 「ハテ?4,5年生くらいの子供が、『大人びた6年生より私たち低学年を使った方が舞台映えして効果的』なんて発想、するか?」「本番に出られなくて、『6年生、うらやましい~』ってだけの話じゃないの?」って。

 でも、本当なんです。私は『舞台効果』を考えた。演出家の視点で状況を見ていた。
 そして、同様の発想をした子は他に何人もいたのです。

 ご存知の方も多いと思いますが、舞台というのはとても危険な場所。袖の暗闇の中には大道具や装置、レバー、幕などがドカドカとむき出しで並んでいて、ガキんちょが浮かれてふざけたりしたら、大袈裟でなく、命の危険がある。
 そこを仕切っているのは職人の世界。子供だろうがシロウトだろうが容赦なく罵声が飛び、裏方さんがヘソ曲げたら幕は上がらない。

 だから私たち子供は、舞台に関わるにあたってまず、舞台根性を叩き込まれました。行儀良く、指示を守ってつべこべ言わない、すばやく、しかし独断では動かない、数手先を自分で考え、できることは準備しておく・・

 そして「裏方に支えられて舞台にあがる以上、子供だろうが経験がなかろうが、君達はプロなんだ」と教えられました。
 私たち子供は皆、指導の先生の言葉に顔を輝かせた・・

 黙々と仕事をこなす沢山の人に支えられて、光り輝く表舞台が、闇からくっきりと区切られて目の前に広がる・・その先に、賛辞と花束と拍手が待っている。

 神聖な異空間。

 そこは決して『自分のためだけに』ある空間ではない。わがままや私情、身勝手が、ゆるされてよい場所ではない。
 その奮えるような誇らしさ、敬虔な気持ち、感謝と責任感は、胸にしっかり刻まれていました。

 だから『思い出作り』などという《身勝手なわがまま》を理由に出演者を決めた保護者たちは、プロ根性をもった子供たちの目には『つまんないことを考える』人たちにしか見えなかった。

 良い指導者や教育者の下では、子供はあっという間にプロになる。精神的にも大人びる。

 逆に言えば、子供をダメにするのは、私情や願望を押しつけ、子供をお人形扱いする、思い入れタップリな大人たち。

 『舞台が魔物』なのではない。ドロドロした大人の欲望と都合が神聖な空間に侵入し、楽神(ミューズ)の使徒たる子供たちの心を、内側から浸食してゆく。

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