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風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

ひとの人生を勝手に決めてはいけませんっ!(『ゆっくりゆうやけ』第275話)

2015年01月30日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 アニメちゃんが僕のアシスタントをしていた頃の話。アニメちゃんは日本語が上手な広東人の女の子だ。
「野鶴さん、大変ですぅ」
 アニメちゃんから電話があった。
「えっ、どうしたの?」
 大変と言われて僕はどきりとしてしまった。僕はてっきりまたトラブルが発生したのかと思った。中国ではごく当たり前にトラブルが起きる。大陸気質の中国人はおおらかすぎて、日本人みたいにトラブルが起きないようにしようと神経質になったりしないから。
「さっき総務の人から書類をもらいましたぁ」
「なんだ。びっくりするじゃないか。なんの書類なの?」
 トラブルじゃないとわかって僕はほっと胸をなでおろした。
「労働契約延長の意思確認書ですぅ。総務の人は今日中にサインして出してくださいって言ってますぅ。野鶴さんはいつ会社へ戻りますか?」
 労働契約更新の時期だった。今勤めているところは基本的に重大な過失がない限り契約を延長してくれる。ただ、もちろん、会社はその前に従業員にその意思を確認する。意思確認書にサインしてから契約更新手続きへ進むことになっている。
「困るなあ。今日はこれからお客さんの訪問が二件あって会社へは戻れないよ。事務所へ戻ったとしても早くて夜の七時半くらいになっちゃうよ。そんな遅い時間だったら総務の人も帰ってるだろ」
 中国ではありがちなのだけど、その日に書類が回ってきて、その日のうちに提出せよという。お尻に火がつかないと仕事をしないのが中国流だ。きっと総務の担当者は「あ、やばい、今日中に意思確認書を集めなくっちゃ」と朝気づいて、各部署へ書類を渡したのだろう。そんな大事な書類は前もって渡してくれないと困るのだけど。考える時間が欲しい人だっているだろうし。
「アニメちゃん、明日の朝、サインして渡すって総務の人に言っておいてよ」
 僕が言うと、
「でもでもぉ、総務の人は今日中に提出するようにって言ってますぅ」
 とアニメちゃんは困った声を出す。
「これからお客さんと打ち合わせだから、後でまた電話するよ」
 僕は電話を切った。
 中国の会社は総務や財務の権限がやたらと強い。アニメちゃんもそうだったけど、中国人のスタッフはみな総務や財務に対しては腰が低い。なんでも、中国流の考えでは総務や財務は会社全体を管理する部署だから地位が高いのだとか。それで同じ一般職員でも総務や財務のほうが格上になるのだそうだ。そのあたりは日本とは考え方が違う。日本でも会社によってどの部署が強いのかは様々なのだろうけど。
「どうだった? あの書類だけどさ、明日の朝でいいだろ」
 顧客訪問を終えて僕は移動の合間にアニメちゃんへ電話を掛けた。
「もう大丈夫ですぅ。野鶴さん安心してください」
 アニメちゃんは明るい声をしていた。
「わかった。ありがとう。明日の朝いちばんでサインするよ」
「サインしなくてもいいですぅ。もう意思確認書は提出しましたぁ」
「えっ? 僕はまだなにも書いていないけど。書類に目も通していないし」
「わたしが野鶴さんの代わりにサインして出しておきましたぁ」
「ええっ! あなたが僕の名前をサインしたの?!」
 僕は声が裏返りそうになった。
「そうですぅ。野鶴さんは来年もこの会社で働きま~す」
 アニメちゃんは僕の翌年の勤務先を高らかに宣言する。楽しそうだ。
「あのなあ、ひとの人生を勝手に決めるんじゃないよっ」
「でもでもぉ、総務の人は今日中に提出しなければ労働契約は延長できないと言っていましたぁ」
「僕の書類なんだから、僕が自分でサインしないとおかしいだろ」
「野鶴さんが社員じゃなくなったら困るじゃないですかぁ。わたしたちはどうすればいいんですか」
 ――やれやれ。さっきアニメちゃんが「安心してください」と言ったのは自分が安心したという意味なんだな。そりゃ、上司が代わるってなったら不安だろうけどさ。
 僕は心のなかで思った。
「僕のかわりなんていくらでもいるよ。延長できないんだったら、僕はまた放浪の旅に出るよ」
「困りますぅ。それに総務の人が、野鶴さんが事務所へ戻れないのならアニメが代わりにサインして提出しなさいって言ったんですよぉ」
「総務がそう言ったのか。まったく」
 もともとサインするつもりだったからかまわないのだけど、それにしても僕の意思を確認するくらいのことはしてくれていいだろう。勝手に延長するものと決めてかかってサインしてしまうなんてひどすぎる。それがおかしいことだと思わないのも中国流なのだけど。そもそも他人の名前をサインしたら、そんな書類は無効じゃないか。
 中国で働いてみて、日本では経験できないことをいろいろ味わった。中国人には逆立ちしても勝てない。勝てないというのは、アンコントローラブルという意味だ。今となってはいい思い出だけどさ。
 

(2013年12月9日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第275話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


存在論的な治癒(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第272話)

2015年01月28日 15時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 小説を読むのも、小説を書くのも、自分という存在を治癒するためにやっていることなのだろうなという気がする。
 物語を読むこと、そして、それだけでは物足りないから、自分でもつたない物語を綴り、そうしてなんとか自分の魂をなにかにフィットさせようとしているのだろう。面白い小説を読めば、自分の心が洗われたり、こんな考え方もあったのかと気づかされたり、深く考えさせられたりする。小説を書けば、どうやって文章にすればいいのだろうと考えているうちに、自分の考えがまとまってくる。自分なりにうまく書けたなと思うときは、心がすっきりする。
 日常生活のなかでは、生活の糧を得るために、あるいは己の欲望を満たすために日々躓く。自分ではごくありきたりに生きているつもりでも、自分の心に深く問いかけてみれば、ささいな悪や罪を積み重ねている。「すべては金のため」だとか「楽しければそれでいい」などと割り切れば楽なのかもしれないけど、そうもいかない。若いうちはそれでもいいのだけれど、そんなふうな考えを長年続けていると、そのうち心が狂ってしまう。そんな人を何人も見てきた。なんの考えもなしに流されてしまうと、どうしてもそうなってしまうものなのかもしれない。悲しいことだと思う。やはり、人間として生かされてあるのだから、人間性を捨てるわけにはいかない。
 小説を読んだり書いたりして、傷ついた心をなだめ、心に沁みこんだ毒を抜き、心が狂ってしまわないようにしているのだろう。読書も執筆も、存在論的な治癒行為なのだろう。



(2013年11月30日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第272話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

白酒(バイジュウ)怖い(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第271話)

2015年01月27日 09時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国の白酒(バイジュウ)はアルコール度数が五十度を越える。
 蒸留酒なので作り方は日本の焼酎とだいたい同じなのだけど、白酒は独特の甘い香りがする。
 ひと口に白酒といってもピンきりなのだけど、高い白酒は口当たりがよくておいしい。もっとも僕は酒に弱いのであんまり飲めないのだけど。おちょこで何杯か飲んでいるうちに、急に眠気が襲ってきてダウンしてしまう。記憶が飛んでしまい、どうやって帰ったのかわからないことも何度かあった。タクシーに道端で何度も止まってもらい何度も吐きながらほうほうのていで帰ったこともある。
 普段、白酒ばかり飲んでいる中国人に日本酒や日本の焼酎をお土産にして渡してもあまり喜ばれない。彼らにしてみれば度数が低すぎて酒を飲んでいる気分がしないのだ。
 ところでちょっと怖い話を聞いた。
 なんでも、中国に住んでいる日本人の死因の約四〇%はこの白酒が原因なのだとか。
 中国人の宴会に参加すれば、決まって白酒の乾杯が始まる。文字通り一気に杯を干す。お猪口でやるのが基本だけど、これが延々と続くものだから、白酒を飲み慣れない日本人は急性アルコール中毒になってやられてしまうのだ。お酒の強い人は平気だろうし白酒で大いに楽しめばいいのだけど、お酒に弱い人は気をつけたほうがいいかもしれない。
 白酒(バイジュウ)怖い。


(2013年11月21日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第271話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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一人っ子政策について(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第269話)

2015年01月23日 08時45分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国は子供を一人しか産んではいけないという一人っ子政策をとっている。これは一九七九年から始まった。
 ただし、中国の全夫婦が一人しか子供を持てないというわけではない。一人っ子政策は基本的に都会に限られていて、農村では二人産んでもいい。また、少数民族のなかには三人まで認められている民族や対象外の民族もある。
 都会の子はだいたい一人っ子なのだけど、とはいえ、漢族でも三人以上兄弟がいる人もけっこういたりする。たとえば、初代アシスタントのアニメちゃんは四人兄弟の二番目だし、二代目アシスタントのおっとりちゃんは三人兄弟の真ん中だ。
 規定以上の子供を戸籍に登録しようとすれば高額の罰金を取られる。おっとりちゃんの地元ではもし今三人目の子供を戸籍登録しようとすれば四万元(約六十五万円)の罰金だそうだ。それでも子供が多いほうがいいから、農村では高額な罰金を払ってでもたくさん子供を作る夫婦がわりといるのだとか。
 ただ、親が戸籍登録しない子供もたくさんいて、そんな子供はもちろん学校へ行くことができない。戸籍登録していない子供は「黒子(孩子)」と呼ばれ、社会問題にもなっている。一説によると中国では戸籍登録していない人が二億人以上いるのだとか。二億人といえば日本の総人口よりはるかに多い。さすが中国、二億人も戸籍登録していないなんてスケールが桁違いに大きいというべきか。
 黒子の問題があるとはいえ、それでも一人っ子政策を三十年以上続けたおかげで中国の人口増加はずいぶん抑制できた。一人っ子政策を実施しなければ今頃とっくに二十億人近くになっていたかもしれない。
 ただし、一人っ子政策の副作用として、人口ピラミッドの構成がとてもいびつになってしまった。高齢化が日本以上に急速に進み、老人の比率がどんどん高くなっている。また、子供の数が減ったために数年先には労働人口が減少し始めるという説もある。いずれにしても少ない人数で高齢者の生活を支えなければいけなくなるので現役世代の負担が大きくなってしまう。高齢化と労働人口の減少は中国にとっては大きな課題だ。
 そこで政府は一人っ子政策の規制を緩和し始めた。今までも段階的に緩和されてきたのだけど、今年あたりから夫婦のどちらかが一人っ子だった場合、子供が二人持てるようになるようだ。二人目を産む都会の夫婦が増えるだろう。
 もっとも、正式の統計で十三億人(二〇一〇年)、黒子を合わせれば十五億人いるだろうと言われている中国の人口そのものが膨大すぎる。たとえ中国の人口が半分に減ったとしてもまだ七億人以上いるわけだから、もうしばらく一人っ子政策を続けてもよさそうな気もするのだが。




(2013年11月16日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第269話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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厄除けの赤い下着(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第267話)

2015年01月21日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国では自分の干支の年が厄年となる。
 どういう理屈でそうなるのかはわからないけど、十二歳、二十四歳、三十六歳、四十八歳、六十歳、七十二歳――と厄年が巡ってくることになる。
 一部の人は赤い下着をつけると厄除けになると信じていて、厄年の間はずっと赤い下着を着用している。ただし、三百六十五日毎日、赤い下着を着続けなればならない。一度でもほかの色の下着を着れば、ほかの色にしたとたんに悪霊が襲ってきて、厄除けの意味がなくなってしまうのだそうだ。恐ろしい。中国のスーパーには真っ赤な下着がわりと置いてあるから、けっこう売れているんだろうな。
 でも、よく考えてみれば、自分の干支が厄年だということは、生まれた年も厄年だ。生まれてきたことがそもそも厄なのか?




(2013年11月9日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第267話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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茶餐庁の愉しみ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第265話)

2014年12月22日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 
 広州にはあちらこちらに茶餐庁(チャーツァンティン)と呼ばれるファミレスのような店がある。「庁」と書くけど、警視庁や海上保安庁といったお役所ではないので念のため。「庁」はここでは広間やホールといった意味だ。茶餐庁はつまり、お茶や食事をする広間ということだ。
 茶餐庁はもともと香港で始まったそうで、広東料理、西洋料理、それに紅茶やコーヒーといった飲み物を出す。メニューが豊富だし、定食のセットメニューもいろいろあるのでちょいちょい利用している。
 お皿のうえに御飯を盛り、そのうえに蒸し鶏の切り身と鴨の切り身を並べた「双拼飯(シュワン・ピン・ファン)」がおいしい。鴨の肉汁がしみた御飯がいい。とはいえ、鴨だけだと脂っこいのであっさりした蒸し鶏をあわせて食べる。もっとも、これは広東の名物料理なので茶餐庁以外でも食べられるのだけど。
「福建炒飯」もときどき注文する。チャーハンのうえに具入りあんかけをのせたものだ。具の中身は店によって違うのだけど、個人的には小エビの入ったのが好きだ。
 広州の茶餐庁は香港とは違って西洋料理をしっかり作れないからどうしても西洋料理もどきになってしまうのだけど、中華に飽きたときはグラタンもどきなども頼んだりしている。ひと口にグラタンといってもチーズ系のものやほかのソースのものもある。なかにはソースの味が中華なのか西洋なのかよくわからないものもあるけど、それはそれでおいしい。無国籍料理を食べているのだと思うようにしている。
 セットメニューにはスープか飲み物がついていて、地元の人はたいてい各種漢方薬の入った中華スープを頼む。スパゲティと漢方薬入り中華スープのセットは、傍目から見ると変な取り合わせだなと思うのだけど、広東人は食事の前にまず漢方薬入りスープを飲むのが習慣だから、スパゲティでも漢方薬入り中華スープを注文するのが当たり前だと思っているようだ。取り合わせはその地方によって違うから、その人がおいしいと思う取り合わせで食べればいい。僕は、お好み焼きをおかずにして御飯を食べていて人に変だと言われたことがある。子供の頃からずっとそうしてきたから僕にとっては当たり前のことなのだけど、そんな習慣のない人たちからすれば妙に映るのだろう。ただ、茶餐庁で西洋料理系のものを注文する時は、僕は無難にレモンティーなどを頼むようにしている。スパゲティに漢方薬入りスープだといまいち気分が乗らないから。
 飲み物のメニューのなかには「鴛鴦(おしどり)」と書くものがある。コーヒーと紅茶を半分ずつ入れて混ぜ合わせたものだ。コーヒーと紅茶が仲良く同居しているから「鴛鴦(おしどり)」というネーミングになったのだろう。興味本位で一度頼んでみたのだけど、なんとも不思議な味だった。飲めないことはないのだけれど……。
 先日、行きつけの茶餐庁を出たら、目の前に西洋人のきれいなお姉さんが歩いていた。背がすらりと高くて百八十センチくらいありそうだ。モデルみたいなスタイルをしていて、亜麻色の長い髪がとてもきれいだ。
 ――かわいいやん!。
 僕の胸にはハートマークがぽこぽこ浮かんできた。
 彼女はあたりをきょろきょろと見回しながらゆっくり歩く。首を振るたびに長い髪がさらりと揺れる。その揺れ具合が僕の心をくすぐる。もうちょっとこっちを向いてくれへんかなあ、なんて思う。
 ――おっと忘れるところだった。
 僕ははっとして踵を返した。
 パン屋へ行って明日の朝食を買わなくてはいけないのだった。もうすこしでストーカーになるところだった。





(2013年10月27日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第265話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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トイレで眠りますぅ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第261話)

2014年12月08日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 元アシスタントのアニメちゃんに晩御飯をごちそうになった。
あんまり高いものを奢らせてはかわいそうなので、リーズナブルでおいしい飲茶店へ行くことにした。地元の人に人気の店で予約をしないとまず入れない。
 久しぶりに会ったアニメちゃんはすこぶる元気そうだ。飲茶をしながらしばらくおたがに近況報告を交わした後、
「今の職場はどうだ?」
 と訊いてみた。
「眠いですぅ」
 アニメちゃんはアニメ声でのたまう。
 なんでも昼の休憩時間が四十五分しかないので、昼寝する時間がないのだそうだ。ちなみに、中国人は昼寝する。僕の勤め先でも御飯を食べた後、ほとんどの中国人は机に突っ伏して眠る。僕も中国へきてから昼寝の習慣がついてしまった。
「昼寝できないから、午後はトイレの個室へ行って眠りますぅ」
「おいおい、せっかくいい会社へ入って高給取りになったんだから、がんばれよ。それにあの会社だったら厳しいだろうし、いろいろ仕事があってかなり忙しいだろ」
「わたしはまだ入って二か月だから仕事もよくわからなくて勉強中なんです。仕事しようにもわからないことだらけです。もう眠くてねむくて」
「そりゃそうかもしれないけどさ。仕事もないのにずっと席にいなかったら不審に思われるぞ」
「そうなんですぅ。日本人の部長さんがアニメちゃんは暇そうだから、手伝ってもらいたい仕事があるというんです。それで日本人の課長さんになんでもいいから自分で仕事を見つけて忙しくしていなさいと言われました」
「そうだろう。ぶらぶらしていたら、誰もやりたがらない面倒な仕事を押しつけられちゃうぞ。あとで困るのは自分だぞ」
「でもでもぉ、眠いものは眠いですぅ」
「だめだこりゃ」
 彼女のゆるさは一生変わらないんだろうな。本人がしあわせならそれでいいんだけど、広東人はのんびりしているんだよなあ。
 彼氏はまだできないらしい。
「誰か紹介しようか。どんな男がいいんだ」
 僕が訊くと、
「イケメンで、背が高くて、痩せていて、魅力にあふれていて、やさしくて包容力がある人がいいです。お金はふつうでいいから、とにかく格好よくないと絶対にだめです」
 と、アニメちゃんは夢見る少女みたいなことをいう。
「アニメの見すぎだよ。そんなやつどこにいるんだ。条件はひとつにしなさい」
「気品のある人!」
「気品ねえ」
 僕は腕を組んだ。なかなかむつかしい注文だ。
「わたしのまわりにはそんな人はいません。わたしはヨーロッパへ行って気品のある人を探しますぅ」
「なんでヨーロッパなんだ!?」
 そんなこんなで二時間ほど楽しく飲茶をしてわかれた。
 ともかく元気そうでよかったよ。







(2013年10月15日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第261話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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そんなんできないもーん(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第256話)

2014年10月26日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 勤め先には毎月一回、各部署の経理(日本でいえば課長)以上が集まる全体会議がある。こういう会議は退屈なのだけど、仕事だから出なくてはいけない。課長クラスはだいたい中国人だから、会議は中国語で行なわれる。
 ある時、未回収金を巡ってある営業部署の主計経理の女の子と財務部の経理の女の子が口論を始めた。その営業部署は長期間回収できない売掛金が多くて前から問題になっていた。そこで、その営業部署の会計を司る主計経理はその未回収金を財務部に回収させようとしたのだ。
「長期間回収できないでいる未回収金は手間がかかるし、わたしたちの部署では手に負えません。だから、ぜひ財務部で回収してください」
 主計経理はあっけらかんと言う。
 ――財務部は入金と出金を確認する部署であって、売掛金を回収する部署ではないんだけどなあ。
 僕は困った議論が始まったなと心のなかで思った。こんな発言を聞いて泡を食ったのが財務部の経理だ。
「売掛金は営業部署が回収するものです。財務部はアドバイスと協力はもちろんしますが、回収は営業部署で行なってください」
 財務の経理の主張は筋が通っている。その通りだ。売掛金を回収するまでが営業の仕事なのだから。
「だって、できなものはできないんです。なんど催促しても払ってくれないんですから。財務で回収したほうが手っ取り早いし確実だと思います。そのほうが会社のためにもなるのではないでしょうか」
 営業部署の主計経理は朗らかに言う。
 ――おいおい、これじゃ責任放棄じゃないか。
 主計経理の発言は、自分たちには自分たちの任務を遂行する能力がありません、わたしたちは無能です、と認めているようなものだ。でも、主計経理の彼女はそんなことには気づいていないようだ。
 日本でもそうかもしれないけど、中国では自分たちの部署で工夫してなんとか仕事を片付けないといけないのに、すぐにバンザイをしてしまって、自分たちの仕事をよそへ押し付けようとする傾向が強い。そこらじゅうに落とし穴と地雷がある。気をつけなくてはいけない。財務部の経理は自分たちの仕事でないものを押し付けられてはたまったものではないとヒートアップする。
「だから、未回収金の回収はあなたたちの仕事でしょ」
「だって、そんなんできないんだもーん」
 二人はおたがいに早口でまくし立てて口論を始めた。僕は早口の中国語を聞き取っているうちに疲れて頭がぼんやりしてきた。十分経っても口論は終わらない。二人とも同じことを延々と言い合っている。おたがいに言いたいことを言いっ放すだけで、長期間の未回収金がたくさんあるという比較的重大な問題はいっこうに解決する方向へ向かわない。
 ――これで会社の経営が成り立つんだもんな。のどかだよなあ。
 僕は腕を組んでぐっすり眠った。
 




(2013年9月20日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第256話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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悲しきビーメラ星 ~『宇宙戦艦ヤマト』から(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第250話)

2014年09月01日 16時00分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
※『宇宙戦艦ヤマト』第十六話『ビーメラ星、地下牢の死刑囚!!』と『宇宙戦艦ヤマト2199』第十六話『未来への選択』のネタバレを含みます。ご注意ください。

 

『宇宙戦艦ヤマト』のなかでは地味なエピソードだけど、子供の頃から第十六話『ビーメラ星、地下牢の死刑囚!!』が好きだった。なかなか奥の深い話だ。

 ビーメラ星には昆虫の形をしたヒューマノイドの知的生命体が住んでいる。ビーメラ星人はどうも蜂から進化した生命体のようで、女性は女王がひとりいるだけであとはみんな男だ。技術的なレベルは数千年前の地球文明程度といったところだろうか。
 このビーメラ星はガミラスの属国だ。属国の悲しさで、五百日毎にビーメラ星人の体から搾り取ったローヤルゼリー(ビーメラ星人の体にはローヤルゼリーがたくさん含まれている!)をガミラスへ貢物として収めなくてはならない。ビーメラ星人が同胞をつぼ型の大きな碾(ひ)き臼のなかへ突き落とし、その体を挽き潰してローヤルゼリーを搾り取るシーンが描かれていた。挽かれる人たちの叫び声が響き、壷からどろっとしたローヤルゼリーが出てくる。なんとも悲惨な光景だった。
 この星に調査に出かけた森雪とアナライザーがビーメラ星人に捕らえられ、殺されようとしていたちょうどその時、ガミラスの輸送艦がローヤルゼリーを受け取るためにやってきた。
 ビーメラ星人は広場で音楽を鳴らして輸送艦を歓迎する。だが、ひとりの老人がガミラスを追い払えと立ち上がった。ビーメラは我々のものであってガミラスのものではないと。民衆も老人に同調して、ガミラスを追い払えと騒動になる。
 老人は、おそらくガミラスから供与されたと思われるビーム砲でガミラスの輸送艦を撃ち落すよう女王に迫る。女王はしかたなくビーム砲を操作するのだが、脂汗を流した女王はビーム砲をくるりとまわし、独立運動のために立ち上がった老人へ向けてビームを発射して撃ち殺す。
 ガミラスを裏切らずにすんだと女王がほっとひと息ついたのも束の間、ビーメラ星に到着した輸送艦は爆発してしまった。実は、ビーメラ星の到着前、輸送船はヤマト艦載機(ブラックタイガー)の攻撃を受け、なんとか逃れたもののビーメラ星に着陸した時にはもう爆発寸前になっていたのだ。再び立ち上がった民衆は女王へ襲いかかり、女王の親衛隊と乱闘になった。その結末は描かれていないけど、たぶん民衆が勝ったのだろう。

 このエピソードには帝国の属国になった国の政治の有り様がコンパクトにまとめられている。
 属国の支配者は帝国の力を背景にして民衆を支配する。属国の支配者の権力は帝国から与えられたものだ。ビーメラ星の女王はガミラスからビーメラ星の技術水準をはるかに越える武器や通信機器を与えられ、その力をもって民衆を制している。
 性質の悪いことに、属国の支配者は自らの権力を維持するために同胞を殺してまでも帝国へ貢物を捧げようとする。帝国への忠誠を証明して権力を維持するため、そうして己の富と命を守るため、属国の支配者は同胞を搾取する側にまわるのだ。ビーメラ星ではビーメラ星人を殺してその体からローヤルゼリーを搾り取っていたけど、現実の世界では民衆に重税を課したり、ろくな賃金を払わなかったりとあの手この手で同胞に食うや食わずの生活をさせる。
 政治の重点が自分たちの暮らしをよくするためにではなく、帝国の言い成りになって貢物を捧げることに置かれるのでは、民衆はたまったものではない。属国の民衆が立ち上がって、政治指導者に帝国の傀儡になるのはやめて自分たちの味方をせよと迫るのは当然のことだ。
 しかし、残念ながら属国の犬となった支配者が同胞のためになにかをすることはごく稀だ。属国の支配者は己の権力と富と命のことしか考えていない。民族独立運動が広がってしまっては己の権力が維持できなくなってしまい、富と命も失ってしまう。ビーメラ星の老人を殺してしまったように、属国の支配者は民族独立運動の指導者たちを圧殺する側に回る。属国の支配者にとって重要なのは権力の拠り所であって、自国の民衆ではない。悲しいかなそれが現実だ。
 ビーメラ星の有り様は世界の様々な国の政治状況にあてはまる。日本もその例外ではない。

 リメイク版の『宇宙戦艦ヤマト2199』ではビーメラ星人は絶滅してもういないことになっていて、オリジナル版とはまったく違う話になっていた。残念だなと思う。中身のあるいいエピソードなのだから、ぜひそのまま残しておいてほしかった。もちろん、僕が幼稚園の頃に観た時は残酷でもの悲しい話だなと思っただけだったけど、大人になってからそうだったのかとわかることもある。社会派のエピソードも子供心に響くものがあるのだから。





(2013年8月21日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第250話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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自慢ばっかり(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第247話)

2014年08月27日 08時30分30秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
  
 中国人の友人と食事をしながらテレビのニュースを観ていた。
 中央電視台(国営放送)のニュースは、中国の経済成長率は合理的な範囲であるだとか、建築資産は今年何十億元増えただとか、経済成長が依然として好調であるというプロパガンダを次から次へと流す。
「自慢ばっかり」
 中国人の友人はぽつりとつぶやいた。
「経済がいくらよくなっても、上の人たちばかり儲かって下の人は貧乏なままです」
 経済成長が続く中国では徐々に中間層が増えている。だが、大部分の人たちの賃金はなかなかあがらず、賃金の上昇幅よりも物価の上昇幅のほうが大きいためにむしろ生活が苦しくなる人のほうが多い。友人は貧しい農村の出身なのでとりわけそう感じるのだろう。
 日本でも景気が上向いたと「自慢ばっかり」のニュースがよく流れているようだけど、どれだけの人々の暮らしがよくなったのだろう?




(2013年7月27日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第247話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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