仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

隠し剣 鬼の爪

2018年11月20日 | ムービー
『隠し剣 鬼の爪』(2004年/山田洋次監督)を見た。
物語は、「東北の小藩・海坂藩の平侍・片桐宗蔵(永瀬正敏)は、母・吟(倍賞千恵子)、妹・志乃(田畑智子)と貧しくはあるが笑顔の絶えない日々を送っていた。しかし、母が亡くなり、志乃は親友・島田左門(吉岡秀隆)のところへ嫁いでいった。16歳の時から妹のように可愛がっていた女中のきえ(松たか子)も商家に嫁ぎ、家の中は火が消えたように静かになった。三年後、降りしきる雪の中、町で偶然見掛けたきえに声を掛けた片桐は、まるで病人のように痩せた様子が気になった。"きえは幸せだか?旦那さんは大事にしてくれているか?"と聞くと、きえは涙を流したのだ。母の三回忌の法事を執り行った日、きえが嫁ぎ先の伊勢屋で酷い扱いを受けて寝込んでいることを知った片桐は・・・」という内容。
島田と一緒にきえの嫁ぎ先・油問屋の伊勢屋を訪ねた片桐は、陽の当たらない階段下の板の間に寝かされているきえを見て愕然とし、亭主に離縁状を書いておけと言って、きえを連れて帰った。
「寝てばかりいて何の役にも立たない嫁だ」と言い捨てるこの伊勢屋の姑(光本幸子)がただ者じゃない。
ちゃんと出入りの医者にみせていると言ってはいたが、島田家の取引先の番頭の話では、二ヶ月寝込んでいるがお金惜しさから医者にはみせてなく、実家の父親が見舞いに行っても我が家の嫁だからと門前払いだったとのことらしい。
奉公人に対して厳しい言葉で話しているようにも聞こえていたが、外面は立派でもその人間性は最悪のようだった。
この時代は幕末で、海坂藩には江戸から砲術の教官(松田洋治)が赴任してきていたが、海坂藩が主力としている火縄銃はすでに時代遅れ。
最新式のアームストロング砲一門と火縄銃500丁が同等の値段らしいが、時代遅れなのは武器だけではなくて、考え方も時代に着いて行けてない様子だった。
文久元(1861)年、海坂藩江戸屋敷で謀反が発覚し、幕府に知られるのを恐れた藩は関係者を隠密裏に処分したのだが、この藩の指揮を取った家老・堀将監(緒形拳)が、これまた酷い奴。
大目付・甲田(小林稔侍)と一緒に、謀反人の一人、狭間弥市郎(小澤征悦)と親交が深かった藩士の氏名を明かすように迫り、「仲間を密告するなんてことは侍のすることではない」と断ると、「平侍のくせに生意気な口をきくな。わしを一体誰だと思ってるんだ」と、殴る蹴るだ。
ただ、片桐と狭間は藩の剣術指南役・戸田寛斎(田中泯)の門下生ではあったものの、それほど気が合う関係には見えなかったから、氏名を明かすなど無理だったのではないだろうと思えた。
藤沢周平作原作の"海坂藩もの"の映像作品は、切ない物語がほとんどだが、映し出される風景は綺麗だし、時代考証もしっかりしている気がして面白い。

必殺仕掛人 梅安蟻地獄

2018年08月14日 | ムービー
『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』(1973年/渡邊祐介監督)を見た。
物語は、「ある夜。品川台町の鍼医者・藤枝梅安(緒形拳)は、料理屋・井筒から出たあと、一人の浪人に襲われた。しかし、それは人違い。店のおもん(ひろみどり)によると、その夜に店でろうそく問屋の伊豆屋長兵衛(佐藤慶)と会うことになっている医者・山崎宗伯(小池朝雄)が梅安によく似ているのだという。翌日、岬の千蔵(津坂匡章)が音羽屋半右衛門(山村聡)の使いで梅安の所へやって来た。いつもの倍の仕掛料を出すというその仕掛の相手は伊豆屋長兵衛。遅ければ遅いほど泣かされる人が増えるというのだが・・・」という内容。
世間の評判が良さそうな伊豆屋だが、「ろうそく問屋というのはそれほど儲かる商売ではないが、伊豆屋さんは別ですよ」と言う同業者。
やはり何かがありそうだ。
(^。^)
これは人気を博したテレビドラマ『必殺仕掛人』(1972年9月~1973年4月)の映画化第二段。
第一作目の『必殺仕掛人』(1973年/渡邊祐介監督)では田宮次郎が梅安を演じていたようだが、この第二作ではテレビドラマと同じく緒形拳が梅安を演じている。
「私はうどん屋の釜と同じでねぇ。ゆぅばっかりってね」という梅安の台詞も、何となく、緒形拳のほうがしっくりくるような気もする。
「はらせぬ恨みを晴らし 許せぬ人でなしを消す いずれも仕掛けて仕損じなし 人よんで 仕掛人 ただしこの稼業 江戸職業づくしにはのっていない」というナレーションも、トランペットで始まる、まるでウェスタンのようなテーマ曲もテレビドラマと同じなので、そこも良いのだった。
(^_^)

ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌

2017年06月22日 | ムービー
『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』(2008年/本木克英監督)を見た。
物語は、「人魚の一族である妖怪"濡れ女"(寺島しのぶ)は海人(萩原聖人)に恋をして人間となり、子供も授かって幸せに暮らしていたのだが、長く不漁が続いた際に化け物扱いをされ、鬼道衆を名乗る村人達により洞窟に封印されてしまった。1000年後、妖怪ぬらりひょん(緒形拳)の策略で、復讐のために鬼道衆の末裔の人間達を襲い始める。"かごめかごめを聞いた人は手に鱗が現れ、48時間以内に死んでしまう"という呪いをかけられた比良本楓(北乃きい)は、偶然知り合った怪奇現象研究所の所長と名乗るビビビのねずみ男(大泉洋)に助けを乞う。ゲゲゲの森を訪ねた2人だったが、頼られた鬼太郎(ウエンツ瑛士)は、いつもと違い、どうにも乗り気がしないのだった」という内容。
何とも力の抜けたヤル気のない鬼太郎が描かれていたのだが、「いつも人間達のために頑張って妖怪と戦っているのに、人間はろくに感謝もしないし、僕達のことをすぐに忘れてしまうじゃないですか」(確かそんな台詞)と、楓の命の危機にもさほど関心を示さない。
その代わりに猫娘(田中麗奈)、砂かけ婆(室井滋)、子なき爺(間寛平)が随分と頑張っていたが、鬼太郎はさとり(上地雄輔)との戦いの中、「この偽善者め」と罵られたこともあり、"人を助けるのに理由などいらない"と気がつく。
さすが、正義の味方だ。
(^_^)
オープニングでは、鬼太郎が母・岩子の墓から出てきて、目玉おやじ(田の中勇/声)として再生した父と共に家の中に這っていくというナカナカに興味深い様子が映し出されていたが、主題歌が熊倉一夫ではなかったのは、やはり残念に思えたのだった。
(^_^;)
目玉おやじが洗眼薬のアイボンを使って、「あー、いい気持ちじゃ」という場面があったりもして、面白かった。

座頭市

2014年04月03日 | ムービー
『座頭市』(1989年/勝新太郎監督)を見た。
物語は、「江戸時代。按摩を生業として関八州(相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野)の界隈を歩き続ける座頭市(勝新太郎)。儀肋(三木のり平)の家に立ち寄った際に賭場で起こした揉め事は、菩薩のおはん(樋口可南子)によって納められたが、八州取締役(陣内孝則)と組んで勢力を拡大しようとしていた五右衛門(奥村雄大)に付け狙われることとなる。その後、旅の途中で浪人(緒形拳)、おうめ(草野とよ実)と知り合った市は・・・」という内容。
勝新太郎が演じる"座頭市"の映画は『座頭市物語』(1962年/三隅研次監督)を第1作として全26作品が作られたようなのだが、初めて見たのがこの最終作。
以前に見た『不知火検校(しらぬいけんぎょう)』(1960年/森一生監督)と同様、盲目の按摩が物語の主人公であるものの、何をするにもがめつい不知火検校に対して、市はすべてに淡々としている。
それは、市の目が見えないのをいいことに飯を横取りする牢内の小悪党に逆らうこともせず、床の上にこぼれた味噌汁を口ですするという場面がそれを象徴していて、身体にハンデがあるからと被害者ぶるわけでも塞ぎこむわけでもなく、すべてを受け入れ、あくまでも飄々としている。
「所詮、世の中に楽しいことなど無いのだから、自分で楽しみを作っていこう」といわんばかりの達観した人生観なのだろう。
それ故、"役人をからかって3日間の牢入り"というエピソードには納得してしまうのだ。
(^_^)
この作品では、"真剣"を使用した撮影中に俳優1人が死亡するという事故が起きていたらしいのだが、よく予定通り劇場公開されたものだと思う。
また、監督・脚本・主演の勝新太郎は、この公開の翌1990(平成2)年にハワイのホノルル空港でマリファナとコカインの所持で現行犯逮捕され、帰国後には日本国内でも麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で逮捕されたとのこと。
ジョー山中が英語で歌っているオリジナル曲も何故か雰囲気がぴったりで良かったし、世界観がすっかり完成されている物語だっただけに次の作品が製作されることがなかったのは残念なのだが、それは上記の理由にもよるのだろう。
今となっては"勝新太郎の座頭市"より"北野武の座頭市"のほうが有名なのかもしれない。

蝉しぐれ

2010年01月31日 | ムービー
『蝉しぐれ』(2005年/黒土三男監督)を見た。
物語は、「江戸時代の海坂藩。まだ月代(さかやき)も剃っていない牧文四郎は、仲間の島崎与之助、小和田逸平と共に剣術の修行に明け暮れ、隣家のふくに淡い思いを寄せていた。ある時、父の助左衛門(緒形拳)が藩の世継ぎ争いに巻き込まれた揚句、反対勢力の筆頭である次席家老から切腹を言い渡される。夏の暑い日、遺体を乗せた大八車を引く文四郎の所へふくが駆け付け、きつい坂道を一緒に登っていくのだが・・・」という物語。
『金曜時代劇/蝉しぐれ』(2003年/NHK)としてテレビドラマ化された際、大八車を引く場面は子役ではなく、文四郎役の内野聖陽とふく役の水野真紀が演じていたが、この映画のその場面では、市川染五郎(牧文四郎役)と木村佳乃(ふく役)ではなく、子役が演じていた。
ここは後に回想される印象深い場面なので、テレビ版の演出の方が勝っていたように思う。
寺で父との最後の顔合わせをした文四郎が、もっといろいろな話をするべきだったと悔やむ場面では、逸平が「そういうものだ。人間は後悔するようにできている」と言って慰める。
元服前だというのに出来た奴だ。
(^_^)
牧家がどれだけの俸禄で暮らしていたのかは判らないが、くたびれた裃の肩衣を新調したいと言った助左衛門が妻・登世(原田美枝子)にそれを許されなかったという場面や、正月だというのに隣家が米を借りに来たというエピソードを見ると、下級武士の暮らしは相当厳しかったのだろうと思える。
暮らし向きは貧しいが、心もちが衰えたり堕落することを戒める。
そんな時代の物語だ。

忠臣蔵

2005年12月16日 | ムービー
NHK-BSの『懐かし映画劇場』で、『忠臣蔵/花の巻』(1962年/稲垣浩監督)と『忠臣蔵/雪の巻』(1962年/稲垣浩監督)を見た。
やはり、今の時期は『忠臣蔵』だ。
12月24日が大事?
冗談じゃない。
日本人なら12月14日だ。
(^◇^)
こういう映画の出演陣を"豪華キャスト"といっていたのだろう。
あまりに古い映画なのですべての役者の顔と名前を一致させることはできなかったが、確かに聞いたことがある役者の名前ばかりで、さらに出演者の数といったら無茶苦茶多い。
だからといって顔見せ的な配役が多いかというとそうでもなく、唯一、三船敏郎が俵星玄蕃の役で出演していたくらいだった。
俵星玄蕃は近年の赤穂浪士の話では登場しない配役なので、そう思ったのかもしれないが。
また、この映画の音楽を担当していたのは、『ゴジラ』で有名な伊福部昭。
ここぞという時は、ゴジラ登場のシーンを髣髴とさせる「来るか?来るか?来るか?来たぁ~!!」という迫力がある音楽で、これがナカナカ良かった。
赤穂浪士の話というのは所詮、『水戸黄門』のような他愛も無い勧善懲悪の時代劇だと半分馬鹿にしていた仁左衛門だったが、緒形拳(大石内蔵助役)、伊丹十三(吉良上野介役)、郷ひろみ(片岡源五右衛門役)、小林薫(不破数右衛門役)という配役と堺屋太一原作というのが気になった(テレビドラマ)『峠の群像』(1982年/NHK総合)を見てからは、すっかり考えが変わってしまった。
詳しくは覚えていないが、討ち入りを決定するに至るまでの大石内蔵助の葛藤を描いた展開だったので、そこが面白かったのだと思う。
しかし、昨日見た『忠臣蔵/花の巻/雪の巻』は、1962(昭和37)年制作という古い映画にもかかわらず、「あのオランダ人たちが我々の立場だったらどうするでしょうね」というような台詞があったりと、単に討ち入りを"忠義の証"として賛美するような話ではなかったので、充分に見られる内容だった。
でも、見ていて一番驚いたのは、蕎麦屋の2階から階段を転げ落ちた店主役と従業員役の役者さんの演技だ。
あれはスタントマンなんだろうけど、大きな怪我をしても不思議ではない感じだった。
スタントマンは大変だ。

ファントマ ミサイル作戦の記事

2005年04月19日 | ムービー
1974(昭和49)年4月8日付の古い新聞を見ていて、テレビ欄に映画『ファントマ ミサイル作戦(原題Fantomas Contre Scotland Yard)』(1967年/アンドレ・ユヌベル監督/フランス)の記事を見つけた。
この映画を見たのはテレビのロードショーでだったから、この日がそうだったのか。
"怪盗ファントマ"という主人公が活躍するこのフランス映画はすごく面白かったと記憶している。
人気があったはずなので何作か作られたのではないかと思うが、この映画のラストシーンもいまだに記憶に残っているくらいに良いラストシーンだった。
かなり衝撃的だったはずだし、笑えたはずだ。
(^_^)
この頃、『エクソシスト(原題The Exorcist)』(1973年/ウィリアム・フリードキン監督/アメリカ)や『タワーリングインフェルノ』(1974年/ジョン・ギラーミン監督/アメリカ)を映画館で見た記憶があるくらいなので、すでに当時の日本には大量のアメリカ映画が入ってきてフランス映画の上映は少なくなっていたのではないかと思うが、テレビのロードショーではまだまだ主要コンテンツだったのかもしれない。
小学生の頃に見た外国映画で強烈に印象が残っているのは、この『ファントマ ミサイル作戦』と『フロント・ページ』と、もう一作。
それもまた泥棒が主人公の映画だった。
サッカーのビッグゲームが行われて国中が沸き返っている際中に銀行強盗をする男達の話なのだが、この計画が準備周到で楽しめる。
その犯行のアリバイ作りのためにわざと収監され、事前にフィルム撮影しておいた監獄の様子を監視カメラの映像とすり替えて流した上で脱獄し、強盗するのだ。
ところが、そのサッカーのゲームが・・・。
といったような内容だった。
子供心にドキドキして見ていたことを覚えているのだが、タイトルも覚えていないし、フランス映画かイタリア映画かも分からないのが残念である。
さて、仁左衛門は何年か前、映画『歩く、人』(2001年/小林政広監督/モンキータウンプロダクション)の撮影時に俳優の緒形拳さん等3人を新千歳空港から増毛町まで乗せてクルマを運転したことがあるのだが、その車内で緒形さんがこの映画の話をしていた。
緒形さんはこの映画のストーリーは覚えているものの、題名が分からない様子で、同乗していたプロデューサーに訪ねていたが、その人はマッタク知らないらしく、話は長く続かなかったと記憶している。
この映画のことを知っていた仁左衛門は、自分の他にもその映画の存在を知っている人がいて嬉しくも思い、「ふふん・・・」と黙って二人の会話を聞いていたのだった。
等と、『ファントマ ミサイル作戦』の話とはマッタク無関係になってしまったのだが、映画の話題というのはどんどん広がっていくから面白い。
(^_^)