仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

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活気のある希望が生まれる町を作る

2019年04月15日 | 社会・政治・経済

この町で生まれ育った人も、縁あって移り住んで来た人も、ここに住んで良かったと思える町。
産業の振興、教育、医療、保健、福祉、介護の充実を柱にしたより良いサービスを、我々住民が一緒になって作り上げることができる町。
「仕事が多忙でも、プライベートをできるだけ豊かにし、充実感が得られる、生活を楽しめる暮らし」の場を実現したい。
●【オールましけ】を理念とした官民一体の体制で通年雇用の場を創出、確保していかなければならないと考えます。活気のある希望が生まれる町づくりをめざします。
●教育は将来の貧困、犯罪を防ぐ特効薬になりえます。充実した学校教育を継続するため、間断のない環境整備が必要です。生涯教育については、楽しみながら学ぶ機会のさらなる充実をめざします。
●住民が安心して健やかな日常生活を送れるよう、医療、保健、福祉、介護各サービスの切れ目のない連携を継続できるよう働きかけ、やすらぎある町づくりをめざします。ほどこすのではなく、皆が協力し合っていくことが大事です。


【はぐるま】は、五円硬貨の穴の周りにもデザインされていますが、機械的な伝動装置の一部です。「組織の歯車」と表現すると、あまり良いイメージが浮かばないものの、はぐるまがしっかり機能しなければ動力は伝わっていきません。私はこの町の中のはぐるまとして、時には周囲に動力を伝えるはぐるまになったり、時には自らの動力で周りを動かすはぐるまになったり、「君がいなくなると困る」と言われるようなはぐるまになりたいと改めて考えました。実は、小学校五年生の時の、ガリ版刷りの学級新聞がはぐるまでした。当時の担任教諭であり、上野つよし後援会前会長・海○定一先生の許可を以前にいただいておりますので、今後の後援会広報には、はぐるまの名を使っていきたいと思っています。



近況

2019年04月14日 | ごあいさつ

自宅の縁側は窓からの日光を確保するために、例年だと3~4週間に一度程度の排雪が欠かせないのだけれど、この冬は一度だけの作業で済み、大いに助かりました。
春の到来が例年より随分と早かった平成最後の年です。
さて、2015(平成27)年の増毛町議会議員選挙では、5回目の立候補をし、皆様から温かいご支持ご支援を頂戴したものの、落選という結果になってしまいました。
もちろんその原因は、本人の徳の無さ、不甲斐無さに尽きるものであるのですが、この二回目の落選は自分にとって大きな衝撃でした。
すぐに再起を考えることができた一回目の落選の時よりも遥かに大きなその衝撃に、完全に打ちのめされ、乗り越えようとする気力が生まれませんでした。
再起をめざすどころか、それまでの様々なご支援に対する感謝の気持ちを行動に表すこともせずに終わらせてしまいました。
さらには、任期切れと共に、10年続けた自治会長、8年間の体育協会会長、(確か)6年間の社会福祉協議会評議員、10年間のボランティアセンター運営委員長、20年間続けた盆踊り実行委員長の職を辞し、年賀の挨拶も一切出さなくして、人との繋がりを自ら断ってもいきました。
人前に出るのが嫌で、恩ある方々がご逝去された際にも香典だけを出し、通夜・告別式に参列しないという不義理を続けもしました。
やがて、昼間に町を歩いていると、「明るい時に出歩くなんて久しぶりなんじゃないですか」と言葉を掛けられるようになりました。
また、不正アクセス被害にあったことも、大きな追い討ちでした。
自宅Wi-Fiからネットワークに入り込まれ、プロバイダー情報どころか、光回線の情報も盗まれ、電話回線そのものを解約するに追い込まれました。
Bluetooth接続を使ってスマートフォンの電話帳情報を盗まれ、LINEでは、顔写真を勝手に使われた成りすましアカウントが現れました。
Bluetoothの電波が届く距離などたかが知れているので、自宅から十数メートル以内に不正アクセスの犯人が存在することに愕然とし、警察に相談しましたが、まだ根本的、実質的な解決には至っていません。
更には、多くの皆さんに祝福された結婚生活においても、離婚を経験しました。
一昨年、ここ数年のこういった余りにも不甲斐ない状況を見かねた友人K氏から、自分の会社で働くことを勧められました。
大変にありがたい話でしたが、その好意にすら、応えられるまで一年かかりました。
何から何まですっかり逃げてしまっていたのです。
自分の人生について未来地図など描けず、ましてや次の選挙のことなど考える余地はありません。
ところが本年3月半ばになって、友人S氏が選挙の話を持ちかけてきたのでした。
「自分は次の選挙で立候補をするつもりだが、もし君が立候補を考えているのであれば、自分はやめて協力することにする。考えないのであれば、逆に協力してくれないか」との趣旨でした。
この時、即答をしませんでした。
この提案を最後のチャンスと思い、自分は一体どうしたいのか、この際に、最終的な判断をしようと思ったのです。
恥ずかしい話ですが、実はこの頃でもまだ逃げていました。
1~2月の時点で、出馬の噂を聞いたという地域住民の方が数人おられて、真意を訪ねてきてくれた際には、否定も肯定もしないとか、応援してくれる方々にご迷惑をかけられないので見通しが立たない現状であるなどと濁してもいました。
また、これまでの活動を親身に手伝ってくれた友人N氏が、どうするつもりなのかを留守中に確認に来てくれていたのですが、これに答えを伝えてしまうと、そこでこの20年間のすべてが終わってしまう気がして、明確な答えを出すのが怖くもあり、友人の仕事上の都合も忖度し、何も伝えられませんでした。
そうすれば、年賀状のやり取りと同じように、皆が自分から離れていってくれるだろうと思っていました。
そのような中、最後のチャンスと受け取った友人S氏のこの話には、従事している仕事の関係上、3月一杯は何も出来ないことと、自分は追い込まれる迄なかなか判断が出来ない性格であるとして、4月1日になるまで判断を待ってもらうことに了承を得、考えることにしました。
「時間を切れば、ギリギリまで追い込まれた自分の中の何かが、きっと正解に導いてくれるだろう」と思ったからでした。
そして考えました。
以前の自分が座右の銘として胸に刻んでいたはずのこと。
「なせば成る なさねば成らぬ 何事も。成らぬは人のなさぬなりけり」
「一人はみんなのために。みんなは一人のために」
もう何年もこれらの言葉とまったく正反対のことをしていました。
かつては、自分は真面目に議員活動に取り組み、その意見を町政に充分反映させてもいるという自負をもってやっていたはず。
それを投げ出してしまうのは、やはり駄目だ。
一回目の落選が決まった夜も、賑やかにして励ましてくれた皆さんのこの20年にも及ぶ時間と、声援を無駄に出来ない責任がある。
それに、まだ自分は何かが出来るはずだ。
4年前は格好悪い結果だったけれども、せっかく支持してくださった方々に残念な思いをさせたまま、もやもやした気持ちを抱かせたまま終わることは出来ない。
自分の勉強の成果を、まだここで活かしてくれる機会が与えられるのなら、また頑張ってみたいと思うに至り、立候補の決断をしたことを、話を振ってくれた友人S氏に(4月1日に)伝え、そののち、2019年4月に行われる平成最後の増毛町議会議員選挙に立候補する意向がある旨を世間に表明させていただいたという次第です。
以上が、今更ながらではあるものの、4年前の選挙後の後始末を綺麗に出来なかったことの説明と皆様へのお詫び、近況報告並びに、次の選挙に立候補をする意向であることの説明であり、これは、4月3日に「インターネットを使って運動をするなら、まずそこに書いて説明するべきだ」と指摘してくれた、友人K氏と交わした約束に基づいたものです。
このアップロードが、友人K氏との約束の日から遅くなってしまったことにもお詫びし、また、この言い訳がましい長文を最後まで読まれた方がいらしたならば、本当に感謝を申し上げる次第であり、幸甚に思います。
ありがとうございました。

コメント (1)

下妻物語

2019年04月04日 | 映画サークル

ましけ映画サークル3月例会は、長○企画の『下妻物語』(2004年/中島哲也監督)だった。
物語は、「茨城県の下妻市に住んでいる竜ヶ崎桃子(深田恭子)は、ロリータ・ファッションをこよなく愛する高校生。収入を得るために父(宮迫博之)が扱っていた偽ブランド品を販売しようとする。売れないだろうという予想に反して女子高生・白百合イチゴ(土屋アンナ)というレディース(暴走族)の一員が興味を示し・・・」という内容。
桃子はマイペースを崩さない、徹底した個人主義者。
父と母(篠原涼子)の離婚の際には、医者(阿部サダヲ)と再婚して裕福な暮らしになった母親よりも、「一緒にいた方がきっと面白い」という理由から、ヤクザの父に着いて行くことを決めたほどに、独特で面白い基準の持ち主だ。
それゆえに茨城の田舎でも徹底したロリータファッションでいられるのだろう。
桃子の祖母(樹木希林)は、桃子の唯一の理解者といってもよい存在だが、昔は相当なヤンキーだったらしく、桃子とは何か通じるものがあるのだろう。
公開年の春には、カンヌ国際映画祭のフィルムマーケットで『Kamikaze Girls』と題して上映され、世界7か国でも公開されたそうだし、その後、フランスでは日本映画としては過去最大約100館での公開ということになったらしい。
なかなか面白い日本文化が紹介されたようだ。
これも "COOL JAPAN" か。
(^_^)
さて、例会終了後は転出する長○氏の送別会。
見知らぬ環境で寂しくもあるだろうが、新しい場所で頑張っていただきたく思うのである。


いつだってやめられる

2019年04月04日 | 映画サークル

ましけ映画サークル2月例会は、小○企画『いつだってやめられる / 7人の危ない教授たち(原題SMETTO QUANDO VOGLIO)』(2014年/シドニー・シビリア監督/イタリア)だった。
物語は、「神経生物学者のピエトロ(エドアルド・レオ)は予算削減で大学の職を追われた。恋人に打ち明けることもできず、悶々とした日々を送っていたが、ある日、自らの知識を活かして合法ドラッグを開発することを思いつく。自分同様、才能がありながら不遇な扱いを受けている経済学、化学、人類学、ラテン語の専門家などの研究者仲間を集めてチームを結成し、新合法ドラッグを開発。それはすぐに大人気となり、ピエトロたちは巨額の富を手に入れるのだが・・・」という内容。
突然現れた素人たちに自分の縄張りを荒らされたギャングたちがおとなしくしているわけがない。
貧乏だった元教授たちは、突然手に入った莫大な金を湯水のように使ってしまうのだから、目立つのも当たり前だ。
それまでの質素な生活を続けようと気をつけていたとしても、やはり、衣服や食事、振る舞いなど、身の回りから変わっていってしまうものなのだろう。
しかも、合法とはいえ、決して誉められない手段で得られた "あぶく銭" であることも浪費の要因か。
この作品は興行成績が良かったのか、シリーズ化されたようだ。
おそらく日本では作られることが無い内容の物語だ。


人造人間クエスター

2019年04月03日 | 映画サークル

ましけ映画サークル1月例会は、忠○企画『人造人間クエスター(原題 The Quester Tapes)』(1974年/リチャード・コーラ監督/アメリカ)だった。
物語は、「ノーベル賞を二度受賞した科学者ヴァスロヴィック博士(リュー・エアーズ)は、アンドロイドを造る "プロジェクト・クエスター" を推し進めていたが、研究の途中で行方不明になった。ジェフリー・ダーロ博士(ジョン・ヴァーノン)をリーダーとする専門家チームは、暗号化されて磁気テープに記録されている人工頭脳のデータを解析しようとしたものの失敗。データの半分を消去させてしまうのだった。ダーロ博士は、ヴァスロヴィック博士の助手をしていたジェリー・ロビンソン(マイク・ファレル)の意見を退け、新たに開発したテープのインストールを行うのだが・・・」という内容。
アンドロイドが起動したのは、研究室のスタッフ全員が引き上げた後。
誰もいなくなるのを見計らったように動き出し、自分で自分の身体を完成させてしまうし、わずかな資金を元手にカジノで連勝して活動のための資金を手に入れるのだから、凄いプログラムだ。
調べてみると、これはテレビドラマ『スタートレック』(1966年~1969年)の原作者であるプロデューサーのジーン・ロッデンベリー(1921年~1991年)の企画なのだそうだが、当初構想していたシリーズ化は叶わなかった作品のようだ。
宗教がかった物語ではないものの、創造主とか啓示などという設定は、やはりキリスト教をイメージさせる。
これがシリーズ化されたとしても、それほど続きはしなかっただろうなぁと思える作品だった。


増毛町議会における仁左衛門の一般質問 目次

2019年04月02日 | 一般質問
●平成27(2015)年
48.市場化テスト(第1回定例会/2015.03.19)
47.委託事業(第1回定例会/2015.03.19)
●平成26(2014)年
46.クレジットカードによる公金決済(第3回定例会/2014.09.10)
45.集落支援員制度の活用(第3回定例会/2014.09.10)
44.よくわかる去年の仕事(第3回定例会/2014.09.10)
43.空き家対策(第2回定例会/2014.06.12)
42.住宅の解体(第2回定例会/2014.06.12)
41.節目年齢の情報提供(第2回定例会/2014.06.12)
40.中歌から弁天通りへのアクセス(第2回定例会/2014.06.12)
39.緊急時における拠点(第2回定例会/2014.06.12)
●平成25(2013)年
38.除雪サービス事業(第4回定例会/2013.12.12)
37.公共施設整備等基金(第1回定例会/2013.03.14)
●平成24(2012)年
36.1丁目通りの新たな取組(第3回定例会/2012.09.13)
35.雨水対策(第3回定例会/2012.09.13)
34.自然エネルギー研究会(第2回定例会/2012.06.14)
33.節電計画(第2回定例会/2012.06.14)
●平成23(2011)年
32.増毛町広報での委員会報告(第4回定例会/2011.12.15)
31.国民健康保険(第3回定例会/2011.09.15)
30.清潔な町(第2回定例会/2011.06.16)
29.役場組織の検証(第2回定例会/2011.06.16)
28.被災地への復興支援(第2回定例会/2011.06.16)
27.今期の町政運営(第1回定例会/2011.03.17)
●平成22(2010)年
26.町指定史跡(第4回定例会/2010.12.16)
25.役場業務の分離と集中化(第1回定例会/2010.03.18)
●平成21(2009)年
24.商標登録の把握(第2回定例会/2009.06.18)
23.情報・通信体制の整備(第2回定例会/2009.06.18)
22.公官庁オークションの利用(第1回定例会/2009.03.18)
21.公金のクレジット収納(第1回定例会/2009.03.18)
●平成20(2008)年
20.限界集落(第3回定例会/2008.09.18)
19.若手職員の育成(第1回定例会/2008.03.18)
●平成19(2007)年
18.行政評価制度の導入(第4回定例会/2007.12.13)
17.増毛高校(第3回定例会/2007.09.20)
16.増毛高校の存続(第2回定例会/2007.06.21)
●平成15(2003)年
15.愛町債の発行(第1回定例会/2003.03)
●平成14(2002)年
14.姉妹都市提携(第2回定例会/2002.06)
13.学校と家庭を結ぶネットワーク(第2回定例会/2002.06)
12.メモリアルパーク100(第2回定例会/2002.06)
11.特別職・議員報酬等審議会の設置(第1回定例会/2002.03)
●平成13(2001)年
10.環境型優先の物品購入(第3回定例会/2001.09)
09.町民便利帳(第3回定例会/2001.09)
08.ベンチの設置(第3回定例会/2001.09)
●平成12(2000)年
07.防災無線の有効活用(第4回定例会/2000.12)
06.メモリアルパーク100(第4回定例会/2000.12)
05.諮問機関の構成員(第4回定例会/2000.12)
04.子供達の科学する心を育てる学習の場としての増毛天文台の整備(第2回定例会/2000.06)
●平成11(1999)年
03.ホームヘルプサービス事業(第3回定例会/1999.09)
02.介護保険制度への対応(第2回定例会/1999.06.28)
01.増毛葬苑のトイレ(第2回定例会/1999.06.28)

船徳 / 桃月庵白酒

2019年02月24日 | エンタメ
落語『船徳桃月庵白酒(三代目)。
噺は、「親元を勘当され、大川端にある船宿に居候している若旦那の徳兵衛は、船頭にしてほしいと親方に頼み込んだ。何でもすると言うわりには、"つらいこと以外だったら何だってしてあげるからさ"というような言葉の端々が引っ掛かる親方。しかし、他の船宿に行かれることになっても旦那さんへの顔が立たなくなることから渋々と了承したのだったが・・・」という内容。
ある暑い日、船頭が皆出払って若旦那一人の時に馴染みの客が来てしまい、初めは断ったおかみさんだったものの、客に押しきられて若旦那一人で船を出すことになる。
さぁこれは心配。
(^。^)
船をもやったまま出発しようとするし、川に竿を流してしまうし、懐から取り出した紙を見て次の手順を確認したりするのだから、当然のごとく前途多難で、客の不安も高まる一方だ。
(^_^;)
もうどうしようもなくなってへたりこんでいる時に、川岸から「若旦那ぁ、頑張ってぇ~!!」と声が掛かると、急に威勢のいい歌を口ずさみながら何事もなかったかのように再び漕ぎ出す様子も面白い。
さて、演者の三代目桃月庵白酒師匠は所属している落語協会のウェブページで「いずれは人間国宝になりたいと思っております」と自己PRしている。
高い目標を設定することは良いことだし、思考は現実化するともいう。
益々精進していただきたく思う。



一眼国 / 三遊亭兼好

2019年02月02日 | エンタメ
落語『一眼国三遊亭兼好
噺は、「諸国霊場を巡礼する六部(行脚僧)に、"お前さんは全国を歩いてるんだから、何か恐ろしい目にあったとか珍しいものを見たことがあるだろう。見世物小屋に大勢の客が集まって大儲けができるような何か良いネタがないかね"と聞く男(香具師)。六部が何もないと答えると、恩知らずなどと罵るので、恩知らずとまで言われてはと、実は一度だけ恐ろしい目にあったことがあってと、重い口を開いたのだが・・・」という内容。
昔、両国の広小路には沢山の見世物小屋が並んでいて、随分と賑わっていたそうなのだが、場末のほうに行くと、"もぎどり"と呼ばれるインチキな小屋もあったのだそうだ。
大きな紙に男の絵が描いてあって「おおかみ男」、舞台の袖から出てきた女の子がペコリと頭を下げて帰っていく「かえる娘」など、これで金を取ろうというのだから大した度胸だ。
(^_^)
さて、演者の三遊亭兼好師匠は、三遊亭好楽師匠の弟子。
二松學舍大学卒業後は職を転々とし、好楽師匠に弟子入りしたのは結婚して二人の子供もいた28歳の時なのだとか。
四年ほどで二つ目に昇進出来たのは早かったのではないだろうかとも思うが、真打ち昇進は入門から十年目の平成20(2008)年。
下積み時代はなかなかに大変だったのではないかとも想像してみたりするのだった。

おごろもち盗人 / 桂佐ん吉

2019年01月30日 | エンタメ
落語『おごろもち盗人』桂佐ん吉
噺は、「節季の前夜、遅くまで算盤をはじいている旦那。帳面と算盤は合うのだが、お金が足りない。どうにも合わないので奥さんに聞くと、銭函の中のお金で買い物をしたという。明日の支払いができないと揉めているその時、敷居の下にはもぐらが潜んでいて・・・」という内容。
上方の落語は題名からして難解だ。
(^_^;)
"おごろもち"とは大阪の言葉で、"もぐら"のことなのだそうだが、この"もぐら"というのも、動物のもぐらではなく、昼間に商人のふりをしてあたりをつけた盗人が、商家に忍び込むために敷居の下の土間を手で掘って桟や掛金を外そうとする手口のことを"もぐら"というのだそうだ。
ややこしい。
そして、"節季"。
これは、「盆・暮や節句前に商店が仕入れ・売上げ等の清算を行う時期」のことなのだそうだが、全国的に使うのか、大阪だけで使われるのか、江戸時代に使われた言葉なのか、現代でも使われている言葉なのか、その辺は不明だ。
(^_^)
さて、演者の桂佐ん吉師匠は、桂吉朝(1954年~2005年)師匠の弟子。
平成13年9月に入門し、平成14年3月に、"吉朝学習塾"で初舞台を経験した後、大師匠・桂米朝(1925年~2015年)師匠のもとで約三年間内弟子修業をしたとのこと。
伝統やしきたりなんてものがある世界に身を置くというのも大変なことのようだ。


大山詣り / 五街道雲助(六代目)

2019年01月28日 | エンタメ
落語『大山詣り五街道雲助(六代目)。
噺は、「恒例の大山詣りの時期が近づいて来たので先達さんの家に長屋の連中が集まった。男連中がみんな出掛けてしまって女子供しか残らないのが不用心だから、今年は熊さん一人だけ残って欲しいという。しかし、それは表向きの理由。実は毎年ケンカをして騒ぎを起こすのが熊さんなので、一人長屋に残ってもらい、無事に大山詣りを過ごしたいというのが先達さんの本音だった。"そんな仲間外れみたいのは嫌だ。どうしても行く"というので、腕を振り上げたら二分の科料、揉め事を起こした時は頭を丸めてもらうという決めを作ったのだが・・・」という内容。
荒っぽい連中の中でも特に荒々しいのが熊さんのようで、相手が変わろうとも、揉め事の中心はいつも熊さんだという。
行楽というよりは信心で山に登るのが大山詣りなので、何事もなく無事に帰って来たい一心での発案だったのだが、一年に一度の楽しみとあれば、一人だけ留守番だなんて了承するわけがない。
そして案の定・・・というわけなのだ。
(^。^)
さて、演者の六代目五街道雲助師匠は、昭和56(1981)年に真打昇進を果たしているが、その際に改名することはせず、昭和47(1972)年の二つ目昇進時からの五街道雲助の名をそのまま使っているようだ。
よほど気に入っている名前なのだろう。

牡丹灯籠 お札はがし / 入船亭扇遊

2019年01月26日 | エンタメ
落語『牡丹灯籠お札はがし入船亭扇遊
噺は、「根津の清水谷に萩原新三郎という内気な青年がいた。浪人ながら商才があった父親・新左衛門が残した蓄財で不自由無く暮らしていたが、あまりに外出しない様子を心配した医者の山本志丈が梅見に誘う。その帰り、用事があるからと牛込に屋敷がある旗本・飯島平左衛門の娘である露が住んでいる柳島の寮に立ち寄った。引き合わせてもらい意気投合した新三郎と露。二人共また会いたいと願ったのだが、露は死んでしまい・・・」という内容。
山本志丈によると、露の死因は、"恋こがれ死に"だという。
そんなに会いたいと願っていたのなら、互いにさっさと会いに行けばよかったと思うのだが、露は旗本家のお嬢様だし、そう簡単にはいかなかったのだろうか。
これは、初代三遊亭圓朝(1839年~1900年)師匠が創作した全22章から成る物語『牡丹灯籠』の中の一節だが、六代目三遊亭圓生(1900年~1979年)師匠は6章にまとめ、その中の露が新三郎に祟るくだりが、この『お札はがし』で、このあと『栗橋宿』へ物語は続いていく。
さて、演者の入船亭扇遊師匠は、平成30(2018)年3月に「平成29年度(第68回)芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)というのを受賞されているようだ。
素晴らしい。

強情灸 / 古今亭文菊

2019年01月24日 | エンタメ
落語『強情灸古今亭文菊
噺は、「俺んちの前を素通りはねえだろう、寄ってけよ。と職人仲間に声を掛けた男。聞くと、最近調子が悪かったので、熱いと評判の"峰の灸"を据えてきたというのだが・・・」という内容。
俺がこの町内で、いの一番に据えようと思ってたと悔しがる男に「ピリッと来るどころの騒ぎじゃないよ。俺だから我慢できたようなものだ。気の弱い男じゃ駄目だろうな」と自慢話を始めたのだが、聞いているほうは面白くない。
江戸っ子同士の意地の張り合いが度を越してしまうのだが、熱いと思うから熱いんだと言っても物事には限度があるだろう。
江戸っ子気質というのはどうにも厄介なものらしい。
(^。^)
さて、演者の古今亭文菊師匠は、二代目古今亭圓菊(1928年~2012年)師匠の弟子。
二つ目時代の平成21(2009)年には、NHK新人演芸大賞落語部門の大賞を受賞している。
また、平成15(2003)年入門の落語協会同期10人(柳家小八三遊亭ときん鈴々舎馬るこ、五代目桂三木助柳亭こみち、二代目古今亭志ん五古今亭駒治柳家小平太柳家勧之助古今亭文菊)で、"TEN"というユニットを組んでいたようだが、平成29(2017)年に解散しているようだ。

擬宝珠 / 柳家喬太郎

2019年01月22日 | エンタメ
落語『擬宝珠(ぎぼし)』柳家喬太郎
噺は、「大旦那に呼び出された熊。せがれが患ってしまって何人もの医者にみせたんだが、身体のどこかが悪いというよりも心の問題だろうというので、何を思い悩んでいるのか、友達のお前さんから聞き出してもらえないかという。早速若旦那の病床を訪ねた熊だったが・・・」という内容。
熊と若旦那の徳は同い年の幼馴染とあって、熊は単刀直入に"恋わずらいでしょ?"と切り出すのだが、徳は違うよという。
「昔から金物を舐めるのが好きで、今は擬宝珠が舐めたくて仕方がないんだ」と言っても、熊には「煮干しが食べたい」としか聞こえない。
(^_^;)
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、思わず「死んじゃえば」と言ってしまう熊が面白い。
大旦那へ報告する時にも「死なせちゃえば」と言う。
よほど呆れたのだろう。
(^。^)
さて、演者の柳家喬太郎師匠は、「この噺は短いので・・・」と、枕では自身の海外公演の際のデンマークやアイルランドでのエピソードを話されていたが、アイルランドのゴーストツアーの体験談が妙に面白かったのだった。

ニッポン無責任野郎

2019年01月20日 | 映画サークル以外
『ニッポン無責任野郎』(1962年/古澤憲吾監督)を見た。
物語は、「失業中の源等(植木等)は、とにかく調子がよくて無責任な男。自分の不注意から道でぶつかった見ず知らずの男、長谷川武(ハナ肇)を、"先輩!先輩!"と呼び、まんまと只酒にありついた。長谷川が営業部長として務めている明音楽器では、宮前社長(由利徹)が引退するにあたり王仁専務(犬塚弘)と幕田常務(人見明)が後釜を狙って派閥闘争を繰り広げているのだが、それを知った等はチャンスとばかりに両方の派閥をおだてて、なんと社員として採用されるのだった。同僚の丸山英子(団令子)に結婚を申し込み、バーTOKAGEのマダム・静子(草笛光子)と長谷川、中込晴夫(谷啓)と石沢厚子(藤山陽子)の仲も取り持つ。そして、図々しさを見込まれて、長谷川から未集金1000万円の回収担当に抜擢された等は・・・」という内容。
若手で一番早く出世した中込だが、常務が新社長になれば、専務派である中込の将来はないからと、石沢は彼を袖にして常務派の会津(世志凡太)になびく。
中込晴夫「今晩いつもの所でね」
石沢厚子「私、今夜は忙しいのよ」
中込晴夫「どうして」
石沢厚子「暇じゃないから忙しいのよ」
と、とりつく島もないのだが、「そりゃあ女の幸せは結婚で決まっちゃうんですもの。慎重なのは当たり前よね」と、厚子のルームメートである英子もそれにはすっかり同意だ。
本作は昭和37年劇場公開ということで、この辺りはズバリ昭和ど真ん中の感覚なのかもしれないが、「弱い人間の中で情熱と理性が争えば、情熱が勝つに決まってるよ」と言う等には、晴夫と厚子を結びつけるそれなりの勝算があったようだ。
(^_^)
ただ、結婚後に母親うめ(浦辺粂子)と同居を始めた厚子は、結婚退職したことをすぐに後悔する。
二人の洗濯物を洗われたことが気に入らなかったようで、「働いたのに文句を言われることはないと思うよ」と、ウメとの世代間ギャップは埋まらないのだった。
まぁ、こういったエピソードもどんどん利用して自分の利益を積み上げていく等のバイタリティーには驚くばかりなのだが。
(^。^)
これは昭和37年7月に公開された植木等主演『ニッポン無責任時代』(1962年/古澤憲吾監督)が大ヒットしたことを受けての第2作目らしいのだが、第1作の主人公・平均(植木等/二役)が登場するのも面白い。

武士の一分

2019年01月18日 | 映画サークル以外
『武士の一分』(2006年/山田洋次監督)を見た。
物語は、「幕末、海坂藩。藩主の毒見役を務める三村新之丞(木村拓哉)は祿高三十石の貧乏侍ながら、妻・加世(檀れい)と慎ましく暮らしていた。早く隠居して道場を開きたいと考える新之丞は毒見役という役目に関心がなく、ため息ばかりついていると加世から言われるほど。ある日、いつも通り毒見を終えた新之丞は身体の異常を訴え・・・」という内容。
藩主の命を狙った一大事とも思われたが、赤つぶ貝の毒による食中毒というのが真相のようで、調理人たちは一切の咎めを受けることはなかった。しかし、この時期に選ぶ食材ではないとの老中の意見があり、広式番の樋口作之助(小林稔侍)が切腹して責任をとることで事件は終息をみる。
職務中に居眠りばかりしている隠居間近の樋口だったが、部下の失態により切腹する羽目になってしまうだなんて、武士の世界とは何て厳しく、不条理なものだったのだろう。
役目とはいえ、貝毒で失明してしまった新之丞も可哀想だ。
家祿の三十石はそのままなのか?
家を出ていかなければならないのか?
今後の処遇についての正式な沙汰があるまで、夫婦はもちろん、使用人の徳平(笹野高史)も不安だったことだろう。
そして、そこにつけこむ海坂藩番頭の島田藤弥(坂東三津五郎)。
こういう最低な人間はいつの時代にもいるのだろう。
さて、これは藤沢周平原作の小説『盲目剣谺返し』が原作で、『たそがれ清兵衛』(2002年)、『隠し剣 鬼の爪』(2004年)に続く山田洋次監督作品。
三作品の中では『たそがれ清兵衛』が一番評価が高いようだが、興行的には本作のほうが成功を納めたようだ。
やはり、海坂藩が舞台の物語は面白い。