仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

2006年の大晦日

2006年12月31日 | ごあいさつ
平成18(2006)年が暮れようとしている。
今年も何だか消化不良のようなすっきりとしない日々を過ごしていた気がするのだが、来たる平成19(2007)年は、すっきりした良い一年にしたいものだ。
さて、増毛町では来年の2月に町長の任期が終了するのだが、現職の石○大輔町長が続投する意向を示している。
これに対して前議員さんが1人新たに出馬を表明したことから選挙が実施されるのは必至な情勢で、告示はまだ先なものの、どちらの後援会も活発に活動しているようだ。
7年前の両氏の戦いでは街中に怪文書がバラ撒かれ、その中には沢山の町民への誹謗中傷が記載されていて、石○氏を応援していた仁左衛門のことも少し書かれていた。
仁左衛門は今回もいしざき後援会に入会して同氏を応援するつもりでいるのだが、早くもどこかに仁左衛門番が用意されているようで、(ゆっくり休みたいだろう年末にご苦労様なことだと同情するが)これはどうやら今回も余り喜ばしくないことが起きる前兆かもしれないと想像している。
とにかくおかしなことは控えて、小さな町に遺恨を残さない綺麗な選挙を迎えたいものである。
ちなみに増毛町長選挙は、平成19(2007)年1月29日告示、同2月3日(土)が投票日だ。
それでは、来たる平成19(2007)年が仁左衛門にとっても皆さんにとっても良い一年になるように祈念し、今年のBlig更新はここまでとします。
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階層社会

2006年12月29日 | 社会・政治・経済
もう随分と前だが、NHKテレビの『視点・論点』という番組で【階層社会】というテーマが取り上げられていた。
話をしていたのは、橋本健二武蔵大学教授。
専門は理論社会学で、『階級社会』『階級・ジェンダー・再生産』などの著書があるそうだ。
橋本教授によると、日本では貧困が拡大していて、2005年の調査(OECD=経済協力開発機構)によると、日本の貧困率15.3%という数字は主要先進国の中ではアメリカに次いで2番目に高い数字(ドイツ・フランス・オランダは10%以下)だという。
政府の統計から日本では1980年代半ばから貧富の差の拡大が始まったことが見て取れ、それはドイツ・フランスより大きく、主要先進国の中ではアメリカ、イタリア、イギリスの次に大きいとのことだった。
さらに、その拡大した格差は固定化しつつあるといい、貧しい家庭に生まれた子供が大人になっても貧しい生活から抜け出せないなど、格差が次の世代に持ち越されるという深刻な問題にもなっているという。
これらのことは、日本が階級社会としての性格を強めていることを示していると同教授は指摘していた。
【格差が次の世代に持ち越される】だなんて夢も希望も無くなってしまう話だが、(確か)育英会の奨学金が有利子になっていたり、これから自分の人生を切り開いて行こうと努力している世代の人達には厳しい状況になっているのは確かだろう。
自由民主党と(旧)社会党が連立政権を組んだなどという時もあったが、現憲法下の日本では一つの政党の中で擬似的な政権交代が行われただけで満足し、常時保守政党が国政に大きな影響を及ぼしてきた。
しかも、中曽根内閣以降は急速にアメリカ社会を模倣するようになり、宮沢内閣に至ってはアメリカとの間に『年次改革要望書』を交換し合うまでになり、アメリカの議会に進捗状況が逐次報告されているという状況だ。
さらに安倍政権は【ホワイトカラーエグゼンプション】を導入して与党のスポンサー側に有利な政策をどんどん推し進めようとしている。
日本は早急に自民党以外への政権交代を実現させ、政治や社会の淀みを無くすることが急務なのではないか。
この教授の話を聞いて、そう思ったのだった。

重ねカツカレー

2006年12月23日 | 美味しんぼ
今日のお昼ご飯は午後1時近くになってからだったが、【喫茶ポルク】(見晴町)に行って【重ねカツカレー】(1,050円)を食べた。
この【喫茶ポルク】を経営しているのは、仁左衛門が町立増毛小学校5年生の時に担任だった海○先生。
退職後に奥さんと2人で始めたこの店は、増毛の街外れにあるにもかかわらず、いつもお客さんで賑わっているイメージが強く沸く人気店。
とはいっても、別に騒々しくはないので、仁左衛門はよくここでコーヒーを飲みながら雑誌『サライ』を読んでいる。
(^_^)
今の季節は雪が外の騒音を吸収してくれるからか、特別に静かなようでとても落ち着くのだ。
画像の【重ねカツカレー】はすごく大きく写っているが、実際にもすごく大きな皿で、ボリュームはたっぷりある。
また、サラダにかかっているドレッシングがこれまた美味しくて、このドレッシングを味わうと「あぁ、これだ!」とまるでポルクを代表する味であるかのように感じてしまうのが不思議だ。
さて、【重ねカツカレー】の名前の由来なのだが、それは自分で食べて確かめてもらいたい。
(^_-)-☆

座り込み

2006年12月23日 | おでかけ
12/19(火)の午後、【雇用保険の短期特例一時金の現行50日分維持を国に強く求めること】を要請するために、北海道知事に要請書を提出した。
場所は北海道庁の知事会議室。
出席者は連合北海道から4人、北海道季節労働組合から会長以下38人、全建総連から2人、そして北海道側が副知事以下5人で、どうやら高橋知事や担当副知事は不在とのことだったらしい。
「らしい」というのは、仁左衛門はこの38人には含まれず、他のメンバーと共に道庁内で座り込みをしていたのだ。
時間は約30分間だったが、それでも足はしびれるし、同じ姿勢で居つづけたものだから少しだけ腰が痛くもなった。
要請書には回答がされ、これは【平成18年度第4回北海道議会定例会】での民主党・道民連合、岡田篤議員(釧路支庁)の一般質問に対する知事答弁が使われていたのだが、この中で「現状50日の給付を30日に見直すとの方向性が示されていたが、厳しい情勢の中40日で決着できたことは、季節労働者を取り巻く厳しい状況について一定の理解が得られたものと受け止めた」とされていた。
果たしてそうだろうか。
仁左衛門は、「国の政策が北海道の季節労働者が置かれている厳しい状況を理解した上で行われているとは到底思えない」と考えている。
だから、こうして行動もしている。
【特例一時金】は北海道の季節労働者にとってとても重要な役割を果たしている、いわばセーフティネットなのだ。
このままでは北海道の季節労働者が生活していけないということがどうして解らないのだろう。
春まで雪を食べて生きろとでもいうのか。

おまぜ丼(2006年)

2006年12月21日 | 美味しんぼ
本日のお昼ご飯は、"すが宗"(Sugasou/増毛町稲葉町1丁目)で【おまぜ丼】(確か780円)を食べた。
小どんぶりの中の(ぶつ切りにされた)マグロ・ホッキ貝・イカ等とイクラ、そして納豆を思いっきり混ぜ、しょう油をかけてさらに容赦無くこれでもかと混ぜあわせたものを、もうひとつの丼のご飯の上に大雑把にかけてこれを食すという代物である。
いうなれば、消費者参加型の海鮮メニューといったところか。
(^。^)
"おまぜ丼2だなんて何かお上品な名前が付けられているのだが、これは容赦無く混ぜ合わせたほうが良い。
そうしないと、納豆のネバネバ感が楽しめないわけで、あの沢山の刺身の中に普通の豆が入っていても、何の感動も無いのだから。
仁左衛門の連れといったら、それはそれは大変な喜びようで、さらにはお吸い物にも随分と感激していた。
いや、あれは感激というより感動といっても良いかもしれない。
そのような内容で780円とは歳末大感謝セールかと思いきや、いつもその価格らしかった。
とはいうものの、これはランチメニューの一品で、いつでも食べられるわけではないらしい。
店内はとてもこじんまりしているのだが、落ち着けるのでそこがまた良い。
今日の仁左衛門は「ラッキーなラッキーなお客様♪」だった。
(^。^)

北海道増毛高等学校

2006年12月18日 | じもてぃーライフ
月曜日の【増毛町商工会Blog】担当は仁左衛門。
今日は、所用で出かけた際に【北海道増毛高等学校】を撮影してみた
少子化などの影響から、北海道内の公立高等学校を対象とした再編計画等が策定されようとしており、この北海道増毛高等学校は今後も存続することが出来るのか非常に微妙な状況である。
現在は北海道内19か所以上の会場で、【"新たな高校教育に関する指針"に係る地域別懇談会】が開催されたりしているのだが、子供たちが地元の高校に通うことができるように、何とか募集停止などということにならないように望んでいる人は多い。
校庭には緑が多くて夏の間はとても綺麗なのだが、冬になると(画像の通り)やはり一面雪景色だ。

石狩挽歌

2006年12月17日 | エンタメ
テレビで『知るを楽しむ/人生の歩き方…死こそわが友/作家なかにし礼」という番組を見たのだが、この人はなかなか壮絶な人生を歩んできた人のようだった。
父が満州で酒造会社を経営していたことから何不自由の無い裕福な暮らしをしていたものの、対ソ連戦が始まったこと(1945年)を契機に人生が一変。
1年余りの逃避行を経て小樽の父の実家で過ごしたが、兄が増毛でのニシン漁(投機)に失敗してその地も追われ・・・というような話だった。
各地を転々として、その後に過ごした青森ではいじめにあっていたそうで、もしかしたら自分に落ち度があるのかもしれないと真剣に考えたが、そこまで思いつめてもなぜ自分がいじめられなければならなかったのか一切理由が解らなかったという。
これは4回シリーズだったが、一番面白かったのは、そういった話が出た第2回と第3回だったか。
東京でシャンソンと出会って訳詞を始めた話、石原裕次郎との出会いの話。
何より、この人は真面目な人なのだろうということが推測できて、そこが一番興味深かった。
また、なかにし氏が作詞した歌謡曲『石狩挽歌』は、家族の増毛での体験を元にした歌だそうで、そのキッカケというのがまた面白い。
直木賞作家で有名人だから番組で取り上げられ、それをたまたま目にし耳にできた話であって、他にも大勢こういった悲惨な体験をした人はいるのかもしれない。
しかし、人生の中の僅かなチャンスを逃すことなく大成した人の話というのは、それなりに学ぶところがあるものだ。
面白いシリーズだった。

第2回懇談会

2006年12月16日 | 社会・政治・経済
12/15(金)午後1時30分から北海道留萌支庁合同庁舎において、【"新たな高校教育に関する指針"に係る地域別懇談会】(第2回)が行われた。
第1回の懇談会は道内19ヶ所で行われたとかで、まず、それらの会場で出された意見について紹介され、その後は前回同様の流れで進行された。
前回の懇談会と違ったのは、主催者側から【地域別懇談会への論点整理表】というものが用意されていたことか。
この第2回目の懇談会で今後の方針や新案を示せるわけではないから、堂々巡りににならないようにとの意図から用意されたものだろうと推測した。
これは、「"新たな高校教育に関する指針"に照らし合わせると、【中卒者数の減に伴う小規模校化の進行】が現在の課題として浮かび上がるよ。だから将来を見通した学校配置が必要だよ。留萌市内の2校はどう考えますか?留萌支庁管内中部の学校はどう考えますか?小規模校に対する支援をどう考えますか?」といった内容のもので、そこでは既に増毛高等学校に関しては一切触れられていなかった。
【新しい高校推進室】の主幹は「年明け(平成19年)に教育関係団体の意見交換をする」「再編等の公表時期についてはまだ決めていない」とのコメントを出していたが、この表を見ると、明らかに増毛高等学校の生徒募集停止については決定済みであることがうかがい知れたのだった。
一般参加者席には仁左衛門を含めて(確か)11人が座っていたが、意見や質問は積極的に出され、羽幌町からの参加者が3人も発言されたのが印象的だった。
終盤に増毛中学校教諭1人が意見を述べ、仁左衛門が続いた。
「将来に渡って少子化傾向が続くことから、私立高校に配慮して公立高校の間口を減少させるとの考えで高校配置適正化という流れになったと理解しているが、ひとつの町が人口約180万人を抱える地域と、支庁の人口を全部合わせても6万人程度にしかならない地域を同様に考えることにはやはり無理がある。しかも増毛町を含めて留萌南部と呼ばれる地域は(経済的に)とても疲弊している。地元校が無くなり、近隣市町村の高校に通うとなると経済的負担が大きくなるので、地域の実情に配慮して進めて欲しい」というような意見を出したのだが、「留萌管内には私立高校は無い」というのを忘れてしまった。
もちろん分かりきったことではあるにしても、記録に残させるのは大事なことだ。
また、【単位制】について質問したのだが、やはり1・2・3年全体では考えていない様だったし、あくまでも4間口校以上の学校でという回答だった。
画像は、合同庁舎のロビーにあったクリスマスツリー。
高さは5メートルくらい?
いや、もっと高いか。

仁左衛門賞 / 2006年

2006年12月15日 | 映画サークル
ましけ映画サークルは12月12日(火)の例会で今年の予定を終了したが、今年の【ましけ映画サークル・仁左衛門賞/2006年】は何だろうかと考えてみた。
ちなみに、昨年の【ましけ映画サークル2005仁左衛門賞】は、『デイ・アフター・トゥモロー』だった。
今年、ましけ映画サークルで上映したのは下記の作品で、
【1月/仁左衛門企画】『ヤング・フランケンシュタイン(原題Young Frankenstein)』(1975年/メル・ブルックス監督/アメリカ)
【2月/小○企画】『ビッグ・リボウスキ(原題The Big Lebowski)』(1998年/ジョエル・コーエン監督/アメリカ)
【3月/守○企画】『ショーシャンクの空に(原題The Shawshank Redemption)』(1994年/フランク・ダラボン監督/アメリカ)
【4月】不明(たぶん欠席)
【5月/守○企画】『ヒトラー~最期の12日間(原題Der Untergang)』(2004年/オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督/ドイツ)
【6月/仁左衛門企画】『スキージャンプ・ペア-Road to TORINO 2006-』(2006年/小林正樹監督/東宝)
【7月】不明
【8月/忠○企画】『泳ぐひと(原題/The Swimmer)』(1968年/フランク・ペリー 監督/アメリカ)
【9月/守○企画】『ヴェニスの商人(THE MERCHANT OF VENICE)』(2004年/マイケル・ラドフォード監督/アメリカ・イタリア・ルクセンブルグ・イギリス)
【10月】中止
【11月/仁左衛門企画】『絶叫屋敷へいらっしゃい!(原題/Nothing But Trouble)』(1991年/ダン・エイクロイド監督/アメリカ)
【12月/長谷○企画】『オネアミスの翼~王立宇宙軍』(1987年/山賀博之監督/東宝東和)
この中から『泳ぐひと』『絶叫屋敷へいらっしゃい!』の2本は最初に除外だろう。
(^◇^)
残った7作品からの第2次候補は『ショーシャンクの空に』『ヒトラー~最後の12日間』『ヴェニスの商人』で、この中から1作品を選ぶとなると、やはり難しい・・・。
難しいが・・・【ましけ映画サークル・仁左衛門賞/2006年】は、『ショーシャンクの空に(原題The Shawshank Redemption)』(1994年/フランク・ダラボン監督/アメリカ)でどうだろうか。
この映画に栄えある(?)【灰色のモアイ像】を贈ろう。
あの主人公のしたたかさ、タフさは見習いたいものだ。
さて、来年は"ましけ映画サークル"でどんな名画と出会うことが出来るのか、楽しみである。

王立宇宙軍 オネアミスの翼

2006年12月14日 | 映画サークル
12月12日(火)のましけ映画サークル12月例会は、初の長〇見企画、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年/山賀博之監督)だった。
ましけ映画サークルでのショート映画以外でのアニメーション作品は初めて。
物語は、「宇宙のどこかの地球とは違う文明世界。王様の肝いりで始められた宇宙船開発事業だったが、30年経っても成果が認められず、有人衛星を打ち上げることで一区切りが付けられようとしていた。転職を考えていたシロツグ・ラーダット中尉(森本レオ/声)は、街なかで布教活動をしていたリイクニ・ノンデライコ(弥生みつき/声)と出会ったことから俄然やる気を出し、生命の保証がほとんど無い宇宙飛行士に立候補するのだが・・・」という内容。
何とも虚脱感いっぱいの主人公シロツグだが、森本レオの声はぴったりだと思う。
(^_^)
それにしても、リイクニという人はどんな仕事をして稼いでいたのだろうか。
(棒のような形状の)硬貨1本のために殺人も起きるという世の中において、帰宅後に金貨をバラバラと床に落としていた場面があったが、相当に際どいか非合法なこと、あるいは倫理的に許されないようなことをしているが故に、宗教活動にのめり込んでいるのではないかと推測した。
本編中でその回答は出なかったので、疑問は疑問のままに終わってしまったのだが・・・。
元々が訳の分からない設定なのだから、劇中に謎の部分を残しすぎると物語自体が成立しないのではないか、意味不明な120分に終わってしまうのではないかと思うのだが、んー、どうだろう。
また、ロケットの打ち上げ場面は『アポロ13』(1995年/ロン・ハワード監督/アメリカ)の一場面を思い起こさせた。
めざした先は同じなのだろうが、悲しいかな技術力に大きな違いが感じられた。
しかし、約10年という時間差と、セルアニメかCG画像かという違いを考慮すると、当時としてはよく出来た部類の作画だったのだろう。
例会終了後は恒例の忘年会。
つい調子に乗って日本酒を飲みすぎてしまった。
(^_^;)

合同研修会

2006年12月07日 | おでかけ
先週の木曜日(11/30)の午後、留萌市議会議員の皆さんとの研修会に参加した。
主催は民主議員ネット留萌支部なので、仁左衛門は主催者側ということになるか。
(^_^;)
懇親会もあることから、行きはバスで移動した。
17~18㎞程度の距離というのは自家用車で往復するとあっという間にしか思えないのだが、いざ公共交通機関を使うとなると待ち時間も含めての移動時間になるので、何だか随分と遠出したような気になるから人間の感覚というのは不思議なものだ。
風が強くてバス停がとても寒々しかったからか、誰と話をするわけでもなかったからか、何だか逃避行でもしているような錯覚さえしそうだった。
(^◇^)
まぁ、それはともかく。
研修会のテーマは【市町村合併】。
増毛町・小平町・留萌市が組織した【留萌南部三市町(法定)合併協議会】がまとまらなかったのはまだ記憶に新しく(?)、【合併特例法】が失効してからの増毛町内ではこの話題も随分と下火になってはいるが、実は続いて出来た新法の施行からは既に1年以上も経っていて、その期限はあと3年半ほどしかない。
法律が変わっても【平成の大合併】はあくまで【自主合併】が基本なので、国や道から強制されることはないものの、それぞれの自治体の財政状況が突如として好転する要因など何もなく、このまま何の協議もせず済ませることは出来ないだろう。
【絶対に合併しない】という態度を決定するのであれば、そのための協議を増毛町内で行わなければならないし、そう決めたのならそれはそれで「相当の覚悟を決めたのだろう」と他の市町から尊重されるだろう。
また、再度合併協議会を組織して3市町で合併や広域連携を検討するのなら、それもまた良い。
いずれにしても、「時間はあまり残ってないんだよ。どうするの?」と急かせる人たちが近いうちに現れるのではないかと、この研修会に参加して認識したのだった。
さて、懇親会後は寿司折をぶら下げ、JRを使って増毛へ移動。
スナック舞巣で1人、二次会をしたのだった。
(^_^)

第2回ワークショップ

2006年12月06日 | じもてぃーライフ
非主流】のつづき。
今日(12/6)は午後4時から、北海道開発局の【産業遺産活用まちづくり支援プログラム形成調査】という事業の第2回増毛町ワークショップが行われた。
出席しようかしまいかこの数日間葛藤していたのだが、出席しなければ何も変わらないので、とにかく出席。
ワークショップの冒頭に、(欠席された)河●氏が用意したという【長野県小布施町】などの事例を示した資料について、山●氏から説明があったのだが、これはとても興味深いものだった。
この数日間、葛藤しながらも「出席した時はこの話をしよう」と考えていたことが実は2~3あった。
しかし、発言の指名をされた時、どうした訳か急にそれらの話をするのがもったいなく思えてしまって、紋別市の事例についての感想を短く話すだけにとどめた。
仁左衛門のテンションが低かったこともあるが、頭の中の何かが「もっと大事な時のためにとって置け」とでも瞬時に指令を出したのだろうか。
少し申し訳なくも思ったが、とにかく大きなチョコレートは今後の何かの機会に取って置くことにしたのだった。
いや、大きなチョコレートなどとは相当に手前味噌だな。
チョコレートのほんのカケラだ。
(^。^)
遠方から来られていた人たちは御苦労様。
気を付けてお帰りください。

すき焼き御膳

2006年12月05日 | 美味しんぼ
先日久しぶりに東京に住んでいる友人に連絡を入れたら、帰省しているとのことだったので、今日はお昼ご飯を一緒に食べた。
話を聞いてみると、増毛に住むつもりで既に住民票も実家に移したのだという。
しかし、札幌市内では仕事のあてがあるものの、増毛町や留萌市で探してみると思うようにはいかないようだと言っていた。
このまま仕事が見つからないようだと再び東京に戻るようなことも言っていたのだが、仁左衛門が力になれる範囲は非常に限られているので、あまり相談にはのれず大変申し訳なく思うのだった。
彼が高校卒業以来25年ぶりに地元に帰って来たのは相当の決意を持ってのことだと思うので、何とか良い話がまとまるように祈るばかりだ。
とりあえずは週末に歓迎会だな。
盛大に歓迎してやろう。
(^_^)