『タケカズ少年のプロ野球コレクション』(その42)は、【1949年度日本野球リーグ優勝チーム 巨人軍】と書かれたB4版大のポスター。
プロ野球全8球団が1リーグでペナントを争った1949(昭和24)年度のシーズンは、
【優勝】読売ジャイアンツ=134試合85勝48敗1分(勝率.639)・監督三原修(4/16~7/20中島治康が監督代行)=前年度2位
2位=阪急ブレーブス=136試合69勝64敗3分(勝率.519)・監督浜崎真二=前年度4位
3位=大映スターズ=134試合67勝65敗2分(勝率.508)・監督藤本定義=前年度7位
4位=南海ホークス=135試合67勝67敗1分(勝率.500)・監督
山本一人=前年度優勝
5位=中日ドラゴンズ=137試合66勝68敗3分(勝率.493)・監督天知俊一=前年度8位
6位=大阪タイガース=137試合65勝69敗3分(勝率.485)・監督
若林忠志=前年度3位
7位=東急フライヤーズ=138試合64勝73敗1分(勝率.467)・監督井野川利春=前年度5位
8位=大陽ロビンス=133試合52勝81敗(勝率.391)・監督石本秀一=前年度6位
という結果だったようで、ジャイアンツは2位のブレーブスに16ゲーム差をつけるという圧倒的な強さで優勝を決めている。
ちなみに、このシーズンのジャイアンツの先発メンバーは、1番=セカンド千葉茂、2番ショート白石敏男、3番センター
青田昇、4番ファースト川上哲治(全試合)、5番レフト平山菊二、6番サード
山川喜作(orライト萩原寛)、7番ライト萩原寛(orサード手塚明治)、8番キャッチャー藤原鉄之助、9番ピッチャーという打順が多かったようだ。
また、1949年シーズンの個人タイトルは、
【最優秀選手(MVP)】
藤村富美男(大阪タイガース)
【首位打者】小鶴誠(大映スターズ)打率.361
【本塁打王】藤村富美男(大阪タイガース)46本塁打
【打点王】藤村富美男(大阪タイガース)142打点
【最多安打】藤村富美男(大阪タイガース)187安打
【盗塁王】
木塚忠助(南海ホークス)59盗塁
【最優秀防御率】
藤本英雄(読売ジャイアンツ)防御率1.94
【最多勝利】
ヴィクトル・スタルヒン(大映スターズ)27勝
【最多奪三振】武末悉昌(南海ホークス)183個
【最高勝率】藤本英雄(読売ジャイアンツ)勝率.774
といった選手。
ベストナインに選出されたのは、
投手=藤本英雄(読売ジャイアンツ)
捕手=
土井垣武(大阪タイガース)
一塁手=
川上哲治(読売ジャイアンツ)
二塁手=
千葉茂(読売ジャイアンツ)
三塁手=藤村富美男(大阪タイガース)
遊撃手=木塚忠助(南海ホークス)
外野手=小鶴誠(大映スターズ)・
別当薫(大阪タイガース)・
大下弘(東急フライヤーズ)
といった選手達だったようである。
そして、このシーズンを最後にプロ野球はパシフィックリーグ(1949年11月26日発足/太平洋野球連盟/現日本プロ野球組織パシフィックリーグ運営部)とセントラルリーグ(セントラル野球連盟/現日本プロ野球組織セントラルリーグ運営部)の2リーグに分裂し、現在に至るのである。