のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
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「信濃の国」歌い継がれる 県民歌  県民殆どが歌える愛唱歌

2023年06月09日 09時55分26秒 | うたごえ

バラエティ番組ではあるが 「秘密の県民ショー」は 好んで見る

各県の知らない食べ物 風習 文化など 旅と連なる思いが楽しく重なるのだ

昨日は 「信濃の国」長野県民全員が歌えると紹介していた 県民の愛唱歌並みだ

 

歌詞は明治の時代に作られ 難しい部分があるが 幼稚園から高齢者まで歌えると言う

全国の都道府県にも 県や都民の歌がある が 歌える人は殆ど居ない

東京都民歌もあり 一度 こども会会長をしていた時 楽譜を取り寄せ教えた

 

長野県民は違う 生き生きと誇りを持って 学校でも教え 大人も子どもも歌う

私の以前勤めていた会社 系列の各地の代表とも会ったが 夜は宴会となる

そして 信州のチームは 誇りを持って 信濃の国を肩を組んで歌っていたっけ

 

信濃の国絵巻物から

 

本棚には 「信濃教育特集号」がある 信濃の国 歌い継いで1世紀記念号だ

各界の方が執筆されているが そのうちの方からプレゼントされたものである

歌は6番まであり 調子のよいマーチ風 ところが4番だけ テンポが叙情的になる

 

 

一番は 県内各地を網羅 松本 伊那 佐久 善光寺 いわゆる平(だいら)が後に付く

2番は 御岳 乗鞍 駒ケ岳 犀川 千曲川 木曽川 天竜川 誇りある山と河川

3番は 木曽谷 諏訪湖 魚や養蚕 など 産業を誇る 

4番は 歴史 言い伝えなど 園原 寝覚ノ床 木曽のかけはし 地熊の湯 姥捨山

5番は 偉人 木曽義仲 仁科の五郎信盛 春台太宰先生 象山佐久間

6番は 吾妻はやとし日本武 碓井峠26の隧道 各地どこでも該当する

 

 

100年も誇りを持って歌い継がれる 素晴らしいと思う 他県には無い伝統

長野師範学校の教師から生徒へ その生徒が教師になり更に拡がる

長野県民の「心の歌・ふるさとの歌」 冬季オリンピックでも入場行進曲となった

 

作曲の 北村季晴は 松尾芭蕉の師 北村季吟から7代目の方

 

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二日でも 数字下がれば 希望湧く  コロナ新感染者下降に向かうか

2021年01月26日 09時38分09秒 | うたごえ

二日間 東京のコロナ新感染者数が1000名を下回った なんだか少し嬉しい

2000名を超える数字に慣らされて 1000名でも大変なのに 何故か心は緩む

まだ今日 明日は どうか このまま下降カーブに向かって欲しい切なる思いだ

 

緊急事態宣言が出て少しは効果が出たか 

それでも昨年の緊急事態宣言に比して 人出でも少なくなったが恐怖感は緩い

重症者も多すぎて 高齢者で有っても入院できない 医療関係は崩壊寸前と言う

 

陽性だけでは 入院はおろか自宅待機にされる かなりの数に上ってる

死亡者数は急上昇 隣の区には火葬場があるが コロナ専用を倍にあげた

ひとりでも感染者を減らすように 私も常に気を付けて頑張るしかない

 

想い出写真 南房総・佐久間ダム近辺の水仙

 

 

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一夜漬け 未知の歴史の 紐を解く  忘れていた詰め込み学習 こんな昔もあったっけ

2019年02月08日 09時20分37秒 | うたごえ

学校時代 テストが近づくと それまで勉強続けて居れば良いものを 前日になって猛勉強したものである

社会人になって多くのの資格試験に取り組んだが これも前日にある程度山勘にかけて成功したものだ

昨日のてんがらもんラジオのゲストさんの歴史 人物に至っては全く予備知識が無い それも数名出てくる

 

 

先ずはメモ 人物の名前の字も分からない かなで書いておく 次々と知らない名前が出てくる

午後は下町のうたごえ 想いきりピアノで楽しく伴奏して いつもの様に楽しむ

早い夕食も済ませて帰り さて 何からまとめようかとメモを見る

 

主要人物 桂庵玄樹 (けいあんげんじゅ)を知っている方は 地元の方かマニアックな歴史好きな方である

この人物を中心に一夜漬けの猛勉強(笑)で知りえたことを 時系列に書いて見た

次は 出てきた人物と どう 関わり合いがあるのかと相関図にしなくては 私には結びつかないのだ

 

私が車の安全祈願に神田明神に毎年行く この近隣に 神田昌平坂学問所がある

江戸時代から 家康の庇護を受けて江戸幕府直轄 多くの文化人 武士などがここで学んだ

当時の学問は おもに朱子学であり 先ずは朱子学とは何か? ここでも応えられる方は珍しいと思う

 

湯島聖堂

 

さて 桂庵玄樹 この方のお墓が 鹿児島・FM銀河があった 伊敷という地にある

彼は周防(すおう)山口の出身 16歳のとき出家 南禅寺の僧に学ぶ 難しいので名前は他も含めて省く

その後 当時の中国・明に渡り ここで朱子学などを6年間学んで帰朝した

 

 

時は応仁の乱の前後 京都は権力争いに巻き込まれ 略奪 放火 殺戮など荒廃していた世の中だった

彼は儒学などにも長けており 肥後の菊池氏 薩摩の島津氏から要請を受けて 講義などを行ってきた

特に薩摩の島津日新(じっしん)公忠良はこの朱子学を尊重 以後 藩教学の骨格となったのである

 

これを『薩南学派』と呼び 一方では土佐には『南学』があり学問の両雄となっており 維新の活躍に繋がる

桂庵玄樹は桂樹庵を建て 弟子の島津日新(じっしん)公は 鹿児島・加世田で これをいろは歌に詠んだ

47首あり これが薩摩の郷中(ごちゅう)教育の規範ともなって行く 先輩から後輩への教育の場だ

 

 

因みに 島津日新(じっしん)公は後に 日新寺に祀られるが 明治の廃仏毀釈で 現在は竹田神社にある

ここの参道には いろは歌の歌碑があり 現代の私たちに教えを広めているのだ

桂庵玄樹は朱子学の『大学章句』を日本で初めて本を出版した 

 

また漢文のみの学問は難しいと 現代で言う 句読点 レ点なども発明して意味を分かりやすく説明した

大学とは 天下を平らかにするリーダーを養成する場所 なんと意義深いことか

やがて朱子学は全国へ普及 ここに 林羅山が登場するのである 冒頭の神田・昌平坂学問所である

 

もともとは上野忍岡にあったが 現在の湯島聖堂近くに幕府直轄で開校したのである

林羅山は建仁寺で仏教を学んだ方 現在もある孔子廟も建立 江戸初期の朱子学を教える

藤原 惺窩(ふじわら せいか)は林羅山の師である 元は冷泉家の公家だが 明に渡って朱子学を学ぶ

 

家康は この藤原 惺窩に仕官要請をしたが これを断り 林羅山を推挙したのである

林羅山はすごい 文章は五行を一度に読んで行く頭脳 たちまち 家康のブレーンとなっていった

この学問所から佐藤一斎が輩出する 彼の門下生は3千人とも言われ佐久間象山や渡辺崋山など多い

 

佐藤一斎は 40年かけてまとめた 『言志四録(げんししろく)』 は1133か条にも上る

そのうちの101か条は 後に西郷隆盛の愛読書となって 彼の思想にも大きな影響を与えた

島津久光に嫌われて沖永良部に流された時も この本を繰り返し読んでいたと言う

 

 

鹿児島の伊敷と言う地にある 桂庵玄樹の墓 生き方を話されたが ここにあげた人物がすべて語られる

余りにも広すぎて 部分的にただ聴いた どんな人物の理解 歴史は 私は頭に残らなかった

それもラジオだから もう少し工夫して 絞り込んで分かりやすく話された方が良い これが感想でもある

 

 

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水仙の群生地を行く

2011年01月10日 11時17分32秒 | 旅行

房総の鋸南は 以前から知られた水仙の群生地

最近は地元の方の努力もあって まさに鋸南は水仙のふるさとになった

鋸南は二つの特色ある地域に分かれる

一つは 昔からある江月水仙ロード 数キロに渡って水仙の道を行く

もう一つは 勝山地区 佐久間ダムを中心としての地域だ

ダムサイトには 駐車場と小さな売店がある

ここには水仙と 咲き始めの梅 そして もうすぐ河津櫻が咲く

あまり知られていなかったが 近年 道路もよくなってきた

そして この近くには をくずれ水仙の里もある

こちらも 最近クローズアップされて 新聞にも載っていた

昨日は三連休で お目当ての保田のばんやは超満員

諦めて金谷港の 海の見えるレストランに入った

ここも混雑していたが 海鮮丼は美味しかった

保田から金谷までの海岸線は 向かい側の三浦半島が近くに見える

そして その向こうには 富士山が少し霞んでいるが大きく見えた

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下町の南京玉すだれ

2010年07月25日 08時32分45秒 | ウォーキング

江戸時代から 深川地区は名所も多く 文人墨客が多く居た

松尾芭蕉も 佐久間象山や開花の息吹に気鋭の若者たちが居留した

そんな当時の面影を留める 江戸資料館がリニューアルオープンした

建物の前では 祝いの大道芸が披露される

ボランテイア集団で 江東区の街角アーティスト認定の方たち

この中に コーラスグループの一員が居る

多彩の芸を持ち 施設慰問や町の行事 区の催しにも出る

芸の一端が 江戸の伝統 南京玉すだれ

さて さて さては南京玉すだれの調子に合わせて いろいろに変化する

あの ただのすだれが あっという間に変身する

子供たちには マジックのように感じ取られるようだ

家から往復3時間 暑い中ハードな ウオーキングをした

飲料水を飲みのみ 歩数18700 少しばてた

 

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