疑問1
桜桃忌とか獺祭忌など、命日を詠ずる場合、もうそれだけで季節がわかるから、他には季語は使わない… と、わたしは思っていました。
歳時記に掲載された例句を調べていくと、他の季語も使っているものもありました。
今回の茂山俳句会では、会場になっているお寺の先代の御住職様の命日にちなんで、「寂峰忌」が課題句でした。
作られた作品をみると、やはり寂峰忌のほかにも季語を使っている方もありました。
疑問2
「茗荷の子」と言えば、夏の季語です。
「紫蘇」も夏です。
ところが、
*枯れてなお香り残せし紫蘇の枝 京子
*茗荷の子遅れ馳せなりぞくぞくと (?)
この2句の場合には、実際の季節は、秋遅く…といった感じです。
こういう俳句でもいいのかな~?
疑問3
「水暮れる」…という表現。 「木暮れる」同様、夕闇せまる時間、または情景を表すのかな?
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一人で考えていると、わからない事ばかり…。
まず、物知りでないと俳句は理解できません。
「夏越の祓」や「野焼き」「落し水」など、知らないことを俳句にするのは至難の業。
独学はかなりつらいものです。
ブーンと走って行って、生き字引に聞いてしまえたら、どんなに気が晴れるだろう。
そうこうしているうちに、文化祭に掲示する自分の俳句も、どれが良いのか分らなくなってしまいました。