雑記帳 

海外旅行、国内ドライブ、日常の出来事の雑記帳

西安から敦煌へ

2012-04-26 10:34:48 | 旅行、ドライブ

4月28日から5月6日までの9日間で西安から敦煌へのシルクロードの旅へ。
28日は朝5時15分にタクシーが迎えに来る。
早起きの嫌いな私が朝4時過ぎには起きなければ。きついなー。
持ち物は大方揃った。後は日用品とパッキング。
記憶に留めてパッキングしないと後で大騒ぎ。
何をするにも気力と知力、体力がいる。
出発までもうひと頑張り。


シリアに銃声

2012-04-21 13:58:15 | その他色々

シリアでは停戦協定も守られず戦闘が続いている。
各国の大使夫人がアサド大統領夫人に停戦を助言してとメッセージを送っている。
私たちは1997年4月にシリアを訪ねている。ちょうど犠牲祭の時で子供たちはかわいい晴着を着て
家族で楽しそうにしていた。ハマとかアレッポなど懐かしい。
ハマには大きな水車がありのんびりとした田舎だった。
同じ時にレバノンも訪れたがベイルートでは銃弾の跡の残る壁とか廃墟のような町を見た。
内戦、同じ国の中での戦争はとても悲しいものがある。


九州新幹線に乗る旅

2012-04-20 20:23:34 | 旅行、ドライブ

4月15日 九州新幹線に乗っておしやべり旅行。
       07:06名古屋駅発の新幹線で出発。博多駅より九州新幹線。
       11:35熊本駅着。昼食は列車の中で済ませたのでバスで青井阿蘇神社へ。
       かるかん工場や民芸品店を見て早めに指宿のホテルへ到着。
       指宿へ近ずくと黄色い花の咲いている木が多くあり聞くと「イッペー」
       南国の花でブラジルの国歌にもなっているとか。
      
       小休止の後、指宿名物「砂蒸し風呂」へ。
       流れ作業で次々と砂に埋めてくれる。暖かい砂に埋まって気持ちが良い。
       15分ほどで砂から立ち上がる。浴衣も汗ばんでいる。
       夕食はまあまあかイマイチと云ったところ。
4月16日 8時出発。小雨。長崎鼻へ向かう。薩摩富士(開聞岳)と東シナ海を臨む岬。
    開聞岳
       池田湖を見て知覧特攻平和会館へ。平和会館ではすすり泣きの声も聞こえてくる。
       知覧はお茶の産地でもありちょうど新茶の芽吹き時で茶畑の緑に感動した。
       次は島津家の別邸仙巌園へ。庭の向こうに海を隔てて開聞岳が真正面に見える。
       今夜は宮崎泊。シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート 27回建ての結構なホテル。
       食事も美味しくさすがシェラトン。
4月17日 朝、水平線上に上る朝日を見る。上る朝日なんていつから見ていないのだろう?
       日向灘 願いが叶うクルスの海へ。パワースポット。本日は快晴。青い海の色に
       白い波が映える。
        海が十字架に見える?
              天岩戸神社を参拝。次のパワースポットは高千穂峡。
       神話の世界と云うよりは観光地。景色は楽しめるのだが。
    高千穂峡
       昼食の後阿蘇の草千里を眺めて博多駅へ到着。
       19:30博多発名古屋行き。22:50着
       犬山駅より自宅に戻る車の中で日付が変わった。
       

 

 

 

 

       


九州旅行旅程表

2012-04-11 15:46:37 | その他色々

15日からの九州旅行旅程表が届いた。
なんと午前6時45分名古屋駅集合。
また帰着は17日午後10時50分名古屋駅着。
ここまで目一杯遊ばせてくれなくても良いのに。
朝の早いのは苦手なので考えただけで疲れてしまう。
そして18日の水曜日。
朗読教室の人数が少ないので「遅刻しでも出席してね」と念を押された。
ゴールデンウィークの海外旅行もあり体力と健康管理に努力をしなければ。


パキスタン フンザの思い出

2012-04-10 14:47:35 | 旅行、ドライブ

テレビでのニュースでパキスタン・ギルギッドで観光客が足止めになり
軍の飛行機で救出されたと伝えていた。
1998年4月にパキスタンのフンザへあんずの花を見に行った。
荒々しい崖に沿ったカラコルムハイウェーをドライブ。
帰途ギルギットでは夜のうちに大雨。土砂崩れで道路は寸断。
重機は無いので人界作戦で大きな岩と土砂を取り除く。
車の列ができているが先を急ぐ観光客を先に通してくれる。
荒々しい自然の中に生活しながらなんと心優しい人たち。
色々な国を見てきたがいつまでも心に残る国の一つがパキスタン。


鬼の爪

2012-04-09 14:10:32 | その他色々

先日の朝日新聞のエッセイに夜、爪を切ると親の死に目に会えないと書いていた。
そのエッセイを読んだ人が「犬の爪」と三回唱えて切ればよいと書いていた。
私は母から「鬼の爪」と三回唱えて切ればよいと教えられた。
しかし私は子供たちにその事を話したことは無い。
ふと気が付けばこの様になんでもない事が少しづつ日常から消えて行くのかなー。
節句ごとの行事、季節ごとの料理、残していかないと。
と思いながらも日々の暮らしにかまけて何もしていない。