goo blog サービス終了のお知らせ 

今日は何の日?

昔の今日は何があったのでしょうか?ちょっとのぞいてみましょう。

「ノー・レジ袋の日」始まる(2002/10/5)

2002-10-05 00:00:00 | 生活全般
2002/10/5

 日本チェーンストア協会では、2002(平成14)年10月5日から毎月5日をノー・レジ袋の日と定めて、マイバック・マイバスケットの持参を呼びかけ、レジ袋の使用削減運動を進めています。
 レジ袋は、最も多く利用されているプラスチックの一つであるポリエチレンやポリプロピレンのフィルムでできています。これらは食品容器のふたや本体などにも使用されており、化学的には安定した物質で安全性が高いと言えます。
 その一方で、レジ袋を初めとして様々なものの容器や包装にはプラスチックが使用されていますが、その使用量は年々増加しています。これらのプラスチック製品を有効利用することは、原料の石油を大切に使用していくことや廃棄物を減らしていく観点から、大きな課題となっています。
 そのため、まず使用している製品はなるべく捨てないこと、そして使用した製品を再利用すること、次に廃棄物として排出されてしまったものはリサイクルしていくことが求められています。
 レジ袋の製造に使われている石油は、国内の石油使用量の0.1%程度と言われていますが、レジ袋を初めとして身の回りにあるものを無駄に使わないことに目を向けることは大切です。
 また、容器や包装に用いられているプラスチックについては、 2000(平成12)年の容器包装リサイクル法の完全施行によって、家庭での分別排出と市町村での分別回収と事業者のリサイクルの枠組みが作られました。毎日家庭ででるゴミを見ても容器や包装に利用されているプラスチックはとても多いものですが、これらをきちんと分別してゴミとして出していくことがプラスチックのリサイクルの第一歩です。

2005/10/3 作成 YK

2000年問題と閏年(2000/02/29)

2000-02-29 22:29:08 | 生活全般
 2月29日は、閏年と呼ばれる年にしかありません。閏年になる年は、夏のオリンピックがある年だと覚えている人も多いことでしょう。
 現在、使われている暦のグレゴリオ暦では、次のようなルールに従って、閏年が決められます。

〔グレゴリオ暦のルール〕
1.西暦が4で割り切れる年は閏年とする。
(例 1992年、1996年、2004年など)
2.西暦が4で割り切れる年のうち、100で割り切れる年は閏年としない。
(例 1900年、2100年など)
3.西暦が4で割り切れ、100でも割り切れる年のうち、400で割り切れる年は閏年とする。
(例 2000年)

 この規則に従うと、400年間で、1に当てはまる年が96回、2に当てはまる年が3回、3に当てはまる年が1回あります。
 つまり、西暦2000年は、400年に一度、3のルールが適用される閏年でした。銀行や病院など様々な場所で使われているコンピュータは、400年に一度という特異な閏年に対応していないのではないかと心配され、2000年の年始の問題とあわせて、コンピュータ2000年問題(略してY2K問題)と呼ばれました。
 心配されていた2000年2月29日の閏日に関わるコンピュータシステム障害は、大きな混乱もなく、いくつかの機器の日付が誤印字されたり、誤表示されたりするに留まりました。

コンピュータ-が人間にチェスの勝負で初勝利(1996/02/10)

1996-02-10 10:19:12 | 生活全般
 1996年のこの日、IBMが開発したチェス専用のスーパーコンピューターであるディープ・ブルーが、当時のチェス世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ(ロシア)と対戦し、初めて1つのゲームに勝利しました。6戦中の1勝にしか過ぎませんでしたが(全体ではカスパロフの3勝1敗2引き分け)、コンピュータ-が人間の知能と互角に戦えるようになったとして、当時のマスメディアによって大きく報じられました。
 コンピューターがチェスで次の一手を決める場合は、次のように行います。まず、次の膨大にデータ蓄積できる機能を生かし、過去数百年分の対局を覚え、その中から過去の名人が指して勝負に勝った手を検索して使います。次に、検索してもないデータベースにない場合は、1秒間に2億手の計算ができるという高速計算能力を生かし、効果があると考えられる手筋のパターン全てを検索し、もっとも有利な手を選ぶのです。
 カスパロフ氏は1996年の対戦の感想を、こう述べています。
「こちらが手を抜いたふりをすると、あちらこちらにすきが生じる。駒を犠牲にするいわゆる捨て駒に敵は対応できない」「コンピューターは本当の脅威にだけ反応する」(当時の朝日新聞より)と余裕をみせていました。
 しかし、翌年(1997年)には、捨て駒作戦に関するアルゴリズムを加えたディープブルーは、2勝1敗3引き分けと、カスパロフ氏に対戦に勝利しました。その後、解体されたディープブルーの一部は現在、国立アメリカ歴史博物館に展示されています。
 チェス専用コンピュータ-が目指すところは、チェスで人間に勝つことでしたが、それを支える基本となるコンピュータ-の能力は、高度な問題処理能力、計算能力の速さ、データ容量の大きさです。この研究を通して得た技術は、年々進歩し、様々な分野に応用されるようになりました。

無人探査機「かいこう」 マリアナ海溝最深部へ着底(1995/03/24)

1995-03-24 20:58:18 | 生活全般
 世界で最も深いマリアナ海溝のチャレンジャー海淵は、水温2℃、水圧1100気圧、しかも、太陽の光が届かない真っ暗闇の世界です。1995年3月24日、海洋研究開発機構の無人探査機の「かいこう」は、世界で初めて最深部10,911mまで到達し、その様子を映像で記録しました。さらに、かいこうは海底の泥を持ち帰り、その泥の分析により、生物が存在しないと考えられていた最深部の海底には、有孔虫(単細胞生物)が数多く存在していることが明らかになりました。
かいこうは、その後も数々の海底調査を行いましたが、03年5月に、高知県室戸岬沖で南海地震に関わる長期観測データを回収した後、ケーブルの破断によりビークル部分が浮上し、行方不明となってしまいました。
(2006/03/22作成 KK)

ピアノ調律の日(1993/04/04)

1993-04-04 14:50:12 | 生活全般
1993/04/04

ピアノには縦型のアップライトピアノ、横型の大きなグランドピアノがあります。
どちらも音を出すしくみはおなじで、鍵盤をたたく事で、弦をたたき音を出すのです。
普段自分たちが見ているのは鍵盤とペダルです。
内部を見てみるとわかるように、88個の鍵盤すべてに、それぞれに対応した弦があります。
指の運動→鍵盤→ハンマー→弦をたたく→弦が振動→空気の振動=音
というしくみです。
弦の振動だけでは大きな音にはなりませんから、「響板」という部分に伝わり、普段のピアノの音色になるのです。
ペダルは音を伸ばしたり(つまり弦の振動時間を長くする)ややわらげたり(弦の振動を小さくする)はたらきをしています。

弦を使った楽器には色々なものがありますが、音程は弦の長さ、張り、太さで決まってきます。
ピアノの弦はピアノ線と呼ばれていて、非常に強い力で張られた金属の線です。
弦が同じ長さであれば太い弦の方が音は低くなりますし、強く張った方が音は高くなります。
単純な線だと特に低音では7~8m程必要になってきます。それだとピアノ本体には入りませんから、様々な工夫がされています。
巻き線というようなワイヤーの表面にさらに線を巻きつけていくような方法などです。
さて、強い力で張った弦をハンマーでたたく訳ですから、それにはゆるみが出てきてしまうことがあります。音程が狂うということが起こってくるのです。ですから、定期的に調律をして、音程の調整をしなければいけないのです。
調律の基準音は”A”、その周波数が”440Hz”ですから、国際ピアノ調律製造技術協会が1993年に、4月4日をピアノ調律の日として制定しました。

最南端の島,沖ノ鳥島の護岸工事完了

1989-11-04 00:00:41 | 生活全般
1989/11/04

沖ノ鳥島は,日本の一番南に位置する島(N:北緯20度25分 E:東経136度05分)です。東京から南南東に約1,700kmも離れたところにある島です。

島と言うと大きなイメージがありますが,この沖ノ鳥島はそうではありません。広い環礁の中に高さ1m程の岩が二つあるだけなのです。
荒い海にあるこんな小さな岩は、本来だとあっという間に風化してしまいそうです。この島が風化してしまうと,大変なことになるのです。
日本の排他的経済水域40万km2 分を失ってしまう事になるのです。
失ってしまいそうな面積を知るには,日本の国土面積と比較するとよくわかるのではないかと思います。日本の国土面積はなんと38万km2 なのです。

この岩、いや島を守るために,多くのテトラポッドと直径50mのコンクリートでがっちりと囲み,さらにチタン製のふたもしたのです。

沖ノ鳥島は国土交通省で管理しています。
一般の人がいく事は,特段法律上の問題がある訳ではありませんが,座礁したり万が一島に傷を付けてしまうととんでもない事になまるから、控えたいですね。そもそもこの距離をどうクリアするかというのが問題ですが・・・。

さて、このどう考えても岩の島を「島」と認めるべきかという事については異論も多いのですが,皆さんはどう思いますか?

2005/10/12 HA 作成

日本初のドーム型野球場東京ドーム完成(1988/03/17)

1988-03-17 00:00:00 | 生活全般
1988/03/17

 今では、めずらしくなくなりつつあるドーム型の野球場ですが、日本で最初のドーム型野球場である東京ドームはこの日完成しました。現在、プロ野球の読売ジャイアンツの本拠地であり、プロ野球を初めとして様々なスポーツやイベントの会場として使われています。

 この東京ドームですが、その建築面積は46,755平方メートル、容積は124,000,000立方メートルあり、とても広いものや大きいものを身近なものに換算する単位のようなものとして、しばし使われています。
 例えば、日本の国土は東京ドーム約8百万個分、世界のビールの消費量は東京
ドームをジョッキに見立てると121杯分、日本のビールの消費量は5杯分、といった具合です。

 さて、東京ドーム1杯分はペットボトル何本分になるでしょうか?考えてみるとおもしろいのではないでしょうか。
 一見するとぴんと来ないようなものをこのように換算してみて、広さや大きさを考えてみるのも自分なりにそれらをつかむ工夫の一つと言えるでしょう。

2006/03/27 作成 YK

ハイビジョンの日(1987/11/25)

1987-11-25 00:00:10 | 生活全般
1987/11/25

1911年にロシアのロージングがブラウン管を用いて現在のようなTV放送の実験を行い成功しました。
日本では1926年に浜松高等工業高校の高柳健次郎が「イ」の字を表示させ,昭和のスタートとともにTV技術開発がスタートした感じです。
1953年にはNHKのテレビ放送が始まりました。日本での地上波TV放送の開始です。
7年後の1960年にカラー放送が開始され現在まで続いています。途中,地上波以外に衛星放送もはいってきましたが,基本的な映像の形式は大きく変わりませんでした。

白黒からカラーになり,より鮮明な画像を求めるのは自然なながれです。
そこで出てきたのが,走査線の本数を増やしたハイビジョンという方式です。
テレビの画像の鮮明さは走査線の数によります。
今までのテレビ放送では走査線の数が525本(日本のNTSC方式では)でしたが,ハイビジョンになると一気に1125本に増えるのです。
この走査線の本数で11月25日をハイビジョンの日と決めたのです。

しかし,アナログハイビジョンで始まったハイビジョン放送も,世界統一の段階でうまく行かず,デジタルハイビジョン放送が標準規格になるようです。

ハイビジョン映像を受信するには専用の機器が必要になります。まは,デジタルハイビジョンになると,著作権の保護機能などを付加する必要があるようです。
なお,デジタルハイビジョン方法が本格的に始まると,日本では2011年までにアナログ放送を全廃にするという方針です。これは世界中でも日本だけの対応のようです。

2005.10.23 HA 作成

冷凍食品の日

1986-10-18 00:00:39 | 生活全般
1986.10.18

10月18日は冷凍食品の日です。
1986年に日本冷凍食品協会が定めました。
微妙な語呂合わせなのですが、まず「れいとう」の「とう」にあわせて「10」、冷凍食品の品質維持に必要な温度の「-18℃」にかけたものだそうです。

ヒトにとって食料の確保は非常に重要な問題です。
農耕にしろ狩猟にしろ、安定した供給ができなければ厳しい生活を強いられる事になるからです。
そのために、様々な方法を考えだし、豊かな食生活が、大きくいってしまえば文明が発展してきたともいえるのです。

おそらく最初に考えだされた方法は乾燥保存でしょう。植物性のものも動物性にものも、うまく処理すればかなり長期間の保存が利きます。現在もこの方法を利用して、生とはちがった風味を楽しむ事もあります。

次に考えられるのは塩蔵です。この方法も、現在まで使われている方法です。

では、冷凍という方法はどうでしょうか?
始めは寒い地方でしかなし得なかった保存方法ですが、肉類を新鮮なまま保存できるすばらしい方法です。

この保存方法が一般的に浸透するには、冷凍庫の普及が必要です。
それは1965年以降のことです。

日本では冷凍魚が流通のきっかけですが,ここでいう冷凍食品とは性質が異なります。現在の冷凍食品的なものは戸畑冷蔵(現日本水産)が生産した「冷凍イチゴ」だそうです。
この日の制定理由になった「-18℃」はどうでしょうか?
冷凍食品は「-18℃で生産時の品質が一年間保持できる」という研究結果にのっとって世界共通で保存温度基準をつくったのです。生産から販売まで一貫して-18℃で行われています。
では家庭用のフリーザーではどうでしょうか?家庭用のフリーザーも普通は-18℃。購入後,解凍前に保管する事には十分な温度になっています。
しかし,完全に融けてしまった場合は急速に冷凍する事ができずに,品質を保持できなくなってしまうのです。

現在は色々な食品が冷凍食品として流通しています。
昨年度(2004年)のデータでは、冷凍食品の国内生産量は何と1,526,625トン、生産金額にして6730億円です。
昭和33年に1,591トンしかありませんでしたからその増え方は驚異的ともいえます。

ちなみに,一人当たりの冷凍食品年間消費量は2004年でなんと17.9kg。かなり食べていますね。
でももっと食べている国があります。それはアメリカ。なんと2002年のデータですが60.3kg。
一ヶ月に5kg。なんとも・・・という数字になってしまいます。

利用されている品目の1位はコロッケ。手間ひまを考えると何となく納得です。しかしなぜか2位はうどん。そんなにつかってますかね?

2005.10.09 HA作成 

チェルノブイリで原子力発電所爆発(1986/04/26)

1986-04-26 10:23:22 | 生活全般
1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリという都市で大事故が起こりました。
黒鉛減速沸騰軽水圧力管型の原子炉のチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が発生して
しまったのです。
原子炉が停止した際に備えた低出力発電の実験中に制御不能になり、さらに職員の不適切
な対応で暴走してしまったと言われていいます。
その事故の発表は、他の国からの指摘がなされるまで遅れ、被害を拡大してしまいました。
その間に炉心内部から放出された放射性物質は大気中に放出され、北半球全域に拡散し、
特に周辺域ではさまざまな汚染が確認されています。人的な被害だけではなく、周辺の野
生生物などにもさまざまな影響を与えていますし、これが非常に長期間にわたる事も容易
に予想できます。
この事故は、商用の原子力発電所で起こったはじめの死亡事故で、各種メディアでも注目
を集めました。大衆の原子力発電への様々な認識もこれをきっかけに向上したという事も
いえます。
さて、事故を起こした4号炉は現在はコンクリートでかためられています。しかしこの作
業は非常に急いでおこわなれた上、多くの場合は産業用ロボっての遠隔操作でおこわなれ
たものです。確実性が保証されていない上に老朽化も指摘されています。内部には大量の
放射性物質が残っていますので、その適切な処理が世界的な協力のもと行なわれる必要が
あるでしょう。