詩集「2N世代」

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東京裁判 却下 未提出 弁護側資料

2015年11月08日 19時27分02秒 | その他の資料

「東京裁判 却下 未提出 弁護側資料」第4巻が届きました、という連絡が入った。借りて持ち帰ることはできませんが、コピーをご希望なら部分的、時間的に可能な範囲で、申請書をお書きになれば、こちらでコピーを代行します、と言っていただいた。
平成27年11月6日に第4巻のP.111~P.129 と P.141~P.158まで、コピーを依頼して帰ってきた。コピーは今手元にあるのだが、本はよその図書館から借りてきたものなので、厳格な返却期限があり、こののち、どれくらいコピーのための図書館通いが出来るか、心もとない。
今手元にあるコピーでさえ、帰宅後から今に到るまで、一切目を通していない。
いま手元にあるものは、いつかは目を通すつもりはしているが、もうその他の部分、その他の卷は無理だ。どうかこれをご覧になった方で、志のある方は、私に代わってチャレンジを続けていただきたい。ひとりでも多く。あるいは協力しあって。今までの経験から、そういう方は皆無だとは思うが。ひょっとして運命が悪戯をするかもしれない、と期待などしてみたい。
東京裁判 却下 未提出 弁護側資料、はそれらしい重厚な装丁の本で、全部で8巻まである。私は田中義一内閣や、松岡の失脚、つまり開戦に到る前の時代を調べたかったので第4巻のみを借りたわけだ。
ざっと目次を見た記憶では、グルーの「滞日十年」が却下資料の中の大きな部分を占めていた。読んでもいないので、これ以上のことを書くのはひかえる。

また原書房刊の「太平洋戦争への道程」田島周子訳、の借り出し期限が刻々と迫ってきている。「取り扱いには充分ご注意ください」と赤字で書かれた分厚い袋に、入ったまま、手元にある。これも全く1頁も開いていない。このままだと、返却期限まで、読まないままで返すことになりそうだ。読者の中で志のある方は(皆無だととうにあきらめはしているが、もし奇跡的にいらっしゃれば)これにもチャレンジして、歴史認識の研究に役立てていただきたい。

私が延命中に出来ることは限られている。本を丸々読んだ上で記事を書くことは、もはや出来ない。出来る範囲で本の紹介をし、その本を活用して何かをブレイクスルーしてくださるだろうかたの登場を期待する以外に、私のできることはもう無い。
このペイジに、いつか追記を書く「つもり」だけはまだある。

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松岡洋祐論 (勇馬眞次郎)
2016-02-13 18:29:04
松岡洋右の尋問調書(東京裁判却下・未提出・弁護側資料)の第4巻のP.111~P.129 と P.141~P.158までを、「重要な真実が隠されている」「この真実を排除した上で、微妙な合意の上で捏造されたものこそ、誰もが良く知る東京裁判である」とのコメントに導かれ、通読しました。

通説の「松岡悪人論」が本当か?少なくもこの資料に記載されている松岡発言を読む限り、悪人どころか、真の愛国者であり、日本の国益を守るために世界を舞台に最善を尽くし活躍した優れた外交官である姿が読み取れる。「日本人は決して天皇に嘘は言いをませぬ」という言葉も注目に値する。当時の国際情勢のなかで、米英(ルーズベルト・チャーチル)、ドイツ(ヒットラー)、ソ連(スターリン)の3大勢力と対等に、誇り高い、主体的、自主的な均衡外交、日独伊ソの4か国同盟を目指す姿が浮かび上がる。戦後の政治家に松岡のような気概と実力を持った者はいない。否、独り松岡だけではない、日本人一般が戦後のGHQによって去勢された日本人と違う人種であったのではないかとさえ思う。他国に日本の安全や防衛を依存する意識は微塵もなかったように思う。
日本を含めた世界の4大勢力が、それぞれの思惑から虚々実々の駆け引きを重ね、挙句、松岡の信頼したスターリンが、日ソ不可侵条約で対日軍備を対独に振り向け、その2か月後にヒットラーが日本を裏切りソ連に侵攻、スターリンは対独勝利のあと、日本を裏切り、日ソ中立条約を破棄して対日参戦という経過を辿った。松岡が三国同盟を推進したため、連合国を敵に回し敗北した、という単純な歴史ではなかった。まして、枢軸国が悪で、連合国が善などという東京裁判の建前は大噓である。以下、経過を辿ってみる。

1939年(昭和14年)8月、独ソ不可侵条約
1939年(昭和14年)9月、独、ポーランド侵攻(英仏、対独宣戦布告)
1940年(昭和15年)9月、日独伊三国同盟成立。
松岡は、尋問調書(巣鴨拘置所)の中で、「大和民族の究極目的である世界新秩序の確立」がこの同盟の目的と答えている。松岡発言によれば、日独伊三国同盟を締結した目的の第1は意外にも、「ドイツ政府が在米のドイツ系学生に米国で反日宣伝することを止めさせるため」、第2に、「ヨーロッパの戦争を東亜に拡大させぬため」、第3に、「独に対米英戦争を終わらせるよう影響力を行使するため」、第4に、「日本に威厳とある程度の力を持たせ、強い立場から米国に近づき、対米戦争を回避するため」と説明し、さらに「三国同盟で日本の立場を強化し、日本の国家的威信を維持しながら、米国に誠実と真摯を示し、太平洋の平和を確保して、シナ問題の協定を獲得したいと考えた」という。
1941年(昭和16年)4月、日ソ中立条約成立。日本は対米戦で、ソ連の中立を確保。
松岡は黒龍会に、秘密条項はないこと、この条約の精神が八紘一宇(人々を征服することなく、搾取することのない世界平和)の実現を目的とする、と説明。
1941年(昭和16年)6月、ドイツのソ連侵攻(バルバロッサ奇襲作戦)
1941年(昭和16年)7月、米国、日本の資産凍結
1941年(昭和16年)12月、日本の真珠湾攻撃―日米戦開始。

「太平洋戦争への道程ー盧溝橋より真珠湾へ(From the Marco Polo Bridge to Pearl Harbor: Japan's Entry into World War II, David J. Lu」も読んでみたい。
痛恨の選択!北進を断念 (Bruxelles)
2016-02-14 14:13:20
勇馬様
コメント有難うございます。
この前阿倍野アポロビルの喜久屋書店で平積みしてあった「世界最強だった日本陸軍」by福井雄三、を発作的に購入してしまいました。
その第二章「痛恨の選択!北進を断念」の中の小見出しに「英傑・松岡洋右」がありました。
-彼の頭脳は常人の理解を超えた働きを示し、世界の大局を正確に把握しながら、常識を超越した発想が瞬時に湧き出し、それを電光石火のごとくに行動に移せる並外れた実行力があった。日本のみならず世界的に見ても、当時松岡ほどスケールの大きな外交官はまれであった。-
と書いてあって吃驚しました。
-1941年6月22日、独ソ開戦の報を聞くやいなや、松岡は即座に宮中に参内し、ソ連攻撃を天皇に進言した。わずか2ヶ月前に自ら締結したばかりの日ソ中立条約を一方的に破棄するなど信義にもとる、などというのは日本人特有のお人好しの発想である。このような予想外の突発事態に際して自らの頭で判断し、独自の対応策を瞬時に打ち出せるところが、松岡の余人の追随を許さぬ、並外れたひらめきとバイタリティーなのだ。-(P.69)
-松岡のこのソ連攻撃案は天皇に叱咤されたために、ひとまずその場で、撤回せざるを得なかった。-(P.70)

松岡悪人論はこの「天皇の叱咤」にその根拠があるだけで、しっかり検証すると他には何も無いのです。挙句に松岡を排除する目的のために、天皇のご発言があって近衛内閣解散の運びとなります。「北進の断念」が日独の敗戦につながることは、これは世界の論壇が認めるところです。
勇馬様はどこかに「外務省を解体せよ」と書いておられましたが、松岡は大臣になるとすぐに総入れ替えに近いことをしたのです。それで職員の反発も買っていたのでしょうが、今と同じで彼らが売国に走っていたからでしょう。今では外務省にいたスパイの存在も明らかになっています。

いつまでたっても、何を見ても「松岡が三国同盟を推進したため、連合国を敵に回し敗北した」という歴史観ばかりだったので、吃驚すると同時にいささかほっとしました。文庫本でもあるし、この本を最後まで読んでいこうと思っています。
日本人は戦場に於ける戦争行為を昔ながらの合戦の視点で見ているようにおもいます。誰の軍団が敗れたから、これは誰の責任だ、とか。敵の諜報活動や味方の背信スパイ行為、作戦本部の判断ミス、そして陸海軍の意思の不統一、世界的視野にたっての判断の是非、世界史的に見た敵国の性格、なにもかも日本人には見えていません。
もっと単純にいうと、天皇に嫌われたものは、最低の悪人なのです。どんな資料が出てきても、そこだけは絶対に揺るがさない、のが日本人の歴史解釈であり歴史認識なのです。
日中間に関しては、張作霖爆殺事件、辺りを出発点とした、新しい資料による見直しを始めなければならないのに、この動きにも必ず妨害が入ることになっています。日本の今の歴史教科書を必死に守ろうとする、(左翼勢力だけではない)保守勢力もあるのです。しかもこれが保守主流勢力です。
ちょっと話が逸れてしまいました。

福井氏のこの御著作、第一章は「ノモンハン」です。すでに遅し、といえども、ノモンハンの実情だけでも近年明らかにされてきたのは、ひとつの救いです。
Tel Quel Japonではとうの昔に「ノモンハン実体」も取り上げています。

実際の全8巻にチャレンジされることを期待しています。東條や田中隆吉辺りはなじみがあるので入り込みやすいと思います。
コメント追記 (Bruxelles)
2016-02-17 11:16:41
勇馬様
お仕事を続けながらの「東京裁判 却下 未提出 弁護側資料」全8巻の読破は現実的に不可能だと改めて感じました。
それと「From the Marco Polo Bridge to Pearl Harbor:」は、筆者は中国系アメリカ人のようで、少し読んで見て内容的にも期待できないと最終判断したことを思い出しました。
それより、上のコメントで紹介している「世界最強だった日本陸軍」by福井雄三」をお勧めします。こちらは文庫で、文章も簡潔で読みやすく、期待を上回る独自視点に支えられていて、しかも歴史認識の視点を持って世界一周、戦争地域の現状踏破、現地取材もされているようなので、そこから独自視点が生まれてきたのだと思います。
勇馬様には、第二章でなく、むしろ第三章「シンガポール陥落」が、お気に召すのではないかと思います。

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